今月の特集1

今年8月に発刊となり、共感の声をたくさんいただいている『似合わない服』。本書の著者、山口ミルコさんは、角川書店を経て幻冬舎の創業に携わり、編集者として20年にわたり、数々のベストセラーを世に送り出してこられました。その頃に担当されていた作家のお一人が、今回のスペシャルゲスト、小川洋子さんです。

ある日、『似合わない服』を読んでくださった小川さんからミルコさんにお手紙が届きます。そこには、当時「似合わない服」を着ていたミルコさんがいなければ、生まれなかった小説があったこと、そして自分も同じように「似合わない服」を着ていたであろうその時代を愛おしく思っていることなどが、綴られていました。今回の対談は、そんなお二人の当時のお話を、ぜひおうかがいしたい、という編集部のお願いに、小川さんが快く応えてくださったことで実現しました。

お二人の出会い、プラハへの取材旅行などをしながら本づくりをしていた頃のこと、ミルコさんをよく知る小川さんならではの、『似合わない服』や前著『毛のない生活』のお話、そしてファンにはたまらない、小川さんの小説の創作のお話まで、3日間にわたり、盛りだくさんでお届けします!

(聞き手:三島邦弘・星野友里、構成:星野友里、写真:三島邦弘)

小川洋子×山口ミルコ 私たちが「似合わない服」を着ていた頃(1)

2017.11.20更新


初めて会ったときに話したことが、すべて本になっていった

小川初めて会ったときのことは、忘れられません。今はなき赤坂プリンスの1階の広々としたガラス張りのティールームで、見城さんと、伊達さんが一緒でした。

ミルコ見城さんが月刊カドカワの編集長で、私は月刊カドカワの編集部員で、伊達さんというのは見城さんと同じ歳くらいの書籍部の編集者さんで。私が角川に入ったのが平成元年の頭だったので、それからしばらく後だったんですけれども。

小川本当に新人っていう感じが初々しくて。ほとんどもう発言もせずというくらいでした。

ミルコお恥ずかしい。いやあ、でもそんなね、ど新人で黙って何も口も聞けない頃からそうやってお会いして...。

小川でもその時に、たぶん私のことをいろいろ話したと思うんです。『アンネの日記』が原点だとか、佐野元春のファンだとか。その顔合わせで雑談したことが、全部のちに本になってるんですよ。


ミルコ全部形になってる。全部本になりましたよね。最初に、佐野元春の10の短編というのを月刊カドカワで連載担当でやらせていただいて。『アンジェリーナ』という本になって、いま文庫になっていますね。


「小川洋子らしいもの」に導かれたプラハの旅

ミルコありがたいことに、幻冬舎になってからも、作品をいただいて。

小川そうでしたね。プラハへ行くっていうのも、たいしたビジョンがあったわけではなくて、今どこに行ってみたいかな? プラハなんかいいんじゃない、みたいな話でした。まだ社会の雰囲気として余裕もあったんですね。


ミルコそのプラハの取材を元に書かれた『凍りついた香り』、今回お目にかかるのに久しぶり再読したんですけど、すっごく面白いですね。ちょっと爆発しているよね、好きなものが。

小川ある意味、私が常に偏愛しているものを、もう好き勝手組み合わせて、全部盛り込んだ感じです。プラハとウィーンに行ったとき、人工的な洞窟や、孔雀や、黒いマリアや、アルコール漬けの心臓や、小説の求めているものがどんどん引き寄せられてくるような、偶然の力がありました。

ミルコ小川洋子らしいものにどんどんぶちあたっていくの。孔雀だとか、いろんな洞窟だとか、壺に入ったハプスブルク家の心臓とか、そういうのに本当に導かれて。『凍りついた香り』の中に出てくるものが、小川洋子作品の中にも通底してずっとあり、そして私の人生にもいろんな形で関わってきていて。だから本当にエポックな旅だったっていうのと、今はいない人たちに呼ばれて、そこへ行ったっていうことの意味みたいなものを考えました。


膨張していた手帳

小川もう一つ忘れられないのが、ミルコちゃんの当時の手帳が、もうね、縫い糸が外れていたんです。予定が書き込まれている字の密度が濃すぎて、膨張しているんですよ。糸が外れて、輪ゴムで留めていたのが、忘れられない。

ミルコ忙しかったんですね...。

小川『似合わない服』を読むと、ああそうか、私が知らないところでこんなに無理していたんだなっていうのがわかって、いとおしい気持ちがあふれてきました。この時代は夜会食で遅くなっても一回は会社に帰ってたとかね...。


