ウソつきの国

 「ウソつきの国」といえども、多くの先進国は、少なくとも表面上は、民主主義を謳っており、独裁体制というのは過去のものとなっている...はずです。が、じつは現代は、形を変えて、あらゆる場所に「小帝王」がはびこっているのではないか。先輩、上司、得意先、親、消費者...。閉じられた世界の中で、絶対的な権力を持ち、その力は時には人の命を奪うほどに強力。ニュースを観たり、新聞を開けば、たしかにそんな事例は枚挙にいとまがありません。

短期連載第3回 あらゆる場所に「小帝王」がはびこる

2017.02.14更新

 二〇一五年十二月、二十四歳の電通の新入女子社員が、残業月百時間を超える過酷労働に苦しんで自殺した。この事件に関連して、簱智広太という人がネットに「電通過労自殺『私のことかと』─長時間労働にセクハラ、テレビ局で働く20代女子のリアル」という記事を書いた。簱智氏が取材したテレビ局勤務の二十代の女性は、事件を「自分も同じような働き方をしていた」ので「まるで私のことかと、思いました」と語ったという。

 彼女の仕事の仕方は次のようだった。毎日一時二時まで働き、土日出勤は当たり前。椅子で寝たりしてつねに睡眠不足がつづいていた。「マスコミってやっぱり、世間から見たら働き方が普通じゃない気がしています。午前1時や2時まで働いて、夜遅くまで飲み会をするのが頑張っていることみたいに、思いがちなんじゃないんでしょうか」。これはマスコミ業界一般の体質だと思われる。そんじょそこらの並のサラリーマンとちがい、おれたちは潤沢な金を豪快に蕩尽でき、時代の先頭を走る無頼集団だという特権的選民意識があるのではないか。だから、深夜の飲み会には侍る女がいなくてはならない。

 彼女は、代理店や得意先を接待する飲み会の多さが過酷な仕事に追い討ちをかけたという。「年末は土日も含めて、月のほとんどが飲み会で埋まってしまったこともある」。二次会から呼び出されることも多く、別の飲み会が早めに終わって家に帰れたとしても、電話が鳴って、「代理店の先輩から、『いまから六本木な』」と呼び出される。女子も部下も自分たちの自由になると思っているのだ。セクハラはもうあたりまえ。簱智氏はこう付け加えている。「体を触られることもある。太ももやお尻、ひどいときは、股間まで手を伸ばしてきた人もいた。いくら、嫌がってもだ」

 彼女は「繁忙期は、飲み会が終わったあと、会社に戻って仕事をすることもあった。そうしないと、仕事が終わらないからだ」。営業部門に配属されたころ、彼女は上司からこういわれたという。「いい給料をもらっているんだから、多少の理不尽は我慢しろ」。深夜に及ぶ仕事や、飲み会への呼び出しや、セクハラ被害を見ていると、彼女はADではないのかと錯覚するが、「いい給料をもらっている」というからには、女子アナ職とは関係のない内勤のテレビ局員だと思われる。「いい給料をもらっているんだから、多少の理不尽は我慢しろ」というのはとんでもない言い草である。「いい給料」と「理不尽」とはなんの関係もありはしない。

 山本七平はかつてこういうことをいっていた。恐ろしく正確である。「複雑な現代社会は、あらゆる所に『生殺与奪』の権を握る公的ないしは私的な権力をもつ小帝王を生じうる。人事権、許認可権、それにまつわる賄賂や情実、それらが新聞記事などになると、私はときどき、『ウーム、こういう人のもつ権力は、行使しうる範囲が昔の帝王より狭いというだけで、その権力の強さは昔の帝王以上かも知れないな』と思わざるを得ない。だが同じことは、経営者にもいえるし管理職にもいえる。それらの権力は、時にはある一家族を地の果てに追放し、ある人間を自殺に追い込むほど強力である」(『帝王学─「貞観政要」の読み方』日経ビジネス人文庫)。

 どの世界にも、先輩、上司、得意先という「小帝王」がはびこっている。いまや親や消費者のなかにも「小帝王」がいる。いや、わたしはどんな地位に就いてもそんな愚か者にはならない、という人がほとんどだろうと思う。だが、自己規制は案外脆弱である。おだてられているうちに、そのように遇されることがあたりまえだと思うようになる。人間の機微をわかっている山本はこう書いている。「いかなる賢者も権力をもてばおかしくなり『三年でバカになる』という諺もある」(同書)。むろん、これは個人の性格であると同時に、企業や社会の体質の問題でもある。

 『AD残酷物語』に戻る。退職するベテランADに葉山宏孝が訊く。「どうして辞めようと思ったんですか?」。かれはめずらしく後輩ADから「慕われていた」人だ。このように答えた。「色々あるけど、テレビの世界に入ってから心から尊敬できるような人に1人として出会えなかったこと。これが大きいかな」

 テレビ局ではADがまるで消耗品のように扱われているという。すこしでも音を上げると、根性なしと罵倒される。女性ディレクターがADに「何おめー先に帰ってんだよ」と怒鳴る。いったいどんな女だ? 怒声や暴力や女性ADへのセクハラが横行し、使い走りは日常茶飯事 。集団リンチもあった。

 ADを一年やった葉山宏孝は、仕事を辞めたあと「燃え尽き症候群のようになってしまった」「テレビをつけても、さっぱりおもしろくなかった。制作会社入社前後で、私のテレビの見方は明らかに変わった。バラエティをつけても、苦悶の表情を浮かべるADのことばかりを連想してしまう」。周囲には「ブラック企業なんていう言葉があるけど、一部大手除いたら制作会社なんてほとんど該当するぞ。いわばブラック業界だ。あんなところに就職するなんてバカげている。絶対に止めろよ」と触れ回った。

 「また、テレビの情報を鵜呑みにしなくなった」。葉山にはこういう経験があったからだ。ロケの前日にダイエットに効果のある食品を調べろといわれ、本を買って「ささっと調べた付け焼き刃の知識が、ほぼそのまま全国に流れてしまったのだ」。「テレビは一度カラクリを知ってしまうと、もうまともに見ていられなくなる。もちろんすべての番組のリサーチがそうではないと思うが、過信は禁物だ」

 葉山宏孝がADとして勤務したのは、いまから十年前の二〇〇五年四月から翌年三月までの一年間である。しかし、いまでも「肉体を限界まで酷使することがADの美学」は生きているのだろうな。なぜなら「テレビってそういうもんだから」。

「第一章 あらゆる場所に「小帝王」がはびこる」より

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勢古浩爾(せこ・こうじ)

1947年大分県生まれ。明治大学政治経済学部卒業。洋書輸入会社に入社したが2006年に退社、執筆活動に専念。「ふつうの人」の立場から「自分」が生きていくことの意味を問いつづけ、『まれに見るバカ』(洋泉社・新書y)で話題に。その後も『アマチュア論。』(ミシマ社)、『定年後のリアル』(草思社文庫)、『会社員の父から息子へ』(ちくま新書)など著書多数。最新刊『ウソつきの国』(ミシマ社)が2017年2月22日に発売予定。

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