遊牧夫婦

第1回 ボツワナの松っちゃん

背面に、こう書かれた紙切れが貼ってある。

IF YOU ARE PASSENGER DON'T BE A PROBLEM

――客は客らしく、静かにしていろ

DON'T BE A BOSS EVERYWHERE

――いつも自分がボスだとは思うな

遊牧夫婦1回目 バスの運転席の後ろに貼られていた紙の画像

2008年9月。ぼくと妻のモトコはその張り紙の真後ろの席に座りながら、ボツワナに北接するザンビアとの国境そばの町を目指していた。

この張り紙がホンキなのかギャグなのかはよくわからないが、無理やり押し込まれて20人ぐらいになった乗客はみな静かに座っている。

その中で、目立つ声で話しているのはバスの集金係のにいちゃんひとり。「おれがボスだぜ!」とアピールしたいのか、誰も聞いていないのにとにかくぶつぶつとよくしゃべる。色は激しく黒いながらも、ダウンタウンの松ちゃんに似ていた。その黒い松ちゃんが、外を見ながらふとぼくにこう言うのだ。

「ゾウが通るから、外を見てみろ」

地平線まで直線の道の左右には、黄土色と緑が混じり、カピカピに乾燥してそうな茂みがずっと続いている。松ちゃんの示す通り、その前方に眼をやると、確かに道路の脇からゾウがノッソノッソと道路へと出てくる。着古した安いレザージャケットのような、深くて大きな皺が入った体をゆっくりと動かしながら、そのゾウは穴のたくさん開いたアスファルトの道路に足を踏み入れた。

しかしここでは、ゾウの存在は野良犬と大差ない。ゾウが道を横切るのを待っている間も、乗客たちは「うお!ゾウだ!」なんてことにはならない。「ボス」の松ちゃんに怒られないよう、ただぼんやりとその風景を眺めるだけである。ぼくたちも、その空気に呑まれたのか、野生のゾウが目の前にいるという興奮は、2分で冷め、ゾウが道を横切り終えるころには、早く動き出さないかな、とばかり考えてるような始末である。そしてそんな自分に、「ほんとに疲れてしまったな」と、感じてしまう。

2003年に日本を出てから、すでに5年を越えた。

4年前、東南アジアを北上していたときは、バスの長旅がそれほど苦痛ではなかった。出会うもの、起きることすべてに興奮していたからだ。しかしこの日、アフリカ大陸南部のボツワナからザンビアの国境に向かうミニバスでは、たった3、4時間で、すでにかなり疲労してしまった。

乗ってから約7時間。終点の小さな町カサネでバスが止まった。やっと着いた、と体をほぐしながらバスを降りる。そして、よいしょっとバックパックを担いで、さて宿探しか、と思うか思わないかのとき、モトコが叫んだ。

「バックパックがない!」

まさか、と思ったが、後部の荷物置き場のどこにもない。本当に影も形もなくなっていた。

ぼくもモトコも、それぞれ大小のバックパックをひとつずつ持って旅をしていた。小はデイパックほどの大きさで、大は、後ろから見たら腰から頭の下半分ぐらいまでがまるまる隠れるほどの大きさである。

この満員のミニバスには、2つの大きなバックパックを自分たちの座席の前に置いておくことができず、モトコの大バックパックはミニバスの後ろに詰め込まれた。何年にも渡って旅をしていても、バッグが丸ごとなくなるという経験はこれまでなかったのだけれど、それでも荷物を預けるときはいつも少しは気になるものだ。知らぬ間になくなってしまうのではないだろうか、と。実際なくなって全装備を失った友人も何人かいる。だが、ぼくらの場合、いつもあった。

それがこの日、本当になくなっていたのだ。

荷物の積み下ろしも行う松ちゃんに聞いても、なぜないのかわからない、という。その彼にモトコが凄む。「荷物管理するのは、あんたの責任でしょう!」と。でも、ない。バスの周りを何度見ても、やはりない。

