遊牧夫婦

第31回 クアラルンプールの詐欺師

話は再び、バスでの盗難事件の朝へ。2004年7月18日。場所はインドネシア・スラバヤ――。
 
盗られてしまったフィルムの中に写っているはずの美しきスンバの風景を思い浮かべながら、モトコは悔しさに地団駄を踏んだ。だが、空港で保険会社への連絡を済ませ、もはやそれ以上することがなくなると、夕方の出発時間まで丸一日ヒマだったので、もうこうなったら忘れるために、楽しむしかない。

「まあ、元気出そう。町に出て豪遊しようや!」

と、モトコを励まして、空港に荷物を預けて、リッチそうなショッピングセンターへと繰り出した。
まるで日本にいるかのようなきれいなその施設で、昼飯に回転寿司屋に入ってみたりしたら、ちょびっとだけモトコの気分は上向いた。そしてさらに彼女を喜ばせる思わぬポイントがこの場所には隠れていた。

「ここのトイレ、インドネシアで一番きれいやったで」

そう言ってモトコはうれしそうに笑った。確かに、日本のデパート並みのトイレは、インドネシアでは新鮮だった。
そうして、若干だけどモトコの気分もごまけてきたあとに、空港に戻り、いよいよインドネシア出発のときとなったのだった。

東ティモールから国境を越えて、初めてインドネシアの地を踏んでから、すでに2カ月近くがたとうとしていた。カメラ盗難事件によってこの国の印象は、最後の最後で多少下がってしまったが、それでも、インドネシアがぼくらに与えた鮮烈な印象と大きなインパクトは、色あせることがなかった。
インドネシアは、海によってそれぞれが隔絶された島という地形の持つ圧倒的な魅力に満ちていた。一つひとつの島がその個性を活き活きと保ち続けているように見えた。ラマレラが、スンバが、強烈にぼくとモトコの心に焼き付いていた。

午後6時すぎにインドネシアを飛び立った。そのとき、これからマレーシアに向かうというのに、他の国に行くという感覚があまりなかった。それはおそらく、インドネシアの未知の島より、クアラルンプールの方が、断然想像しやすい世界だったからのような気がする。いまから自分は、勝手知った庭に帰っていくんだ、というような気持ちすら抱きつつ、ぼくは飛行機に乗っていた。

二時間ほどのフライトで、マレーシアの首都クアラルンプールが見えてきた。すでに夜9時を回っていたこの都市を空から見ると、真っ黒の大地の上にオレンジ色のミミズがうじゃうじゃと何匹も這うように、道路だけが明るく照らし出されていた。都会の生命力を感じるその風景に向かって、ぼくらの飛行機は高度を下げていった。

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夜10時半にバスで空港を出て、市内の宿に着いたときはすでに12時。電気が消えかかり薄暗くなったその安宿のロビーには、しかしまだ西洋人バックパッカーたちが、ビール片手に談笑したり、プールテーブルで玉を突いたり、楽しげに過ごしている。その一方、ぼくらの身体は疲れきっていて、やっと着いた、という感じだった。
ここが満室だったらどうしようか、と思いつつ

「部屋、空いてますか?」

と聞くと、空いていた。それを聞いてほっとする。
早朝の盗難事件から始まったこの一日はやたらと長く、しかも国を移動したことによって、インドネシアでのことがすでに遠い昔のことのようにも感じられた。そのせいか、なんだかすごく疲れてしまって、部屋に入ると、ぼくらはすぐに深い眠りへと落ちていった。

一晩寝て体力を回復させると、気を取り直して宿探しからスタートした。クアラルンプールにはああだこうだで一週間ぐらいはいそうだったため、より快適な根城をと、モトコに引っ張られるようにしてみて回るわけである。

宿探しは大抵、持っていた「ロンリープラネット(lonely planet)」という欧米で定番の個人旅行ガイドブックで選択肢を絞ることから始まった。
"ロンプラ"はほとんど文字だけの本だけれど、文章がなかなか面白い。たとえば宿については、「ここは南京虫発生の報告あり」とか「ショボイけど安い」とか「スタッフが無愛想だ」とか「洞窟のように暗い」とか「この汚いトイレはおそらく1000年前に作られたのだろう」とか、言いたい放題なのである(原文は英語。記憶からイメージ重視で日本語化)

それが偏見に満ちたライターの個人的見解であることも少なくないけれど、実際に行って確かめると、うなずけることもまた多い。そしていつもそんなのを読んでいると、だんだんと想像力がたくましくなり、いつしかモトコは、各宿についての二、三行の簡単な説明を読んだだけで、「うん、この宿がよさそうだ」と見当がつくようになっていた。

