ぼけと利他 村瀨孝生と伊藤亜紗の往復書簡

第16回

魔法陣(伊藤亜紗)

2021.05.24更新

 担当の星野さんを介して、村瀨さんが蜂で大わらわだと知りました。村瀨さん、お年寄りだけじゃなくて蜂のケアもされていたんですね。今年は分蜂が多くて巣箱作りが大変だったとか。無事にひと息つかれたでしょうか。
 私も昨日、道端で蜂の死骸を拾いました。たぶん日本ミツバチだと思います。すでに小さなアリが集まっていました。ネズミを食べるときは脳からですが、ハチを食べるときは胸からなのですね。
 蜂の分蜂は集団レベルの世代交代ですね。切れ目が明確で、しかも横に分かれていく「傍系化」のパターンです。一方でよりあいの30年は、地下深くにもぐりながら広がる根のような「直系化しながら傍系化していく」パターンだったと村瀨さんは書かれています。「よりあいという場所が、介護施設という機能集団を超えてきた」というのは、どういうことなのでしょうか。
 よりあいで暮らす人たち、働く人たちのなかに死者が宿っている、と村瀬さんは書かれています。さっき、つい「世代交代」という言葉を使ってしまいましたが、この表現はずいぶん傲慢で表面的な、目に見える葉っぱしか見ていない言い方なのだとハッとしました。死者ともチューニングしながら、今なお彼らが与えてくれているものに耳を澄ます。30年続けてこられたことの凄味を実感しました。

 深夜、ミチコさんの部屋で光るテレビの砂嵐とベッドの柵にかけられたおむつ。直接その様子を見ていない私には、ずいぶんSF的な光景に思えます。なんだか魔法陣みたいですね。光に照らされたミチコさんの顔は、きっと魔術使いか、怪しい科学者みたいな感じだったのではないでしょうか。
 テレビは私たちにとっては「見る」ものですが、ミチコさんにとっては「照らす」ものだったのですね。なんとなく、殺菌効果もありそうだなと思ってしまいました。
配置と意味の関係に興味があります。丸が3つ横にならぶと「信号機」に見えるけれど、縦に3つならぶと「団子」になります。三角形に配置すれば「顔」でしょう。意味をつくりだすのは、丸というパーツではなくて配置です。
 人間も、なんとなくそばにいるだけで親しくなったりします。まさにチューニングですね。向かい合って座るのと90度の角度で座るのでは話の内容が変わってきますし、球技ではフォーメーションが戦力に直結するのは言うまでもありません。さらに広げて考えれば、生物にとっての生きているということを作っているのも配置ですね。体を構成する物質そのものは新陳代謝して変化していくけど、配置が変わらないから個体としてのアイデンティティを保つことができます。
 30年以上前、ミチコさんが現役だったころ、村瀨さん含め職員のみなさんは、テレビとおむつと柵が作る配置の意味が分からなかった。それはミチコさんだけが分かる意味でした。いや、私がもしそこにいたら、その配置に意味があるかもしれないという発想すら浮かばなかったような気がします。

