第28回 命懸けの戦い
午前八時半、まだ朝とはいえ日差しはとてつもなく強かった。その下で八人の男が乗った小さな木船は、静かに一定のリズムで揺れ続けている。全てを波にゆだね、ただ揺られ流されるままとなったその船の中で、男たちは何も話さずただじっと待ち続けた。さあ、姿を見せてみろ――、と。
海は果てしなく青く広がり、白く鋭い無数の光がキラキラと、その表面で生まれては消え、消えては生まれていった。
まさに海原という言葉がぴったりの広大な水の平地の上に、ぼくは男たちとともにいた。朝出発したラマレラの砂浜はもう見えず、いまはぼくたち自身もまた、獲物を狙う海上の一哺乳類となった。
モーターをつけている以外は四〇〇年前とほとんど変わらぬ方法で、ラマレラの漁は続いている。竹でできた銛で年間数十頭のマッコウクジラを捕り、そしてそれを食べるだけでなく、山の民から米や野菜を得るための「貨幣」としても使っている。
ラマレラにはいわゆる現代文明の匂いがするものはほとんどなかったが、しかし決して貧しいという印象を与えるところではなかった。他の世界の激しい変化と競争に巻き込まれることなく、周囲の豊饒な海とともに生きる独自の豊かさを彼らが持ち合わせていることは、ラマレラにしばらく滞在しているうちに、なんとなく感じられるようになった。
男は海へ、女は山へ。すなわち、男が獲物を捕りに海へ漕ぎ出し、女はその獲物を米や野菜と交換するために山の民のもとへと通う。その確固たる生き方を、村人たちは信じ、何百年という間ひたむきに繰り返してきた。
「一番幸せなときは、獲物が捕れるとき。一番辛いときは、獲物が捕れないときだ」
そう言ったのは、すでに六九歳でありながら現役でクジラを捕り続けるゴリス・タポンという男だった。彼は「ラマファ」と呼ばれる銛撃ちとしてその当時もまだ船に乗っていた。これ以上ないほど明快な彼のその言葉が、まさにこの村の男たちの強靭で一途な生き様を表しているように思えた。
懸命にイルカを追いかける |
この日ぼくは、彼らの「至福の瞬間」を見るために、浅黒い肌の寡黙な男たちとともに小船に乗ったのだ。
しかし、彼らが海の巨大な動物を捕らえる瞬間に実際に立ち会える可能性が高くないことは覚悟していた。というのも、ぼくたちがラマレラに着いて以来の五日間で実際に捕れた獲物はマンタ一匹ぐらいであり、クジラはその姿すらも現していなかったのだ。
......漂う木船の中で、ふと一人の男が、ぼくに向かって口元に手を持っていく動作をした。そして無言で
「タバコを持っていないか?」
と聞いてくる。ぼくは数日前に買ったタバコを持っていることを思い出し、黙って彼らに配りだす。男たちも何も言わずに箱から一本ずつ取り出していく。そしてちょっとぼくに笑顔を見せた。
「おまえは吸わないのか?」
そんなそぶりを見せた一人の男に向かって、ぼくは軽く首を振った。もともとぼくはタバコは吸わない。それなのにぼくがタバコを持っていたのは、インドネシアではタバコをあげることがコミュニケーションに繋がるため、何箱かバッグに入れていたからである。しかしそのとき断った理由は、ただ吸わないということだけではなかった。すでにひどい船酔いに襲われていて、それどころではなかったのだ。
船が動いているときはまだ良かったが、エンジンを止めて漂い始めたころから酔いは急激にひどくなった。ぼくはとにかく、目を閉じたり、周囲に見える水平線に目をやったり、また体内からこみ上げてくるものを必死に押し込めるために唾を何度も飲み込んだりを繰り返した。その吐き気は、周りから漂ってくるタバコの煙によってさらに増幅されることになり、タバコを配ったことをすぐに後悔する。
しかしそうして三〇分も四〇分もするうちに、吐き気はかろうじて遠ざかり、今度は睡魔が襲ってきた。船酔いのピークをなんとか乗り越えて気分が和らいだこともあり、ぼくはその睡魔にまかせて今度はしばらく目をつぶった......。
おそらく一五分ほど経っていただろう。船内の沈黙が突然破れ、ブルルルルーッというエンジン音が聞こえ始めた。すぐに目を覚ましてあたりを見回すと、狭い船の中で男たちはそれぞれの仕事に戻り、船首にいた男は再び両足のみで船の舳先に立とうとしていた。
エンジン音が高まり、船の速度が上がるとともに、男たちは遠く向こうの海を指差し何かを叫び始めた。獲物が見つかったのだ。何がいたのかと覚えたてのインドネシア語で聞いてみると、後ろの男は短くいった。
「ルンバルンバ!」
イルカだった。
