ぼけと利他 村瀨孝生と伊藤亜紗の往復書簡

第36回

カワウソからの手紙(伊藤亜紗)

2022.04.08更新

 ついに最後のお手紙になりました。窓の外では公園の桜が満開です。
 ああこれで、いったん「村瀬」と打ってから「瀬」を消して「瀨」にする、という手続きともお別れかと思うと淋しいです。もちろん、この往復書簡が終わってからも、ひきつづきお付き合いをさせていただけたらと願っておりますが、私にとっては、この「村瀨」という漢字を表示させるための一手間は、なんだかちょっとダンスみたいな楽しい動きであり続けていました。
 一瞬、カワウソがあらわれるんですよね。単に「瀨」と「獺」が似ているだけなのですが、たくさんの漢字の候補の中にこの字を探すとき、つい「カワウソ見つけた」と思ってしまう。嘘のカワウソです。私にとって、カワウソのダンスは、もはや村瀨さんのお名前の一部になっています。
 携帯電話のパイロットランプも、ガラスに反射する電球の光も、洗濯物を干すスタンドも、みな夜汽車になってしまえる。それはひとえに、お母さまのぼけと、子を思って待つ思いの為せるわざです。
 でも、手紙というものにも、どこか人をぼけさせる力があるのではないかと考えるようになりました。手紙にも、相手を思って待つ時間があります。もし村瀨さんと対面で会っていたら、そこにはカワウソが入り込む余地はなかったと思うのです。
 現代の私たちが手にしているメディアのなかでは、手紙は、最も遅いメディアのひとつです。メールやSNSなら長くて数日、短ければ数秒のインターバルしかありませんが、手紙となると数週間や数カ月、年賀状なら一年越しのやりとりになります。この往復書簡は半月でお返事が来ますから、通常の手紙からすると、かなり早いほうかもしれません。それでも、日常的に使っているメールやSNSよりはずいぶん遅く、もちろん電話や対面のようなリアルタイム性はありません。
 でも遅いからこそ、そこに「間のび」が生じ、ぼけが、カワウソが忍び込みます。相手の返事をあれこれ想像したり、自分の返事をあれこれ推敲したり。想像しているだけで結局返事はこないかもしれないし、推敲しているうちに結局出しそびれるかもしれません。でも、まあそれでもいい。手紙ってそんなメディアです。

 実は最近、嘘のようなほんとうの体験をしました。ずいぶんカワウソが忍び込んだ手紙をうけとったんです。というか、カワウソ本人からの手紙かもしれません。大学の私専用のポストに入っていました。
 封筒いっぱいに筆ペンで書かれた迫力満点の宛先とは対照的に、裏面には赤い紙を切って手作りしたハートのシールが貼ってあります。差出人は女性らしき名前と四国の住所。身に覚えはありません。丁寧にハサミで封を切って中を覗くと、便箋二枚にわたってつづられた手紙、写真が三枚、カードが一枚入っていました。
 まず手紙をあけました。冒頭、時候のあいさつもなく、「伊藤亜砂先生」と書いてあります。そう、「亜紗」ではなく「亜砂」と書いてあったんです。とはいえ、名前の字の間違いはよくあること。あまり気にせず先に進みました。
 ところが二行目にはこう書いてあったんです。「先生は(紗)ですよねえ、ごめんなさい」。なんと、この方は確信犯だったのです。なぜか意図的に私の名前を違う字で書いていらっしゃる。たった二行でわけが分からなくなりました。
 読み進めると、差出人は自身を「松山のばあば」と呼び、この地で三十八年間小学校の先生をなさっていた方であることが分かりました。文面はいたって礼儀正しく、乱れたところはありません。少し安心して先を読み進めました。
 きっかけは、昨年の夏、私が東京パラリンピックのコメンテーターとしてテレビに出演したことでした。パラリンピックの中継の合間に、競技場の横のNHK特設スタジオで試合の様子についてコメントする役です。テレビの画面に映る私を見て、ばあばの中で、ある少女の声が聞こえてきたようなのです。昔、担任をしていた小学校一年生のクラスにいた「伊藤亜砂」ちゃん。亜砂ちゃんは、言葉遣いがとてもていねいな、「おばあちゃん」のことを「おばあちゃま」と呼ぶような女の子だったそうです。
 慌てて封筒に入っていた写真を見ました。一枚はテレビに映る私。もう一枚は、松山城のマスコットと並んで写真をとる女性。ただし、ばあばというには若すぎるし、一年生の亜砂ちゃんにしては歳をとりすぎています。最後の一枚は、城の城壁のアップ。これが一番謎めいています。もしかしたら、ばあば先生と亜砂ちゃんだけが分かる、合言葉のような思い出なのかもしれません。
 ばあばは、私の本も買って読んでくれていました。笑顔がいい、優しさを感じる、と応援の言葉も書かれています。
 繰り返しますが、ばあばは確信犯です。もっとも、亜砂ちゃんが研究者になってテレビに出ている可能性もゼロではない、とは思っているようです。それでも、私が「亜砂ちゃん」である可能性よりも、人違いである可能性のほうが高い、と思っていることは確かでした。
 その証拠に、カードや手紙の文面のあちこち、合計五回にわたって、人違いだったらごめんなさい、と丁寧に書いてくださっているのです。「人違いの時はお手数ですが破ってすててください。」「違っていたら 広いお心で許してくださるだろうと勝手に思って 出すことにしました。」手紙の末尾はこう結ばれています。「大切なお名前なのに 失礼しました。ばあばなので 思い込みがひどくて。」
 いやあ、こんなことが現実に起こるんだな、と思いました。たまたま、自分以外の人に宛てた手紙が自分のところに届く。これはありえることです。我が家も隣の家と番地まで住所を共有しているので、ときどき隣の家の郵便物が我が家のポストに投げ込まれていることがあります。
 あるいは、道に落ちていた手紙をたまたま拾って中身まで読んでしまう。これもありえることです。手紙ではありませんが、ソフィ・カルというアーティストは拾った手帳をモチーフに作品を作っています。
 でも、今回は違うのです。ばあばの亜砂ちゃんへの思いが、亜紗ちゃんを亜砂ちゃんとして見ているのです。亜紗ちゃんに手紙をだせば、亜砂ちゃんから返事が返ってくるかもしれない。ばあばはそう願っています。つまり、私はいま、夜汽車になった携帯電話のパイロットランプの位置にいます。「しょうゆ」と言われた毛布カバーの端っこです。
 私はばあばの思いの宛先であり、同時に宛先ではありません。宛先でなくてもいいから受けとってほしい。手紙はそう言っているようにも思えるのです。利他の研究をするなかで、受け取ることが利他を発動させるのだ、という議論をさんざんしてきました。でも間違った宛先として故意に指名された人は、どうやったらそれを受け取れるのでしょうか。ばあばが素敵だと言っている笑顔は、いったい誰の笑顔なんでしょう。訳がわかりません。
 テレビというものにも不思議な力があるのでしょうか。私の百歳間近の祖母は、ばあばよりずっと年上ですが、テレビのこちらの世界と向こうの世界がつながっていると感じるようでした。先日いっしょに相撲を見ていたとき、「大阪部屋だから大阪でやってるんだね」と言ったら「大阪まで行くなんて骨なことだねえ」と言っていました。あるいは私と同じ年代の知人も、生放送の「笑っていいとも!」を見るときには、自分の体がスタジオアルタの方角に向いていないと居心地が悪かった、と言っていました。
 どうしたものか困っていることは確かですが、いやな気分ではありません。どちらかというと、嬉しいのです。それも、かなり。ばあばにお返事が書きたいです。ばあばの思いを受け取るための手紙です。でも書き方が分からない。亜紗ちゃんとして書いたら間違いを指摘することになってしまうし、亜砂ちゃんになりきって書いたらばあばの思いに嘘をつくことになってしまうし・・・。いつか受け取れるときが来るかもしれないと思って、手紙をずっとかばんにしのばせています。

