ぼけと利他 村瀨孝生と伊藤亜紗の往復書簡

第27回

心地よい無力(村瀨孝生)

2021.11.11更新

 あっという間に秋ですね。セイタカアワダチソウが黄色い花を咲かせ始めました。何かと忌み嫌われる植物ですが、蜜蜂にとっては大切な蜜源です。わが施設の蜜蜂たちも冬に向けて採蜜に精を出していることでしょう。

 先日、巣箱から蜜を頂きました。3段重箱のうち1箱から8㎏も取れました。蜜蜂たちが半年かけて溜め込んだものを取り上げるのですから気が引けます。彼らに感謝しつつ、よりあいの運営に役立てたいと考えている今日この頃です。

 最近のことですが、実家に僕の娘が生後3か月の赤ちゃんを連れて帰ってきました。曾祖母、祖父、娘、孫娘の4世代が揃うなんて初体験です。当然ですが雰囲気ががらりと変わりました。実家に帰ると母の介護と孫の世話で休む暇がありません。
 でもそれがいいんですよね。母と子のふたりだと煮詰まるんです。ふたりで向き合うという構えが「逃げ場」を閉ざしてしまうのでしょう。宅老所の夜勤でも、お年寄りが一人しかいないときの方がしんどい思いをします。3~4人お年寄りがいた方が楽なんです。
 娘と赤ちゃんの存在が、母と僕の一対一の関係を崩してくれました。そのうえ、生後3か月の赤ちゃんと82年生きた老人といった、人間の「はじまり」と「おわり」が同じ空間にいるのですから、ちょっと不思議な時間が流れています。

 親を介護するって、幸せなことかもしれません。かつて育児でシンクロしあった親と子の体が、長いブランクを経て、介護で再会しシンクロし合うのですから。ブランクの間に生き別れたり、死に分かれたりすることはざらです。また、介護したくてもしづらい時代です。
 子どものころ、母から手を引かれることは、ごく当たり前のことでした。しかし、大人になった僕が老いた母の手を引くとき、かなりの抵抗感がありました。手を握ったときの感触が生理的に嫌な感じがしたのです。気恥ずかしさもありました。
 今は手を引くどころか、入浴介助をしています。母の体を洗うのは、手を引く以上に生理的な混乱がありましたが、それも熟れてきました。背中をこすっていると「ああ、気持ちいい、私が背中を流してやろう」と母が言います。「嫌ばい、80代の婆さんと50代のおっさんが裸になって、体を洗い合うなんて絵にならんばい」と言い返すのですが、母は泡だらけの手で服を着た僕に触ろうとします。
 いったい僕を「何もの」と思っているのでしょうか。子どもでもない、男女でもない、老若でもない。僕を洗おうとする瞬間の母のまなざしには「何ものでもない」といった空気感があるんですよね。

 母の体に触れて思います。母の体のすぐそばで濃厚にシンクロしあった体について。母は満州で「お母さん」を亡くしています。生まれたばかりで死に別れた母に「お母さん」の記憶はありません。末っ子の母は年の離れた姉や兄に育てられたようなものです。兄姉は母を抱きながら戦時の異国でどんな風景を眺め、何を感じていたのでしょうか。母の「お父さん」は男手ひとつで6人の子どもたちを育て、中国大陸に誰一人取り残すことなく日本に連れて帰りました。
 戦争の終わった平和な社会で母はひとりの男性とめぐりあい結婚します。そして、僕と妹を生みます。転勤族の夫のもと、郷里もない母が肉親の手伝いもないまま、僕と妹を育てました。ずいぶんと心細かったことでしょう。母のじっとできない体が、せっかちな心配症を身につけてしまうのも、仕方のないことかもしれません。夫婦生活は50年以上続き、夫は先に逝きました。
 父、母、兄、姉、夫、子、孫。彼らは、母のすぐそばにいて深く関係し合った人たちです。そぐそばで濃厚にシンクロしあった体の「日々気を配っているもの、感じようとしているもの」が母の体に蓄積しているはずです。僕の想像を超える血肉化した関係と骨肉化した澱が溜まり込んでいることでしょう。そう思うと、僕が相手にしているのは母ひとりではありません。介護による出会い直しは、親と子だけでなく、母と深く関わった人たちに思いを馳せる時間でもあるんだなぁと考えたりもします。きっと、「わたし」を構成するものは、私が思う以上に多様に満ちています。多幸感に包まれた深いぼけに触れることがよくあるのですが、それは、「わたし」を構成する多様なものの存在と交感しているのではないでしょうか。彼らからいだかれる幸せがあると思えるのです。