そのときぼくにはまだ何も見えていなかったが、さらに、一頭か、二頭かと数字で聞くと、鋭く真剣な表情で前だけを凝視しているその男が、このときだけこっちを向いて静かに答えた。
「大群だ」
木船はますます速度を上げた。船首が上向きになったうえに、横から大きな波が打ち寄せるため、船はきわどいバランスを保っているものの何度も転覆しそうになった。バサッ、ザバッと、断続的に大きな波と飛沫が船内を襲い、誰もが全身びしょぬれになる。
ぼくはバッグの中からカメラを出した。この波が一回でもかかったとすれば、もちろんカメラが無事でいられるとは思えない。しかしそれは分かっていたとしても、ここで撮らなければいつ撮るんだ、という思いの方が強かった。
カメラを片手に持ち、水がかからないようにその腕をできるだけ高く上げ、手当たり次第にシャッターを押す。そしてもう一方の手で船にしがみついた。揺れは大きく、船が波に当たるたびにドンッと大きな衝撃が走る。何度か、船から振り落とされるのではないかとヒヤッとした。
しかしその同じ船の先頭にいるラマファ、すなわち銛撃ちは、銛をかまえ、両足のみで舳先に立ち続けていた。
獲物に近づく他の船 |
この漁は、銛とともにラマファ自身も海に飛び込むという危険かつ大胆なものだ。過去に獲物と銛とともに水中に引きずりこまれ、そのまま水面に上がってこられずに命を落としたラマファもいるという。彼らは体長一五メートル以上にもなるマッコウクジラをもその方法で捕るのであり、それはまさに命を懸けた漁なのだ。
竹でできた銛の柄は、五メートルもあろうか。その先を海中に向け、後ろにいる男たちが指し示す位置を見ながら、ラマファはじっと機会を窺っている。船の揺れを完全に吸収するように滑らかに膝を動かし、ほとんどバランスを崩さずに立ち続けるその姿にぼくは驚愕した。
そんなラマファに見とれていたとき、横にいた男がぼくに言った。
「見ろ、そこだ!」
そのとき船のすぐ前で、バサッバサッと音を立てながら小さな飛翔を繰り返している二頭のイルカの姿が見えた。リズムよく華麗に飛び必死に逃げ続けるその姿には、イルカが持つ天性の美しさのすべてが映し出されているようだった。そして、グレーでつやつやしたその肌の様子を見たとき、ぼくは、ついこの間までオーストラリアで毎日のように見ていたイルカの姿を思い出さずにはいられなかった。
――バンバリーでイルカと過ごしていた日々から、このとき四ヶ月が経っていた。毎日イルカを見るのが当然になっていたそのときは、もうイルカはいいよ、などという気分にぼくはなっていたが(モトコはなっていなかったけれど)、いざバンバリーを離れ、イルカからすっかり遠ざかってしまうと、そのぼくですら、常に身近にイルカがいたバンバリーでの日々がいかに貴重なものだったかを、ときに感じるようになっていた。
モトコはオーストラリアを出ても相変わらず船に乗るたびにイルカ探しに余念がなかったが、たとえば東ティモールでの船旅中に彼女が、「あっ、イルカや!」と青い海の上を指差すと、ぼくは、「またイルカかよ」などといいつつも、美しく海面を駆け抜けるその姿を懐かしく思いながら追ったりしていた。広大な海は、イルカの姿が見えることによって、いつも一瞬で華やいだ。そしてイルカを見るたびに、バンバリーの日々が蘇った。
背びれや身体の傷などの特徴と名前を覚え、向こうも自分を分かってくれるほどになったバンバリーの日々は、モトコにとっては最高に幸せなものだった。ぼくも、半年もそばでイルカを眺めているうちに、紛れもなくイルカには自然に愛着と親近感を持つようになっていた。
そしてそんな毎日の記憶がまだ鮮明だったこのとき、ぼくはインドネシアで思わぬ形でイルカと再会することになったのだった。
......気がつくとぼくは、船の前を必死に逃げる二頭のイルカの背びれを見ていた。それはバンバリーにいた頃に、個体識別のためにまず背びれを見るという習慣がついていたからである。そして、そんなことはあり得るはずもないのだが、もしかして自分の知っているイルカなのではないかと、一瞬錯覚を起こしそうになった。とっさにそんな気持ちが沸きあがってくるほどその姿はバンバリーで見ていたイルカと似ていて、だからこそ予想以上の懐かしさを感じていた。
そして、その二頭のイルカからふと目を離したとき、ぼくは思わず息をのんだ。強い太陽の光の下にどこまでも続く深い濃紺色の海水の上は、一〇〇頭以上はいようかというイルカで埋め尽くされていたのだ。
