第30回 祝宴のチケットは3万円
付き合って3カ月の頃。とんとん拍子で私たちの結婚の話は進んでいったが、決心する前には生活にどれ位のお金が必要なのかを検証する必要があった。これから一緒に住む家の家賃、引越代、用意しなければならない家具・・・。
「はあ・・・」
考えるだけでため息が止まらなかった。こんなにも早く結婚することになるとは私の人生計画になかったことだったので、カラッケツだったのだ。私は当時まだ翻訳学校に通っており、学費がかかっていた。一方、旦那は社会人ではあったので、私は彼の貯金に密かな期待を抱いていた。しかし、その期待は彼の貯金残高を見た瞬間に粉々に砕け散った。
「ちょ、ちょっと待って! いくら若いとはいえ、社会人になってもう4年でしょ? 何でほとんど貯金がないのよ?」
しかし、彼は悪びれることなくこう言い放ったのだった。
「そりゃぁ、俺も最初は貯めてたよ。でも、親戚が亡くなったり、結婚式が続いたりで香典や祝儀を払っているうちに、いつのまにか貯金が消えていっちゃってさ。いつの間にかこうなってしまった」
私は頭のなかのヤカンがけたたましい音を立てて蒸気を噴き出す寸前になりながらも、当時はまだ彼の家に厄介になっていたこともあり、奥歯を噛んで必死で堪えた。貯金がない弁明にこんな原因を用意してくるとは。お金を貯めることができなかった理由を徹底的に追求したい気持ちになっていたけれど、いくら彼を責めてもお金が増えるわけではないので、財布の紐を自分が握ることで満足した。
それから数カ月後、私たちはなんとか籍を入れて新しい生活を始めていた。そんな時、仲良くしていたカップルが結婚するということになり、結婚式に招待されたのだ。私は日本で初めて経験する結婚式となるので、準備をしようと旦那に尋ねた。
「日本も結婚式に祝儀を持っていくんでしょ? いくら用意すればいいの?」
「そうだね、普通なら3万かな」
「え、な、何? 3万円? ウォンじゃなくて!?」
「うん。ふたりで一緒に行くとなると5万くらいが相場かな」
私は唖然として言葉を発することができなかった。
あまりの驚きに、その後何度も聞き返してしまった。
しかも、お金がかかるのはそれだけではなく、結婚式に出席するのならば、ドレスでちゃんと正装し化粧もばっちり決めなければならないのだとか。
しかしそんななか、私の頭のなかである点と点がひとつの線で結ばれたのだ。
日本の洋服屋に展示されていた煌びやかなドレスの行方。ハリウッド映画のパーティーシーンでよく見かけるようなあのドレス。普段街を歩いていても、あんなドレスを身に着けている人はいないし、いったい誰が買っているのか、あの洋服屋はちゃんと経営が成り立っているのか。
そんな疑問のすべてが一瞬の内に納得に包まれていった。
しかし・・・だ。
友人の結婚式に出席するとなると、祝儀3万、ドレス代、2次会に出席するならその会費まで準備しなくてはならない。それだけで、わが家の家計の負担は半端ない。さらに、それをふたりで払うとなると、負担は増える一方だ。
友人の人生の一大イベントで、最もめでたいことであることも私の頭から消し飛んでしまい、私はついに口走ってしまった。
「私は行かないからっ!」
その発言の後、わが家では新たな戦争が勃発したのは言うまでもない・・・。
韓国の祝儀の相場は5千円程度。日本の結婚式ではフレンチの高級料理が出るとしても、韓国の相場とはものすごい差だ。
韓国の結婚式は来賓と新郎新婦が簡単に言葉を述べるだけで、おおよそ30分程度で終わってしまう。式が終わると、新郎新婦は幣帛(ペベク:新婦が結婚した後、新郎の家の人たちに初めて挨拶すること。韓国の芸能人が結婚した映像などを見たことがある人は記憶にあるかもしれない。新郎新婦が家族に土下座のようなことをする、あれのことだ)という伝統儀式を行う。その後、式の出席者はみんな食堂に移動する。食堂は式場内にある場合もあるし、別の場所にある場合もある。ホテルでの結婚式なら食事を取りながら式が行われることもある。幣帛を終えた新郎新婦は来賓が会食している食堂を訪れ挨拶をし、そのまま新婚旅行のため空港に向かうパターンが多い。
少し本題とはそれるが、人生で最も大事なイベントのひとつであるのに、30分前後というスピードでさっさと済ませてしまってもいいものかと疑問になる方もいらっしゃると思う。実は今、そういった声は韓国でも大いに叫ばれている。私のベストフレンドが結婚したときに、彼女は私と顔もまともにあわせてないのに新婚旅行に行ってしまい、私はとても寂しい思いをしたものだ。
とはいえ、3万は多すぎる。
率直に言わせてもらえば、低価格の飛行機会社も増えた今の時代、そのお金があれば東京からソウルまで往復するには十分足りる。もちろん、韓国でも仲の良い友達が結婚するときは、友達が必要とするもの、例えば家電などをプレゼントする場合もある。共通に仲の良い友達がいる場合は力(お金)をあわせて大きなプレゼントをする。
でも、日本は基本が3万なのだ。
旦那は部下の結婚式に来て祝儀を2万しか払わなかった上司をケチだと言い切った。1万円ではフレンチのような高級料理代と引き出物の代金としてはとても足りない。2万では2で「割り切れてしまう」ため縁起が悪い。だったら3万か・・・といって相場が決まってしまったのではないだろうか。
引き出物もそうだ。欲しくもないものを貰い、貰い物だから簡単にポイッとは捨てることはできない。その歯痒さといったら・・・。
「でも、仕方ないでしょう。ここ日本だもん」
戦火を交えてしばらくして、私の熱弁を旦那はたったの一言で一蹴してしまった。
「何だと? 郷に入っては郷に従えと言いたいのか・・・」と、言い返したかったが、私も冷静に考えてみると、旦那の言うことが理にかなっていたのでやめた。
それと同時に、祝儀が原因で貯金ができなかったという旦那の言葉に、少しだけ同情をしたのだった。
翌日、私は銀行のATMの前に立っていた。
その手には、一通の貯金通帳が握り締められていた。
憧れのマイホームを買うために、決して浪費せず、必要なお金のみを残し、定期的にきっちりとお金をためていた貯金通帳。
私は涙を飲みながら祝儀のお金を下ろし、こうなったら思いっきりお祝いして、思いっきりおしゃれして、思いっきり料理を楽しむしかない、そう心に誓ったのだった・・・。