 そして、いま僕は生後3か月の孫娘の体に触れています。育児も介護と同じようにひとりの人間と出会うことだと思いました。ひとりの人間とは誰にも所有することのできない存在のことです。
 生まれたての首も座らぬ赤ちゃんは自分の体を所有していません。老人も自分の体を所有しきれず死んでゆきます。捉えどころなく躍動する赤ちゃんの手足。モグモグと緩慢に動き続ける老人の口。それらはコントロールから外れて動く「わたし」の一部です。私たちは成長の過程で、体を「制御可能な自分のもの」と勘違いしてしまうのかもしれません。
 あるお爺さんが亡くなる時のことです。お爺さんは宙を掴み取るように両手を動かし続けていました。それを見続けていた妻は呟くように「この世で頂いたものは、すべてお返ししないと死ねないのよね、お父さん」と語りかけたのです。すかさず、孫娘が「そうは、いかないんだ」(その通りだけど、そう簡単にはいかないんだ)とお爺さんの口調を真似て代弁したのです。
 人は命もろともいただいたものをすべて手放して死ぬんですね。ぼけは生きながらに所有したものを手放すようにと、私に働きかけます。それは、伊藤さんが想像した「社会的な通念もろとも自分という存在の地盤が溶けるような出来事」だと思います。赤ちゃんと老人に触れる時間は所有という文脈からも「わたし」の存在についてとらえ直す機会になりそうです。それも、解毒のひとつであるとお手紙を読んで思いました。

 赤ちゃんが不意に笑うことがあります。何が笑いのツボなのだろうかと考えます。きっと、意味や価値があって笑っているのではないですよね。あの笑顔に触れると、僕の心と体が喜びます。
 そんなとき、赤ちゃんは無力という点で完全体ではないかと考えたりします。死にゆく老人もまた有力を手放していく存在です。たとえ手放せなくても時間が手助けするので、ちゃんと無力に着地します。その無力さに触れたとき、僕が無力化されるのです。
 私たちの社会は不完全から完全への移行を志向する個の成長観に偏りすぎているように思います。観方を変えて無力を完全の起点とするならば、人間の成長は、赤ちゃんという完全体→成人という不完全体→老人という完全体に移行することかもしれません。無力で生まれ、有力化にもがき、無力で死ぬ。老いることは無力への回帰だと思います。

 これまで、介護を通じて自分の無力さを感じてきました。人は思い通りになりませんでした(計画通りにいかない)。同じ日はありませんでした(再現性はない)。人は死にます(有限である)。僕の感じていた無力の正体とはそういったものです。
 無力といっても挫折や虚脱を伴うものではなく、なんだか心地よいのです。やはり解放される感じです。伊藤さんが書いていた「ニヒリスティックな豊饒さ」に通じているのではと思いました。本来なら介護のプロが無力だなんて裏切りですよね。