だが、必死に探すモトコに、一人の女性が声をかけた。

「あなたの荷物らしきものが、さっき国境で下ろされていたわよ」

それに違いない。


 このバスは、ボツワナ中部の都市フランシスタウンから、まっすぐ北に進み、北のお隣さんザンビアとの国境に寄ったのち、国境から7,8キロほどのカサネで終点、ということだった。この日ぼくらはここに泊まるつもりで、カサネまで来たのだ。

国境で間違えて下ろされてそのまま置き去りになったか、それとも誰かが意図的に下ろしてそのまま持っていったか。いずれにしても、すぐに国境まで戻らなければならないことは確かだ。運転手と松ちゃんに言って、すべての乗客が降りてガラリとしたそのミニバスを、すぐ国境に向けて走らせてもらった。運転手も、松ちゃんもなかなか協力的だ。でもモトコは、松ちゃんが一枚噛んでるんじゃないかという疑念が拭えず、松ちゃんには厳しく当たっていた。

いずれにしても、おんぼろのミニバスはぼくら以外の客を降ろして軽くなり、ぶるるーんと軽快な音を立てて、バスターミナルから国境に向かって走り出した。

道路のそばには川が走り、そこにはカバやワニ、ゾウが数多く暮らしている。動物の姿は、道路を疾走するミニバスからは見えない。それでも、アスファルトの脇から広がる赤土の大地に生える緑の木々の奥に巨大な動物たちがいると思うと、自分たちもこの動物界の一員なんだと自然に感じられるようになる。そんな貴重な環境の横で、しかし頭の中は、どうやってバッグを見つけるか、そればかり考えていた。

国境に着き、バスを降りた。どこにもバックパックはなかった。松ちゃんとぼくらの三人で、すぐに出国審査場に走り、事情を説明してスタンプを押さずに通してもらった。松ちゃん、ナイス交渉力だ。

「ザンビアとの国境は川になってるんだ。渡るためには船に乗らなければならない。荷物を取ったやつも、その船をまだこっち側で待っている可能性がある。急ごう」

と、松ちゃん。

走った。久々に走った。

松ちゃんはアフリカ育ちの割りにだらしがないというか、すぐに息を切らしている。ま、彼がきつそうなので、ぼくがきついのも当然だ。でも、だからといってスピードは落とせずに猛ダッシュを続けると、数十秒で足にきた。肺にきた。

船着場へつながる国境内の道には大きなトラックが何台も並んでいる。その横を、肺からヒューヒュー妙な音を立て、地面に砂埃をあげながら走り抜けると、視界が開け、正面には幅の広い川が見えた。グレイに濁った水が、自然の美しさよりも生命力を感じさせる。この中にワニがいて、カバがいるのだ。向こう岸には木々に包まれたザンビアの緑の大地も見えた。

まもなく船がこちらの岸に着こうしているときだった。まだ人はこちら側で待っている。女性は荷物を頭に乗せ、背中に子どもを抱え、両手には大きなビニール袋の荷物などを持って立っている。そのそばで男たちは手ぶらで座って、がはははーと談笑する。すごい男社会だ。が、そんな考察をしている暇はない。

船がいよいよ岸に近づき、船に向かって歩き出す人もポツポツと出てきた。でもまだ誰も船に乗ってしまってはいない。間に合うかもしれない。そう願いつつ、モトコの大きなバックパックがどこかにないかと探しながら船に近づいた。

遊牧夫婦第一回 バックパックを取り戻した船着場


人が順番に船に乗り出した。みなに乗船されて船が出てしまえば、おしまいだ。もう数分しか時間がない。焦りながら、船に自分たちも乗り込んだ。

いくつもの美しく光る黒い肌の間を掻き分けるようにして船の中へと入ろうとしたときのことだった。ふと視線を手前に落とすと、目の前にモトコのバックパックが見えたのだ! 黒人の小さな男が、両手に大きな布団を抱え、背中にモトコのバッグを背負いながら乗船しているところだった。

