ぼけと利他 村瀨孝生と伊藤亜紗の往復書簡

第14回

ソロでデュオを踊る(伊藤亜紗)

2021.04.07更新

 意識合わせじゃなくて感覚合わせ。先日開催したイベント「利他学会議」が最後にたどりついたのも、まさにそこでした。

 利他学会議は、週末の2日間をたっぷり使って、各分野の専門家を招き、のべ7時間半にわたってじっくり語り合うという体育会系合宿のようなイベントです。もちろん、議論のなかで、研究上のヒントや重要な発見にたくさん出会うことができたのですが、最終的に一番強く残ったのは、「打ち合わせしてるなあ」という実感でした。自分たちで企画しておいて「打ち合わせしてる」というのも変な感想なのですが、シンポジウムでもなく、ミーティングでもなく、打ち合わせができたという実感がありました。

 そのことをイベントの最後に仲間に話したら、打ち合わせとはもともと雅楽の言葉だと教えてくれました。雅楽では、打楽器の合奏をするとき、笏拍子などの打ち物を打ってリズムを合わせるのだそうです。ここから、いわゆる「打ち合わせ」という言葉が生まれたのだ、と。

 そう考えると、我々が2日間かけてやってきたことは、音楽で言うところのチューニングみたいなことだったのかもしれない、という話になりました。決められたテーマについて言葉で言葉を掘り下げていくような「シンポジウム」でも、行動のための計画を確認して意識を合わせる「ミーティング」でもなく。ただ、それぞれ楽器は異なりながら調子を合わせ、向きをそろえていく探り合いとしての「チューニング」をしているんじゃないか、という話になりました。

 チューニングは同時に、リハーサルをしないということでもあります。「プー」と音だけ出して、演奏はしない。リハーサルというシミュレーションをしてしまうと、本番はそれを実行するだけの頭になってしまいます。利他が「〇〇すべき」というような道徳的な命令や、「〇〇するとうまくいく」のような普遍的な行動指針では語れないとすれば、まさにこの調子合わせとしてのチューニングこそ、「しないためにする」手入れだったように思います。

 チューニングといえば、同じ利他学会議のエクスカーションで、ダンサー/振付家の砂連尾理さんが語ってくれたチューニングもとても面白いものでした。

 砂連尾さんは、数年前に立て続けにご両親を亡くしたことについて語ってくれました。その後、自分の気持ちを整理するために、ご両親といっしょに踊る作品をエチュードとして作り、動画におさめました。やわらかい光の入る室内で、鉢植えの木の枝にご両親の写真を木の実のようにかざり、その前でゆっくり、ゆっくり、踊っていきます。

 念頭にあったのは、ワークショップをするために長く通っていた特別養護老人ホームのお年寄りとの関わりでした。砂連尾さんは、継続してご老人たちとワークショップを行いながら、一緒にダンス作品も作ってきました。ところが、あるとき一緒にデュオを組んでいたお婆さんが亡くなってしまいます。振り付けを実践するという意味では、別の「ダンサー」を立てたほうがよいのかもしれません。

 でも、砂連尾さんはそうしませんでした。その人と踊った記憶だけで踊ることにしたのです。つまり、ソロでデュオを踊ったのです。

 これは少なくない方が口にされる感覚だと思いますが、砂連尾さんはこんなふうに語っています。「不思議なもので、いなくなってからのほうが存在感が強くなるんです」。たとえばスマートフォンで小川の水面を撮影するとき、砂連尾さんの脳裏に「天国からの視線ってこんな感じなのかな」という考えが宿る。亡くなった人の実在はもうないのですが、そこには存在があります。

 でもこれって、残酷な言い方をしてしまえば、いくらでも自分の思いが作り上げたフィクションになってしまえる感覚だと思います。両親に会いたいから、自分の願望のとおりに両親の存在を想像してしまっているのではないか、と。

 そうならないようにする砂連尾さんのチューニングが面白いのです。砂連尾さんは、基本に帰っていろいろなメソッドの地道なトレーニングをするようになったのです。バレエや合気道など、身体技法にはいろいろなメソッドがありますが、舞台に立つためではなく、ただ体をチューニングするために、それぞれのメソッドの練習を熱心にやるようになった。

 なぜメソッドのトレーニングがチューニングになるのか。それは、メソッドがたくさんの人の手によって作られたものだからです。メソッドは、創始者以来、体から体へと伝えられ、改良されていったものです。それを実践することによって、先人たちの体が自分の体の中に入り込んでくる、と砂連尾さんは言います。

 メソッドのとおりに手を動かす。呼吸をととのえてみる。すると、やってみて初めて分かる「そういうことか」があるのだと思います。

 「そういうことか」を体得するとき、砂連尾さんは、先人たちを招き入れるスペースを作り出しているように見えます。合気道を作った植芝盛平を招き、バレエの鬼才ニジンスキーを招き、出会うたびに砂連尾さんはどんどんうつわ化していきます。そのうつわ化した体で、両親を招く。そうすることで、両親とともにいるという出来事が、ひとりよがりのものになるのを避けることができるような気がする、と砂連尾さんは言います。

 手や顎で(ここ、ここ)と示す。するとお年寄りも(ここ?)と目配せして自分から車椅子に移動する。一言も発することなくお年寄りを誘導するマジック・ノブオさん(勝手に命名しました)とお年寄りのやりとりも、ダンスのようだなと思いました。マジック・ノブオさんがソロでデュオを踊っているから、その余白にお年寄りが引き込まれているように見えます。

