ぼけと利他 村瀨孝生と伊藤亜紗の往復書簡

第18回

時間を溜めるうつわ(伊藤亜紗)

2021.06.19更新

 魔法陣のまわりに蜂の群れがやってきました。それからお年寄りと宮地嶽神社と世界各地の古代遺跡も。相変わらず謎だらけの魔法陣ですが、一気に賑やかになりました。我が家の近所のあの土地を、村瀨さんに祝福してもらったような気分です。ありがとうございました。
 タイミングが合うって面白いですね。いや、むしろ間が合う、と言うべきかな? それは説得したり納得を促したりすることではなくて、体や感覚をベースにして合意することである、と村瀨さんは書かれています。そんな合意が成立するのは気が動いているときで、それはたとえば縁側のような内にも外にも転びうる「躊躇いと待ちの溜まり場」でこそ起こりうる。
 北九州を拠点にホームレスの支援をされている奥田知志さんが、オンラインのトークイベントで話していたことを思い出しました。奥田さんが声をかけたホームレスの方の中に、7年間、支援を拒み続けた方がいたそうです。お弁当をもってその方のもとを訪ずれても、「放っといてください」の一点張りです。それが7年。
 ところがあるとき突然、その人が「よろしくお願いします」と不意に支援を受け入れたのだそうです。あまりの唐突な出来事に、奥田さんはその人が受け入れたということを感知できなかったそうです。拒まれることにあまりに慣れすぎていたからです。お婆さんに急にお風呂に入ると言われて慌てた村瀨さんと同じように、奥田さんもそうとう焦ったのではないでしょうか。受け入れた本人も焦ったかもしれませんね。間が合うのは、お互いが自分に対して手薄になっているときのような気がします。
 この手薄さを、奥田さんは「フチ」という言葉で語っています。つまり真ん中ではなくヘリの部分です。奥田さんに言わせると、専門職の人は、人を動かすために、決め台詞のようなかっこいい一言を使おうとしがちです。要するに、ズバッと真ん中を突こうとするのです。でも、それはあまり意味がないことが多い。むしろ「薄氷を踏むように遠くから少しずつ近づいていく」方が重要だと奥田さんは言います。
 それは別の言い方をすれば「数打ちゃ当たる」戦法です。質より量。まさに「溜める」やり方ですね。奥田さん自身はキリスト教の牧師さんですから、聖書から相応しい一節を引いて、困っている人に聞かせる、なんていうこともできるはずです。でも奥田さんはそれをしません。そういう強い言葉よりも、何気ない言葉をたくさん溜めていったほうが、間は合いやすい。間を合わせるためには的を外さなければいけない、というのは至言ですね。

 「利他」と「溜め」の関係にも大きな示唆をいただきました。私はこれまで利他をうつわモデルで考えてきたのですが、うつわは想定外のことを受け入れるスペースであるだけでなく、躊躇いと待ちを溜めておくための容器でもあったわけですね。
 この容器がいったいどんなものなのか・・・。村瀨さんのお手紙を読んで私がイメージしたのは、畑や庭においてあるコンポストです。野菜くずや落ち葉を入れておくと微生物が分解し、堆肥になる、あの底抜けの容器です。入れられるのもくずという「フチにあるもの」ですし、量が質を変えるというのもふさわしいのではないかと思いました。
 それは同時に時間を溜めるうつわでもあります。お婆さんと村瀨さんの一度きりの入浴や、ホームレスの方と奥田さんの7年越しのイエス。そこには、数カ月で堆肥ができてしまうコンポストよりもはるかに長い時間が溜まっています。「量が質を変える」は「時間が出来事を作る」ということでもありますね。
 時間が溜まるというのは、平たく言えば、「つながり続ける」ということなのかなと理解しています。つながっているというベースがあるから、ふいに気が変わったときに間を合わせることができる。99歳のお婆さんの転倒が増えたときに、よりあいの人々が、介護保険上の契約や利用者といった関係を超えて彼女を一時的に受け入れたのは、常につながっている、いっしょにいるという感覚があったからなのではないかと思います。
 その意味では、彼女の作るヨーグルトや、亡くなったご主人や娘さんの存在そのものが、器であり、コンポストなのかもしれませんね。ヨーグルトや死者たちが、よりあいに集まる人々世代を超えてつなげている。
 ヨーグルトも死者も終わりがないのが面白いなと思いました。ヨーグルトはそれ自体が発酵のわざですから、牛乳さえ加えていけば半永久的に作り続けることができます。死者も死が訪れないという意味では永遠です。そういう存在こそ第3者に、つまりうつわになることできるのかもしれません。

