数学の贈り物

2017.01.01更新

 ぼくは普段、京都の山の麓で生活していて、平日は家族以外の人と顔を合わせることもほとんどない。だいたい家と散歩道の小さな生活圏内で暮らしているから、本や生活用品はネットで購入することが多く、一日に一、二回やってくる宅配員の方々ともすっかり顔なじみになってしまった。

 年末は宅配業者も大忙しのようで、年の瀬が迫った頃に、「ちょっと家の場所がわからない」と聞き覚えのない声で電話があって、荷物を受け取りに外まで出ると、アルバイトと思われる私服の男性が「このあたりはまったく土地勘がなくて」とオロオロしていた。ぼくは、何だか申し訳ない気持ちになった。彼が運んできてくれたのは、大掃除のための梯子である。

 今年は京都に引っ越してきてはじめて本格的な大掃除をした。日々を生き抜くことで精一杯で、京都に来てから最低限の掃除や整理はしても、大々的な掃除は一度もできないままであった。気づくと、あっという間に五年近くの歳月が流れていた。今年は家族が体調を崩して寝込んでしまって、しばらく家事に没頭していた。すると、急にメラメラ掃除の意欲が湧いてきたので、この際と思い切り、十日間ほど家の隅々まで掃除ばかりして過ごしたのである。

 リビングはもともと画家のアトリエだった部屋で、天井が高く、梯子がないと壁の掃除ができない。赤いセーターを着た年配の男性が届けてくれたのは、そのために数日前に注文した梯子だった。彼はヤマトのトラックではなく、シルバーの、自家用車のような車で来た。ここまで人員が不足しているとわかっていたら、注文はあとまわしにしたのにとぼくは後悔した。

 ネットによって、世界の繋がり方はすっかり変わった。ネットがなければ、ぼくと梯子が繋がるために、どこかのホームセンターに出かけるよりほかなかっただろう。ところがぼくは、アマゾンを開いて、検索窓に「梯子」と打って、口コミで評判のいいものをクリックしただけなのである。何という名前のお店から送られてきたのか、それがどこにあるお店なのかぼくは知らない。赤いセーターを着た年配の男性が、どういう人で、普段なにをしているのかもぼくは知らない。暗い夜道で、「わざわざありがとうございます」と、ひとことふたこと交わしただけで、もう二度と彼と会うこともないかもしれない。

 それでも、うちの最寄りのホームセンターにある梯子より、ぼくにとって、どこから送られてきたかわからないこの梯子の方が、圧倒的に「手近」であった。実際、ぼくは梯子を手にするために、余分な過程を経る必要がまったくなかった。アマゾンを介して、ぼくと梯子は、ほとんど最短の距離で結ばれていたのだ。その代わり、ホームセンターまで歩く過程で生まれたはずの、近所の人との会話、通りすがりの古書店での気づき、その他いっさいの道草の可能性は、自覚もないまま失われていた。

 何かと何かが繋がることは、どこかとどこかが切り離されることである。ぼくと梯子が一直線に繋がることは、ぼくと古書店とのあり得た繋がりを、手放してしまうことなのである。

 ネットや物流の進化によって、世界は思わぬ仕方で繋がり、意図せぬ仕方で切り離されていく。たとえばfacebookのようなサービスが、オフラインでは不可能な社会的繋がりを支えると同時に、ネット以前には考えられなかったような社会の分断を推し進めることは、何年も前から多くの人が指摘してきた通りである。

 欲望にとって距離はコストだ。だから、世界の距離は凄まじい勢いで再編されていく。巨大な資本を投じて、新しい繋がりが構築されて、経済的に最適にデザインされた距離が世界に押し付けられる。便利な繋がりを喜ぶ背後で、あちこちに種々の分断が発生していく。蛸壺化したネットワークは、また新たなビジネスの機会を生む。同じ関心を持つ人たちが局所的に集中すれば、単位空間当たりの回収率の高いビジネスが期待できるだろう。

 これは何もインターネットとともに始まった現象ではない。すでに150年以上も前、電信と鉄道によって、世界は大規模な接続(connection)と切断(disconnnection)の時代に突入していた。空間の支配は富を生むが、空間支配の「方法」そのものが、電信と鉄道によってドラスティックに書き換えられたのである。

 スタンフォード大学のリヴィエル・ネッツ氏は、その著書"Barbed Wire"(『有刺鉄線』)のなかで、近代における空間の「接続」と「切断」の裏腹な関係の成立と変容を見事に描き出している。そこにとても印象的な事例が出てくる。

 金鉱目当ての大英帝国とボーア人の間で、南アフリカの植民地化をめぐって争われた第二次ボーア戦争のことである。1899年10月12日の宣戦布告以降、はじめこそはボーア人の攻撃に苦しめられた英国軍が、年明けから攻勢に転じ、1900年6月にはボーア側の二つの首都が占領された。ところが、英国側の予想に反して、戦争はここで終わらなかった。ボーア軍が、英国の鉄道、電信網を寸断するゲリラ戦を開始したからである。

 ボーア人の主な移動手段は馬だった。対する英国側にとっては、鉄道が移動と物資輸送の命綱であった。馬の動きを阻止することより、鉄道の機能を麻痺させることの方が簡単だった。広大な草原に散らばる馬の動きを制御することは不可能に近いが、鉄道を止めるためには、線路を局所的に爆破するだけでこと足りるからである。

