ダンス・イン・ザ・ファームダンス・イン・ザ・ファーム

第2回

水の流れに身をまかせ

2018.05.05更新

 突然ですが、周防大島は正式名称を「屋代島」(やしろじま)といいます。周防大島というのは昔からの通称なのだそうです。島の由緒にしたがってついた正式の名前と、定着してしまった通り名。その二つを背負った島での、年頭の出来事です。

***

 2018年1月12日。年明け早々、おだやかでない事態に見舞われました。

 全島が断水―――。

 何らかの原因で、島へつながる送水管が破損し、上水の供給がストップ。各家庭の水道がこれから止まるという報せが駆け巡りました。出先の妻から「いつ復旧するかわからないからお風呂に溜めておいて」と連絡があり、ちょっと大ごとな雰囲気。その破損個所をニュース映像でみると、あらら。本州と1キロの長さでつながる「大島大橋」の橋げたの真下から、水がボタボタと垂れている様子が映し出されていました。

「こちらは~、防災~すお~お~しまちょ~~、役場から~おしらせです~~」

 各家庭に設置されている防災無線が大活躍、集落の大きなスピーカーからもしきりに流れています。島内の数か所に、給水車も配備されるとのことでした。

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 集落には高齢の方がたくさんいるし、わが家は完全に水道頼み。「復旧のメド立たず」の報が繰り返されていたので、これからどんなことが起こるのか、見当がつきません。

 友だちや集落の方と「何か必要なことがあったら言ってください」と連絡を取り合う。島内のホームセンターへ行った人からは、ポリタンクはすでに完売だった、と。まわりのお年寄りは大丈夫かしら? 病院は? 学校は?

 ところが、しばらく様子をみているうちに、困っていない人もたくさんいることがわかりました。井戸や山の水、川の水を使える家も多くあって、そこでは日常が流れている。トイレが汲み取り式のところも当面、不自由なさそう。病院や介護施設などもバックアップがあるとのこと。ほうほう。

 水道をひいているわが家は、しばらくして止まりました。台所、トイレ、洗濯、風呂、じわじわとその不便さが忍び寄る。不思議なのは、「止まっている」と頭でわかっていても、何度もつい蛇口をひねってしまうことでした。

「あ~またやってしまった」

 あとで訊いたら、まわりの友人たちも同じことをやっていたそう。これは相当なクセになってしまっているんですね。

 わが家はリフォームした時に、一番安くてシンプルな水洗トイレを設置しました。このタイプは2、3杯汲んでは入れを繰り返すと流れてくれる。一方、歩いて100メートルほどの場所にある祖母の家は、ウォシュレット仕様。こちらはバケツでせっせと入れてもなかなか流れず、多くの水を必要とする様子でした。

 母は、洗濯機に水を入れる際、バケツが重いのが大変だったようだし、近くの学芸員の友人は「昔はあって、今は日常になくなった『水を運ぶ』という動作が、とてもストレスだと感じた」と話してくれました。

 こんなとき、家が高度に便利に設計されているほど大変なのかもしれない。それと同時に、となり近所で井戸を持っている方々が「使いんさい」と教えてくれたり、何気ない言葉を掛け合ったり。各所でちょっとした触れ合いがあったのも事実です。

 とにかく、「水」をきっかけにして普段の生活が組み換わったようでした。

***

 この島は現在、周辺の小さな島も合わせて一つの町。今は1万7千人ほどが住んでおり、かつてはその4倍の人々が生活。2004年まで4つの町に分かれていました。

 自宅のある地域は島の東端にあたり、それまでは高齢化率(総人口のうち65歳以上の方が占める割合)は日本一だった町。先日、島に来ていた台湾からの若者も「さすがにそこまでは」と高齢化の様子にびっくりしていました。