安堵感とともに怒りもこみ上げた。「テメー、このヤロウ!」と、後ろから男の襟元をつかみ上げて怒鳴った。が、振り向いた男は、気が弱く真面目そうで、ぼくらの登場を全く予期していなかったような困惑の顔で、こっちを見返した。「なんだい、きみらは??」とでもいうように。そして、「この荷物はマダムのではないのですか?」と、彼の少し前で乗船していた婦人に伺いを立てた(ちなみに会話は英語だ)。するとその比較的裕福そうな、まさにマダムがこちらを向いた。手に背中に頭にと荷物を抱えている他の女性とは明らかに違って優雅そうな彼女は、

「それは私のじゃないわよ。運べなんて言ってないわよ。あんた、間違えたのね」

 そういって、この使用人が間違えてしまったの、すみません、とぼくらに謝った。

「いや、でもこれはマダムのものかと思って......」

男は、「マダム、これはあなたが持っていけといったのではないか」と強く反論したそうな様子だったが、しかしそうもできずに、不満げに口をつぐむしかないようだった。

 ははーーん、おそらくはこの婦人が......と頭の中で予測を立てるが、いやいや、もうそんなことはどうでもよくなっていた。ぼくはとにかくバックパックが間一髪のところで戻ってきたことにあまりにもほっとしていた。モトコも男を怒鳴りつけたが、結局、バックパックを取り返し、謝ってもらっただけで、ぼくらはすぐに船を下りなければならなかった。そしてそのままマダムと男は荷物をひとつ減らしてザンビア側へと川を渡った。ぼくらは安堵と怒りを内に秘めながらも、バックパックをうれしく抱えつつ川から離れ、ボツワナの陸地へと戻った。

「なんで、捕まえなかったんだ? あんなのはザンビア人がよく使う手だ。捕まえて警察に突き出すべきだったんだ」

ボツワナ人的立場から、松ちゃんは興奮しつつそう言った。ぼくも、自分がお人よしすぎたかもしれない、という気はした。男が出来心で持っていったのか。いや、自分には、あの男の顔に嘘はなかったように思えた。あの婦人こそが、男を使ってぼくらの荷物をうまくせしめようとしたんだろう、という気がした。

しかし、そのときぼくが考えていたことは全く違うことだった。

もしバッグが戻ってきていなかったら、もし国境に来るのが一分遅くて船が出てしまっていたら、どうなっていただろうか。おそらくそのときは間違いなく、ぼくらの旅は終わりになっていただろう、ということだ。5年を超える遊牧民のような旅と定住の生活が、そのときに終わっていただろう、ということだ。

数年前なら、バックパックがなくなったからといって帰ろうという話になったとは思えない。しかしこのときはすでに、この生活は、気持ち的にも体力的にも、明らかに終わりに向かっていた。何かきっかけがあれば、いつでも終止符を打てるように思えた。そしてそれから一ヶ月もたたないうちに、ぼくらの旅は、別のきっかけによって突然終わりを迎えることになるのである。

終わりを決める瞬間、目の前には、ゾウの群れがゆっくりと川を横切っていた――。

遊牧夫婦第1回目 画像

                  *

2003年より昨年秋まで5年半にわたって、ぼくは妻と二人で、海外で旅と定住を繰り返しながら暮らす、という日々を送っていました。ぼくはライターとして物書きをしながら、妻は旅を楽しみ、そしてときに働きながら。

旅をしながら住んで、学んで、働いて。そんな「持続可能な旅」が、いまは可能な時代です。ぼくらが5年半に渡ってどうやってそんな生活を実現してきたか、仕事は? 金は? どんな生活とどんな旅?

上に書いた、旅の最終局面のワンシーンから時間を大きく巻き戻し、その全貌を、これからここに綴っていきます。お付き合いいただければうれしいです!


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プロフィール

近藤雄生(こんどう・ゆうき)

1976年東京生まれ。ライター。大学院修了後、旅をしながら文章を書いて暮らそうと決意し、2003年に妻とともに日本を経つ。
オーストラリアでのイルカボランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。
旅と定住を年単位で繰り返しながら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌(「週刊金曜日」「読売ウィークリー」「中央公論」「世界」など)に発表し続け、あれよあれよという間に5年半。
疲れきって08年10月についに帰国したものの、旅は生活になると確信。現在、京都から、書籍、雑誌、講座などでいろいろと発信中。

YUKI KONDO

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