 英国軍は鉄道をゲリラ攻撃から守り、馬の動きをせき止める方法を早急に考案する必要があった。そこで目をつけられたのが「有刺鉄線」である。

 有刺鉄線は1870年代にアメリカで発明されて、主に牛を中心とする家畜の動きを制御するために利用された。広大な土地を動き回る生き物の行動を、安価で効率的に規制する道具として、有刺鉄線は大きなイノベーションだったのである。この発明が、アメリカの近代化においていかに決定的な役割を演じたかは、ネッツが先の著書のなかで詳しく論じているので、ここでは省略することにする。

 とにかく、家畜の行動を制御するための道具であった有刺鉄線を、英国軍はボーア人と彼らの馬の動きを食い止めるために使うことにしたのだ。英国軍は線路と電信のネットワークに寄りそうように有刺鉄線を張り巡らせて、その破壊を試みるボーア人を監視するために、急ごしらえの「ブロックハウス」を鉄線に沿って等間隔に打ち立てた。

 線路と電信の網に沿って構築されたこの「ブロックハウスシステム」には、予期せぬ効能があった。南アフリカの大草原が有刺鉄線の網の目で覆われることにより、広大な土地が、境界の制御されたいくつもの小規模な領域に分割されたのである。「接続」するための鉄道や電信が、有刺鉄線で守られることで、領域を「切断」する機能を帯びるようになったのだ。南アフリカの大草原全体に散らばるボーア人を駆逐することは不可能にしても、分割された小領域ごとにボーア人を追い詰めるのは十分に可能なことだった。この有刺鉄線の思わぬ効果が、英国側を勝利に導いた。「接続は、それと直交する方向に切断を生む」ーーこれが、ネッツがこの事例から読み解く教訓である。

 有刺鉄線が戦術として本格的に用いられるようになるのは第一次世界大戦のことである。皮肉なことに、それは鉄道と電信の発明がもたらした緊密な「繋がり」による、過剰な恐怖の伝播によって引き起こされた戦争でもあった。物資と情報が高速で飛び交う方向と直交するように、塹壕と有刺鉄線によって人の移動がせき止められた。かつて家畜を制御するために使われた道具は、もはや完全に人間の行動を阻止する道具として機能していた。

 都合のいいリソースを囲い込み、都合の悪いゴミを吐き出すのは生命の基本的な機能である。しかし人間は、その境界(あるいは壁、膜)をあまりに広範に、あまりに効率的に建設できるようになってしまった。有刺鉄線は、大規模で安価な壁の建設によって、富と力を産み出す近代を象徴する発明だったのである。

 もはや人間の行動を規制するための主な手段として有刺鉄線が使われることはなくなった。行為の空間は物理世界から仮想世界へと重心を移し、行動のラディカルな制御と距離の設計は、アルゴリズムによって、身体に対する直接の痛みを伴わないまま大規模に、安価に、効率的に遂行できるようになったのだ。現代においては、痛みを通して学習させる家畜のメタファーではなく、制御された力学の空間のなかに放り込むという、機械、あるいは物質のメタファーで、人間の行動がコントロールされているように見える。

 「機械が人間に近づく」とあちこち喧伝されるなかで、むしろ人間がますます機械に近いものとみなされるようになっていくだろう。人間は巨大なシステムのなか、もはや動物のようにではなく、物質と同じように扱われるようになるだろう。直接的な肉体の苦痛を伴わない分、暴力はますます見えにくい場所に隠されることになる。

* * *

 大掃除で家は綺麗になったが、捨てられた大量の塵やゴミは、ぼくの知らないどこか遠くの場所をいまも汚染している。無秩序はなくなったのではなく、単に移動しただけなのである。

 繋がりもまた、増えたり減ったりするのではない。ただ繋がり方が変わるだけである。インターネットや電信の登場する遥か前から、人間と生物と物質たちは、深く緊密に繋がっていたのだ。そしてその繋がりによって生み出される富を、ぼくらはずっと分かち合ってきたのだ。

 「生きる」という創造の現場で、人間を他の生物から、あるいは生物を他の物質たちから切り離すことはナンセンスである。「ぼく」は生きていて、「石」は生きていないなどという権利がどこにあるのか。ぼくらは、ただ総体として「生きている」。人間を物質のように扱うのではなく、本当は、物質を人間のように扱う思想を育まないといけないのである。

 日本人の「とき」が制度的に切断される大晦日のいま、ぼくの心はしばし、物質との思わぬ「結び」の可能性の夢を見ている。

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森田真生(もりた・まさお)

1985年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒業。現在は京都に拠点をかまえ、独立研究者として活動。全国で「数学の演奏会」をはじめとするライブ活動を行っている。2015年10月、デビュー作『数学する身体』(新潮社)を刊行。2016年2月には、編纂を担当した岡潔の選集『数学する人生』(新潮社)が刊行となった。ミシマ社では、数学にまつわる本を紹介しながら、数学を通して「生きること」を掘り下げるトークライブ「数学ブックトーク」を共催。2016年1月には、ライブで手売りすることを元に作られた『みんなのミシマガジン×森田真生 0号』(ミシマ社)が発刊された。

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