第13回 時速80キロの果てしないドライブ
バンバリーを出て数日は、「ああ、寂しいなあ」と感傷に浸ったりもしたけれど、ノドモトすぎればというやつで、いつの間にか気分はすっかり第2ステージ、バンの旅へと気持ちが切り替わった。毎日、地球上を少しずつアジアに向かって移動しているという感覚が、うれしかった。
バンバリー(Bunbury)とダーウィン(Darwin) |
念のために確認すると、バンバリーはオーストラリア大陸の南西の角っこ。目指すのは大陸北端のダーウィン。地図の目測では、最短の道で行った場合、3000~4000キロ程度。バンバリーからはまずひたすら北上し、その後、少しずつ東の方へと進路を変えて行くことになる。
バンバリーを出た次の日には200キロほど北のパースにいた。まずここでぼくは、バンでの旅を始めるにあたって、長かった髪を一気に丸坊主にすることを決めた。これからバンの中で寝泊りすることを考えると髪が短い方が何かと楽だし、気持ちも切り替わるような気がしたからだ。パースの中心部の、全然イケてそうもない安い床屋に入って、「ボーズ、プリーズ」。
バリカンで一気にボーズにするのは、おそらく幼少期に幼稚園内だったかでシラミが流行って有無を言わせず兄、妹ととともに一気に刈られたとき以来である。
高校時代には、基本はボーズだけど前髪だけ残すサイコカットなる頭にした時代もあったが、そのときは、美容院で切ってもらったあとに、「ちょっと中途半端なんじゃねーか? もうちょっと切ってやるよ」という兄の悪魔のささやきになぜか乗せられ、その場のノリに任せて兄や友だちにやりたい放題にハサミを入れられた結果、まだら模様のありえない頭になった。
父親には「何かの薬の副作用か?」的なことを言われ、バスケ部のコーチには「なんて斬新な頭に......」と笑われた。ホントに外を歩ける状態ではなく、しばらく頭を隠しての生活を余儀なくされた苦い経験がある。
それ以来のボーズ、しかも豪州の豪快カットなので、緊張も走ろうというものだが、希望は、モトコが常々「長い髪は似合わない、短い方が絶対いい」と言っていたこと。だから、モトコはぼくがボーズになる決意を喜んでいたし、ぼくもけっこう前向きだった。そしてボーズになった。ところがだ。しばらくするとモトコは
「やっぱりボーズ似合わへんな。長い方がよかったかも」
といって、はははーと笑うのだった。悔しいけど、もうどうしようもない。その後、バリカンを買い、このときから長期のボーズライフが始まる。ただ、楽であることは間違いなかった。
パースを出ると、いよいよ旅が始まったという気分になった。
朝になったらエンジンをかけて出発して、夜になったらどこかで適当に車を停めて、メシを食って寝る。バン旅はその繰り返しだ。もちろん、随所で数日泊まって見たいところを見て回るという行程が間に挟まる。
車内はこんな。写真右が後方で、板の上がベッド。その下に荷物。 |
オーストラリアには車で旅をする人が多いため、外で食事を作れるバーベキュー施設や、公衆トイレ・シャワーが簡単に見つかる。サーファーや海水浴客がいる海辺には特に多い。
街らしい街に着くたびに、ぼくらは"Coles"か"Woolworth"というオーストラリア定番の巨大なスーパーで食料を買い込んだ。パスタ、野菜、肉、缶詰、パン、米、調味料といった基本アイテムが主で、それを持って、公園や海辺のバーベキュー施設で、または、幹線道路のパーキングエリアなどで、ガスタンクとコンロを出して食事を作った。
食事はこんな感じで作る。下の丸いのがガスタンク。 |
作れるものは限られるが、パスタや炒め物、ご飯など、それなりにいろいろできる。米は鍋で炊き、風が強い日などは火加減がめちゃくちゃになるけれど、それでも食えるものができるものだ。また、中華鍋もあったのでおかずも問題ない。比較的よく作った記憶があるのは、ナスとひき肉の炒め物。ジャジャジャっとできて、簡単でいつ食べてもウマかった。長い運転のあとは、濃い味がいい。
