ぼけと利他 村瀨孝生と伊藤亜紗の往復書簡

第9回

居場所としての「しゃべり」(村瀨孝生)

2021.01.09更新

 好きな九九。初めて聞かれました。あえて言うなら「3×5=15」。「さんごじゅうご」かな。昔、夫に脳トレする妻が「にご(2×5)は?」と尋ねたとき「バカ言うな、俺には2号はおらん」と言ったお爺さんを思いだしました。

 僕にはお年寄りに尋ね直したい声が山のようにあります。「おはようございます」と挨拶する僕の顔をみて「ああ、あなたはうみからあがってきたばかりだからね」と言ったお婆さん。あの意味は何ですか。「うみ」とは「海」ですか。まさか「膿」ではないですよね。「海」ならばなぜ海ですか。僕は魚に見えますか。タコに見えましたか。もしかして、聞く人を求めないただの呟きたったのでしょうか。

 いろんな声がありました。繰り返される声、一回きりの声。歌のような声。芝居のような声。祈りのような声。心地のよい声。嫌な声。

 「いたい、いたい、というたなら、だいじょうぶ、だいじょうぶというでしょう。だいじょうぶ、だいじょうぶ、せんせいがいうたなら、いたい、いたいというでしょう」。痛みを訴えるお婆さんに医者が答える。という繰り返しを歌っていると思いました。

 「め~は、こまかじゃどん、め~は、みえるたい」。これを超高速で繰り返すお婆さん。
 「目は細かじゃどん、目は見えるたい」。「じゃどん」は鹿児島弁。かなり軽妙な節回しで抑揚のあるリズムです。分厚いレンズの眼鏡をかけていました。レンズの奥には拡大された目がキョロリとしているのですが、眼鏡を外すとイトミミズのような目が所在なく付いています。あの目をめぐりお婆さんはどんな経験をしてきたのだろうか、思いを馳せます。

 「わたくしはマサエともうします。もったいじまのくだりくちでございます。おちかくにおいでのさいは、どうぞ、およりくださいませ。おちゃでもごよういいたします」。
 「ありがとうございます。お邪魔してもいいですか」と絡んでみるのですが、返事はない。僕の声はマサエさんに届いていない感じでした。
 「「マサエー、おまえのはなはおっぺしゃん」。おっぺしゃん、おっぺしゃん、といいながら、ちちはわたしのはなをおしますと。まあ~、わたしのはなはおっぺしゃんじゃなかばい」。淀みなくしゃべります。
 ちなみに「おっぺしゃん」とは「潰れている」という意味です。お父さんが「マサエ、お前の鼻は潰れとるなぁ」といながら指で鼻を押す。「潰れてないよ~」とマサエさんが言い返す。父と娘がじゃれ合う風景が見えます。その声には嬉しさが溢れていました。
 マサエさんはいつもベッドの上で体操座りをしています。職員が入室すると「おばしゃん」と呼びます。その声は高くて、愛らしく、歯切れがよい。つい真似をしたくなるんです。どの職員も同じ心境みたいでマサエさんと同じ口調で「おばしゃん」と呼び返すと「なんばね」(なんですか)と答えます。
 僕が20代の頃のお婆さんたちです。

 毎日のように繰り返される声もあれば、その時限りの声があります。

「こうのいのねのそのにきがいたい」。90歳を過ぎたお婆さんが呟き続けています。はじめは歌かと思いました。
「こうのいのねのそのにきがいたい」。
呪文のようにも聞こえます。
「こうのいのねのそのにきがいたい」。
よく聞いていると「こうのいのねのそのにきが、痛い」に聞こえてきました。
「「こうのいのねのそのにき」が痛いんですか」と僕。
「そう」とお婆さん。
「「こうのいのねのそのにき」ってどこですか」と僕。
「そう」とお婆さん。
僕は「ここですか」と頭を触ります。
「そう」とお婆さん。
看護師さんがやってきて「頭が痛いと?どんなふうに痛いとかいな」と尋ねました。
「うんにゃ」(いいや)とお婆さん。

 東洋医学をむねとするお爺さん先生がやってきて、お婆さんを触診しました。先生は「ここか」「ここか」と言いながら丁寧に触ります。お婆さんは「そう」と言ったり、「うんにゃ」と言ったりで要領を得ません。「まあ、様子を見ておきなさい」といって先生は帰ります。診察後に「こうのいのねのそのにきがいたい」を言わなくなりました。あの時は先生の触診で「痛み」が霧散したのだと了解しました。

