小さき者たちの生活誌小さき者たちの生活誌

第15回

かお

2019.06.25更新

こんな闘い方なんてあるのか? 毎日毎日そんな思いにかられる。今日は午後より新宿にてカンパ。無関心の顔、幸せそう?な顔、不安な顔、忙しい顔、尊大な顔、振り返る顔、孤独の顔。こんな顔の流れの中で、9万円近く集まる。あの人の波を見て、空恐ろしくなる。不安になる。歩行者天国も地獄の天国だ。(久保田好生ほか編『川本輝夫 水俣病誌』世織書房、2006、478頁)

 チッソ本社前での座り込みをはじめて1年がたった1972(昭和47)年12月17日、川本輝夫の日記の一節から。街頭に立ってカンパを集めながら、チッソとの直接交渉を求める運動をつづけた。その日記には、本社前のテントを訪ねる支援者や運動関係者との多忙な日々がつづられている。

 川本たちはチッソ本社の階段を駆けあがり、再三、直接交渉を要求した。座り込み開始から1か月後には、4階のチッソ本社入口に鉄格子がつくられた。警察からは、たびたびテントの撤去を求められた。いくどもチッソの従業員や警察官に排除された。この座り込みのなかで、川本はいろんな「顔」と出会う。


(チッソ本社の)階段を上ると「来た」と妨害のピケを組む。チッソの「人でなし若者」が中心になって壁を作る。何を訴えても能面か、化石の如くしている。彼らに「心」は、感情は、そして愛、憎しみはあるのだろうか。(1972年1月6日, 408頁)

全くなんの為に立ち向かってくるのか。(チッソの工場がある)五井、水俣の労働者と名のつく(会社寄りの第二組合の)人々の群れは・・・。資本の、チッソの走狗となって我々を苦しめる。押し黙り、鋳型の人形の如く立ちはだかる。今日も汗だくになり奮闘?する。おかげで、左足小指捻挫だ。歩くのにも大ごとになる。佐藤さんは下唇に傷を受ける。ポリ(私服)が来て気づかったマネをする。おかしい位だ。(同7月19日, 446頁)

朝起きると、左足が踏みたてられない痛みだ。だいぶ丸く腫れている。特に階段の昇降はこたえる・・・。今日も早朝に昇る。今日は5階の入口と、3階のところで待ち伏せピケだ。足が痛いのも忘れてしまう。結局、制服・私服警官が来てケリがつけられる。ポリどもにいくら話しかけても知らぬふりだ。少しでも話がわかったら、人間として反応しなければならぬ恐ろしさを恐れているのだろう。でくの棒とは彼等のことだ。(同7月20日, 447頁)

 左足の小指は骨折していた。病院で診断書が出され、約1ヵ月の安静治療を求められる。川本は、毎日、支援者や患者家族との面談や交渉、集会への参加などを繰り返しながら膠着状態を打開する道を探っていた。世論に訴えるため、土本典昭監督の映画「水俣 患者さんとその世界」の上映会で各地を訪れては舞台挨拶もこなした。 

 東京と熊本を何度も往き来した。話し合って、保養院での仕事は「停職」の扱いとなった。長男が発熱したときには、かわりに牛乳配達をして、夏にはミカン山の虫取りや草刈りをした。水俣工場前でも座り込みがつづいていた。

 東京からも、ときどき水俣に電話して家族の様子を伺った。日記のなかに控えめに出てくる家族との会話の記述からは、川本が家族の存在に心の安らぎを感じつつ、引き裂かれる思いを抱いていたことがわかる。


電話して子供達と話す。早く帰って顔をみたい。(長男)愛一郎の青年じみた声に驚き喜ぶ。(長女)真実子の可愛らしい電話の声に飛んで帰りたい郷愁にかられる。当分望めそうにもない。(1972年6月18日, 436頁)

夜は、妻に電話する。大過なしのようだ。妻の明るい声を聞いて一安心だ。(同7月21日, 447頁)

(妻と)話してみると帰りの時期が来ているのかもしれないとも思ったりする。千々になるとはこの思いかもしれぬ。(同7月26日,449頁)

盆も過ぎて今日は17日となる。水俣を出てまだ10日しか経っていないのにえらく永い間遠ざかっているような気がする。とうとう今年の夏は、子供達と遊んでやれなかった。(同8月17日, 445頁)

 川本はたびたびテレビに出演し、記者や学生からのインタビューに答え、依頼された原稿を書き、環境庁長官や熊本県知事、中央公害対策審議会や公害等調整委員会との折衝を行なった。川本が一貫して求めたのは「人間であること」だった。


