すみちゃんのめひこ日記

第11回 ピニャータを割りながら、「大統領」に想いを馳せる

2017.01.22更新

 メキシコ滞在も終わりに近付いてきました。
 ついこの間まで、タコスを貪りながら「一生帰りたくなあい!」などとほざいていた私が、気温の低下と年末年始の到来に合わせて見事にホームシックにかかり、理由もなく家で数週間塞ぎ込んでいたりしました。
 この原稿を書いているいまは、その鬱状態から謎の起死回生を遂げてもう元気です。病気になったり、好きな人が出来たり、疲れたなあと突然思ったり、友人と揉めてへこんだり、場所がメキシコに移っているだけで、心と体はふつうの生活のなかでふつうに反応します。

 気分が沈んでいた年末、ちょうどクリスマスの25日、お祭りムードを味わうことを犠牲にして、私はチアパス州サン・クリストバル・デ・ラス・カサス行きの夜行バスに乗り込みました。

私が半分逃したメキシコのクリスマスはどんなものかというと、一番目を惹く特徴は「ピニャータ」です。「その年一年間の罪(キリスト教の7つの大罪。暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢)」を象徴した、かなりロックな見た目のくす玉をスイカ割りのように叩いて割ります。割ると中からお菓子やフルーツがバラバラ落ちてきます。「悪いものを破壊したごほうび」といったところでしょうか。ピニャータはこちらの写真のようにトゲを付けていて、これは社会運動系のイベントで用意されたものなので、なんとメキシコ大統領エンリケ・ペニャ・ニエトの顔がモチーフになっています。大統領は「打ち砕いてしまうべきもの」なのですね。

↑国旗カラーのピニャータ。大統領ペニャ・ニエトの横は、たぶんそのご夫人。ああ、掲載ギリギリの情報を出してしまった...。

↑吊るしたピニャータを子どもが棒で叩き割る。ブレるペニャ=・ニエト。


 ピニャータの習慣は、やっていることがビジュアル的に超分かりやすくて、なんか清々しいです。また、このキラキラトゲトゲした「罪のマスコット」の可愛いミニチュアは、コワモテ運転手のタクシーやバスのバックミラーにけっこうな頻度で下がっているので、「あら、イベントはきっちり浮かれるタイプなんですね運転手さん」とキュンとします。

↑バスのバックミラーに下がる、ノーマルなピニャータ(ミニチュア)。それぞれのトゲは「7つの大罪」を表し、7つ付いているのが正統派。これは5つ。けっこうかわいくないですか?


 大統領といえば、隣国アメリカ合州国の大統領選でドナルド・トランプ氏が当選しました。ピニャータにされた現職メキシコ大統領については賛否がはっきり二分している(ほとんどの友人は反対派ですが)この国でも、この次期米国大統領に関しては、み―――――んな反対。親政府派も反政府派も、トランプを全面的に良く言う人はひとりとして見たことがありません。
 どこにいっても主要な新聞は朝から売り切れ、という現象がこの1年間で2回ありました。1回目がこのトランプ当選、2回目がキューバのフィデル・カストロ氏死去のときです。米大統領選の翌日は、左派の新聞も右派の新聞も動揺を表していました(左派系では、例えば11月9日のLa Jornada紙一面タイトルは"トランプがヒラリーをノックアウト 世界に衝撃"。右派系では、同日のEl Universo紙は"トランプ 米新大統領"と題された記事で、「絶えずトランプの攻撃の対象になってきたメキシコは、いま、考えられうる最悪の状況のひとつに直面している」とコメント。またMilenio紙も、"トランプ勝利に嘆くメキシコの政治家"、"トランプ勝利 無知と外国人差別が勝った"などのタイトルで政治家や財界人の嘆き系コメントを載せています)。タブロイド紙に至っては、一面トランプの顔写真とともに "¡CHIN!"(= "FUCK!"の意)の一言を載せたものもありました。