寝る場所は、大丈夫そうであれば、街中や海辺のパーキングエリアにそのまま停めて寝てしまう。無理そうなら(結構、禁止マークがついている場所が多い)、「キャラバンパーク」と呼ばれる車用のキャンプ施設に泊まる。ぼくらのバンは、オンボロなのに車体の外側にコンセント差込口があるので、キャラバンパークでは、それを使うことでバッテリーを気にせずにエンジンを止めて、車内で電気をつけることもできた(このバン、やはり900ドルは安い)。
キャラバンパークは車一台一泊20ドル程度(当時1600円ほど)。ぼくらは二人なので、安宿に泊まる場合の半額ほどとはいえ、それでもバカにならないので、できるだけ道ばたや駐車場で泊まることを考えた。
普通の路上の「泊まったらだめ」マークがついているところでも、警察もそうそう毎日チェックに来るわけではないだろうと踏んで、禁止場所でもたまに適当に宿泊した。
が、バンバリーを出て6日目のこと。グリーンヘッドという妙な名前の小さな町の海辺のパーキングエリアで波の音を聞きながら静かな一夜を送ったところ、翌朝、その辺をパトロールにきたレンジャーにバンを叩かれ、起こされた。
「ヘイ、ガーイズ、ここで泊まっちゃだめなんだよ、わかるかい?」。
とっさに、英語が分からないふりをして、「え、そんな看板あったの?」的ジェスチャーをかますと、そこはやっぱりオーストラリア、本当は100ドルの罰金だったところ、「次回からはだめだよ」と「警告」の紙をもらっただけで、やさしく見逃してくれた。
グリーンヘッドでの宿泊地。一見泊まってもよさそうな心地よいパーキングエリアだったのだけど・・・ |
ちなみに、このグリーンヘッドでは、アシカと泳ぐツアーに参加した。これに参加するために、ぼくらは海辺で一泊していたのだ。朝、レンジャーが去ったあと、このツアーを主催するロッドというおじさんが、わざわざぼくらのバンのところまで、「ツアーやるよ!」と誘いに来てくれ、ぼくらは船に乗ってアシカが生息する島へと向かった。
その島のそばで海に飛び込むと、何頭かの小ぶりなアシカが近くまでやってきた。アシカは興味津々な様子で、顔がくっつくぐらいまで近づいてきて、こっちをじっと凝視する。顔もしぐさも無邪気でとても愛らしく、イルカよりも一緒に泳いでる感たっぷりだった。ぼくもやたらと感激してしまった。
このツアーは夫婦と娘の家族経営で、当時ですでに5年も行われ続けていたものの、どうも許可は得ていないらしかった。西オーストラリア州の法律では、イルカ同様アシカにも、10m以内に近づいてはいけないというルールがあるようだが、この夫婦に聞いてみると「そんなの、ムリだよ」とあっさり。アシカを探しに行かなければ、もちろん10m以内に近づかないことはムリではないのだが、そんなことは意に介さず、一家はたくましくビジネスを展開していた。
さて、移動する日は、一日に数百キロ、多いときで600キロほど進んだ。そのほとんどが、何もない直線道路で、ヒマ極まりない。エアコンもないのでめちゃくちゃ暑い。霧吹きで体に水を噴きかけ、窓から入る風にあたってクールダウンという原始的な方法はそれなりに効果があるが、それでもやっぱり相当暑い。ときにはズボンを脱いで、きわどい姿で運転することもあった。

そんな中で熱中し始めたのが、時速80キロを保ったまま走りつづけるということだった。
これが案外難しくて、集中を要した。ギアを4速に入れ、アクセルに軽く足を乗せて、スピードメーターの針と地平線まで伸びる直線の道を交互に見る。カーブはなく、他の車もめったに通らないため、ハンドルを切る必要はほとんどなく、ただ針が「80キロ」を指しているかどうかだけに集中する。しかし、どれだけ神経を集中しても、やはり針は動いてしまう。その針の動きをみながら、アクセルを踏む足を浮かせたり、沈めたりを繰り返す。
