小さき者たちの生活誌小さき者たちの生活誌

第18回

くに

2019.10.07更新

あんたどま、ひとりひとり生きた日の丸ばい。あんたどんが、じだらくすれば、日の丸をじだらくにしよるのと同じばい。
(森崎和江『からゆきさん――異国に売られた少女たち』朝日文庫, 187頁)

 1886(明治19)年、天草・牛深の小さな炭鉱で生まれた島木ヨシは、19歳でからゆきとなった。日露戦争の直後だった。戦時中に大量に出炭した反動で、炭鉱はどこも仕事がなかった。上海で5年ほど娼妓奉公して逃げ出し、ひとりシンガポールに渡った。

 ヨシは、人身売買の誘拐業者の目を盗み、外国人の経営する爪磨きの店に駆け込んで働きはじめた。やがてイギリス人警官と親しくなり、マッサージ店を経営するまでになった。独学で文字を学び、手紙が書けるまでになった。冒頭の言葉は、ヨシが店で雇った「からゆき」の女性たちに語った言葉だ。ヨシには国を背負って海外で働いているという誇りがあった。

 当時、西欧列強がアジア各地に進出し、膨大な数の貧しい男女が「労働力」として海外に売られるようになった。西欧諸国は人身売買を禁止したが、それは現地人どうしの売買が対象だった。労働力を調達するための売買はむしろ拡大した。森崎は当時の新聞記事をもとに、人身売買による密航事件をいくつもとりあげている。

 横浜を出港し、バンクーバー港に着いて荷揚げされた樽のなかから日本人の女性たちが発見された。日本の娘を密航させ、売春を強要させた罪でアメリカ人の警官が逮捕されたこともあった。彼は結局、日本人の密航媒介を裁く法律がないという理由で無罪となった。

 門司に入港したドイツ汽船から清国の17人の水夫が助け出されたことがあった。無給で働かされ、1人が海に飛び込んで助けを求めた。船長が拘束されるが、ドイツ領事が保釈金を払い、契約が終われば賃金を支払うとして水夫たちも船に戻された。

 移民会社が誘拐まがいで人を集めて海外に送り出し、上陸させてそのまま消える事件も相次いだ。1896(明治29)年になり、日本で最初の移民保護法ができた。女性の仕事は炊事や看護に限られ、娼妓として稼ぐことや海外で娼楼を営業することは禁じられた。しかし違法な密航を斡旋する業者や名ばかりの移民会社が後を絶たなかった。多くの人命が失われた。

 移民保護法には抜け道があった。売春業者と娼妓の海外渡航は認められていなかったにもかかわらず、朝鮮と清国にはその規定が適用されなかった。日清戦争によって日本は台湾を植民地とし、それまで上海や香港に送られていた娘たちが台湾に運ばれるようになった。まさに売春を国が公的に認めた公娼制度の「輸出」だった。

 朝鮮南部の釜山には、江戸時代から日本人居留地である「倭館」があった。1876(明治9)年に日本と不平等条約で開国を強いられた当時、朝鮮では大飢饉が起き、飢えた人たちが日本人が現地で買いつけた食料倉庫が並ぶ倭館に食べものを求めてやってきた。朝鮮の女性が日本人と交接することは厳しく禁じられ、それを犯した者は斬首された。

 飢えに苦しみ、ひもじさにたえかね、子どもらに食べものを持ち帰ろうと倭館にやってきた女性が刑場で首を斬られた。日本でも飢饉になると、田舎娘たちがどっと身売りされ、神戸や横浜で外国人に声をかけた。


身売りというのは口べらしであり、借金であった。飢えて、食べものを異邦人に求めていたぶられ、刑場に消える朝鮮の女たち。飢えて、養女に出されて美服をまとい、苦界に死にゆく日本の娘たち。どちらもこのような現実のなかで、くには諸外国と交流しはじめたのである。(128頁)


 朝鮮は儒教の国なので、男女ともに人前で肌を見せることはなかった。日本では、明治になって裸体での外出や混浴の禁止が何度出されても、その習俗があらたまらないほど、「肌脱ぎ」はふつうのことだった。


