今月の特集1

 9月に発売となった『うしろめたさの人類学』、おかげさまで各紙誌で取り上げていただき、好評4刷となりました。

 著者の松村圭一郎さんと代表三島は、実は大学時代からの友人でもあり、このたび著者と編集者という立場としては初めて、代官山蔦屋書店さんにて、対談イベントが実現しました。2人の対話から浮かび上がったのは、『うしろめたさの人類学』と、三島が編集長をつとめ10月に発売となった『ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台 vol.3 「教育×地元」号』との、共通点。

「うしろめたさ」をキーワードに、大きなメディアでは語られない、未来への可能性の萌芽について語らいました。
2日間にわたりお届けします。

(構成:角智春、写真:池畑索季)

松村圭一郎×三島邦弘「うしろめたさ」から始まるおもしろい時代(2)

2017.12.12更新

スキマをつくるあらたな動き

松村糸井重里さんの「ほぼ日」が、「ほぼ日の学校」というものをつくって、その学校長に河野通和さん(『言葉はこうして生き残った』著者)が就任されたんです。その第一弾はシェイクスピア講座なのですが、これを受講したいと思った人は、最初から14回の全授業を受けると決めて、応募して、受講料を一括で納める。つまりこの学校には、本気で学びたいという意思を持つ人だけが来るんです。こういう学校の存在は、いまの大学にとってある意味で脅威であり、別の可能性でもあります。
 「ほぼ日の学校」のように、いまいろいろなところで学校制度の外側に、小規模な「学びの場」をつくる動きがあります。本気で学びたい人が、学びたいものを学ぶ場所づくりが始まっている。偏差値に照らして行ける大学にとりあえず行く、といった既成のロジックとは全然違う、新しい学びの場がにょきにょきと各地にできている。
 大学がいまのような姿になったのは、いろいろな制度が整ってきたからでもあります。戦後日本の民主化のなかで、より多くの人の「学びたい」、「高等教育を受けたい」という思いをかなえるために制度化が進んできました。でもいつからか、本来の目的が二の次になって、制度の中を最小限の努力でうまくすり抜けるとか、ランクの上位に立つとか、「学び」とは別のものが目的化していった。すでにその危機的状況に気がついている人は、たくさんいる。「大学」から離脱する動きが今後、加速するかもしれませんね。

三島大学がその発生当初とくらべて姿を変えているように、 ありとあらゆる制度が行き詰まってきている。出版の業界もそうです。
 たとえば、ミシマ社では、正解ではないかもしれないけども、従来とは違うやり方の本づくりをしてきました。例えば、本屋さんと直取引をしたり、『ちゃぶ台』も、流通システム上では「不良品」扱いになってしまうような(笑)、背をむき出しにした装丁にしてみたり。すると、そこに反応してくださる読者の方がいるんですね。
 システムの上には乗り切らずに外に広がっている荒地を歩いて、自分たちであぜ道を開墾して、歩けるようにしていく。周防大島で出会った農家の人たちも、まさに手作りでそういうことをやっていた。水面下で全然メディアに乗ってこないレベルのところで、今のシステムを前提にしない試みがたくさんあるんです。

松村それは、東京にいると見えにくいかもしれないですけど、地方では本当にいっぱい起きていますよね。アマゾンとかネットを介した巨大な流通システムがある一方で、岡山の「スロウな本屋さん」や香川の「ルヌガンガ」さんのように、あらたな試みをする小さな本屋さんがポコポコと増えてきている。そういうスキマをつくる動きのなかに、次の時代の希望があるんじゃないかなと思います。いま盛んに、「AIによってあらゆる仕事が置き換えられる」といわれていますが、そういうことに乗らない、AIにはけっして置き換えられない場が生まれてきていますよね。

三島それね、けっこう古いですよ。僕のなかでは、AI問題は完全に終わりました。

松村早っ!(笑)。でも、そうですよね。AIが絶対的に優位なら、そんな本屋さんはすぐに立ち行かなくなるはずなんですよ。アマゾンなどのシステム化された消費の場では、過去の消費行動が全部サンプル化されていって、つぎに読むべき本がオススメされる。それとは違って、さきほどの本屋さんたちの本棚は、わたしが想像すらしなかった、手にするまで読みたいとすら思わなかった本と、一期一会の出会いかたをする場になっているんですよね。それは、たぶん人間的な営みのなかでしか成り立たない。

三島視点をぜんぶ「お金」に還元すると、単に売り上げの数字が並ぶだけの平坦なデータが残ってしまう。でも、実際にその空間にいて、その人の「生命力」がどのくらい上がったかを・・・。