 私たちが、当たり前のように人やものや現象だと思っているものは、手品のようにあっさりと、まったく別の人やものや現象になってしまえるのですね。ある人にとってAであるものが、別の人の力を借りるとBになってしまう。
 そして大事なのは、そのAとBのあいだにこそ、思いがたまるということですね。ふつうは、AとBが一致することを「わかり合う」と言ったりしますが、むしろズレているときにこそ、ああでもないこうでもないと土をこねるようなその人との対話が生まれます。分からなさの果てに、いらいらしたり、やきもきしたり、にやにやしたり。謎をとくと眺めてみたり、生活の脇に置いてみたり、置いたまま忘れかけたり。
 でも、そんな目で道をあるくと、景色がちょっと違って見えたりします。ふと階段に置かれた石が、誰かからの手紙であるような気がします。揺れる葉っぱを通じて、誰かが語りかけているような気がします。村瀨さんとのやりとりを通じて、そんな可能性にずいぶん敏感になれました。これが、〈ぼけ〉と〈利他〉の接点だと感じています。
 本当に、一年半にわたって楽しい時間をありがとうございました。お年寄りにとっては生活そのものであるよりあいの時間と、手紙とはいえ原稿を書く時間。そして実家でのお母さまとの時間。それらはきっとだいぶ違うものですよね。三つを切りはなさず、往復してくださったことに、心より感謝いたします。
 そして、伝書鳩のように二人をつないでくれた、ミシマ社の星野さんの存在も不可欠でした。またお会いできる日を心待ちにしています。どうか、それまでご自愛ください。

村瀨 孝生/伊藤 亜紗

村瀨 孝生/伊藤 亜紗
(むらせ・たかお/いとう・あさ)

村瀨 孝生

1964年、福岡県飯塚市生まれ。東北福祉大学を卒業後、特別養護老人ホームに生活指導員として勤務。1996年から、「第2宅老所よりあい」所長を務める。2015年4月より特別養護老人ホーム「よりあいの森」施設長。著書に『ぼけてもいいよ』(西日本新聞社)、『看取りケアの作法』(雲母書房)、『おばあちゃんが、ぼけた。』(新曜社)など多数。

伊藤 亜紗

東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター、リベラルアーツ研究教育院准教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程修了(文学博士)。主な著作に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)など多数。

編集部からのお知らせ

「ぼけと利他」は今回で最終回となります。1年半にわたりお読みいただき、ありがとうございました。
とても名残おしいのですが、本年中に書籍化してお届けする予定ですので、どうぞお楽しみに。

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