 今から20年ほど前に、広島と山口の県境にある水源から全島を賄う水道がひかれました。それを支えているのが、橋に並走するこの一本の送水管だったのです。

「水道は悲願じゃったんよ」

 そう教えてくれたのは島の古刹の住職さん。さらに言うところ、この島に限らず瀬戸内は「多島海」であり、それは「雨乞い」の歴史でもあった、とも。

 昔から、この島での困りごとの一つが水だったそう。生活水はもちろん、実は農業用水もかなりの需要があり、安定した水の確保が求められていた。


 そういえば、自分自身もつい昨年、こんな体験をしていました。みかん農家の森川くんと自給用の米づくりを始めた、その2年目の6月。

 ガーーーン。田んぼが、カッサカサ。天候不順でしばらく雨が降らず、田植直前にして水不足に陥ったのです。

「これは緊急事態よ」

 と近所のおじさんも全く水のたまらない田んぼを毎日覗きに来てくれました。あそこの井戸を使ってみたら、とか誰々にかけあって水を回してもらったら、とかいろいろ心配してくれて、実際に試したりもしました。

 稲の苗は1か月ほど前から準備しており、もうすぐにでも田植えしたい。数日様子を見るも、雨は降らず苗は伸びる。無理やり植えてもうまくいかないだけ・・・今年の米作りをあきらめようかと話していました。

 その時、見かねた別の友人がすかさず助け舟、水が取れる別のエリアの畑を貸してくれたのです。

「引っ越しだ!」

 今年だけ借りることにして、田んぼへと急ぎ整え、代掻き、すぐ田植え。そうしてドタバタしながら何とか米作りができた僕たち。ふーーーっ、ありがたや。

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「水道は悲願」、それも納得です。

 僕が住んでいる東端の地域は、高い山がなく、特に水に困る地域だったらしい。近くの役場職員の方は、「うちにも井戸水があるにはあるけど、鉄分が多いみたいだし、枯れることもあった」というし、もっと島の奥の人に聞けば、「井戸水を使っているんだけど、雨が降ったら濁りおった」とも。地下水と水道と併用していたり、みなさん工夫してきたそう。

 ところがやはり、別の角度の声もありました。

「おいしい地下水があったのに、合併して水道が入ってしまってねえ」

 と少し無念がるのは、島の中央部付近に住む大先輩。

 地元の方々が編纂されている島の歴史冊子、「屋代島随想」の中にはこうもありました。

「水に恵まれたこの島は狭く急峻な地形です」

 もともと周防大島は中央部にかけて、瀬戸内海では小豆島につぐ高さの峰々があります(「瀬戸内アルプス」とも呼ばれるそう)。

 自分も何回か山中に入っていくことがあったけど、確かにそこにはおいしく、豊潤な水が流れていました。中には、自宅の庭先でわさびを作っている(!)方にも会いました。その方たちには身近に「豊かな水がある」と感じられていることでしょう。

 「大島」たる大きな島、周防大島=屋代島(ややこしい)。それぞれの地域や家庭ごとで、全く違う様子をみた今回の一件。地域の条件、コストの問題、さまざまな歴史の要請で、期待を一つにまとめていた、一本の送水管。

 そしてやはり、「井戸がある」「山の水がある」とあらためて大自然の安心感を覚えたのも、確かです。

 島の人口は、日本各地と同じようにじりじりと減少中。水のことは、これからも考えていくにふさわしい命題。というかちょっと楽しそう。

 中村家は3日後、全ての地域が復旧したのは10日後。作業にあたられた方の尽力もあり、みなさんそれぞれの事情とともに普段の生活に戻っていきました。

 さてさて。今年の米作りは、いかに。

中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。

YORIMICHI BAZAR

編集部からのお知らせ

周防大島のオーガニックマーケット「島のあさマルシェ」3年目の今年も開催中!!

島の農産物のお買い物と毎回異なる料理人・シェフによるカフェ&モーニング。生産者とゆっくり話ができる朝のマーケットです。

■日時:4月~12月の毎月第1・第3土曜日 朝9時から12時まで
■場所:周防大島・久賀八幡生涯学習のむら

muramarche.com

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