第33回 モトコと動物たち
クアラルンプールを出て5日後、ぼくらはボルネオ島の深いジャングルの中にいた。
ジャングルの中へは、川をボートで走りながら入っていく。川幅は数十メートル、いや、ときに100メートルほどもあったかもしれない。茶色く濁り、泥水となったその川の水を切り裂き、しぶきを上げながらボートは走り続けた。
突然モーターの音が止み、身体がブレーキを感じたかと思うと、ガイドの男が言う。
「見ろ、ワニだ」
彼が指差す方向を見ると、川べりには、黒と茶のまだら模様が付いた背中が見えていた。水の色にすっかり同化したその身体で、エモノを狙っているのか寝ているのか、ただじっとしていた。
体長3、4メートルぐらいありそうなその巨大な身体は、オーストラリアで聞いていた恐ろしい話を思い出させる。
オーストラリアの北方ではワニは、人間にとって大きな脅威である。国立公園にいけば「ワニ出るよ」サインがポンポンあるし、実際に食われてしまった人の話も枚挙にいとまがない、ほどではないものの、少なくない。海の中で泳いでいたらそのまま丸呑み、というケースをはじめ、驚くべき例では、庭でパーティをしていたらその庭にワニが現れて、不運な女性が一人丸呑みにされたという悲劇もあるほどだった。
豪州大陸北端のダーウィンのそばのカカドゥ国立公園でボートクルーズに参加したときは、ワニが近くの水面からわずかに頭を出して周囲を窺っていたが、クルーズのガイドが「絶対に手を出してはだめだよ!」と真剣に叫んでいたのが印象深い。やつらはマジで、侮れない。
そんな恐怖の記憶を蘇らせながら、目の前では、4カ月ぶりに再会したホンモノが、川べりから音も立てずにゆっくりと水中へ滑り込んでいった。

5、6人乗りの小さなボートは、モーターの音を高めて、さらに奥へ奥へと入っていく。そしてまたふとエンジンの音が弱まったと思うと、ガイドは、「あの木の上だ」と教えてくれる。
川の両岸を取り囲む、枝が互いに絡みつかんばかりに繁茂した背の高い木々の中に、サルらしき姿が見える。聞くと「プロボスキスモンキー」だという。赤くて長い鼻。ひょっとこのようなコミカルな顔。テングザルだ。
そしてそれから、ボルネオ島の主役とも言えるオランウータンも姿を現してくれた。
ガイドがそのような動物を見つけてくれる度に、ぼくらは、おお~と、静かにしかし深い歓声をあげるのだった。
出だしから、悪くないなあ、このツアー。ぼくもモトコも、なかなか興奮しっぱなしだった。それがボルネオ島でのジャングルツアーの始まりだった。
ボルネオ島は、マレー半島の東側に位置する大きな島だ。マレーシアとインドネシアとブルネイの3カ国が領土を分かち合うこの島は、まさに自然の宝庫である。
クアラルンプールですべての用事を終えたあと、激安航空会社AirAsiaの飛行機に乗って、ぼくらはこの島の北部の都市コタキナバルに到着した。
ボルネオ(BORNEO)は、一般に島の北側のマレーシアの領土のことさし、南側のインドネシア領はカリマンタンという。コタキナバル(Kota Kinabalu)、ジャングル(jungle)、シパダン(Sipadan)の位置はこんな感じ。 |
コタキナバル、といえばなんだろう――というとモトコは「どうぶつ奇想天外」だ、という。そうあの、有名な動物テレビ番組の視聴者プレゼントの旅先として、モトコはコタキナバルの名を記憶し、だから、コタキナバルの名前だけですでに、動物バリバリの快適リゾート、というイメージを呼び覚ましていた。
が、実際に到着してみたコタキナバルの印象は、そうではなかった。
「なーんや、さびれたオーストラリアの町みたいやな」