ただ、選ぶのは最も安い価格帯なので、いかにライターが「ここはキレイでやわらかなベッドがあなたを待っている」などと褒めてあっても、決して高い期待はできない。ロンプラのライターのウィットと皮肉の聞いた言葉に微かな光を見出して、宿につくまで想像のひとときを楽しみつつ、それなりの覚悟は決めておかなければならない。そして着いてみると、かなりの確率で、ぼくもモトコも声をそろえてこう言うのだ。
「おいおい、ありえねーよ」
と。

ここクアラルンプールでも、そんな手法で宿を探し、決まったのは、チャイナタウンにある小さな宿。漢字表記と華僑の人たちに満ちていて、まだ見ぬ中国を存分に想像させるエネルギッシュな一角にある小汚いビルの中の宿だった。
一階が中国系の会社になっているそのビルの二階に上がると、英語の堪能な色の黒い男が迎えてくれた。たしか彼はインド系で、ショーンといった。シャープできびきびとした印象で、実に陽気に応対してくれる。

「部屋を見てってよ! うちはきれいだからさ」

そう言って見せられた部屋は、窓がなく薄暗かった。いや、正確には窓はあったが、その窓を開ければ廊下とつながるだけという、ほとんど意味のない代物だった。が、それは、この街の他の安宿、特に、雑居ビルの中の宿なんかはどこもそんなに変わらない。
しかしここは、確かにきれいだった。シーツもパリっとしていたし、何しろ清潔感があった、とモトコジャッジも無事クリア。
「まあ、ええやん、ここ」
というモトコの一声で、ぼくらはその翌日からここに泊まることを決めたのだった。

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チャイナタウンのセントラルマーケット

移ってくると、ショーンは、親切にクアラルンプールライフのハウ・トゥーを説明してくれる。ここに行くならLRT(市内を走る電車)に乗れとか、メシはここが美味いぞとか、そんなことが主だったが、その中で、彼は一つ、こんな話をしてくれた。

「あと、市内には、悪い詐欺師がいるから気をつけてくれ。特に日本人はターゲットになるんだ。親切な様子で寄ってきて、『日本に行きたいから相談に乗ってほしい』とかなんとかうまいこと言って家に誘われて、ついてっちゃったら、見事にやられちゃうんだ。儲かる話があるから、一緒にやらないかなんて言われてね。気付いたら全部金を巻き上げられてる、というわけさ・・・ほんと、気をつけてくれよな」

と、彼は真剣な顔で、ぼくらに注意を促した。

――その一、二日後のことである。
同じ宿に、ナオミさんという日本人の女性が泊まっていたのだが、夜、ぼくが宿のこじんまりとしたラウンジのテーブルで、締め切りの近い原稿を書き進めていると、彼女がやってきて、青ざめ、呆然とした顔で、こう言うのである。

「どうしよう・・・まずいことになってしまったんです・・・今日、12000リンギット(30万円以上に相当)、なくしちゃって・・・」

え、どういうこと? と、ぼくは仕事の手を休め、詳細を聞いた。するとなんと、ショーンがぼくらにしてくれた詐欺話そのままの体験をしてしまったようなのである。

「街を歩いていたら、感じのいいおばさんが話しかけてきたんです。で、話しているうちに、『娘が今度、浦和大学に留学することになってるから日本の生活などについて相談に乗ってくれないか』って言うんです。それが本当に感じのいい人で、『よかったらいまから家まで来ない?』って誘われたから、行ってみたんです」

しかし家に着くと、なぜかそのおばさんの姿は見えなくなり、代わりに男が出てきたという。で、彼が「まあまあ、とりあえずカードゲームでもやろうじゃないの」と言うので、一緒に始めた。そして男は、彼女に、「このゲームで必ず勝つ方法を教えてあげるよ」と、その方法を教えたあとに、こう言ったのだ。

「今日これからここにブルネイのお金持ちのおばさんがやってくるから、この方法で一緒に彼女を負かして、ひと儲けしようよ」

と。それに彼女はまんまと乗っかってしまったのだ。
そして男と一緒にATMに行って、ブルネイのリッチなおばちゃんとのゲームの資金として、彼女の口座から12000リンギットを引き出した。
家に戻ると、確かに、いかにも金持ち風のブルネイのおばちゃんが現れた。そしてゲームが始まると、そのおばちゃんに大勝するはずが、あれよあれよという間に負け続け、気付くとナオミさんのお金はすべてブルネイ人のものになっていた、ということだった。