ミルコそれでその頃、『小川洋子対話集』も肝入りで作ったのに、私が会社を辞めてから文庫になったとき、誰も教えてくれなかった。それで、ああ編集者って寂しいものなんだって思ったの。あんだけいろいろ考えたり、いろんなことを動いたりして作った本が、自分にもう関係ないものになっているということの不思議というか。

小川いや、関係ないものになって縁が切れたわけじゃないんです。自分がすごく情熱を注いでいた仕事を、途中で不本意ながら手放さなきゃならなかった。しかしそれがある時間を経て、やっぱり自分に恵みをちゃんと戻してくれるということに、ミルコさんは気づいているんです。本の中でちゃんとそう書いておられました。

ある時期、真剣に情熱をかけたものは、たとえそのあと何かのタイミングでほかの人の手に渡ったとしても、あとでちゃんと自分を幸せな気持ちにしてくれるということがわかった。


ミルコあ、書いてました? よかった書けてて。その本=自分っていうかね。やっぱり私は、自分が担当した作家の、すごくよきファンであったと思うし、やっぱり一生懸命やっているっていう、驕りじゃないけど自負があった。

小川そういう自負がなかったらあれだけ手帳が膨らみませんよ。私も作家の立場から、ああそうだな、だから作家が一生懸命小説を書くっていうのは当たり前のことだなと思いました。そこから始まるんですもんね、編集者という仕事は。


青春、真っ只中でした

小川対話集のときにはね、佐野元春さんとも対談させていただいて。

ミルコかっこよかったね〜。

小川いつ会っても佐野さんは素敵ですね〜。だからあの当時やっぱり青春時代っていう感じです。私にとっても、ミルコさんにとっても。

ミルコはい、真っ只中。

小川AとBを組み合わせたらなにが起こるかわからないけど、とにかく、やろうじゃないか、という勢いがあった。経費の心配もせず。

ミルコ時代が後押しをしてくれてね。お金の勘定なんてできなかったもん。「1、2、たくさん」って言ってたから(笑)。数えないんですか? っていうぐらいな時代ですよ。

小川もうその時代は去ってはいるんだけど、ミルコさんのおかげで、このために自分は作家になったんだなって思うような喜びを数々味わわせてもらいました。

ミルコいえいえ、素晴らしい作品をいただいて。


フクロウを飼おうとしていた

小川『似合わない服』の最初のほうに、ミルコさんが猫を飼う話がありますね。同じ頃、ミルコちゃんがフクロウを飼いたいって言ったのを思い出しました。飼う寸前までいったけど、餌が結構グロテスクなんで......。

ミルコ冷凍パックのねずみ。

小川それを解凍してやらなきゃいけないから、寸前のところで辞めたっていうのを聞きました。ああでも猫は飼っちゃったんだなーと。

ミルコフクロウは60万円だったんですよ。それでね、それこそ何十年も生きるんだよ。40年か50年。看取ってくれるかもしれないと思った。

小川でもね、フクロウこそ似合わない服ですよ(笑)。当時のミルコちゃんが、フクロウにとって、似合わない服になっちゃうとこだった。やっぱりでも、そのときから、なんか似合わない服を自分が着てるなっていう欠落が見えて、それを何で埋めたらいいのか、迷いがあったんじゃないですか? 

ミルコやっぱりどうかしてますよね? もうちょっと始まっている。まともじゃないです。でもまあなんとか、大丈夫なところまで戻ってこれました。


(つづきます)

   

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小川洋子(おがわ・ようこ)

1962年、岡山生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。91年、「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞。2003年刊『博士の愛した数式』がベストセラーになり、翌年、同作で読売文学賞と本屋大賞を受賞。同じ年、『ブラフマンの埋葬』が泉鏡花文学賞、06年、『ミーナの行進』が谷崎潤一郎賞、13年『ことり』が芸術選奨文部科学大臣賞を受賞する。来年の1月に『口笛の上手な白雪姫』(幻冬舎)が発刊予定。


山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

1965年生まれ。出版社で20年にわたり活躍、さまざまな本をつくる。数々のベストセラーを世に送り出した末、2009年3月に退社。闘病を機に執筆をはじめる。著書に『毛のない生活』(ミシマ社)、『毛の力~ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。大学で「編集」を教えた一年半の記録『ミルコの出版グルグル講義』(河出書房新社)が1月中旬刊予定。

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