遊牧夫婦こぼれ話。

第34回 理系ライターという仕事

2017.03.03更新

 ぼくが執筆している分野の大きな一角にサイエンスがあり、いまは、「チーム・パスカル」という理系ライターグループの一員としても仕事をしています。チーム・パスカルは結成してかれこれ6年近くなりますが、ここ半年くらいでしょうか、かなりの量の依頼が舞い込むようになりました。
 その状況にメンバーみなで驚きつつ、最近、いかに理系ライティングの世界は需要と供給が合ってないかということを日々実感しています。そこで今回はこのことについてちょっと書いてみようと思います。

 「チーム・パスカル」は、もともと関西在住の理系ネタを書けるライター3人で始めました。
 「理系のライティングの需要は多いはず。でも、どうやって仕事を見つければいいかわからない。グループでも結成してウェブサイトを作ればちょっとは依頼が来るようになるんじゃないか」
 そんな話から、じゃあ、やってみようかといった流れで結成されることになりました。
 それからすぐにメンバーが増え、しばらくは関東、関西に3人ずつぐらい、計6人の体制になりました(最近2人増えて現在は8人)。みなそれぞれライターとしての経験も長く、それぞれ理系以外に書いているテーマがあるので、あくまでも理系の仕事だけこの仕組みを使って獲得したいという意図で、静かに活動をスタートさせました。

 最初は、雑誌で理系の研究者にインタビューしてほしい、とか、理系の書籍を作りたいのでライティングできる人を探しているといった編集者や出版社からたまに連絡がある程度でしたが、そうした仕事をできる限り引き受けているうちに、だんだんと、出版社ばかりでなく、大学や研究所からも依頼が届くようになりました。
 幸いメンバーに恵まれて、みな、互いに気を遣い合える紳士淑女的な人ばかりのため(と、自分の身内を褒めるのもどうかという感じですが)、決まりごとも拘束も何もないゆるい集まりながら、時々くる依頼を、お互いに譲り合いながら、各自スケジュールや興味との兼ね合いを見ながら、やりたい人がやっていくという形で気持ちよく続いてきています。
 

 そのうち徐々に存在を知ってくれる方も増え、波はありながらも順調に依頼が増えていったのですが、それが最近急に、びっくりするような大企業や大学から直接連絡がくるようになったのです。

 依頼の内容は、たとえば、

・自社のサイトや自社発行の紙媒体にサイエンス系の学者のインタビューを載せたく、その取材・執筆をお願いしたい。
・自社のサイトで未来の技術を予測するような動画を作りたいからそのシナリオを書いてほしい。
・大学・研究所のサイトに、研究を紹介する記事を載せたいので研究者をインタビューしてほしい。
・大学の新設理系学部の広報のためのサイトを一緒に作ってほしい。

 といった具合です。

 どうもいま、企業も大学も、自らが運営するサイト(オウンドメディア)において社や大学のイメージや方向性を明確にしていかないといけないという流れが加速度的に増し、その中でサイエンス系のコンテンツが必要になるケースが急激に増えているようです。それゆえ、各社の広報やメディア担当の人たちは、理系のことを分かりやすく書いてくれる書き手をものすごく探しているのです。

 ところが、「理系 ライター」で検索すると、団体として目につきやすい形で出てくるのはじつはぼくらぐらいなようです。そこで自然とこちらに連絡が届くという状況になのだと考えています。

 ちなみにぼくらは、法人化などはしていなく、ただの任意団体にすぎません。一般に大きな企業は、そういうよくわからない団体に直接仕事を依頼するということはあまりやらないと思うのですが、にもかかわらず、ぼくらに少なからぬ依頼が届くという状況に、ニーズのかなりの大きさ、かつ供給の猛烈な少なさを感じています。
 念のため付け加えると、ぼくは何もここで自らのグループの宣伝をしようというつもりはありませんし、すごいだろ、と自慢したいわけでもありません。ただ、こんなに需要と供給が合ってない分野は珍しいように感じていて、これだけ理系ライティングが求められていながらやっている人が少ないという現状があるのならば、そのことを広く知ってもらうことで、興味ある人が動き出すきっかけをもってもらえたらと思っている次第です。


 理系で大学院に行って博士号をとっても、なかなかその後、研究で生計をたてていくことは容易ではないのが現状だと思います。そういうときに、ライターという仕事に意識を向ける人はおそらく多くはないでしょう。
 しかし、じつはそこにとても大きなニーズがあるのです。もちろん、興味のあるなしはあると思いますが、理系的思考をする人にとって、文章を書くこと、特にわかりやすく何かを説明するような文章を書くことは、決して畑違いの分野ではなく、じつはかなり親和性が高いように感じています。

 実際、先日、自分が非常勤講師をしている大学の通信部においてある授業をしたとき、一緒に授業をした専任の先生と、授業を手伝ってくださった別の非常勤の先生、そして自分の3人がみな理系出身(それぞれ生物系、化学・医学系、工学・物理系)でした。不思議だなあと話しつつも、よく考えるとそんなに不思議なことではないのかもしれないと、いまは思っています。

 さらに、ここがまた重要なのですが、理系のライティングというのは理系出身者だけの世界ではありません。じつはチーム・パスカルは、8人中、大学で理系の学部を専攻していたのは3人だけです。
 5人は文学部や法学部の出身ですが、理系出身者とほとんど変わることなく理系ライティングをしています。数式やらがやたら出てくる話になると学生時代から理系でないとなかなかしんどい面はあるようですが、いま最も求められていると思われる医学、生物、ITなどの分野ではじつはそれほど、学生時代の専攻は関係ないのではないかと感じています。
 つまり理系のライティングは、興味さえあればじつはバックグラウンドに関係なく始められる分野なのだと言えそうです。サイエンス的なものへの興味はそれなりに必要だとは思いますが。


 というわけで、理系の人もそうでない人も、ライター業に興味があれば、理系ライティングの世界というのは、今後意識に入れておいてよい分野だと感じています。しかも、これまでの経験では、こういった仕事はペイもなかなか悪くなく、ライターで生計を立てる上では大きな支えになるはずです。
 日本で文章を書いて暮らすようになって以来、どうやって食べていくかというのは常に切実な問題で、決して仕事と切り離すことはできません。そうした意味でも、最近よく意識に上るテーマなので、今回思うところを書いてみました。
 何かひっかかりを感じた方は是非、これが何かのきっかけになればと思っています。


 と、なんだか宣伝の文句のようになってしまった感がありますが、念のために付け加えると、チーム・パスカルは、人を育てたりするシステムはなく、新たなメンバーを募集しているわけではありません。ここに書いた内容は求人の意味ではないので、その点はご了承いただければ。

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近藤雄生こんどう・ゆうき

東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意 して、2003年、結婚直後に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカボ ランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の 勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを 横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。旅と定住を年単位で繰り返しなが ら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌に発表。2008年秋に帰国 し、現在は京都市に在住。著書に『遊牧夫婦』『中国でお尻を手術。』『終わり なき旅の終わり』(以上『遊牧夫婦』シリーズ、ミシマ社刊)、『旅に出よう』 (岩波ジュニア新書)。ノンフィクション、サイエンス、エッセイ、紀行文な ど、さまざまな分野の文章を執筆中。京都造形芸術大学・大谷大学 非常勤講師。

http://www.yukikondo.jp/

遊牧夫婦

中国でお尻を手術。

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