 「こうのいのねのそのにきがいたい」。実はあれが何だったのか未だにわかりません。言葉なのか。歌なのか。痛みの表現だったのか。30年前の言葉を僕が明確に憶えていられることも不思議です。「こーう⤴の.い⤴のねの.その.にき,がいたい,」。文章では表現しがたい節が付いていてその声が僕の耳に付いてしまいました。
 「こうのいのねのそのにきがいたい」。最初は言葉となって僕の頭に棲みつきました。やがて、歌となって体に浸透しました。ふと気が付くと「こうのいのねのそのにきに~」と僕なりのアレンジが加わって歌っています。それは口を突いて出ます。確かに僕が歌っているのですが、お婆さんが歌わせているのかもしれません。お婆さんの声を歌う僕は、歌いながらお婆さんの声を聴いています。僕にも「内なるラジオ」があるのかもしれません。

 職員にもある声(ことば)が棲み着いているといいます。それは「まんがんがんじー」。97歳のお婆さんの口からでたものです。「「まんがんがんじー」って何なんですかねぇ」。職員は未だに考えるそうです。「まんがんがんじー」は1回きりで繰り返されることはありませんでした。この話はよりあいのお婆さん。
 いつの日か職員の口が「まんがんがんじー」と呟く日が来るかもしれません。それを聞いた未だ見ぬ他者が「「まんがんがんじー」って何なんですかねぇ」と、今度はその人に棲み着くかもしれません。お婆さんが発声した「まんがんがんじー」はお婆さんの声を真似た職員の声となって未だ見ぬ他者の体に棲み着き、その人の声となって生まれ出る。言葉ではたったひとつの「まんがんがんじー」ですが、声になると無数の「まんがんがんじー」が発生します。声には無数の他者が背後にいるようです。もはやこのような営み自体が智慧の生成に関わっているようにも思えてきます。

 「まんがんかんじー」。エジプト古代、第4王朝のファラオであるクフ王が死の間際に発した言葉であったならば、この声をめぐりたくさんの考古学者がさまざまに論考し解明のために多くの時間を割くのかもしれません。そう思うと「こうのいのねのそのにきがいたい」も「まんがんがんじー」もまだ解明されていない声のひとつです。「こうのいのねのそのにきがいたい」が卑弥呼の声という可能性だってあります(笑)。

 ここまで書いて思ったのですが、今、起こっている出来事を過去に結び付けて了解する癖が僕たちにはありますね。でも、それだけでは腑に落ちない「しゃべり」がぼけの深いお年寄りにはあります。たとえ、過去の出来事をしゃべっていても、そのしゃべりはセピア色ではないリアルさを感じるんです。
 あれは、回想ではなく今まさに目の前で起こっていることだと思えます。つまり、ぼけの深い人が再生する記憶の解像度は僕らの想像を超える高さがあるんじゃないか。解像度の高い記憶が再生されるきっかけは、今の実感にあると思います。花の香、風の音、声のリズム、肌の感触、目に映える色たち。今をとらえる力においてもその強さは僕たちの想像を超えている。過去から生じる「しゃべり」ではないように感じます。彼らは過去や未来に囚われがちな僕たちよりイキイキと今を生きている、はずです。
 繰り返されるのは自分をケアする居場所としての「しゃべり」だからかもしれません。

 ぼけの深い人の「しゃべり」ってやっぱり不思議です。77億の人がいるならば、77億の老いとぼけの営みがあるのでしょう。
 ピエール・パシェのお母さんのように交流の「し難さ」を感じる「しゃべり」には引き込まれてしまう魅力があります。ぼけの深いお年寄りは自分のことでも「他人事」といった雰囲気が漂います。
 「今日のご飯は美味しかったですか」と尋ねると「ああ、そうですか」と答える。それを「知能が低下した状態」から生まれる「しゃべり」で片づけられない気がしています。発語の少ないお年寄りも言葉の意味からではなく、声のトーンやリズムで相手にある雰囲気(快・不快、敵味方))を察知しているようです。それらは、長い人生と老いの営みを生きぬいた結実であると思えるんです。

 「老いのさなか」は「たゆまない機能不全のさなか」という側面もあります。思うに任せない状況が深まっていくのですから、自分のことで精いっぱいで、他人(ひと)どころではないようにも見えます。
 母は両手を広げ必死でバランスを取りながら歩きます。すり足でヨロヨロと前進する。家にいながら綱渡りをしているようです。家具や椅子をしっかりと掴みながら歩く姿は崖を登っている感じです。自宅内ロッククライミング。座るときは重力から大内刈りをかけられているように見えます。家の中でも命がけ。外では他者の介添えを求め自ら手を差し出すようになりました。
 時間の見当がつきづらく、記憶が覚束ないので予定をとても気にします。どんなに考えても予定が分からない。それに伴って今何をするべきかが分からない。そのようなときに僕が登場すると「あなたのことを考えていたら、一発で繋がった!」と安堵の声をあげます。まさに「渡りに船」です。
 自分を他者に委ねることで行為を取り戻している(他者を取り込んで再構成する)と思えます。それでもなお、ふたりで「ひとつの行為」を成り立たせるとき、お互いの心と体が「抗い」を生じさせます。他人どころではない状況で他人に身を委ねているのですが、「抗い」に出会うことで、改めて他者を感じ直さざるを得ない。それって、どんな感じなんだろう。
 互いの「抗い」をケアし合うなかで自意識は変化するのかもしれません。介助を必要とする「わたし」と介助する「わたし」。二人称の「わたし」が生まれる。ときには一人称の「わたしたち」が孕まれる。

