第12回 自分の手から離したときに
2日間の休みを挟んで、ボディケア研修が始まった。
クラスは、35人でスタート。そのうちの約半分が、リフレクソロジーを一緒に合格した仲間であり、残りの半分が前日にオリエンテーションを終えたばかりの新人研修生だ。
私はこのクラスの班長をすることになった。
この会社の研修システムはよくできているなあと思うことがたくさんあったのだが、この班長選出もその1つだった。
クラスは常に2週間の研修を修了した先輩研修生と、新人研修生で構成される。班長は先輩研修生のうちの1人がなるのだが、その班長は、前のクラスで副班長をやった人なのだ。
つまり私の場合で説明すると、リフレクソロジー研修が1週間を過ぎたころに、新人研修生たちから推選されて副班長になった。そこから班長と2人体制でクラスを仕切り、最終日(最終実技試験日でもある)に班長からあらためて詳しい仕事を教わったのである。
班長の主な仕事は、研修初日の点呼や準備体操、授業開始と終了の号令(翌日からは3〜4組に別れた班ごとに当番を決めて行う)、担当講師から何らかの指示があった場合のまとめ役といったところだ。
でも一番やらなくてはいけないことは、時間通りにみんながてきぱき動けるよう大きな声を出すこと。そして緊張している新人研修生をクラスに早くとけ込ませるようにすること。それからクラス全体の士気を2週間後の最終実技試験まで高めていくことかなと思う。
周りには「たいへんな仕事」と思われていたみたいだけど、これが楽しくて仕方なかった。居場所がある感じというか、やることがハッキリしていて、ラクなのだ。
それに、もともと人と人を会わせるのが好きで、年に4、5回ほど20〜30人程度の飲み会や花見、BBQなどを企画しているくらいなので、こういうことがわりに得意ということもある。「見合いばばあ」で「仕切り屋」みたいなもんですね。もちろん、「お山の大将」にならないように気をつけることが重要ポイントなのだけど。
さて、ボディケア研修初日を思い出すと、ある女性のことが思い浮かぶ。
新人研修生で、年齢は30代半ばといったところ。化粧はまったくせず、これがまた(セラピストを目指しているとは思えないくらい)無愛想なのである。
その日は小テストのあとに学科の講義があった。
私と彼女はたまたま隣り合い、一緒に組んで、担当講師の説明に合わせて互いの僧帽筋やら上腕二頭筋やら腹直筋などを触って確認した。ところが彼女は筋肉を触るたび「ここが××筋」と得意げに断定して言うのだ。
「よく知ってますね」と感心すると、彼女は「マッサージの仕事、前にしてたの。理由があって休業しただけ」とそっけなく応える。
その後も彼女の態度が気になった。講師が講義するなか、大げさに溜め息をついたり、ボソッと「この会社って重要な筋肉や骨をちっとも教えないのね」と言ったりするのだ。
私はもったいないなあと思った。自分の知っていることだけが正しくて、ほかの新しい知識は受け入れられないという態度は、本当にもったいない。せっかく自分の持つ器がさらに豊かになる機会なのに。
それに、他の人の知らないことを知っているなら、出し惜しみせずにみんなに教えてあげたらいいのだ。知識でも智慧でも人脈でも、自分の財産は囲い込まず周囲に開放したときに、つまり自分の手から離したときに、本当の財産となる。そしておもしろいことに、いつかそれは倍の倍くらいの大きさになって、自分のところに返ってくる。
予期していたとおり、彼女は3日目にはもう来なかった。その時点でクラスは32人になった。
さてさて、ちょっとだけ現在(2010年3月後半)へ時間は飛ぶ。
第8、9回に登場したキョウコさんに、原稿の掲載時にメールで連絡をしてみた。
まずはクラスが分かれてから疎遠になって、研修が終わったときに挨拶ができなかったことを悔やんでいること。そして事後報告で申し訳ないのだがキョウコさんのことを書いたから、もし気が向いて読んでくれたらとても嬉しい、と。
その日の夜、彼女から返信がきた。
「かおりん、元気そうでなによりやわぁ。なんかいいように書いてくれてありがとう。恥ずかしかったけど、懐かしい日々がよみがえり、新鮮な気持ちになったわ。何年か経ったらあの中華料理屋さん、一緒に行こうなあ。約束やで!」
そうか、大阪の人はメールも大阪弁なんやな、と思わず笑った。
縁が切れたと思っても、片方が行動を起こせば、もう片方も縁を受け入れてくれる。いつでも、どこでも、思い立ったときが再縁日。