 海に沈む太陽の光が参道を通って本殿に差し込む宮地嶽神社の光景、画像検索で見てみました。すごいですね。「謙虚さと不遜が裏腹」という言葉に笑ってしまいました。以前、電車で出会ったおじさんを思い出します。私はドアの横のところに立っていたのですが、「あ、ちょっとすみません」「ほんと、すみませんです」なんてお辞儀しながら近づいてきて、気づいたら私が立っていたポジションを奪っていたんですよね。キツネにつままれたような、夢のような時間でした。
 宮地嶽神社に射し込む太陽の光に、カミュの『異邦人』が重なりました。中学生の頃だったか、読んでえらく附に落ちたことを覚えています。主人公はひょんなことから浜辺でアラビア人を殺してしまうのですが、法廷でその動機を問われて「太陽のせいだ」と答える、あの話です。
 私は小学校も中学校も地元の公立で、それなりに荒れた地域だったので、先生の思い出といえば「なんでこんなことやったんだ!」と不良風の生徒を問い詰めている姿です。不良が「は? ノリでやったに決まってんじゃん」みたいに答えると先生はめちゃくちゃ怒るのですが、まあ、たぶん不良が正しいですよね。太陽のせいで人を殺すという出来事の起こり方に、ものすごいリアリティを感じました。
 作品の描写によれば、海辺でアラビア人と鉢合わせたとき、ちょうど主人公のムルソーの頬に太陽の強い光が当たっていたのですよね。太陽から逃れようと一歩前に踏み出すのですが、それで迫られたと思ったアラビア人が匕首を抜く。と、ムルソーの目に汗が入り、前が見えなくなってしまう。ムルソーはピストルの引き金に手をかけて、アラビア人を殺してしまいます。
 結末は悲劇的ですが、これも一種の「間が合う」だと思います。主人公は、明らかに太陽のせいで自分に手薄になっています。殺人は「フチ」で起こっています。第二部の裁判のシーンが滑稽なのは、司法制度がフチで起こったことを真ん中で捉えようとするからですね。
 実は『異邦人』のことを思い出したのには理由があります。さいきんずっと天気のことを考えているんです。晴れたり、降ったり、吹いたり。天気は人々をどのようにつなげるのだろうか、というのが私の問いです。
 誰しも多かれ少なかれ天気による体調の変化を感じます。ところが、ある種の障害や病気を抱えている人の中には、よりダイレクトに天気の影響を受ける人々がいます。より天気に巻き込まれながら生きている人たちです。
 たとえば、幻肢痛を持っている人たち。低気圧が近づくと痛みがかなり強まると言います。しかも、その「近づく」がフィリピン沖だったりする。当事者たちのSNS上の投稿を見ると、よく東アジアの天気図が貼ってあります。「痛いと思ったらやっぱりね」と。幻肢を知らない者にとってはまだ存在していない低気圧が、幻肢を持つ人たちには明確に存在するものになっている。幻肢歴26年の森一也さんは、「気圧の波をサーフィンする」と表現してくれました。
 病気や障害でなくても、農業や漁業を営む人、あるいはおそらく養蜂家も、同じように天気に巻き込まれた生活を送っているのではないかと思います。商売ともなれば、市場の流通という人間的な事情と、天気という予測はできても思い通りにならないものを調整しつづけなければなりません。
 果たして、天気はヨーグルトや死者のような「うつわ的第3者」になりうるのでしょうか。確かに天気にも終わりがないのですが、天気は圧倒的に未来志向であるように思います。みんなが気にしているのは、1時間後、3日後、1カ月後の天気であって、1週間前や3カ月前の天気ではない。予測し、それに供えようとします。つまり、天気は「変化する波」であって、どうも「溜まる」ことがないように思える。
 一方で、天気は離れたところにいる人をつなげる力を持っています。「いま福岡で雨が降ってるから、この雲が明日あたり東京に行くかも」といった具合に。そうすると、みんなでひとつの天気というものをケアしているような感覚が生まれてきます。天気に影響を受けた自分の体調の変化は、天気の症状であって自分の症状ではないのではないか? 天気を介した体や社会のあり方について考えをめぐらせています。

 今回は、前回の村瀨さんを自分なりに咀嚼し、最後は独り言のような内容になってしまいました。カレンダーを確認したら、オンラインで対談をさせていただいたのは、昨年の7月18日だったのですね。あれからまだ1年とは信じられません。もう3年くらいやりとりをさせていただいている気がします。手紙ならではのつながりの作られ方というのが確実にありますね。あのときのイベントのサブタイトルどおり、時空を超えてきたかもしれません。

村瀨 孝生/伊藤 亜紗

村瀨 孝生/伊藤 亜紗
(むらせ・たかお/いとう・あさ)

村瀨 孝生

1964年、福岡県飯塚市生まれ。東北福祉大学を卒業後、特別養護老人ホームに生活指導員として勤務。1996年から、「第2宅老所よりあい」所長を務める。2015年4月より特別養護老人ホーム「よりあいの森」施設長。著書に『ぼけてもいいよ』(西日本新聞社)、『看取りケアの作法』(雲母書房)、『おばあちゃんが、ぼけた。』(新曜社)など多数。

伊藤 亜紗

東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター、リベラルアーツ研究教育院准教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。主な著作に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)など多数。

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