それは、一瞬夢かと思うような光景だった。リュック・ベッソンのあの「グラン・ブルー」のポスターと同じ風景がまさに目の前にあったのだ。光り輝く水面で飛び跳ねる無数のイルカたちは、まるで海という果てしない舞台の上で踊っているかのようだった。そして、その光景がさらに不思議なものに見えたのは、いま自分の乗っている木船が、そんなイルカたちを追いかけ、銛を撃ちこもうとしているためだったのかもしれない。
オーストラリアでは、イルカは本当に愛され、大切にされていた。人々はイルカを見るために、イルカとともに泳ぐためにお金を払う。また、勝手に一定の距離以上イルカに近づいてはいけないなどという法律まであると聞いていた。それは、誰もがイルカを賞賛する世界だった。
ぼく自身はオーストラリアのそんな空気に必ずしも好感ばかりを持っていたわけではないが、それでもイルカの魅力はそれなりに感じるようにはなっていた。
そのイルカを、今は銛を持って追いかけているのだ。ぼくにはその事実がとてつもなく不思議に思えた。しかし、この船に乗っている男たちにとっては、目の前のイルカを捕まえることこそが生きるために必要なことなのだ。それが彼らにとっての生に違いなかった。
無数のイルカたちは、水面を切り裂くように飛び跳ねながら、全力でぼくらの小船から離れようとする。みなほぼ一つの方向に逃げているため、船はその同じ方向へ向けてエンジン音を高めていく。男たちは立ち上がり、イルカの後ろ姿に向かって必死に声を上げる。船はますます激しく揺れ、ときに水面と衝突しながらも、じりじりとイルカとの距離を縮めていった。
イルカがいよいよ射程距離に入ってくると、船内前方にいる二人の男が、声と手振りでラマファにイルカの位置を伝え始めた。視界が一番広いのはもちろん舳先に立っているラマファのはずなのだが、自分の身長の優に二倍以上ある銛を両手で支えながら激しく揺れる舳先に足だけで立つためには、やはり想像以上の集中力と体力がいるのに違いない。そのため広大な海原を見渡す余裕がないのか、後ろの男に、「そこだ!」「あっちだ!」といわれるのにあわせて、彼は銛とともにゆっくりと体の方向を変えていた。ラマファが見ることができる範囲は決して広くはないのだ。
そしてついにチャンスがやってきた。一頭のイルカとの距離が数メートルもないほどに縮まったのだ。ラマファの、舳先にしっかりと張り付いた足と、銛を抱える腕は小刻みに震えていた。その震えはおそらく船の振動によるものだけではなく、ラマファ自身の気持ちの高ぶりを示していたように思えた。
「さあ、飛ぶぞ!いま、捕まえるぞ!」
赤いTシャツに覆われたラマファの背中は無言にそう語っていた。船内の男たちも一様にみな興奮しているようだった。
ラマファが飛び込む瞬間 |
イルカがそのとき正確にどこにいたのか、ぼくが座る位置からは見えなかった。水とエンジンの音にかき消されまいと大声で叫ぶ男たちの声を聞き、船が急に減速したことに気がつくと、すでにラマファは船の上にはいなかった。ぼくが彼の姿を見つけたのは、少し離れた海面の上だった。停止した船の上からは、獲物はどこにも見えず、見えたのはただこちらに向かって泳いでくるラマファの姿だけだった。逃がしたのだ。
それから、ぼくの後ろに座っていた男も海に飛び込み、投げ出されたまま浮かんでいた竹製の銛の柄を拾いにいった。二人とも悔しそうに船に上がってきたが、水の滴る衣服のまますぐにまたもとの配置に戻り、船はバババババーッとエンジン音を立てながら速度を上げていく。船はまた大きく揺れ、水しぶきをあげ、波と激しくぶつかり続ける。一度広がったイルカとの距離は、また少しずつ縮まっていった。
「今度こそ!」
男たちの筋肉の動く音がひとつひとつ聞こえそうなほど力のこもった空気が船の上に広がった。彼らの意識のすべてがいま、前方を懸命に逃げるイルカたちに向けられていることは間違いなかった。
それはまさに戦いだった。決して技術の上にあぐらをかいた人間優位の捕獲ではなく、まさに哺乳類同士の命を懸けた真剣な戦いなのだった。
ぼくは、猛烈なスピードで逃げるイルカの大群を、激しく揺れる小船の中で見つめながら、胸が熱くなってくるのを抑えられなかった。イルカは美しく魅力的な動物に違いなかったが、このときは、なんとかこの船の男たちがこのうちの一頭を捕まえて砂浜に戻れることを願っていた。そしてそう思ったとき、いま自分がいるのは、オーストラリアとは全く異なるインドネシアという国なのだ、ということを強く実感していた。
