今月の特集2

左)『21世紀の楕円幻想論』平川克美(ミシマ社)/右)『保守と立憲』中島岳志(スタンド・ブックス)


 2018年1月に刊行となった平川克美さんの『21世紀の楕円幻想論 その日暮らしの哲学』(ミシマ社)。借金も病気も、実際に身を持って経験した平川さんだから語れるその言葉たちは、しっかりと読者の心を捉え、その勢いはじわじわと拡大しています。今回は、そんな平川さんと政治学者の中島岳志さんの対談が実現しました。中島さんはミシマ社から出ている『現代の超克』の著者でもあり、この2月には新刊『保守と立憲 世界によって私が変えられないために』(スタンド・ブックス)を上梓されています。
 『21世紀の楕円幻想論』と『保守と立憲』、ほぼ同時期に発売となったこの2冊に共通するのは、AかBか、どちらかではなくどっちもをバランスをとりながら生きる、という態度。同じことを「経済」と「政治」という別の角度から語る二人の著者の言葉を、3日間にわたり、お届けします。
 最終回の今日は、世代の違い、考えの違い、あらゆる分断が進む中で、じゃあどうしたらいいの? 分断されたものたちをつないでいく糸口を、お二人に伺いました。

(聞き手:三島邦弘、構成・写真:野崎敬乃)

於 隣町珈琲

対談 平川克美×中島岳志(3)負けっぷりのいい大人になろう

2018.02.23更新

知識はなくても、信用できる人はすぐにわかる

中島僕、吉野作造ってすごく好きなんですよ。吉野作造が民本主義を唱えたときに、周りの東大の先生たちから陰口をたたかれるんですね。吉野君はみんなに投票権を与えるとか言っているけど、農民や漁民は政策なんてわからんぞと。そんなところに一票を与えたらこの国はむちゃくちゃになるぞと言われるんですけど、吉野はこう答えるんですね。そりゃ農民とかは政策なんてわからないでしょうけど、政治家が辻説法をしているのを1、2分見れば、こいつは任せられるに足るかどうかという判断がつくと。こういうのが私が言うデモクラシーというものだと。人間が自分が生きてきた人生をかけて、その人が信用に足るかどうかをジャッジする、それが間接民主制というものであると彼は言っていて、僕は立派だなあと思ったんですね。

平川吉本隆明さんが言ってたんだけど、並外れた知識を積んできた人と、まったく知識と無関係に生きてきた人には判断力においては何ら差がないんだと、等価なんだということを言うわけですよ。それはその通りなんだよね。実際に一目で見てさ、この人は信用できるとかできないとかわかるんですよ。

中島そうですよね。


死者に投票を

中島チェスタトンという人は、「死者のデモクラシー」と呼んで、彼は、なぜ生きている人間だけに投票権があるのか、死者に投票させろと言った。
 生きている人間だけが投票権を持っているのは、生者の寡頭政治であるという言い方をするんですよね。もちろん死者は投票に行けないわけですけど、要するに、遺影のまなざしを浴びて投票に行けという話なんです。自分だけの利害だけで選ぶなと。
 僕は、立憲主義というもの基本的には死者という問題であると思っていて、つまり、過去に膨大な失敗を繰り返してきた、そのなかで生まれた叡智というものが現在の政治を縛っている、シンプルに言えば「国民が憲法によって権力を縛っている」ということなんですけど、この国民の大半は死者なんですよね。そうすると、死者の問題を中核に置かなければ、今のリベラルとか、立憲とかデモクラシーという問題が語れない。それをすっとばされているというのが感覚としてあるんですよね。

平川まったくその通りですね。
 その感覚がないと、「あいつはだめだ」っていう、その明らかなことがわからないんだよね。なんでわからないのかなって思うんだけど、そういう言説が足りないんだろうね。戦後民主教育というものの中にもそういったものを教えるものがなかった。戦後民主主義の弱点は、それが近代しか包含しておらず、前近代を全部否定しちゃうところがあったということですね。前近代は文学の中にしかないようなところがあって、だから本が大事なんだよね。


失敗してもかっこいい人

平川だけど、どんどん分断されてるよね。
 分断というのは、同じものを見て意見が違うことを言うんじゃない。これはただの議論。違うものを見て勝手に違う判断をしているという、まったくそこに交流がないというのが分断ですよね。

中島そうですね。今はまったくそうなっていますよね。共通の基盤がなくなってしまっているんですよね。

平川これはかなり危機的な状況だと思いますね。

―― 分断しているこの2つを、もう一回つないでいくためにはどうしたらよいのでしょうか。

中島それは本当にこういう出版の取り組みとかなんだと思うんですよ。できる限り大人の責任でというか、しっかりと言うべきことを言っていくっていうことが大事なんだと思います。

