すみちゃんのめひこ日記

第12回 バラバラに一緒に

2017.02.19更新

 パン屋に入ってパンを選んでレジに並びます。レジのおばちゃんは、トレーの上のパンをトングで挟んで取り、包装用のビニールに軽快に包んでいきます。すごく軽快に。そして(だから)、私のコンチャ(=Concha、「貝殻」の意。表面に塗られた砂糖が貝殻の襞のような模様をつくる、メキシコ版メロンパンのこと)がビニールの間から滑り出て、おばちゃんのエプロンの上にポン、と乗ります。おばちゃんは恰幅がいいので、コンチャは落ちることなく、エプロンの胸元に落ち着いています。

 あ、別のと取り替えになっちゃうのかな、とわたしが思っている間に、おばちゃんは胸の上に乗ったコンチャをトングで掴みあげて、「あら、行きたくないのね~」と優しく話しかけ、もとのビニールに包み直してシレっと紙袋に入れます。「はい、8ペソね」。

 ある広場まで行きたくて、たまたま見つけた交番で行き方を尋ねます。交番の前では防弾チョッキを着た警官が仁王立ち。「あの、○○広場に行きたいんですが」と話しかけると、「ちょっと待ってて」といったその警官はスタスタと通りのほうへ歩いて行き、そこらへんを通りかかった一般人のおばちゃんに、「あの、○○広場ってこの道をまっすぐでしたっけ」と質問している。警官が通行人に道訊きにいくの!?と唖然としていると、そのおばちゃんから「そうよそれであってる」と教えてもらった警官が戻って来て、笑顔で「この道をまっすぐです」と。

 そんなことばっかりなのです。コンチャの味は変わらないし、広場の場所だってちゃんと分かったのだから、それでいいのです。

 成田行きの飛行機のなかで、となりの席が日本の人じゃなくてメキシコの人だったと分かったとき、なんとなく安心してしまいました。ちょっと肘が当たっても、イヤホンから音漏れしちゃっても、許してくれそうだから。
 こんなかんじで、帰国のときを迎えました。

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 帰国の直前、ある視察のため、チアパス州の先住民の村に1週間寝泊まりしました。
メキシコシティの自宅に帰ってきて、ベッドに横たわり、ネットラジオを日本語で聴いていたとき、突然、フッとものすごい「落差」のようなものを感じて、ひとりでこう呟いていたのです。

 「ああ、バラバラだ」

 わたしはこの一年間、メキシコという国で生活して、ほんとうに色々な人に出会いました。
 そして、色々な人に出会う普通の生活を続けながら、それと並行して追い続けていたテーマは「社会運動」でした。
 社会運動は一見、みんなでひとつになるためのもののように思えます。
 でもわたしが分かったのは、
 ひとつになろうと必死になるほど「みんなはバラバラだ」と思い知らされる、ということでした。
 わたしたちはいつも、くっつきそうで結局離れています。そういう感覚があります。
この感覚は、ある時には絶望的な孤独を呼び起こすこともあれば、べつの時には豊穣な可能性を見せてくれることもあります。

Un mundo nuevo donde quepan muchos mundos.
――たくさんの世界が存在できる、ひとつの新しい世界。(EZLNの言葉より)

 メキシコと日本がどう繋がるのかという問いは、一年間わたしに付き纏いました。ふたつの地域を移動する自分の存在意義のようなものを見つけたかったからだと思います。
ラテンアメリカは、東アジアからあまりにも遠い場所です。文字通り、地球の反対側です。
政府間の協定とか企業の進出といったレベルでは、この2地域の繋がりを指摘することはいくらでも可能です。スーパーに行けば、アボガドは全部メキシコ産です。でも、ふつうの人が各々のこころにおいて、メキシコと日本のつながりを実感できることは、ほとんどないでしょう。だから、「メキシコで感じたことを、どうやったら日本の人へリアリティとともに伝えられるのか」は、わたしの頭をかなり悩ます問題でした。

 一年間という長いけれど短い時間を過ごしたいまの時点で、わたしはこう思っています。

 「世界はひとつ」の錯覚のもとに回収されてしまうくらいなら、メキシコと日本は無理に繋げられないほうがいい。
 たぶんそうあるほうが、「メキシコで感じたことを、日本の人へリアリティとともに伝える」という目的に近付く気がするのです。

 そして、こうも思います。
 バラバラな私たち一人ひとりは、それぞれの世界に生きなければならない。例えば、社会運動のように同じ問題意識のもとで団結の最中であっても、その孤独感は、失われないほうがいい。

 あのとき、ベッドの上で「バラバラだ」と言うことで、わたしは、あたりまえのことをやっと認められた気がして、楽になったような感覚さえ得ました。妙な悲壮感と妙な安心感が、同時にやってきます。

 国境をまたがなくても、どこでもわたしたちはみんなバラバラに、それぞれの事情・生活・世界のなかにあって、例えば、「ふつうに考えておかしいよね」と思うことに対して「おかしい」と言い続けることさえできなくなることがしばしばです。でもそれぞれの事情・生活から離れることは絶対にできないし、それに、それぞれの世界のなかにいるから守られていることは、ほんとうにたくさんあるのです。

 だから、みんなあくまでバラバラのまま、「おかしい」と言い続けることを諦めないような生き方をすることが、わたしのつぎの長い長い目標かもしれません。

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 1年間のメキシコ生活が終わりました。いままで拙い文章を読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました。スタンダードなメキシコ案内にもならなければ、役立つジャーナリスティックな情報も特にない放談状態でしたが、私にしか書けないメキシコ日記を書こうと頑張りました。

 長いフライトを終えて成田に着陸したとき、滑走路を減速しながら走る飛行機のなかで、後ろの乗務員専用の椅子に座っていたメキシコ人のCAが、それなりに離れたところに座る別のCAに向かってこう言いました。
 「フライト中、色々ありがとね」
 おお、仕事終わりに同僚にあたたかい声をかけるなんて、いいお姉さん。やっぱりメヒコ最高。

 でもそのあと、そのお姉さんがこう続けたのです。
 「ねえ、犬飼ってる?」
 そして同僚のCAが、廊下の向こう側から答えます。
 「ううん、飼ってないけど、でも好きだよ。かわいいよね」
 そこで沈黙。

 ・・・その会話、乗務員が勤務中にする? それを今確認する必要があったの? 客室に響く声でそんなやりとりしていいの?
 茫然としたままの私を乗せた飛行機は止まり、どうやらここで私の旅程のすべてが終了したようです。
 最後に聞いたスペイン語の会話がこれか。

 そんなことばっかりなのです。犬はフライトとたぶん関係ないけれど、CAが犬の話をしても飛行機が落ちるわけじゃないから、それでいいのです。


2016.10.12 Oventik

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角智春(すみ・ちはる)

1995年生まれ。島根県出身。耳の垂れた犬が好き。盆と正月には愛犬のビーグルと出雲大社周辺を散歩する。東京外国語大学でスペイン語を専攻。ゼミでは人類学&現代思想を真面目に勉強し、指導教員に「スミさんには、“自由とは何か”を考えはじめて200年、みたいな趣きがある」と言わしめた。

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