(チッソ本社ビルの)玄関にて若い人たち20名くらい、本田啓吉先生等々と屠蘇を酌み交わす。人間そのものの交わりを持ち続け、温かく育てたいと思う。企業には殺人が許され、企業に誠実がないことがわかっても責める人も少ない。人に殺人が許されないのなら、誠実が要求されるのなら・・・、これは私たちが何を叫んでも無駄かもしれない。しかし、それでも私は「チッソ」に対し人間味を要求し、訴え、叫び続けて死なんと思う。(1972年1月1日, 403-404頁)

 「人の命の尊さや大切さを、多数決みたいな形で値ぶみされてたまるか」。川本にはそんな思いがあった。一緒に座り込みをつづけた患者であり元チッソ従業員の佐藤武春は「被害者が加害者に相対で物を言い、相対の立場で決着をつけるための座り込みであり、自主交渉要求だ」と口癖のように言っていた。川本にとって佐藤は「闘いの良き先輩であり、唯一の助言者であり伴侶であった」(93頁)。

 人と人が相対して向き合い、立場や肩書きではなく、本音で語り合う。この川本たちが求めた「人間であること」は、チッソや行政だけでなく、町を行き交う人びと、支援を要請した労働組合や頭でっかちな借り物の言葉をくりだす若い運動家にも向けられた。なぜみんな群れのなかで「顔」を失うのか。


参議院にて総評(日本労働組合総評議会)の幹部連の会議に出席してあいさつ。・・・いかんとも表現しがたい。議院内部と建物と応対にこっけいさ、物々しさ、仰々しさ、バカバカしさ、言葉の世界にあるだけ嘆き、侮辱、裏切り、不信等々の言葉を投げつけたい思いの議院ではあった。その後、丸の内消防署にチッソの鉄格子の件で要望書を持っていく。官僚の見本みたいな係長が出て、苦しげな言い訳をする。肩書きがつくと、そしてあんな囲いのような建物に入ると、あんなに官僚事大主義的な人間になるのか。(1972年1月18日, 417頁)

午後、野田の理科大の若者来たる。とてつもない?理想論(運動論)をぶつ。答えるのに往生する。わかりきっていることを問われるのだから辛い。若い人たちの行動と考えは端的だ。俺もまた、最近程人間について考えさせられたことはない。結局俺のボンクラ頭では整理がつかぬ。人間はどこに、そして、何の為に生きていくのか?(同7月25日, 448頁)

 川本は運動に期待を寄せて集まる学生たちやメディアにとりあげられる自分自身の姿を冷静にみている。うまく言葉にできないことを悔い、迷いを吐露し、欺瞞に陥っているのでは、と繰り返し自問しつつ、東京の街を行き交う人間の顔を観察している。


「新宿歩行者天国」にて、カンパの呼びかけをする。無関心、触れられたくない、憐憫、反感、憎悪等々の顔が行き交う。しかし確実に反応を示すカンパが入る。わざわざいたわりの言葉をかけてくれたお母さんもいた。やはり何があっても現在を持続し続けていく以外にない。(1972年1月23日, 421頁)

4時前から新宿にてカンパを呼びかける。ゾロゾロ歩く人たちの生活と考え方の基盤は何なのだろうか。反応のなさには心を落とす。いわゆる群衆は、どんなことがあったら、生じたら、心をとらえるのだろうか。(同9月17日、464頁)

 次つぎに寄せられる無数の支援やカンパによって運動の継続が可能になった。そのありがたさに使命感を奮い立たせながらも、川本は期待の大きさの裏にある東京の人たちの心の声を聞きとっていた。


それにしてもこの大都会東京に住む人たちがいかに人の情けを欲しがり、柱を求めているのかが痛いほどわかる。俺たちの座り込みがそんなに勇気あることなのか・・・。今では俺たちに課せられた宿命みたいなものだ。この1年間はまさに、人間不信の年であり、人間賛歌の年でもあった。(1972年12月31日, 480頁)

 ぼくらも都会の群れのなかで「顔」を失う。目を合わすことなく、無数の人とすれ違う。立場や肩書きから心にもない言葉を口にする。記憶からも、経験からも「人間」が抹消される。「あなた」の顔がなくなるとき、同時に「わたし」の存在も消える。そして、ふいに不安にかられる。水俣で経験した「貧しさ」とは別の欠落が都会のなかにある。川本の目は、その姿をじっと凝視していた。

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松村 圭一郎

松村 圭一郎
(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。岡山大学准教授。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有や分配、貧困と開発援助、海外出稼ぎなどについて研究。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『文化人類学 ブックガイドシリーズ基本の30冊』(人文書院)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)がある。

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