朝鮮の男性にとって、強いられた開国によって礼節ととのわぬ野蛮な和人が入りこみ、越中(ふんどし)ひとつでうろつくさまは、さぞ堪えきれぬものがあったろう。また、さような非文明なものたちに、みだりに女が近づくことはわが身がけがれる思いであったにちがいない。汚れた女に矢を刺そうと切り刻もうとゆるせぬ思いをぶちまけているのである。(129頁)


 1904(明治37)年の日露戦争前は3000人あまりだった京城(ソウル)の日本人は、戦後2万人に達した。釜山の居留民は1万人を超えた。次つぎと土地が日本人の手に渡った。「本邦に於いて小地主たらんより韓国の大地主となり大陸的新日本の経営をせよ」とそそのかす新聞記事も出た。夢を追い求めた日本の民衆が朝鮮半島や大陸へと海を渡った。

 そのころ、ヨシはマレー半島でゴム園の経営にも乗り出し、日本の親元に送金するまでになっていた。牛深に小さな家が建った。ようやく一時帰国を果たしたのは1921(大正10)年、ヨシが35歳のときだった。

 帰国中、ヨシは結婚を申し込まれた。牛深ではまだめずらしい商業学校卒の男だった。帰国を遅らせ、1年ほど同棲がつづいた。事業の整理をして日本に帰ってくると約束し、ヨシはシンガポールに戻った。しかし、そのあいだに男は牛深の遊郭の女となじみになっていた。

 家や土地や家財道具を処分して日本に戻ったヨシは、しばらく九州の温泉場で遊びまわった。そして、インドへと旅立った。ボンベイに降りたち、ジャパニーズ・マッサージ医院の経営をはじめた。雇い入れた3人の日本人女性にヨシはこう語った。


ジャパニーズ・マッサージは客商売じゃなかと。日の丸ば胸におさめた民間外交じゃいけん、身ぎれいにきりりとして、決して日の丸に指ささるるようなことをしちゃいかんばい。ええな。(197頁)


 ヨシのマッサージ医院は評判を呼び、インドの王から声がかかったり、イギリスへの不服従抵抗運動の最中だったガンジーも治療に訪れた。45歳でイギリス系の船会社で働いていた同い年の日本人男性と結婚し、天草から甥の娘を養子として引きとった。

 満州事変や国際連盟からの脱退で日本が孤立しはじめた時代だった。夫は英領東アフリカへの転勤が命じられ、それを機に会社を辞めて事業も整理し、日本に帰国することにした。ところが長崎に上陸して5日後、夫が急死する。しばらくしてヨシは養女とともに天草に引きあげた。アメリカとの戦争がはじまると、ヨシは「ばかなこっばして」と憤慨した。


こがんこまんか国が世界の白眼ばうけて、なんのよかこっがあろうか。日の丸ば、よごして。・・・わしらがどげえ民間外交ばしたっちゃ、国がそればよごしてしまうなら、わしらの仕事は国に殺されよるも同じこっちゃ。(211頁)  


 朝鮮半島や大陸でも、南方でも、日本の海外進出のかげに、つねに「からゆき」たちの献身的な姿があった。生活苦の父母を助け、海外に夢を追った男たちを支えた。

 「密航婦」や「醜業婦」と蔑まれた女性たちが「娘子(じょし)軍」と持ち上げられることもあった。シンガポール周辺の6000人のからゆきたちが年に1000ドルを稼ぎ出し、それが日本の小資本家たちの資金源にもなっていた。

 いまは亡き人たちの言葉になりえぬ思いが絡まり、もつれあい、いまこの時代へとつながっている。その歴史のなかにうずもれた声を、国家に翻弄されながらもそれを誇りにした生きざまを、知らないまま大人になったことが心から恥ずかしい。

 ヨシが誇りを胸にその小さな背に負った「くに」は、いまいったいどこにあるのだろうか。

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松村 圭一郎

松村 圭一郎
(まつむら・けいいちろう)

1975年、熊本生まれ。岡山大学准教授。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有や分配、貧困と開発援助、海外出稼ぎなどについて研究。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『文化人類学 ブックガイドシリーズ基本の30冊』(人文書院)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)がある。

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