 実は、配置に関してずっと気になっていることがあるんです。今日はそのことについて村瀨さんに相談させていただいてもよいでしょうか。
 私は8年ほど前に、今住んでいる地域に引っ越してきました。細い川の近くの、一軒家が多い住宅街です。
 川は我が家から歩いて2分ほどのところをちょろちょろと流れています。駅やコンビニに行くときには、その川にかかる橋を渡っていくことになります。
 橋を渡ると延焼を防ぐための小さな名ばかりの公園があり、つきあたりを右に曲がってすぐ左に折れると、小さな工場のような施設があります。外階段つきのプレハブの古い建物で、「こうじょう」というよりは「こうば」です。でも、プレス機の音がするわけでも、薬剤の臭いがただよってくるわけでもないので、もしかしたら「こうば」だというのは私の思い込みかもしれません。
 その工場らしき建物は、道路から2メートルほど引っ込んだところに立っています。つまり、建物と道路のあいだには、スペースがあります。広さにして3畳ほどでしょうか。道路とのあいだに柵はないので、建てたときは駐車場のつもりだったのかもしれません。隙間からタンポポやホトケノザが生えていますが、地面はコンクリートで固められているので、庭ではないようです。
 このスペースに、製造の部品ともつかない、廃棄物ともつかないものたちが、独特の配置をもって、置かれているのです。スペースの端に置かれているのなら、そこを物置として使っているんだろうなと考え、何も不思議には思わなかったはずです。ですが、配置は3畳のスペース全体にわたって展開されているんです。
 それを「散乱」ではなく「配置」と呼びたくなる理由、つまり何らかの「意図」を感じる理由は2つです。一つは、ものたちが、銅線や有刺鉄線で相互に結び付けられていることです。まるで、星座をわかりやすく示すために、星たちをつないでいるかのようなのです。ただ、その結び付け方はきまぐれで、結び付けられていないものもあり、「絡まっている」というのとも違います。
 二つめの理由、これが決定的なのですが、数日おきに、配置が変化するのです。先にお伝えしたとおり、駅やコンビニに行く道なので、毎日のようにそこを通ります。すると、かなりの頻度で、配置が更新されているのです。しかも、配置だけでなく、置かれている物もそのときどきで違っています。いつも置かれている「常連」もあれば、まれにしか登場しない「レアキャラ」もあります。
 8年間ここに住んでいますが、一度もその工場に人が出入りしているのを見かけたことはありません。でも夜になると、1階の作業場らしきスペースには蛍光灯がこうこうとついていて、この建物が廃屋ではないことを示しています。つまり、配置は自然現象ではなく、100パーセントに近い確率で、人為的なものであると考えられます。
 というわけでは、私はこの「魔法陣」の様子を、ずっと観察しつづけています。この配置はいったい何を意味するのでしょうか。現代アートの表現方法のひとつに「インスタレーション」というものがありますが、私にとっては、この魔法陣は現実世界の中に展示されたインスタレーションのようで、興味をくすぐってやみません。でも、8年鑑賞し続けても飽きない作品なんて、そうそうないですね。

 ときどき写真に収めたりもしています。ただ、道路沿いとはいえ私有地ですし、頻繁に撮るのはためらわれます。でも、たまに「おおっ!」と思う配置のときがあり、ついついスマホを構えてしまいます。
 下の図は、今日の配置の様子を描いたものです。この配置は先週末に作られ、それ以降、4日ほどそのままになっています。

magicsquare.jpeg

 右下から順に書き出してみます。

 ・ばんじゅうのような四角いケース
 ・ドーナツ状の錆びた鉄製の輪(水につかっている)
 ・インクトナーのような筒状のもの
 ・細い蛍光灯のようなもの(紫外線用?)
 ・ガラス管
 ・クリオネのような形の電球
 ・配電盤のような青い板
 ・測定用の機器のようなもの
 ・オシロスコープのようなもの
 ・買い物カートにアルミ板をまきつけたもの
 ・透明ならせん
 ・釘
 ・モーター
 ・黒い棚柱
 ・銅線
 ・有刺鉄線

