ダンス・イン・ザ・ファームダンス・イン・ザ・ファーム

第9回

断水inda House 後編-現実と祈り-

2019.01.05更新

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水道が出ないということ

 水道は、重たい水が自動的に運ばれてくる。家の蛇口まで。

 この驚くべき事実を、この期間の長さによって心の底から実感しました。僕が給水ボランティアの作業をしていたとき、ある人が

「幸せはすぐ近くにあったんだな」
「失ってみて初めてわかった」

 と注がれた水をみながら語りかけてくれました。

 と同時に、水道が止まってしまった以上、本来なら、家まで誰かが運ぶ仕組みができたらよかった。

 各自運ぶ。これらがのちに骨折者、腰痛、入院。「ケガ人が発生する」ということに。

 僕の知ったおじちゃんは、腰が痛くなって注射をうち、奥さんが代わりに運び始めるも疲労がたまり足が上がらなくなった。断水解消後に電話すると、「あのあと痛うてやれんくなって、入院になったんよ」とおじちゃんが2週間入院。

 また、別のおばちゃんは、解消直前に20リットルのポリタンクを2つ抱えて部屋にあがる手前でこけた。そして広島へ通院。

 報道では、入院も含め80人近くが骨折をされていたという発表。(中国新聞2018年12月20日

 それ以外も含めた全体の被害の数は実態ではもっと多いだろうことは、想像に難くありません。

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 断水最中も送水再開されたあとも、地元のいろんなお年寄りとおしゃべりしていく中で、よく聞くフレーズがいくつかありました。それは、

「うちはまだマシ」
「これで済んでえかったよのう」(腰をさすりながら)
「おかげさまよ」
「お年寄りが大変だったよねえ」(自身がお年寄りなのに)
「みなさんが助けてくれてありがたかったよ」
「しゃあないよねえ」
「まあ、お金は使ったよねえ」(笑いながら)

 また、地元の若い人に訊いても、

「起こったことは仕方がない」
「まあこれで済んでよかったよ」

 という声が少なからず。そして、

「怒ってもしょうがない」
「怒りたくない」

 という言葉も。

 もちろん、移住者でも地元の人でも怒っている人がいる。でも、それが塊として見えるようなことにはなっていないのです。

 たしかに天災とはまた違うアクシデントで、ドイツの船会社なのか国なのか県なのか町なのか自分なのか、どこに向けて怒っていいのか。でもそのことにエネルギーを注いでも仕方がないし、それよりも今、どう生きるか。今生きていることの幸せ、ありがたさを。そういう生き方を示しているように思えました。先日ラジオに僕が出演した際には、生放送中に、島の方から重要なリスナーメールが届きました。

「さっき賠償の話をされてたけど、その話あんまりしてほしくありません。もらえない場合があるので期待させるような誤解をするし、これからみんなの気持ちがすさんでほしくないからです」

「優しい大島の島民に戻ってほしいです」

 僕は、この島で生きる人の「幸せについて」、と今回のことで「おかしいな」と思うことの狭間ですごく考えさせられてしまいました。

 おかしいと言ったほうがいいのか、怒らないほうがいいのか。

 島の人が不幸せに思うかもしれない言葉も放ちたくない。でも、あったことをなかったことにもしたくない。僕はそのことで未だに悩んでいます。

美談にしたくない、でも美しい

 ところで、娘が通う小学校のパパ友の何人かとも会って話をしました。実際にどう思っているのかなと気になってもいたから。自身も子どもと同じ小学校で育った人たちが多く、別の角度でこんな話がありました。

「子供は地域で育てるもんだよね」
「自分もそう育てられたから」

 いいことをしたら他人の親でもほめてくれるし、悪いことをしたら他人の親でもきつく叱られる。「家を飛び出してしまったときに、近所のおっちゃんに慰めてもらった」

 それくらい緊密な関係がずっと続いていて、何か困ったときには「あのおばちゃん大丈夫かな?」「おっちゃんはどうか?」となる。

 逆にその自然な口ぶりにハタと気づきました。僕は東京の郊外の集合住宅で生まれ育ち、そういう体験が希薄だということに。

 今回苦労された近所のおじいちゃんおばあちゃんにも訊いていく中でしばしば雑談が展開しました。

 「四国八十八ヶ所まわったことあるんよ」とか、「大島八十八ヶ所まわるのが楽しみだったんよ」と。写真を見せてくれる。ある人は何度も「ありがとね」と手を合わせる。

 断水時に限定された給食、そのおかずの提供も「お接待」の延長で差し入れとして自然と起こったというし、自衛隊の給水所にも「お接待」の数がすごくて面白かったという話も。お接待というのはビジネス用語ではなく、施して自分の徳を積む、つまり「布施」の行いのこと。

 「おかげさまでこれで済んだよ」「悪い人も責めきれん」「おまかせする」、それがたとえば四国由来のお遍路の信仰だったり、阿弥陀さんの信仰だったり。その他たくさんの、この地に密着したそれぞれの心のよりどころ。宗教心、霊性が発揮され、それが土台にあって乗り切れたんだ、と直感しました。

 地域で育っていく人たちの関係の中で、当然そういう背中を見ていくことになる。子ども、その子どもと連綿と引き継がれる。だから自然なふるまいとして「怒らない」「騒がない」というふるまいもあるのかもしれない、ということ。