 基本的なことしか言えないのですが、以下、一応書かせていただきます。
 メキシコから米国への移民という現象は長い歴史を持っていますが、近年特に不法移民の数が急増している背景には、80年代の対外債務危機による失業者の増加と、それに続いてラテンアメリカ全体が開放経済へと舵を切っていったことによる更なる失業者の増加が影響しています。トランプが廃止も考慮にいれて再検討を宣言しているNAFTA(北米自由貿易協定)も、もとは米国主導で結ばれたもので、この時期の一連の市場自由化政策のうえに位置づけられます。安価なアメリカの農作物がメキシコへ流入したことで、特にメキシコの農業労働者に甚大な被害を与え、米国を目指す不法移民の勢いに拍車をかけたとされています。
 選挙直後、「米企業の商品は買わないようにしなきゃ」と怒りに震える大家さん(60代の女性)と一緒に私が、じゃあ何なら買えるのかを考えたとき、大手メーカーの食料品はほとんど買えないじゃん...と絶望したことがあります。え、あの老舗乳製品メーカー、いつの間にコカ・コーラに買収されたの? みたいな話がたくさんあります。

 米資本はこれだけ隅々にまで行き渡り、そして経済状況が変容した中南米から合州国へ不法労働者が大量に入国することによって、両地域は高い相互依存状態にあります。ヒトの移動が、国境警備のコストの増加や麻薬の密売や文化的軋轢に結びついているのは事実ですが、合州国側が「移民は諸悪の根源なので追放します」と一方的に宣言することは、もう倫理の上でも政治・経済・社会における実質的なメカニズムの上でも、突っ込みどころがありすぎるわけです。
 トランプが6日に行った「改めて確認するけど壁の建設費は全額メキシコが払うんだからな!」という趣旨のツイートが話題になりましたが、フェリペ・カルデロン元大統領はこの米新大統領の一連の言動に対し、「メキシコの雇用を破壊すれば、米国への移民はますます増えるぞ。少しは考えろ!」と自身のSNSでコメント。麻薬戦争を今の惨状まで発展させたことで悪名高いカルデロンでも、これくらいの反論はしています。

 メキシコの人は「おもしろ画像」(通称Memeメメ)をつくる天才だと私は思うのですが(みんなつねにSNS上でメメのやりとりをするのです)、もうトランプが勝つや否や、わたしのタイムラインは、せっせと壁をつくるペニャ・ニエトの画像や、壁の下を掘ってアメリカ側に侵入してしまう麻薬王ホアキン・グスマンの画像(グスマンが地面を掘ってメキシコの刑務所から脱獄したことは有名)、そして、「ぼくたちは壁を越えるためにトロイのピニャータで武装しました」の言葉を添えた木馬型の巨大ピニャータの画像で溢れかえりました。「わあ、ピニャータじゃん!割ろう割ろう!」とか言って、アメリカ人がそのピニャータ版トロイの木馬を割ると中からメキシコ人がわらわらと走り出てくる・・・。そんなセンスの良いことが米墨国境地帯で実際に起きたら、国際関係はもっとおしゃれになりますね。もちろん夢(妄想)ですけど。
 わたしの感覚では、米国に対するメキシコ国民の怒りの感情は、まだクリティカルなほど激しくなっているわけではないですが、みんなが今後を心配して、そして悪態をついていることは間違いありません。

 「大統領」で最後の話題。
 冒頭、クリスマスに後ろ髪を引かれつつチアパスへ向かったことに触れました。チアパスといえば、私がこのメヒコ日記に何度も書かせていただいたサパティスタ民族解放軍(以下EZLN)の本拠地です。年をまたいでEZLN関連のイベントが続いたので、また行ってきました。
 昨年10月半ば、「サパティスタ」と「大統領」というキーワードで大きなニュースがありました。それは、EZLNが立ち上げに関わりいまでも厚い協力関係にある全国先住民会議(Congreso Nacional Indígena、以下CNI)が、先住民の女性の代表者を立て、政党に属さない独立候補者として、2018年12月実施のメキシコ大統領選への出馬を目指すというニュースです。CNIはEZLNではない38の先住民のグループから成っていて、グループ間で連携しながら、それぞれの抱える問題と先住民全体が抱える問題の解決を目指す団体です。
 EZLNは活動開始以来「権力に向かわない」ことをモットーとし、国家行政に関わる道を徹底的に避けてきました(連邦議会の数議席をEZLN枠としてプレゼントするとか、献金して地方行政に誘うというような、懐柔を狙った提案は、政府側から何度も行われてきました)。既存権力に入っていくことは時として運動の生命力を奪う、ということを自覚し、「上からの権力の獲得ではなく、下からの力の創造」ということを存在意義としてきたのがEZLNです。彼らの実践は「自治」を基本とし、世界中に広がる支援のネットワークとともに、すべて自力で展開されてきました。