松村昔からよく言っていたよね、「生命力!」とか「熱量!」とか。その三島さんの言葉の意味が、わたしも最近わかってきました(笑)。つまり、「自分の身体が欲しているものはなにか」ですよね。本に出会うことに限らず、「仕事」の本来の目的、「学ぶこと」の本来の目的に触れたときに、自分が本当に楽しくなって、生き生きしはじめる。そういう瞬間をどうやって作れるかだと思います。


「解」はひとつではない

松村こういう話を聴いて、「それは理想論なんじゃないか」と思う方もいらっしゃると思います。もちろん、全てがあたらしい動きに取って代わられるわけではないですよね。アマゾンはなくならないし、AIの活用範囲も広まる。でも、それが私たちの唯一のオプションにはならないと思っています。中央で大量生産するといういまのシステムでは、すべての人の生活は支えられない。だから、効率性を重視する大きなシステムとは別のやり方で、小規模な仕組みを作っていく。それは大きなシステムを破壊することではなく、「別の生きる場をつくる」ということです。どっちが正解ということではなしに、選択肢を増やす。

三島そうですね。システムを壊すのではなく、それとは別の生き方を増やしていく。だからほんとに、スキマをつくりながら「構築しなおす」ということだと思うんです。
 「小さな農業」や「小商い」はもちろん大切です。でも、それが絶対的な「解」であるわけではなくて、一方では大きなシステムに乗った都市生活も続いていく。だから、いまの時代は、ひとつあたらしい道を作ったら、システムのなかで動いているものとその道を結ぶために、やらなければならないことがたくさん出てくるんです。なにかを全否定するわけではなくて、共存共生させていく。
 本を作って届けるうえでも、いまの出版のシステムやネット技術は大いに使います。ただし、そちらのほうが便利だから絶対的に正しい、というふうに「解」をつくってしまわない。いまの仕組みを使いながらも、無味乾燥ではない人間関係のなかで本を届ける方法はないかな、ということを考えるときに、いままでとは全く異なるシステムを作る動きが出てくるのだと思います。

松村なんだかんだ言っていますけど、わたしもいま、大学というシステムに依存して生きています。いろんな違和感をおぼえながらも、もちろんそこには学びたい意欲をもった学生たちもいる。だから、その場を少しでもずらしていくために、自分も楽しめる場にするために、ほぼ日の学校長の河野さんに岡大で講演をしていただいたり、授業のなかでこれまでと違うことをやってみたり、いろいろと試行錯誤しています。たとえ自分の生命力を削るような場であっても、ちょっとやり方をずらして、自由に息を吸える小さなスキマをつくれれば、なんとか生き延びていけると思います。

三島『ちゃぶ台』も、ひとつのクリアな答えというのがない時代のなかで、答えの手がかりをいっぱい見つけられる雑誌になるといいなと思って編集しています。そこでは、前のページに書かれている考えが、次のページの別の書き手による文章のなかでは否定されている、ということもあるわけです。でも、そういう色々な試みを追っていくことで、多面的に、面白くなっていくところがある。「こっちではない」と思った瞬間にすぐシステム自体から出ていく、という考え方はよくない。どちらかが正しい、という明確な答えはないと思うんですよね。それぞれの人が、その時その時の自分の段階に応じて、できることをやっていく。そうやって少しずつずれていくことが、まさに「わたし」から「世界」を少しずつ構築しなおすことにつながるのだと思います。

   


『うしろめたさの人類学』の発刊を記念したイベントを全国各地で開催します!

◆<岡山>ことばを考える、ことばで考える ~いま僕らに人文学が必要な理由~

日程:2017年12月16日(土)15:00~17:00
場所:岡山大学津島キャンパス 文法経講義棟 20番教室
講演者:河野通和氏(ほぼ日学校長)
司会:松村圭一郎(岡山大学文学部)
※入場無料・事前申込不要。


◆<福岡>松村圭一郎さん×三島邦弘トークショー

日程:2018年2月9日(金)19:00ころ開演予定
場所:カフェ&ギャラリー・キューブリック
※正式告知・受付は近日開始予定です。

◆<熊本>地元熊本・凱旋イベント「うしろめたさ」からやり直す~熊本も世界も、こんなことから変わります~松村圭一郎さん講演+対談(相手:三島邦弘)

日程:2018年2月10日(土)
   14:00 開演(13:30 開場)
会場:長崎書店3F リトルスターホール
入場料:1,000円(当日会場入り口で頂戴いたします)
ご予約:長崎書店 店頭 もしくは電話 096-353-0555
    メール info@nagasakishoten.jp  まで

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

バックナンバー