第38回 静かなる悪態
メディテーション(瞑想)のコースに参加するために、チェンマイから乗り合いバスに乗って山の上の寺院、ドイ・ステープを再訪した。
ドイ・ステープからはチェンマイの街を一望できる |
円覚寺でのハードだった座禅体験が思い出されて、やっぱりここもキツイのかな・・・と若干尻込み気味で到着したが、入り口の長い階段を上ると、もうそこは寺の中。やるしかない。
着いたのは午後2時ごろ。門をくぐって観光客の合間を抜けて、International Buddism Centerに入っていくと、若いイギリス人の女性とスキンヘッドの白人のおじさんが迎えてくれた。ここはメディテーション体験修行の場として誰にでも開かれた場所で、いかにも仏教好きの西洋人などが集いそうな空間に見えた。指導してくれるのもカナダ人の仏僧なのだ。
ぼくに与えられた部屋。タダでこんな部屋を与えてくれるというのはすごい |
そのイギリス人女性から簡単な説明を受け、ぼくらはそれぞれの部屋に案内してもらった。ここの修行中はほかの人と話してはならないため、一人ひとりに個室が与えられる。部屋は敷地の外れにあり、粗末なベッドと年季の入った毛布があるだけの簡素な作り。しかも、念入りにも男女の部屋は全く違う離れた場所にあり、当然だが、大学生の合宿の「イェーイ!」的浮かれムードは一切ない。
部屋に荷物を置いて、用意してきた真っ白な服を着て準備を整えると、5時からオープニングセレモニー。そしてすぐに修行が始まった。
始まってみると円覚寺とは全然違ったスタイルであることに気づかされる。
すなわち、ここではすべてが自分まかせなのである。背筋が曲がってるぞ! とカツを入れられることもなく、梅干の舐め方が不十分だ! と怒鳴られることもない。
だが、課された規則はなかなか厳しい。
一切他人とコミュニケーションを取ってはならない。夫婦でも会話は一切だめ。読書や書き物などを含めて娯楽的なことはすべて禁止。そしてさらに、昼の12時以降は一切食べ物を食べてはいけない。それらを守って、ただひたすら朝から晩までメディテーションに集中しなければならないのだ。
とはいえ、特に誰が監視しているわけではなく、何を強制されるわけでもない。すべて、自分との闘いなのだ。
朝は4時に銅鑼が鳴り、その直後から道場に行ってメディテーションを始める。朝食は7時で、道場でもらえるおかずとご飯を部屋に持ち帰って一人静かにそれを頬張る。食べたらまた道場に戻ってひたすらメディテーション。11時に昼飯をもらってまた部屋に戻り、食べる。そして午後も同様で、途中、僧侶から指導を受けるという時間以外は、夜10時ごろに寝るまでひたすらメディテーション三昧だ。
それが一日のサイクルだ。ちなみに、昼12時以降は何も食べてはいけないと書いた通り、晩飯はない。午後は飲み物以外は一切禁止。朝飯、昼飯を済ませたら、あとは翌朝の朝食まで、何も食べられないのである。
そして、これを21日間続けるのがフルコース。その期間の長さにビビらされるが、途中でやめることは可能だ。ただ、最低3日以上はやってくれ、というのが一応の決まりだった。
同じころ、ぼくとモトコのほかに数人の旅行者がこの修行に取り組んでいた。毎日同じ道場にいるので、一応は顔見知りになるが、もちろん「ハーイ!」などと挨拶を交わすこともなければ、基本的に眼をあわすこともない。ただ、ひたすらそれぞれの修行に没頭しなければならない。
そんなストイックな環境の中、ぼくもモトコも覚悟を決めて、修行を始めた。
メディテーションは、座るのと、立って歩き回るのがあり、この両方を交互に繰り返しやっていく。
まず座る方は、足を組んで腰を下ろし、じっと自分の呼吸だけに注目する。何も考えないというのではない。そうではなく、ひたすら自分の身体のさまざまな動きに神経を集中させろ、と教えられた。足が痛くなったら足が痛いという事実に神経を集中させる。そうやってひとつのことにのみ意識を集中させることによって、他の雑念を追い払うのだ。この方法はかなり合理的に見えたが、それでももちろん雑念は生まれてくるので、それに対してカナダ人僧侶はこう教えてくれる。
「雑念の存在をちゃんと認識するんだ。すると逆にそれを追い払えることがある」
歩くメディテーションもまた同じ。とにかく、一歩一歩の足の動き、手の動き、そして呼吸の音を意識する。自分の身体がいまどう動いているかだけに、全部の神経を集中させるのだ・・・。
メディテーション風景。この道場で、朝4時から夜9時ごろまでひたすら座り、歩く |
毎日はひたすらそのように進んでいく。
ぼくも朝はできるだけ銅鑼にあわせて4時ごろには起き、すぐに道場へ向かった。まだ薄暗くかなり肌寒い中、小さな鐘が並ぶ白い建物の横を通りながら、子どもたちが経をあげる澄んだ声を聞くと、幻想的なムードに包まれる。そして静まった道場に入り、ひたすら座り、歩く。
同じ道場にいるモトコとも一切言葉を交わしてはならず、ただたまに目でやりとりをするだけだったが、彼女もそれなりに真剣にやっているように見えた。
食事の時間になり、食べ物をもらいに行くときにモトコと小声で会話を交わす。「けっこうきつくねー?」と言うと、「そうやな・・・」と彼女も意気消沈ぶりは隠せない。