 大統領候補者を立てるのはあくまでCNIで、EZLN自体ではありません。しかし、以上のような理念で知られてきたEZLNの兄弟的組織から国政選挙への立候補者が出るという発表は、当然大きな物議を醸しました。CNI内部、EZLN内部にも反対派はいると、彼ら自身が言っています。
 そんななか、EZLNはこれからも権力には一切関わらないと強調し、「今までと変わらず我々は投票場には行かない、しかしCNIの選挙キャンペーンを全面的に応援する」と表明しています。この微妙な立ち位置はすごく面白いのではないかと、私は注目しています。
 2016年11月17日付のEZLNの声明文 "UNA HISTORIA PARA TRATAR DE ENTENDER(理解しようとするための物語)"にも示されているように、大統領選への先住民女性の出馬は、メキシコの先住民の境遇(そして女性の境遇)というテーマを国民的議論へと高める機会になりうると私は思います。
 選挙におけるEZLNのデリケートな立場は、自らが権力に結びつくことは防ぎながらも、「大統領選」というものの話題喚起力を逆手に利用して、新しい言説の場や、運動同士の新しい連結の場を拓いてしまえるかもしれません。
彼らはこう言います。

No se busca que una mujer indígena del CNI sea presidenta, sino que lo que se quiere es llevar un mensaje de lucha y organización a los pobres del campo y de la ciudad de México y del mundo.  No es que tomamos en cuenta de que, si se juntan las firmas o se gana la elección, es que sale bien.  Sino que sale bien si se puede hablar y escuchar a quienes nadie habla ni escucha. Ahí vamos a ver si sale bien o no, si es que mucha gente va a agarrar fuerza y esperanza para organizarse, resistir y rebelarse.

――CNIのひとりの先住民女性が大統領になるかどうかを探るのではなく、メキシコの、そして世界中の農村と都市にいる不遇なひとたちへ、闘いと組織化の呼びかけを届けることが求められています。私たちは、(出馬に必要な)署名が集まるかどうかや選挙に勝つかどうかは考慮に入れていません。そうではなく、誰からも話しかけられず耳を傾けられない人たちへ話しかけ耳を傾けることができるかどうか、です。(選挙活動が)うまくいくかどうかを、私たちはそこで判断します。たくさんの人が、繋がり合い、抵抗し、叛逆するための力と希望を手にするかどうかです。
(EZLN叛乱副司令官モイセス、ガレアノによる声明文"UNA HISTORIA PARA TRATAR DE ENTENDER(理解しようとするための物語)"より角智春試訳。()内は訳者が補足)


 先住民はメキシコ全体の人口の約15%を占め、メキシコという同じ経済・社会のなかにいるひとたちです。特に農業従事者が多く、卑近な例では、毎日私が消費するトルティージャの多くも、元をたどれば彼らの生とつながるわけです。しかし、その境遇の厳しさ(貧困率の高さ、進学率の低さ、土地をめぐる他権益との衝突、麻薬組織の介入、社会的偏見など)は周知のことにも関わらず、「人種も言語も生活様式も違う人」という認識からなのか、先住民を本当の意味で同じ共同体のメンバーとして見做している人はメキシコ国民のなかにどれほどいるのだろうか、という疑問を私は持ちます。これは友人との会話などから私が勝手に持った感想です。
 いままでなんとなくスルーしてきたことを、自分のもつ投票権、そして曲がりなりにも自分の国のリーダーとダイレクトにつながる問題として見ることが出来れば、すこしは先住民やCNI・EZLNへの関心の向き方が変わるのではないかと期待しています。

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角智春(すみ・ちはる)

1995年生まれ。島根県出身。耳の垂れた犬が好き。盆と正月には愛犬のビーグルと出雲大社周辺を散歩する。東京外国語大学でスペイン語を専攻。ゼミでは人類学&現代思想を真面目に勉強し、指導教員に「スミさんには、“自由とは何か”を考えはじめて200年、みたいな趣きがある」と言わしめた。

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