小さき者たちの生活誌小さき者たちの生活誌

第9回

こえる

2018.12.21更新

「先生、タコが木に登るとば知っとるな?」と聞かれて、私たちは目をパチクリする。話によるとタコは山モモの実が大好物で、潮が満ちた夜中に渚近くの山モモの木にタコがのそりのそりと登っていって山モモの実を食べるのだそうだ。・・・疑い深い私は念のために二、三人のお年寄りに聞いてみたが、「はい、そればみた話は聞いとります」とこともなげにいう。しかし、実際にみた人にはまだ出会っていない。(原田正純『水俣・もう一つのカルテ』新曜社、1989年、101頁)

 生涯をかけて水俣病の診察や患者の掘りおこしに奔走した、原田正純医師の著書から。不知火海沿岸や島々を訪ね歩き、症状のある人を見つけだすという、つらくたいへんな作業のなかでも、土地の人と海の幸を囲む夜の焼酎の宴は楽しいひとときだった。

 島の人の話には、地域の風土が織り込まれている。御所浦島では、イノシシが漁師の定置網にかかる話をたびたび耳にした。対岸の芦北海岸のイノシシが不知火海を渡って島に逢い引きにきて、あやまって網にかかるというのだ。1987(昭和62)年には、4匹の親子イノシシが網にかかった。これは里帰りだったのかもしれない。島の人は、いつもおかしな話を原田に語って聞かせた。

ネコとタコが喧嘩して、ネコがタコに海に引き込まれたのをみたという人がいる。・・・その話も他の者に確かめてみたら「一度はですね、タコ壺をあげたらタコ壺の中にタコがネコを引き込んでおりまして、えらい腰を抜かしたことがありました」という答えが返ってきた。(101頁)

 イノシシの話は水俣のある陸側と島との距離の近さをあらわし、タコの話は島民と海との深い交流を物語っていた。ところが、この御所浦などの島々は、水俣病の汚染指定地区に入っていなかった。

 原田が御所浦など広く水俣病の患者がいる可能性に言及したテレビ番組が放送されると、島民から抗議の電話がかかった。「あいつが御所浦に来たら、海に叩き込んでやる」と漁協の青年が息巻いているとも伝えられた。しかし、原田がそれを明らかにしようと思ったきかっけは、島の漁師の一言だった。

先生! 魚は海の真ん中におるでしょうが、それば、水俣、芦北から魚とりに出てきて、とって帰ると毒になって、それば食べると水俣病になる。ばってん、同じところから魚ばとって御所浦へもって帰ると毒にはならん、どれだけ食うても水俣病にならん。それはどげん(どういう)風に説明すっとですか。(89頁)

 1971年から72年にかけて、原田たち熊大医学部の研究班に新潟水俣病を調査していた新潟大学の医師らが参加し、第二次水俣病研究班による現地調査が行われた。医師たちが御所浦で調査をしているとき、小さな台風が来て、3日間、島に閉じ込められたことがあった。そのときの島の人の様子がほほえましい。

うんざりした私たちをよそに島の人びとは大はしゃぎであった。「この島はじまって以来、こんなにたくさんの医者どんがこの島におらすとは。もう、何の病気が出ても大丈夫たい」というのである。それを聞いて、外科医や婦人科医のいないわが調査団はこの三日間、島民とは逆にはらはらのしつづけであった。(115頁)

 研究班が調査をはじめたころ、スタッフには心配の声があった。「御所浦には今でも夜這いがあると聞いたのですが、若い女性の助手をたくさん連れていくのですけど、大丈夫でしょうか」と。はじめは冗談だと思った原田も、島の人の話を思い出し、女性は宿の二階に寝かせることにした。

島のお年寄りに聞くと、ラジオもテレビもカラオケもない時代、電気もなくランプの時代に、若い者がうちにごろごろしていると年寄りから「若い者が何をしているか、夜這いにでも行ってこい」と叱られたという。狭い家であったから、「あれは、息子を追い出しておいて、自分たちが夫婦生活ば楽しんだとにちがいなか」とつけ加えるのを忘れない。(103頁)

 この二次研究班の調査で、いままで患者がいないとされた御所浦でも、たくさんの患者が見つかった。水俣周辺にもそれまでに認定されていた以上に多くの患者がいることが公表され、第三水俣病事件と騒がれた。このとき掘り起こされた御所浦の200人が国や県を相手にした訴訟の原告団に加わった。しかし、裁判などとは無縁だった人びとが裁判でしか救済されなかったことに、原田は「ある種の寂しさと空しさを感じる」とつづる。

 原田の文章には、医師として患者と関わるだけでは見えてこない地域の人びとの姿が描かれている。それは、専門や職業の枠を越えて、ひとりの人間として人びとの声に耳を傾け、向き合ってきたからだろう。

 「私の立場では話せません」、「それは私の管轄外です」、「規則で決まっているので従っているだけです」・・・。それぞれの枠に閉じこもり、ほんとうに大切なことから目を背ける職業人があふれる世の中にあって、原田の生きざまのこもった言葉に、みずからを問いかけられる。

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松村 圭一郎

松村 圭一郎
(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。岡山大学准教授。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有や分配、貧困と開発援助、海外出稼ぎなどについて研究。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『文化人類学 ブックガイドシリーズ基本の30冊』(人文書院)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)がある。

編集部からのお知らせ

『うしろめたさの人類学』が毎日出版文化賞特別賞を受賞しました!

2017年10月に刊行された松村圭一郎さんの『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)が第72回毎日出版文化賞特別賞を受賞しました。多くの方に読んでいただきたい一冊です。この機会にぜひ、お手にとってみてください。

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『うしろめたさの人類学』松村圭一郎(ミシマ社)

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