小さいビニール袋に詰め込まれた食べ物を部屋に持ち帰って一人寂しく食べるわけだが、食事は案外おいしかった。大抵、ご飯と炒め物。炒め物には肉も入っていて、ちょっと意外に思ったが、仏教では必ずしも肉を食べてはいけないということはない、とのことだった。
午後は毎日、僧侶との面談があり、指導を受けることができるのだが、そこでカナダ人僧侶のプラ・ノアは、いつも丁寧に一人ひとりの状況を尋ねてくる。そして、「じゃあ、これからは5分間おきに座る、歩くを繰り返すように」などと指示を与えてくれる。
ぼくにとっては、このプラ・ノアに話を聞くのがメディテーション体験の一番の目的だった。細い身体と剃り上げた頭、そしてメガネをかけた白人の彼は、神経質そうな雰囲気と西洋人的快活さを兼ね備えているように見えた。
修行中、ぼくとプラ・ノアの関係は完全に師と弟子だが、ぼくは彼を取材したいと思ってここに来ていたので、何か彼に聞いてみたい、という気持ちをいつも持っていた。彼はどうしてタイで仏僧になろうとしたのか。同年代の一人の生き方として、聞いてみたいことはいくつもあった。
もの静かで、毎日ストイックな生活を続けているようだったが、時々見せる陽気な笑顔は、宿で会う若い白人旅行者そのものに見えた。が、たとえばプラ・ノアは、モトコに対して何かを手渡すときはいつも、ポンと軽くモトコの前に投げて渡した。女性とは同じものに触れ合ってはいけないという教えがあるようなのだ。
そんな彼の様子から、その人物をいろいろと想像したが、しかし彼ともっとも近くで話せるこの面談の時間は、フランクに話をするという場ではやはりなく、ぼくは師の問いに答え、指導をいただくのみである。
彼と話すのは、この寺院を出るときだ。そう思いながら、ぼくらはまた夜までひたすらメディテーションを続けた。
が、この生活――。
思っていた以上にきつかった。ぼくもモトコも、早くも3日で音を上げ始めた。メディテーション自体もハードなのだが、モトコと一切話しちゃいけない、というのが何気に予想以上につらいものがあった。いや、これは別にノロ気とかではなく、単に互いに目の前にいて、ちょっと話したいことがあるのに話してはいけない、というのがじつにストレスフルなのである。
そして3日目、いよいよ隙を見てモトコと道場の裏で待ち合わせ、短い「密会」を決行した。まるで中学時代に、体育館裏でちょっと・・・といった懐かしさ漂う行動だ。誰にも見られていないことを確かめて、久々にモトコと「おおー」と声を出して「再会」し、会話する。
「おいおい、どうするよ? きつくないか、これ?」
と聞くと、飄々として見えたモトコは、じつはぼく以上にきつかったらしい。
「もうこれ、あかんで。爆発しそうやわ!」
限界という感じだった。そしてさらに、
「私、もう部屋ではポテトチップスとか食べてるでー」
と衝撃の告白。ぼくは部屋での読書は自分に許してしまいながらも、午後に何も食べないということだけはできる限り守ろうとしていたが、モトコはしっかり部屋で腹を膨らませていたのである。
食事の制限もきつかったが、ぼくにとっては、部屋で何も読んでも書いてもいけないというのが全く無理だった。もうこれは最初からほとんど守る気はなく、しかも禁止されるとむしろ精が出てしまうのか、ぼくは日ごろより読書のスピードが上がってしまい、持っていた『点と線』の文庫本をメディテーションの合間に半日ほどで読み終え(もともと読むのがかなり遅いので一冊を半日で読み終えることなどほとんどない)、次の本へと進んでいった(ちなみに次の本は、三島由紀夫の『永すぎた春』。旅中の安宿などで見つかる日本語の古本というのは著者やジャンルがかなり偏っているのが印象的だったが、その点についてはまた改めて書こう)。
さらにしかも、これは不毛のきわみなのだが、ノートパソコンのゲーム「フリーセル」をやりまくってしまった。やればやるほど「オレなにやってんだ?」と不毛感が募っていくことはわかっているのにやめられなくなる、というまさに典型的なダメ野郎パターンに陥っていた。
そんなだったので、ぼくもモトコも、「マジでもう帰りたいな」と口をそろえた。しかし、何がぼくらを思い留まらせたのか、秘密の会合では、とにかくあと2泊がんばろうということになった。そうして短い密会を終え、互いに再びメディテーションへと戻っていった。
一方、その日の夜、ぼくの部屋の隣の空間には、イギリス人の男性が入ってきた。ちょっと挨拶を交わして話してみると、
「やっぱり、タイに来たら仏教、瞑想がやりたくてね。いまからワクワクしてるよ」
などと言い、なかなか熱い思いを持ってやってきたという感じだった。そのとき以外彼と話すことはなかったが、彼は一日でこの修行が決してそんなに容易ではないことに気づいたらしかった。翌日、彼の部屋からは、
「ファーック、ファーック!」
と、静かに、しかしやたらと気持ちがこもった悪態が聞こえてきたのだ。おいおい、口ほどにもないやつだな、と思いつつ、やっぱりこれ結構きついんだな、とぼくは胸をなでおろした。
夜、黄色く輝くドイ・ステープの建物 |
