第1回 「竹刀ごっつあんです」
70年代後半、新日本プロレスに入門した前田日明はデビュー前、鬼軍曹・山本小鉄に壮絶なトレーニングを課せられます。蒸し風呂のように暑い道場。大粒の汗が止めどなく流れる。尋常じゃない数のヒンズー・スクワットに取り組みますが、体力は限界に達し、頭は朦朧としてきた。その瞬間、小鉄さんの竹刀が振り下ろされます。
「竹刀ごっつあんです!」。若き日の前田はそう叫びながら、厳しいしごきに耐えたそうです。痛みの分だけ、強くなれる。祈りにも似た新弟子の心境がうかがい知れる言葉です。
スポーツ新聞の記者は過酷です。就業時間や休日は不規則で、次から次へと無理難題が振ってくる。風雨にさらされ、常に時に追われている。努力と業績は比例しない。「竹刀ごっつあんです!」。僕は胸の中でいつもそう叫びながら、仕事をしています。そして、こんなに楽しい職業はないとも断言できる。スポーツ紙記者という商売に魅せられてしまったバツイチ男の独白を、「ミシマガジン」読者各位にも楽しんで頂ければ幸いです。
さて、推察するに「ミシマガジン」読者の皆さんは、おそらく原稿を書いたり読んだりすることが好きなタイプの人々でしょう。生業にしている方も多いと思います。フリーのライターや編集者、週刊誌記者と比べて、スポーツ紙記者の特徴はどんなところにあるのでしょうか。思いつくままに3点、挙げてみます。
1)他紙との激しい競争
朝刊のスポーツ新聞は6紙あります。僕は楽天イーグルスの担当をしていますが、各社に最低1人の番記者がいて、チームに密着しています。
その日その日の仕事ぶりは、翌日の紙面へと克明に反映されます。記事の構成、表現。他紙にはない、オンリーワンのエピソードを引き出す取材力。独自の視点。6紙を比較して読めば、普段の業務にどれくらい真剣に取り組んでいるかは、一発で白日の下に晒されます。中学時代に大嫌いだった「中間テスト」「期末テスト」が毎日行われ、連日答案が返却されているイメージでしょうか。スポーツ紙は1年中、朝日や読売などの休刊日にも発行されますからね。もちろんその結果に、一喜一憂する日々を送っています。タフじゃないと、務まりません。
2)締め切りが早い
ナイターの試合が終わると、記者はプレスルームを出て、取材に走ります。すっかりスポーツニュース名物となった野村克也監督の「ボヤキ会見」ですが、時には30分以上の長丁場となることもあります。でも、新聞を刷る輪転機の都合上、締め切りは厳格に定められていて、待ってはくれない。試合が延長戦になることも当然ある。
一面だったら、文字数は1000字前後でしょうか。限られたわずかな時間の中で、読者の皆さんに楽しんで頂ける記事を、一瞬にして仕上げなくてはならない。コメントの取捨選択。情景描写。翌日の他紙を見て「あーすれば良かった」「こーすれば良かった」と後悔することもしばしばです。一方で、会心の原稿を仕上げられて、翌朝のワイドショーやヤフートピックを席巻できた時の感動は、筆舌に尽くしがたいものがあります。
3)「書き逃げ」ができない
週刊誌の記者さんやブログで文章を書いている皆さんとの一番の違いが、これでしょうか。番記者は1年中、チームに帯同しています。取材対象は記者の書いた記事を、想像以上にチェックしているものです。根拠なき無責任な批判はできない。
でも、ヨイショ記事のオンパレードでは購入して下さる読者に失礼です。四面楚歌を恐れずに、書くべきことは書かねばならない。その場合、当事者たる本人の前に翌日、胸を張って顔を出すことができるか。逆にトラブルへと発展した時こそ、取材対象と接近できるチャンスとも言える。逃げずに、誠実に対応した結果、「雨降って地固まる」ことになった経験も、わたしにはあります。
「2ちゃんねる」などネット上では「マスゴミ」と蔑まれ、「蛆虫記者死ね」と批判されることもよくありますが、わたしは死にません。
「竹刀ごっつあんです!」。いつも自分に言い聞かせながら、汗と涙を流して、取材に励んでいます。次回からはそんな記者の身に起きた忘れられない出来事を、読者の皆さんにも知って頂きたいと思います。
楽天イーグルスにも、熱き声援を。