ショーンの言っていた詐欺のパターンそのままだったことにぼくは驚かされた。正直なところ、男と一緒に12000リンギット引き出しに行ったというあたりから、「おいおい、それはさすがに・・・」と、ぼくはびっくりしていたのだが、しかし彼女はその一連の流れを説明しながらもまだ、催眠術にかかったかのような状態から抜け出ていないようだった。彼女はぼくにこう言うのだ。

「私のミスのせいで負けてしまったんです。その男が、明日もう一度特訓してあのおばさんから金を取り返そうっていってるんだけど、行こうかなって思ってるんです」

いや、ありえないって! まずいですよ、絶対に騙されてますよ! ――ぼくはこのときばかりは確信を持って彼女に言った。
が、彼女は、自分が詐欺にあったことが、どうにも信じられないのか、信じたくないのか、このときはまだ飲み込めていないようだった。おそらく、向こうの家にいた段階でそのような心理状況に陥っていたのではないかと想像した。詐欺に遭うとはこういうことなのか、と思った。

失った金額が、旅中の身にはあまりに大きかったからか、どうしても取り返さなければという気持ちが強かったようで、なんとか明日、再度そのゲームに参加してお金を取り戻したい、という意志が見え隠れした。

「絶対に、行っちゃだめですよ。さらに巻き上げられるだけに決まってるじゃないですか」
ぼくが繰り返しそう言うと、「やっぱり騙されているですかね・・・」と、半信半疑な様子ながらも、最後には、納得してくれた。

失ってしまった12000リンギットはもうどうしようもないだろう。これから旅が始まるといった状態だった彼女にとってそれは、ほとんど旅を断念しなければならないような金額だったけれど仕方がない。
一応はあきらめモードになったところで、とりあえずお互い、部屋に戻った。

そしてその翌日のこと。ショーンにナオミさんの一件を話すと、彼は怒りに身体を震わせた。
「チクショー、やられちまったのか!」
と。そして、まるでショーン自身が詐欺に遭ったかのような激しい様子で、さらに言った。
「よし、そいつらを探しに行こう。今日待ち合わせてるんだろ? その場所におれも一緒に行ってやるから、そいつらを捕まえて警察に突き出すんだ」
 
そうしてその夜、ナオミさんとショーンと、モトコとぼくの4人で、連中を見つけ出すべく、ゴールデントライアングルという商業地区まで歩いていった(そこが、ナオミさんがその日、男たちと待ち合わせていた場所だったとか、そういうことだったはずだ)。

チャイナタウンから、東に向かってゴールデントライアングルを目指して歩いていくと、クアラルンプールのランドマークといえる、巨大なツインタワーが近づいてくる。昼間は太陽光を反射して銀白色に輝いていたタワーは、夜は自ら光を放ちそびえ立っていた。

それはこの国が、見事に繁栄を遂げていることを遠い果てにまで顕示したいかのような堂々とした姿だった。そしてそのツインタワーの周りにも、いくつもの高層ビル群が立ち並んでいた。ゴールデントライアングル周辺は、その名の通り、クアラルンプールの繁栄をもっとも如実に示す繁華街なのだ。

そこに向かって4人で歩きながら、いま自分たちが久々に、本当に大都会といえる場所にやってきていることを実感した。そして、そんな街の中でいま、詐欺師を見つけるために歩き回っている、ということが不思議なようで、しかし同時に、都会らしくもあるのだった。
 
しばらくして、ぼくたちは目指していた場所に着いた。さまざまな光が、この街が暗くなることを許さないといった様子で輝き続けるその場所で、ショーンは、悔しげな顔をしながら、何度もナオミさんに聞いていた。

「どこかにそいつの顔は見えないか?」

と。ナオミさんもあたりを見回し、わずかな希望を持ちながら、男や女を探していた。しかし、誰も見つけることはできなかった。もしかしたら近くにいたのかもしれないが、そうだとすれば、彼らはぼくらの目的を察知していたのだろう。
きらびやかに賑わう大都市の中で、ぼくらにできることはほとんど何もなかった。

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チャイナタウン

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プロフィール

近藤雄生(こんどう・ゆうき)

1976年東京生まれ。ライター。大学院修了後、旅をしながら文章を書いて暮らそうと決意し、2003年に妻とともに日本を経つ。
オーストラリアでのイルカボランティア(2003-04)に始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-07)、その後、ユーラシアを横断してヨーロッパ、アフリカへ(2007-08)。
旅と定住を年単位で繰り返しながら、各国からルポルタージュ・写真を週刊誌・月刊誌(「週刊金曜日」「読売ウィークリー」「中央公論」「世界」など)に発表し続け、あれよあれよという間に5年半。
疲れきって08年10月についに帰国したものの、旅は生活になると確信。現在、京都から、書籍、雑誌、講座などでいろいろと発信中。

YUKI KONDO

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