 ある地元の方は、

「今回の事で、コミュニティの大切さを再認識したよな」

 としみじみ語ってくれました。

現実ベースと、祈りベース

 断水解消後に開かれた町議会によれば、「橋が通れない」ということが影響して「給水車への補給」が難しかったとのこと。だから、大きい島にしては給水所が少なかった印象。

 航空自衛隊も海水を真水に変える装置なども含む給水支援に10月24日から入り、『自治体での対応が可能になった』ことから山口県知事の要請で11月7日撤収。(http://www.mod.go.jp/asdf/hofukita/topics/301107.html

 その後の自治体の給水車や職員の手当については町の予算がついていたこともわかった。予算がつくこと自体は当然のこと。でも給水所から車まで無償ボランティアで、車から家の中までは各自自力。この仕組みが、今もってなんでそうなってしまったのかは判然としない。

 11月には、船会社から500万円の見舞金支払いの提案があり、12月に町はそれを受け取っていた。そのことは議会の最終日にわかり、そのお金は、すでに町で断水中に稼働していた施設に使われている。

 見舞金を町民に支払う予定はないかの質問に対し、

 「公金の扱いには慎重にならざるを得ない」と町長は否定。

 県主導の復興支援の施策も、観光と産業に特化した、島外の人が使えるプログラムでした。

 賠償請求の話も、つい先日行われた説明会によれば「個人で請求の準備を」ということだった。

 そして、ドイツの船会社は危機管理のプロを雇っている―――。

 そもそも、災害の渦中から住民の実感として「誰が、なにを今責任をもって進行しているのか」の主体がずっとよくわかりませんでした。対策本部があるのかないのか、あるとしたら誰がやっているのか、予算はこっちに使えないのか、ドイツの船とはどうなっているのか、

 などなどはてなだらけ・・・。

 そのため、断水解消されたあとに友人たちと自然な流れで「町議会を観に行こう」という話になりました。断水中には開かれなかった議会が開かれる。そこで観て感じたことをもとに「これからのことを考えよう」と。

 そして議会に行き、地元のおばちゃんおっちゃんたちの話を訊く。その数日を通して僕は余計に動揺してしまいました。これは・・・

「・・・システムとスピリチュアルがぶつかっとる」

 そう感じました。

 もうちょっというと、輸入の統治システムと土着の霊性が島で見るからに衝突している。そんな感じでしょうか。明治以前と明治以降、もしくは戦前と戦後がぶつかっている。みたいな。

「え、なんでそっちに先にお金使っちゃうんだろう?」
「思いやりある言葉は?」

 行政で施される仕事や、政治から出る言葉と、実際に身近で起こっている助け合いのふるまいや言葉、それらが全くと言っていいほどかみ合っていない、と感じてならなかったのです。

 行政は現実をベースに答えを出している。現実にできることを目指す。だから一番わかりやすい「お金」をものさしに使って、しっかりと現実に着地させる。そういう感じ。

 一方、個々人は違う。人によってだけど、生きていてほしい、幸せでいてほしいという「祈り」や「願い」「思いやり」、現実の半歩先の、いってみれば理想に基盤がある。しかもそれは過去のこととも繋がっている。

 そして、行政も政治ももともとその個人個人が集まってできている。その地に住む人たちの中にあるもの。 

 折しも12月23日には天皇陛下の記者会見が公開されました。

日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました」

「終戦を11歳で迎え」

「先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました」

「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています。」

 この85歳になった陛下と、僕がおしゃべりしている地元のおじいちゃんおばあちゃんは、同じ世代。僕には、この戦争をまたいだ世代が「祈り」というふるまいのなかで完全に呼応しているように思えました。そして、それが島の中で下の世代にもバトンが渡されている。

 であるならば。

 この40日を、島外からの支援、祈りがあり、また島の人が呼応し、ともかくも生き残った。

 地元の人は、

「自分たちの身は、自分たちで守る」

 そのことを再認識した、と言います。

 これからの自分たちの暮らしを作っていくとしたら、これらを受け止めることから始められるんじゃないか。

 受け止めるというか、自分たちの生命、心や身体の土台をもう一回思い出す。なにをベースにして生きているのか。生きていて楽しいのはどういうことか。事故を経た今、そう思うのです。

「これからどうするか、実際に考えて結果をだそう」

 そういう人が島のなかで動きだしています。水、食料、ガソリン、電気、災害、自治。考えることはたくさん。超高齢化した島の中での切迫感と、人のエナジー。今ならまだ見ぬ世界をつくれる可能性がある。このチャンスを逃す手はありません。

 あらためて、支援の手を差し伸べてくださった、ミシマ社を始めすべてのゆかりのある皆様、ほんとうにおかげで生き残ることができました。心から、ありがとうございました。 

 お店はみんな復活しています。橋も通れます。周防大島、どんどん遊びにきてくださいね!

 次回は軽やかな話が書けたらいいですね。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。

YORIMICHI BAZAR

編集部からのお知らせ

「寄り道バザール vol.10 周防大島らくご 立川談笑独演会」のご案内

断水、スーパーボランティア、逃走犯、そして船がぶつかってまた断水。2018年いろいろありすぎた周防大島、笑い飛ばすにはこの方しかいない。六代目・立川談笑師匠の登場です!!

▪️日時:2019年2月9日(土) 開場14:00 開演15:00
▪️出演者:立川談笑
▪️会場:周防大島 和佐公民館 (山口県大島郡周防大島町和佐)

詳しくはこちら

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