一度目の挑戦からおそらく一〇分ほどが経ったときのことだった。再度到来した一瞬のチャンスをラマファは逃さなかった。数頭のイルカが目の前をさっと横切ろうとした瞬間、ラマファは銛と一体となって水中に消えていった。そして船の中が瞬間的に歓喜に沸いたとき、船から長く延びた銛綱の先では、横っ腹に銛が刺さったイルカが最後の力を振り絞るようにもがいていた。
それからさらに数時間後。船は、なかに一頭のイルカを横たえて、ぼくらは船内の真っ赤な血の中に足を浸しながら、砂浜へと戻っていった。朝その浜を発ってから五時間以上の間に捕れたのは、その一頭のみ。しかもその日海に出た四隻の船の中で、獲物を捕って戻ってきたのは、ぼくが乗った船のみだった。
砂浜に戻り、すぐにイルカを解体する |
船を降りると、船酔いを恐れて船には乗らなかったモトコが砂浜に来ていた。ぼくが興奮しながらその一部始終を話すと、イルカ好きの彼女もまた、その男たちの命を懸けた戦いを見てみたかった、と言った。
*
六九歳の現役ラマファであるゴリスに会ったのは、この日の夕方、日差しも少し傾きかけていたころのことだった。村のリーダー的存在であり、英語を話すマテウスという男がその手配と通訳を買って出てくれ、ぼくらはマテウスの家でゴリスと会うことになった。
地面がむき出しとなった彼の家は、薄暗く質素な作りであったが、ところどころに見える色彩豊かなキリスト教の装飾が印象に残った。そこでしばらく待っていると、ゴリスが姿を現わした。見ると、それは別の日に砂浜で黙々とマンタを切っていた精悍な容貌の男だった。
午前中の経験を思い出しながら彼にいろいろと聞いたあと、ぼくは、これまででもっとも印象に残る出来事は何だったかと訊ねた。
「六年前のことだ」
ゴリスは迷うことなくそう答えた。一日に五匹ものマンタが捕れたことがあったのだと、その日を思い出すように語ってくれた。おそらくそれが彼の至福の時だったのだ。
「しかし」
と、ゴリスの言葉を訳し終えたマテウスが付け足した。
「最近はあまり獲物が捕れなくなってしまったんです。ここ三年ほど、クジラの捕獲量も減っています」
69歳の現役ラマファ、ゴリス・タポン。マンタ解体中 |
五年前は一年間で四九頭のマッコウクジラが捕れたが、去年は二三頭だけだったという。二三頭でも一応、村にとっては十分ではあるようだが、捕獲数が減っていることは気にかかる。
ぼくたちの一週間ほどの滞在中に捕れたのも、結局イルカ二頭とマンタ一匹だけだった。そしてそのときすでに、最後にクジラが捕れた日から一ヶ月以上が経っていた。
「しかし、その理由は私たちには分かりません」
マテウスは少し心配そうにそう言った。
ラマレラの村人たちがその状況に対して取れる術は多くはない。あるとすれば、この島に根付くキリストへ、日々、祈りを捧げることぐらいなのかもしれない。
砂浜の小さな祠の中には、右手に銛を持った宣教師らしき人物の像が建っている。男たちはその像に見守られながら、ただ毎日、今日こそはクジラをと願い、海を眺め、漕ぎ出していく。
その男たちの一途で力強い姿を鮮明に胸に焼き付けると、ぼくたちのラマレラ滞在は終わっていた。
――(お知らせ)――
いつも『遊牧夫婦』を読んでくださってどうもありがとうございます!
ここでお知らせなのですが、勝手ながら来週から少々お休みをいただこうと思っています。プライベートな理由も少々あるのですが、一番の理由は、『遊牧夫婦』第一巻の単行本の発売が決定したことです! そのために少しの間、単行本化のために必要な加筆や修正の作業に十分な時間を割きたいと思っているためです。
思っていた以上に早く単行本化を決めていただけたのは、ひとえにいつも読んでくださっている読者のみなさまのおかげです! 心より感謝しております。
『遊牧夫婦』の最初の単行本を一冊の本としてできる限り魅力的なものにするため、これからミシマ社のみなさんとともに、全力でがんばっていきます。また、どれだけ実現できるかはまだわからないのですが、ミシマガで本連載を読んでくださっているみなさまにも是非手にとっていただきたいと思っているので、新たなエピソードなどもちょこちょこ含めていきたいと考えています。春ごろの発刊予定なので、是非、楽しみにしていただければ幸いです。
では、一ヶ月後ぐらいにはまた連載を再開するつもりですので、その際にはまたよろしくお願い致します。
本当にいつもどうもありがとうございます!
近藤雄生