 言葉よりも体のほうがうっかりしていますから、折り合わない二人の場合、関係のきっかけは体から生まれやすいのかもしれませんね。ケアというと、相手の体に直接ふれて移動させたり、言葉で情報を伝えたりすることが想定されがちですが、村瀨さんが教えてくださる介護の風景には、身体接触や言葉の字面に回収されない、音楽の合奏やダンスの風情がありますね。

 つい先日、1年前に喉頭を摘出した方とお話する機会がありました。失った肉声の代わりに、食道を使った発声方法を練習している最中でした。

 カフェの入り口でお会いしたとき、その人からはヒューヒューという音がしていました。喉専用のエプロンのようなものやスカーフで覆っているので直接は見えませんでしたが、造設した気管孔から空気がもれるのです。

 最初は出入り口に近いテーブルに座りました。ところがそこは外からの風が吹き込みやすく、彼女はすぐにとても苦しそうな表情になりました。気管孔の中はすぐ粘膜なので、風が当たると乾燥してしまうのだそうです。もう少し奥の席に移動しました。

 私が声で質問をすると、彼女は持参したタブレットに答えを書き込んでくれます。私は食い入るようにその画面を見つめ、どんな言葉が打ち込まれるのかを待ちます。同席していた学生のうちひとりは、ノートを取り出して彼女の話を落書きのような絵にまとめ、もう一人の学生は尺八の演奏がいかに難しいかについて語り始めます。

 2時間くらい経った頃でしょうか。あれ?と思いました。気づけば、彼女から声が聞こえるような気がするのです。音としては相変わらず「ヒューヒュー」のままなのですが、こちらの感覚としては、声で話しかけられているような感じなのです。

 それは彼女も同じだったようで、家に帰ってからのメールのやりとりにこう書いてありました。「音声ミュートでも声が届いて喋れていた様に思う」。それはとても不思議な感覚でした。

 おそらく2時間ほどのうちに、私たちの体がじわじわと彼女の体の動きにチューンナップされていったのだと思います。たとえば、質問をされて言葉を選ぶときに、彼女の右手は空中で指を折って左右にシェイクするように動きます。タブレットの画面をこちらに見せるために、飲んでいたスムージーのカップを置く位置を何度も変え、そうこうしているうちにぶつかって中身をこぼしそうになります。途中からマスクを外して表情を見せてくれていたのですが、目尻の上がり具合や口の開け具合から、彼女の感情の起伏のレンジが伝わってきます。

 体の動きには繰り返されるパターンがあり、そのパターンはその人の身体的な人格のようなものを形づくります。私に聞こえていたのは、おそらくこの全身動きが発する人格の声だったのだと思います。一気に強まる空気圧の「ヒュッ!」は、全身が「そう!」と同意しているように聞こえたし、痙攣するような「ヒュヒュヒュ」は、お腹から出る笑い声に聞こえます。音がないからこそ、かえって彼女の体のテンションのようなものが純粋に伝わってくるように感じられました。

 動きに人格が宿ると声になる。この発見は、ふだんから言葉を音として体から出す経路が混乱しがちな私にとっては、何だか開放感さえ感じるものでした。彼女と話しながら、私も音声としての言葉を使うことがまどろっこしくなってきました。気づけばいつも以上に身振り手振りが多くなり、顔面の筋肉がぷるぷると揺れていたように思います。

 もっとも、伝わる意味はある程度正確にキャッチできたものの、音そのものはかなり私の勝手な「アテレコ」だったことが判明しました。あとから聞いたところによると、彼女のもとの声質は「清水ミチコ」だったそう。高い声を想定していたので、ちょっと人違いのような目眩を覚えました。

 面白かったのは、彼女が自分自身に対しても、音のない声をかけているということでした。確かに「よいしょ」とか、「うーん」とか、言葉にならない独り言を私たちはふだん口にしています。彼女は喉頭を摘出してから、「にょ!」という音のない声を自分にかけるようになったそう。「にょ!」は、「ひょっこり出てくる感じ」や「よいしょ!よりも圧が緩めの動作音の声掛け」を表すそうです。それは、いわば自分の体をケアするための声ですね。

 ここにないもののために居場所をつくるしぐさに惹かれます。居場所を作って、さあどうぞと客人を待つ。客人はある人の行為だったり声だったり亡くなった人だったりします。しかし、いざやってくると、客人のほうが主人をのっとるのかもしれません。ソロで踊るデュオは、祈りのようでもあり、化かしあいのようでもあります。

村瀨 孝生/伊藤 亜紗

村瀨 孝生/伊藤 亜紗
(むらせ・たかお/いとう・あさ)

村瀨 孝生

1964年、福岡県飯塚市生まれ。東北福祉大学を卒業後、特別養護老人ホームに生活指導員として勤務。1996年から、「第2宅老所よりあい」所長を務める。2015年4月より特別養護老人ホーム「よりあいの森」施設長。著書に『ぼけてもいいよ』(西日本新聞社)、『看取りケアの作法』(雲母書房)、『おばあちゃんが、ぼけた。』(新曜社)など多数。

伊藤 亜紗

東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター、リベラルアーツ研究教育院准教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。主な著作に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)など多数。

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