そう若干意気消沈気味にモトコは言った。たしかにコタキナバルは、華やかなリゾート地のイメージで臨むと、肩透かしを食らう。ああ、ここも昔はブイブイ言わせてたのかな、でもいまは・・・、といううら寂しさが街並みに漂っている。ヤシの木に囲まれ、薄汚れた建物が、どことなく寂しげに見えた。まあ、勝手な想像を膨らませていたぼくらの身勝手な印象であるけれど。
もっともモトコにとっては、宿もいまいちで、しかもなぜだかトイレを流さない男の旅人が多いことに辟易していたというのが、この町のイメージをさらに悪化させてしまったのかもしれない。
しかし、そんなコタキナバルを出て、ジャングルへと向かっている頃には、モトコは俄然ボルネオの動物世界に魅了されるようになっていた。テレビで「どうぶつ奇想天外」を見るのとは格の違う興奮が現地にはあった。
バンバリーでの暮らしを夢のように思っていたモトコにとって、動物との遭遇は旅の大きな目的のひとつだったと言ってもいい。
もともとバンバリーから中国を目指そうということになったときも、彼女は「中国に行くなら、揚子江のカワイルカの実態を知りたい。そういうボランティアとかできないかな」と言っていたし(ヨウスコウカワイルカは当時すでに絶滅しかけていて、その後もずっと危機的状況)、このボルネオ島に来たいと言ったのも、もちろんモトコの方だった。
そんなモトコの動物好きの原点はどこなのか。
「たぶん、小さいときに、イヌやネコを拾ってくると、『ダメ!』って言われたからやないかなあ。それで反発したっていうか、動物に対してなんか執着心が強くなったのかも」
その答えは、じつに彼女らしい気がして、そうだったのか! とぼくは笑ってしまった。そのあたりの反骨精神、というか反発心のようなものは、ある意味モトコの核を成しているような部分でもあり、彼女のいろんな行動原理につながっていると言えるのかもしれない。
たしか小学1年か2年のときだったという。近所の友だちに、なんらかのきっかけがあって「一緒にケニアに行かない?」と誘われ、モトコは「行く行く!」ときかなくなったことがあった。アフリカのケニアといえば、ゾウやキリンが町を歩いている国だ、と漠然と思っていて、その年齢にして、モトコは本気で行かせてほしいと頼み込んだようだ。が、
「はあ? ケニア? 何言ってるんや、あんたは」
と、予想にたがわぬ反応をされ、結局かなわずゾウやキリンはお預けとなったが、彼女の原点を思い出すと、その経験がさらに、彼女の動物への思いを強くしたのかもしれない。
そして、動物だけではなく、海外への思いが強くなったのもまた、ケニアに行けなかったことと関係があるのかもしれない。「行けなかった、じゃ、行ってやる!」というのが、彼女の思考行動パターンのひとつのようにも思うからだ(なんていうと、モトコが怒り出しそうだけど)。
いずれにしても、その後モトコは、だんだんと海外に目が向くようになり、英語が好きになり、高校時代には今度はより具体的に、そして実現可能なことを親に頼み込んだ。
「イギリスへホームステイをさせてほしい」
そして今回はなんとか説得に成功し、初めて海外へ出る機会を得た。1カ月ほどだったけれど、それは彼女の人生を大きく変えた。その体験がひとつのきっかけとなり、大学でのオーストラリア留学が実現し、さらに、英語や海外、そして旅へと意識が広がっていったからだ。
だから、バンバリーでイルカとともに生活することも、ここボルネオ島でジャングルに行くことも、モトコにとっては、動物と旅とを一緒に堪能できるとても幸せな機会だったのだ。
一方ぼくは、もともとあまり動物に興味があるほうではなかった。幼いころから動物は身近にいなかったし、小さいころは、近所のイヌに、バフバフバフッ! と吠えられ、追いかけられ、「こんな小さなオレに何すんだ、うぇ~ん」と、イヌの理不尽さを静かに呪った印象が強い。
それ以来、イヌはあまり好きではなかったし、動物全般に対してもなんら特別な感情を抱くことがなかった。家で動物らしい動物を飼ったこともなく、動物は遠い存在だった(カブトムシに熱中した幼少期はあったけれど)。
