ダンス・イン・ザ・ファームダンス・イン・ザ・ファーム

第3回

火と田

2018.06.10更新

「はるか上の方にあがってしもうてから。さみしうなるわ。」

 近所のおばちゃん(82歳)がゴミ捨て場で声をかけてくれました。なぜかというと、この春、5年住んだ海側の住居から、丘側に引っ越したから。はるか上、といっても歩いて5分くらいの場所です。

「あなたたちが家から出入りしてるのを見て、部落に灯がついたと思った」

「部落に花が咲いた」

「さみしくなるよ」

 こっちが恐縮するほどの気持ちを伝えてくれたのは、前の家の近所のおっちゃん(80代)。移る前も、移った先も半径500メートルくらいの話なのに、ものすごく遠く引っ越してしまったかのような反応でちょっと笑ってしまいました。

 で、引っ越した先の家。毎朝7時になると高速木魚の音が聴こえてきます。発信源はうちの下の家で、なんのお経かはわからないけど、とにかく速い。力強い。乱れない。「ああ今日も始まったな」というリズム。

「若い人が来てくれたけえ、助かるよ」

 ただ住んでいるだけなのに、そう言ってもらえてこちらもうれしい。ちょっと不思議な感覚です。

 すぐ近くの、妻方の実家で繰り広げられる、「耳の聞こえにくい祖母」と「意思をうまく伝えられない息子」のやりとりが泣けてきます。

 2歳「おばあちゃんお外いって!!(怒)」

 91歳「・・・はあ!? 聞こえん!!(怒)」

 2歳「お外いって!!(怒)」

 91歳「お菓子食べる?」

 2歳「・・・・・うん」

 その祖母の娘である、義理の母、つまり妻のお母さん。以前、冷蔵庫にたぶんエコポイントとメモしたかったんでしょうが、マグネットでしっかり「エロポイント」と書いて貼っていました。

 集落の中心は物理的にも精神的にも「八幡」さん。神社です。住民で関わらない人はいないといってもいい場所なんですが、その祭祀を務める宮司さんは現在90歳、別の集落の、大きい八幡さんから行事ごとに来られる女性です。

 かつてあった田んぼはすべてミカン栽培などの畑に転換し、米を作らなくなって久しい地域。だけど、「祈念祭」「新嘗祭」と稲作のサイクルを名残に残した行事を今も続けています。

 毎年初夏のこの時期に、集落内の河川清掃と海岸清掃を行います。

 「こがあに人が減るとは思うちょらだった」(こんなに人が減るとは思ってなかった)

 作業の休憩中に、一緒にいたおばちゃん達がこぼしていました。

 150人足らずの集落のうち、3、40代は僕たち家族だけで、主力の住民は7、80代。静かに、ときには愚痴をこぼしながら、その清掃作業を淡々とこなします。たぶん「それをやらないとあとで大変だから」ということなんだと思います。

 若い人間でもそれなりに汗をかく業務なので、

「そのうち、ウチの子が手伝いますから、そのときは子どもに教えてくださいね」

 というと、

「はー、そのころにはもうワシらおらんけえ」

 とおっちゃんたちが笑いました。

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 隣の家のおじさんは最近、70歳にして初めて地域の消防団に入ったそう。別の地域の知人からは「ほんとに火事があったとき大丈夫か?」とも言われました。

「75歳は新人よのう」

 これは既に「敬老会」に入っている方と、これから入る方とのやりとり。会話に参加していなかった僕はこの言葉が聴こえてきてたまげました。

「○○のおばちゃんは、あっこにも登って畑やりおったけえねえ」

 と指さして教えてくれた場所は丘の中腹、つまりナナメになっている畑。僕でも難儀しそうな場所だけど、そのおばちゃんは94歳です。 

 とにかく、僕がこれまで培ってきた経験では歯が立たない。意味がわからない。逆に、ただ「若い」という者が居るだけで喜んでもらえているという、ある意味とてもシンプルな現象があり、それだけは確かな感触を残してくれます。これまでの会話で見てきたように「若い」の定義もなかなか斬新です。

 親戚のおっちゃんにシイタケの駒の打ち方を教わりました。僕らみたいな世代はすぐ飽きると思っているのか「なんでそがなことをわざわざするんか」と言われてしまいました。つまり「どこかで買えばええ」。初心者なのでいろいろ尋ねて申し訳ないという気持ちでいると、

「百姓を始める前はみな初心者じゃけえねえ」

「何歳でも始められるけえ」

 と諭してくれました。あるときは、

「消毒せにゃあ、できん」

 そうも言われました。農業に取り組むにあたり、「農薬まかないと出来ないぞ」と。僕自身はそうではない農業、つまり、農薬をまかないためにする手立てを各地の農業の勉強会で教わったこともあり、その断言には戸惑いました。

「やめやめい。そりゃ焚きつけじゃ」

 枝のような小さな原木にもシイタケの駒を打とうとすると、その木は「燃やせ」と叱られてしまいました。笑っていましたが。

 そういえば、島に来た2年目に、イベントの運営をはじめた際に、驚いたことがあります。誰が興味を持ってくれるかわからないので、チラシをつくって島内外に配りに行く。ときには山口県の遠方や広島や愛媛にも足を延ばしたわけですが、「遠いなあ」と言われるのは、意外にも買い物圏内、車で30分から1時間くらいのところでした。

 たしかに、今となってはわかる気がします。きっと、近いか遠いかが肌で感じられる距離感が基準なんです。車で30分は以前の僕なら「近所」扱いだったけど、歩いて5分が「はるか上」。僕は今、そういう場所に住んでいるのです。

 文字通り、半径500メートルの世界でありながら、でも、世界は広いということも知っている。その両方が、今の暮らしの楽しさなんではないかと思い始めています。

 夕方、集落内の道を通ると、よその家のテレビの音が大音量で聴こえてきます。そして先ほども登場した例の、耳の遠い祖母(大のカープファン)と、意思を伝えられない息子(カープファンになった)のふたりの会話が食卓で炸裂します。

 2歳「・・・ねむたい」

 91歳「はあ? 4対4!?」

 150人ほどの集落は毎日静かに、かつ騒がしく営まれている。そんな場所に、よそ者が来た、ということ。次回は、移り住んだ人の方の生活をみていきましょう。 つづく

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。

YORIMICHI BAZAR

編集部からのお知らせ

野の畑 みやた農園「島の定期便」募集中です!

 「野の畑 みやた農園」は、中村明珍さんも暮らす周防大島で野菜を無農薬・無化学肥料・露地栽培・不耕起で育てている農家さんです。採れたての野菜と島のオーガニックFOODを年9回にわたってお届けする、「島の定期便」の取り組みを行なっています。

 島の定期便トピックとしては、
・この冬に耕作放棄地の再開墾が完了し、作付が増やせるようになりました!
・昨年よりも便がひと月分増えました!

 ということで、定期便のお申し込みを募集中です。年間を通して周防大島の旬の味覚を楽しんでみてはいかがでしょうか? 今後、この連載でも宮田さんの畑の紹介を予定しています。→詳しくはこちら

 また、ミシマ社の雑誌 『ちゃぶ台 vol.2 革命前々夜号』では、「野の畑 みやた農園」宮田正樹さんへのロングインタビューを収録しています。みやた農園のことをもっと知りたい方は、こちらもぜひお読みください。

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『ちゃぶ台 vol.2 革命前々夜号』ミシマ社編(ミシマ社)

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