なぜそんなことを始めたのかといえば、ぼくらと同じような古いバンでこの大陸を旅する旅行者がただ「80キロぐらいで走った方が燃費がいいゾ」と言っていたからだ。その上、バンの前オーナーのピーターも、「100キロ以上出すと車が壊れるヨ」などと物騒なことを言っていて、いずれにしてもあまり速くは走れなかったので、試しに、これまで平均90キロで走っていたのを80キロにしてみたのだ。
すると、確かに燃費はよくなった。それまで100キロ走るのにガソリンを14リットル以上使っていたのが、12リットルほどにまで下がった。それに気をよくして、いつの間にか「時速80キロ」という数字を保ちつづけることが暇つぶし兼走行目標のようになっていった。
ただ、80キロをキープするために妙な微調整を続けるぼくを見て、ある日モトコが「アクセル、あんまりいじらへん方が燃費いいんちゃう?」と、当然のように指摘。確かにそうかもと、それに従うと、燃費はさらにもう少しよくなったのであった。
走るのはほとんど昼間のみだった。できるだけ日没前には目的地につけるように、その日の行き先を選んでいった。というのも、オーストラリアの田舎道を夜間に走るのはなかなか怖いからだ。理由はカンガルーである。
道路の脇には、カンガルーの死体がポツポツと転がっているが、そのほとんどが(いや、すべてかな)、車との衝突によって死んだものだ。
カンガルーと車の事故はよく起こるため、オーストラリアで郊外の道を走る車、特に大型車の正面には、車を保護するために、「ルー・バー(カンガルー・バーの略)」と呼ばれる強固なバンパーがついていることが多い。ぼくらのバンにも、非常にぶっといのがついていた。
カンガルーなんてデカい動物、避ければいいじゃないか、と思うかもしれないが、それがなかなかそうもいかない。
カンガルーは光に向かってくる習性があり、夜間、真っ暗なアウトバックを走っていると、彼らはライトめがけて突進してくるというのだ。
聞いた話では、たとえばこんな状況になるという――暗闇の中、まるで道端の電柱のように、通りの脇にカンガルーが、ポツポツと等間隔でこっちを向いて立っている。そのうちのどれかが、通りがかったときに突然、びよーんと飛び出す。そして車にガシャーンと衝突する。カンガルーは死ぬが、その死顔は恍惚の笑みを浮かべている......などということはないだろうが、カンガルーとはそういうものらしいのだ。
また、これは知人の体験談だが、ある夜、走っていたら、真正面からカンガルーが、ぴょんぴょんと軽快に、正面衝突目指してやってきたという。やばいと思ってよけたら、なんとカンガルーも同じ方向によけてくるではないか!そしてさらに逆の方向にハンドルを切ると、カンガルーもまたそっちに......、という商店街での自転車のすれ違いのような展開になったらしい。
いずれにしてもぼくらは、そんなカンガルーたちが跋扈する夜は休み、激烈に暑い日中に、北へ北へと、走り続けた。
太陽は、北半球とは逆に、北側から強烈に照り付ける。その下を走りながら見えるのは、青い空、地平線、赤土の大地とその中に根を張る無数の灌木たちばかり。
道は単調でヒマな上に、出会う車の数もあまりに少ない。だから、対向車が来ると、すれ違いざまにお互い軽くハンドルから手を離し、指先を上に向け、「ヨウッ!」と挨拶する。そして、相手の顔を見ると、いつもにこやかな笑みが返ってくる。
その笑顔を見て気持ちが緩んだ瞬間に、全開にした窓からは、ビューンという音とともに、心地よい風が吹き込んでくる。さあ、今日もあと100キロだ――。
日々確実に、バンバリーは遠ざかり、ダーウィンが近づいてきた。