 書き出したからといって何かが明らかになるわけではないのですが、そもそも名付けるのが難しいものたちばかりなので、書き出すだけでも一苦労です。
 横を通りかかったときにパッと目を引かれたのは、やはり透明ならせんでした。奥に置かれているので素材が正確に確認できませんが、おそらくプラスチック製だと思われます。らせんは伸び縮みできることに意味がある形状だと思っていましたが、これは硬い素材でできているので、そのメリットは生かせそうにありません。となると中を何か粒状のものが回りながら滑り降りていくのかなと思いますが、なぜそのような時間稼ぎが必要なのかはよく分かりません。
「オシロスコープのような機器と細い蛍光灯の束」という組み合わせが、左手前と右奥に2回登場していることも気になります。もしかしたら、これらは組み合わせて使うのかもしれません。ただ、蛍光灯の束というのが少し妙です。まるでネギのように束ねられているのですが、奥の蛍光灯はそのうち一方が両端だけで中間部分がありません。
 手前の買い物カートのような物体も気になります。かごの部分は黒いプラスチック製なのですが、薄いアルミ製の板がラッピングのようにくしゅくしゅっと巻きつけてあるんです。このカートは必ずといっていいほど登場する配置の「常連」なのですが、いつもこんなふうに地面に倒された状態で置かれています。
 くらくらとめまいがしてくるのは、配置の中にもさらに配置があることですね。たとえば釘の配置。釘は、クリオネのような電球の右側と、透明ならせんの左右に多く置いてあるのですが、クリオネの近くでは毛並みのように同じ方向を向いているし、らせんの近くでは全体で砂州のような形を作っています。決してランダムではないのです。ばんじゅうの中にある鉄製の輪も「常連」ですが、この配置も何か意味があるのかもしれません。
 そして特徴的なのは、何といっても、置かれたものの多くが有刺鉄線や銅線で結び付けられていることでしょう。これを「有機的」といっていいのか分かりませんが、ものとものは物理的に、あるいは電気的に、相互に関係づけられているようです。もしかすると、これは操り人形を床においたような状態なのかもしれません。つまり、本来は三次元的に配置されることによって有機的に働きだすものが、仮にこのように平面に置かれているのだ、と。機械が完全に脱力したようなことなのかもしれません。
 でもだとすると、その三次元的な配置はどのような働きを持っていたのでしょうか。ルーブ・ゴールドバーグ・マシンのように、順番に何かがめぐっていく仕掛けなのでしょうか。めぐっていくのは、パチンコ玉のような物体なのか、あるいは形のない電気や光のようなものなのか。工場であるとしたら最終的に何かが生産されるのでしょうが、いったいそれが何なのか、まったく想像がつきません。ルーブ・ゴールドバーグ・マシンは何も生み出しませんから。
 あるいは、この有刺鉄線や銅線は、ものとものを結びつけているのではなく、相互に拘束しているのかもしれませんね。二人三脚の結ばれあった足と足のように、まさに足をひっぱりあうための線なのかもしれません。たとえば単に「振動で落ちないようにする」ためである場合のような。あるいはこの持ち主は案外と用心深くて、盗難を防止するためにこれらを結びつけているのかもしれません。有刺鉄線の存在はこの解釈を支持しているように見えます。
 でもそもそもなぜ、屋外にこれを置いているのでしょうか。単に置き場がなかったからかもしれませんし、ミチコさんのように乾かしているのかもしれません。日光や紫外線に当てる必要があるのかもしれないですし、もしかしたら何かを測定しているのかもしれません。あるいは重要なのは実は3畳のスペースのほうで、そこに猫や人が立ち入らないようにするためのバリケードとして、このすべては置かれているのかもしれません・・・。

 というわけで、この8年くらい、ここを通るたびに、もやもやとした思いに苛まれています。いったいこれは何なのでしょうか。
 いや、もちろんこのもやもやは私の楽しみでもあって、心のどこかでは、いつまでもこの魔法陣の謎が解けないといいなとも思っています。
 それでもいつか、ふっと答えが分かってしまうときが来るのかもしれません。答えは向こうからやってくるものであって、抗えませんから。

村瀨 孝生/伊藤 亜紗

村瀨 孝生/伊藤 亜紗
(むらせ・たかお/いとう・あさ)

村瀨 孝生

1964年、福岡県飯塚市生まれ。東北福祉大学を卒業後、特別養護老人ホームに生活指導員として勤務。1996年から、「第2宅老所よりあい」所長を務める。2015年4月より特別養護老人ホーム「よりあいの森」施設長。著書に『ぼけてもいいよ』(西日本新聞社)、『看取りケアの作法』(雲母書房)、『おばあちゃんが、ぼけた。』(新曜社)など多数。

伊藤 亜紗

東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター、リベラルアーツ研究教育院准教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。主な著作に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)など多数。

編集部からのお知らせ

『ちゃぶ台7』、伊藤亜紗さんにご寄稿いただきました!

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ちゃぶ台7 特集:ふれる、もれる、すくわれる

藤原辰史さんとの対談、『「ふれる、もれる」社会をどうつくる?』と、エッセイ『おむすびもれるん』を掲載しています!

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