平川僕は、自分が生きてきて、どこでいい大人に出会ったかということが非常に大事なポイントだと思っているんです。今の若者たちを見ていると、いい大人と巡り合っていないなという人がすごく多いと思うんですね。
 それは本の中かもしれないし、リアルな世界かもしれないし、リアルな世界で巡り会えると一番いいんですけど、やっぱりその人の佇まいとか、その人が何かを耐えている姿だったりとか、これは要するに、どういう人間と出会ったときに、自分がものすごく心打たれるか、簡単に言えばかっこいいなと思うかということなんです。

 いい大人って曖昧な言い方だけど、別の言い方をすれば、たくさん物差しを持っているということだと思うんですよ。たとえば儲かるか儲からないかの物差しで動いている大人ってたくさんいるんです。そうすると儲かる人がいい大人になってしまうんですけど、でも実際にはこういう人にはなんの指南力もないんですよ。儲かるか儲からないなんていうのは9割が運なんですよ。
 そうじゃなくて、失敗してもかっこいい人っているじゃないですか。
 かつての文豪の中には、失敗してもかっこいい人がいっぱいいた。だから今回自分でも失敗してもかっこいい人っていうのをやってみたんだけど。

―― まさに身をもって証明してくださっていますね。

中島鶴見俊輔さんって、僕は京都にいた時、身近にいて大変尊敬していたんです。鶴見さんによく言われたのは、『中村屋のボース』(白水社)を褒めてくださったんですけど、「中島君は負けっぷりのよさを書くからいい」と言われたんですね。基本負けるんだ俺たちは、と。でも重要なのは、負けっぷりを示すことだって言うんですよね。その中に、それを引きつぐ人間が出てくると。

平川そういうことを言える大人がいるかどうかだよね。

中島そうなんですよね。負けっぷりのよさを見せろと言われましたね。

『痴人の愛』谷崎潤一郎(新潮文庫)


平川成功っていう物差しが一つしかない人は、たとえば谷崎潤一郎の『痴人の愛』(新潮文庫)だとか、永井荷風の『墨東奇譚』だとか、ただのエロ親父の繰り言じゃねぇかと思ってしまうんじゃないか。でも、いろいろな物差しがあれば、こうした小説のなかに、実はどうすることもできない人の世の酷薄さだとか、一回半ひねりのモラルみたいなものが読み込めるはずです。そういう大人の規範みたいなものがあって、それを大人があきらめちゃいけなくて、やっぱりそれがちゃんと伝わるように本も書き続けなきゃいけないし。

中島そうなんですよね

平川だんだん面倒くさくなってきたけどね。

―― あきらめちゃいけないと言ったはなから(笑)

『21世紀の楕円幻想論』発刊記念イベント、続々開催予定!!

◆平川克美単独イベント
『21世紀の楕円幻想論』発売記念
日程:2月26日(月)19:30~
会場:Live Cafe Again(最寄:武蔵小山駅)
参加費:2,500円
詳細・申込み:http://www.cafe-again.co.jp/sche.html


◆平川克美×安田登 トークイベント
「ふたつの原理のあわいを生きる」
日程:3月6日(火)19:00~
会場:青山ブックセンター本店 大教室(最寄:表参道駅、渋谷駅)
参加費:1,350円
【青山ブックセンター本店にてご予約受付中!】
詳細・申込み:http://www.aoyamabc.jp/event/daen-awai/


◆平川克美×松村圭一郎×三島邦弘 トークイベント
「楕円から考える お金と会社と教育の話」
日程:3月20日(火) 19:00~
会場:紀伊國屋書店新宿本店9階イベントスペース(最寄:新宿駅、新宿三丁目駅)
参加料:1,000円(予定)
申込み:2月23日(金)より紀伊國屋書店新宿本店にて電話ご予約受付開始予定です。
   受付始まりましたら、ミシマ社HPでもお知らせいたします!


◆平川克美×松村圭一郎トークイベント
「うしろめたさと楕円幻想〜これからの「贈与」について」
日程:3月21日(水・祝)14:00~
会場:隣町珈琲(最寄:荏原中延駅)
参加料:3,000円(1ドリンク付)
申込み:お電話(03-6451-3943)もしくは店頭にて!

   

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平川克美(ひらかわ・かつみ)

1950年、東京都生まれ。隣町珈琲店主。声と語りのダウンロードサイト「ラジオデイズ」代表。立教大学客員教授。文筆家。早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立。著書に『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』(ともにミシマ社)、『移行期的混乱』(ちくま文庫)、『俺に似たひと』(朝日文庫)、『路地裏の資本主義』(角川SSC新書)、『言葉が鍛えられる場所』(大和書房)、『「移行期的混乱」以後』(晶文社)など多数ある。


中島岳志(なかじま・たけし)

1975年大阪生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、現在は東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。先行は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『ナショナリズムと宗教』、『インドの時代』、『パール判事』、『朝日平吾の鬱屈』、『保守のヒント』、『秋葉原事件』、『「リベラル保守」宣言』、『血盟団事件』、『岩波茂雄』、『アジア主義』、『下中彌三郎』、『親鸞と日本主義』他。『報道ステーション』のコメンテーター等、メディアへの出演も多数。

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