 女性職員から相談されました。20代前半の女性です。彼女はあるお婆さんが「怖い」と言います。そのお婆さんのぼけは荒ぶりやすいのです。呪文のような祈りで、近づく職員を退散させようとします。その発声や立ち振る舞いは、確かに怖い。噛みついたり、引っ掻いたり、時には湯呑が飛んできます。ある職員は、それが目に当たりパンダのような青痣ができました。その一方で、お婆さんは職員たちから絶大な人気を博しているのです。
「私は介護職として資格がないと思います。仲間の職員は怖がらずに関わり続けることができます。私は彼らのように介入して、お婆さんを守ることができません」と彼女は嘆きました。お婆さんは、ひとりで歩けないにも拘らず、ぼけが荒ぶってしまうので、転倒と隣り合わせでした。ケアできない彼女は介護のプロとして、お婆さんを裏切ったと感じています。
「イライラして、怒りで自分が怖くなる」という悩みはよく耳にします。その気持ちは痛いほどわかります。そんな時は「お年寄りから逃げていい」と言ってきました。「たとえ、お年寄りが転倒しても、あなたが叩いてしまったり、突き飛ばすよりいい。苛立ちや怒りで追い詰められたら、その限界を明らかにして、仲間の職員と替わって欲しい。チームや組織はそのためにある」と話してきました。
 彼女は「お婆さんが怖い」と言うのです。さて、どうしたものかと思いました。結局、「そのお年寄りから逃げていいよ」でした。イライラも怖いも生身に生じるものです。なので、どんなに隠そうとしても漏れ出るんですよね。「お婆さんとぼけが一体となってマジに怒っているのだから、マジで怖がる職員の存在をお婆さんは信じられるのではないか」と話しました。
 お年寄りを危険から守ることは、プロとして大切な仕事です。けれど、怒り荒ぶっているにも拘らず、誰も恐れ慄かないなんて、存在を無視されたも同然です。ましてや、他者から徴候を読まれ先手を打たれては、出鼻を挫かれてばかりです。
 息子さんから、どもりを笑われるという裏切りによって、伊藤さんは悲しみながらも解放されます。と同時に息子さんは徴候の読みすぎから離脱する可能性を得ました。傾聴よりも裏切りに救われた。とお手紙にありました。息子さんの笑いは否定と肯定の狭間にあるマジな笑いだったのでしょう。お婆さんと職員にも同じことが起こったと思いました。まあ、お婆さんからすれば、彼女だけが裏切らなかったのですが。そういう意味ではイライラすることも救いと暴力が裏腹な贈り物といえます。

 ちなみに彼女は、相談から3か月もしないうちにお婆さんを怖がらなくなりました。それどころか、夜勤中、お婆さんと添い寝するまでになります。ぼけが荒ぶったあと、お婆さんは彼女を赤ちゃんのようにあやすらしいのです。どうやら、荒ぶるぼけに無力化されたのち、お婆さんにケアされた彼女は新しい可能性を得たようです。

村瀨 孝生/伊藤 亜紗

村瀨 孝生/伊藤 亜紗
(むらせ・たかお/いとう・あさ)

村瀨 孝生

1964年、福岡県飯塚市生まれ。東北福祉大学を卒業後、特別養護老人ホームに生活指導員として勤務。1996年から、「第2宅老所よりあい」所長を務める。2015年4月より特別養護老人ホーム「よりあいの森」施設長。著書に『ぼけてもいいよ』(西日本新聞社)、『看取りケアの作法』(雲母書房)、『おばあちゃんが、ぼけた。』(新曜社)など多数。

伊藤 亜紗

東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター、リベラルアーツ研究教育院准教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。主な著作に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)など多数。

編集部からのお知らせ

『ちゃぶ台8』に、村瀨孝生さんと松村圭一郎さんの対談が掲載されます!

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 今年9月に開催した村瀨孝生さんと松村圭一郎さんの対談「弱さとアナキズム」が、読み物となって、11月刊の雑誌『ちゃぶ台8』に収録されます!
「弱さ」を起点として私たちの社会をとらえ直そうとするお二人の対話は、本連載の内容と深く響き合います。ぜひ、お手にとっていただけますと嬉しいです。
 【主なトピック】
 〇介護の領域は国家に一番近く、また国家から一番遠い
 〇お年寄りやぼけの世界はアナーキー
 〇「小さな政府」が人をどんどん管理していく
 〇組織を維持するのではなく、「結集しては解散」をくりかえす
 〇死にゆく人に感覚を合わせながら合意する

『ちゃぶ台』詳細はこちら

 また、対談の全編はアーカイブ動画からご覧になれます!

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アーカイブ動画はこちら

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