 「かいさんしましょう、そうしましょう」。99歳のお婆さんが呟くようになりました。「解散しましょう。そうしましょう」と聞こえます。それは自宅でも起こるようになりました。お婆さんをご自宅までお迎えに行くと「今日は4人います」と言って娘さんが送り出すのです。お婆さんの中に複数の他者が棲みついたようでした。
 「かいさんしましょう。そうしましょう」とお婆さんが発する直前にも「呟き」のあることに気が付きます。「ああ、お腹が空いたね」とお婆さんが呟く。そして、一呼吸おいて「わたくしも」。「わたくしも」。「わたくしも」と3回続けてしゃべるのです。終わりかなと思うと最後に「わたくしは空いておりません」としゃべる。すると「かいさんしましょう。そうしましょう」が出てきます。「わたし」のなかの「わたしたち」が合意できなかったようでした。
 何故こんなことが起こるのでしょうか。不思議でしかたありません。マイブームのように続いたかと思うと、ある時期からピタリと呟きが無くなりました。お婆さんの中で何が生成され、分解したのでしょうか。

 そのような交流し難いお年寄りほど、交流したい衝動が僕らに生まれます。

 未婚の女性職員のひとりが「わたし、結婚できますか」とお婆さんに尋ね始めたのです。答えはいつも「できない」の一言です。言葉の抑揚や強弱をお伝えしたいのですが難しいなぁ。「でき~、ない」。「でき」は意味ありげにゆっくり。「ない」はそそくさと切り上げるように「でき」より少し早めで強く言いまわす感じです。伝わったかなぁ。
 何度尋ねても「でき~、ない」と言うお婆さん。「できる」と言って欲しい。職員は闘志を燃やします。それを見ていた、他の職員が参戦し始めます。「私こそ」というオーラを放ちながら。誰が挑戦してもお婆さんの答えは「でき~、ない」でした。
 すると職員同士の意見交換が始まります。いつも「できる?できない?」と尋ねているから順番を変えてみよう。質問の終わりが「できない?」なので最後の言葉が耳に残ってオウム返しになっているのではないかという推理でした。
 「できない?できる?」。お婆さんの返事は一貫して「でき~、ない」でした。すると職員たちは「私たちを「からかっている」に違いない。ヤキモキする様子を面白がっている雰囲気がある」。「そうそう、私も感じる」とミーティングが女子会のようになるのです。交流というより、交信する手立てを探しているようでした。

 交流し難さがあるかと思えば、どストライクに介入してくることがあります。「夜の会合に出たくない。でも僕が提案したことだから・・・でも、嫌だな」と心の中で葛藤していた時のことです。お婆さんが「いきなさい」と言いました。「行きなさい」。そう聞こえました。こんなことってあるだろうか。まるで、僕の心を見透かすような・・・。いや待てよ、お婆さんは違う言葉を呟いたのではないか。たまたま葛藤のさなかだったので、僕の耳が自分に引き寄せて「行きなさい」と変換したのではないか。いろいろと考えますが、ただの偶然とは思えない、どストライクは少なくありません。

 長いお手紙になりました。お年寄り同士の「しゃべり」も面白いのですが、話が尽きないので、今日のところは終わりにします。

 あっ、それと
 「すっまっしぇん」を「すん、まっしぇ~ん」で発声してみてください。健闘を祈ります。

村瀨 孝生/伊藤 亜紗

村瀨 孝生/伊藤 亜紗
(むらせ・たかお/いとう・あさ)

村瀨 孝生

1964年、福岡県飯塚市生まれ。東北福祉大学を卒業後、特別養護老人ホームに生活指導員として勤務。1996年から、「第2宅老所よりあい」所長を務める。2015年4月より特別養護老人ホーム「よりあいの森」施設長。著書に『ぼけてもいいよ』(西日本新聞社)、『看取りケアの作法』(雲母書房)、『おばあちゃんが、ぼけた。』(新曜社)など多数。

伊藤 亜紗

東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター、リベラルアーツ研究教育院准教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。主な著作に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)など多数。

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