ぼくにとっては、バンバリーでの日々が、初めて意識的に動物を身近に感じながら過ごした経験だった。そして、モトコとともに暮らし、イルカ好きの人たちと一緒に過ごすうちに、動物の魅力が少しずつ感じられるようになっていった。
ぼくは、二人で旅をすることの魅力をそんなところに感じていた。すなわち、興味が2倍またはそれ以上に広がるのだ。自分ひとりだったら訪れていなかっただろう動物スポットに、モトコに連れられるようにしていくことで、ぼくは動物世界の魅力を知ることになる。そしてそこから新たな世界が広がっていく。モトコがいなければ、ぼくがバンバリーで暮らすことは間違いなくなかっただろうし、ラマレラの捕鯨にそれほど興味を持つこともなかったかもしれない。
一方モトコは、彼女ひとりではしていなかっただろう取材活動やインタビューにぼくとともに来ることで、予期せぬ体験をすることができた、と言っていた。東ティモールやカウラ、その他で、ぼくがいろんな人を探して話してきたことは、結果としてモトコにとっても、旅の奥行きをぐっと広げることになっていたのだ。
ボートに乗って、木の上のオランウータンなどを眺めながら、自分ひとりだったらぼくはここには来ていなかったかもな、と考えていた。そしてこの1年で、動物が自分にとって少しずつ「何か」になっていくのを感じていた。
・・・そうして一時間少々をボートで過ごすと、宿泊所に到着した。
「ほんとにベーシックな、寝るだけの場所だからね」
とガイドが繰り返し言っていただけあって、たしかに極めてシンプルな高床式の、屋根のみがある小屋。その小屋が何棟かあり、そこに30人近い旅行者が詰め込まれる。小屋にドアはないけれど、蚊帳はきちんとついている。使える水は雨水を貯めたもので、歯磨きや顔を洗う水は濁っている。しかしそれでも、何回か使えば慣れてしまう。
朝から晩までボートに乗ったり、歩いたりして、動物探しに出かけるこのジャングルツアーは、この旅で初めて参加したツアーらしいツアーだった。2泊だけの短い日程ではあったけれど、自分たちで来ることはまずできないこの密林の中で、陽気なマレー人ガイドのランは次々に動物のもとへとぼくらを連れて行ってくれた。
暗闇の中のナイトトレッキングでは、木の幹の上でじっとしているサソリを見た。日中のトレッキングでは、ゾウの足跡を見ることもできた(残念ながら足跡だけだったけれど)。
そしてさらに、最後の朝に行ったモーニングトレッキングでは、ランは、
「是非もう一度オランウータンを、みんなに見せてあげたい」
と一生懸命手を尽くしてくれた。結局、巣にまで行ったけれどオランウータンの姿はなく、そこにはオランウータンが何かを食い散らかした痕だけがあった。ランはとても悔しそうにしていた。でも、ぼくもモトコも、鳥のさえずりや、緑の木々がゆっくりと揺れ続ける音が響く早朝のジャングルの中で、大きな満足感に浸っていた。
「もう一泊してもいいな」
モトコもぼくもそう思った。そのくらい、動物に囲まれたジャングルでの時間は素晴らしいものだった。ツアーに参加していた他の西洋人たちとも親しくなり、「こういうツアー、楽しいな」と新鮮な喜びを得ていた。少し後ろ髪を引かれるようにしながらも、そうしてジャングルを後にした。


ボートでジャングルの外まで送ってもらい、ランたちに別れを告げると、今度は海に向かって、バスに乗った。ダイバーたちの間で世界一きれいだとも言われるシパダン島に向かって。今度は、透き通る青い水の中に、無数の海洋生物が待っているはずだった。
いつの間にか、「結構動物って魅力的だな」――そう思うようになっている自分に気付かされた。そしてそう感じているぼくに気付き、モトコは満足げにニヤリとした。

