ダンス・イン・ザ・ファームダンス・イン・ザ・ファーム

第10回

周防大島町吸おう

2019.02.16更新

 最近、3歳の息子は数字を読みたい、という衝動にかられているようで、毎日のように質問してくるようになってきました。

「これはなに?」「これは?」「これは??」

 1と7がごっちゃになり、9は「ろく」で6は「きゅー」。3は「8」で8は「ゆき」。雪だるまの形だから。絵と字の境があいまいなのがおもしろくて、覚えてほしいようなほしくないような。0はまだよくわからない一方、5はわかってしまったようで、少し残念。だけど得意げに「ご!」を連発してくる、その姿には愛しさを覚えます。

「ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー」
「今なんどきだい?」
「へぇ、ここのつで」
「とぉ、じゅういち、じゅうに、、、」


 これは古典落語『時そば』の一節。毎年、島で開いてきた落語会がつい先日の2月9日に4回目を迎え、今回は立川談笑師匠が周防大島に来島くださって初公演。その一席目が『時そば』でした。

 小4の娘は、すでに国語の教科書で『寿限無』を読んでいたり、家にあった子ども向けの落語の本も読んでいました。

「最初に『そば』の話を始めたから、もしかしたらそうかなーって」

 と公演を2階席で聴いていた娘も、「知ってる話だ!」と前のめりに楽しんだ様子。二席目も知っていた話だったようで、帰って学校の日記にさっそく書いていました。自分で笑いながら、でもおもしろいところをおもしろい状態で書くのに苦戦して、眠い目をこすりながら作文。それをみて笑う僕。

 一方の談笑師匠。あとでうかがったところ、高座にあがって話しつつ会場を「お年寄りが多い、けど、あそことあそこに子どももいる・・・」と見渡しながら、言葉のチョイスとその反応をみて何の噺をかけようかと決めたそう。

 終わった次の日、島の80代の女性のお客さんから大きな声で

 「ほんと、よかった。言葉が出てこん」
 「芯から笑った」

 と声をかけられました。

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 幼児から90代までがいる会場の中は笑いの連続。ハンカチで押さえて笑う人や手を挙げて笑う人。その幅広い人たちみんなが笑えるなんて。

 僕も噺を聴いていたのですが、古典と世界と現代を自由自在に行き来し、ギリギリの時事ネタも随所に放り込んでいく談笑師匠のスタイルに爆笑するお客さん、それをキャッチして返す師匠。その応答がスリリングでした。

「みなさんも、この噺を構成している一部なんですよ」

 そんな言葉とともに場を一気に一つにして、とにかくお客さんとの呼吸でリアルタイムに噺が創られていく様がかっこよかった。インストバンドYOUR SONG IS GOODの鍵盤担当、サイトウジュンさんがいうところの「ヴァイブスの調整」。音楽の高揚感にも似た感覚がそこにありました。

「この会は継続したほうがいい」

 義理の父に初めてそう言われました。

 実は、会をつくるのもなかなか大変。地味な作業の日々がずいぶん前から続きます。

 この会は、周防大島での昨秋の断水騒動のあと。あのタフな時期を経たあとの初めての生の演芸。一流の芸と言葉とが、いろいろあったことを「浄化した」といったら落語には野暮、失礼かもしれないけど、でもそんな場になったような気がしました。続けてきた意味がはっきりわかった、そんな感覚。

 ちなみに。

 江戸落語を、下町出身の談笑さんの言葉で聴いたことで、僕自身の「地元」を、つまり東京を思い出したということも起こりました。学生のころの友達とのやりとりなんかが不意にこみ上げてきた。ちょっとだけセンチメンタルに。芸の凄さを体感しました。

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***

 談笑師匠と周防大島で過ごす中で、多くの気づきがありました。そのひとつ、移動の車中でのこんな話。

 ある番組でロケにいった。それは東京の米軍「横田基地」のすぐ横の家で、さぞ飛行機の騒音などで迷惑し怒っているだろう、ということでインタビューしに、家に上がらせてもらった。さて、その部屋の中にあったのは・・・。

 たくさんの「戦闘機の模型」。それが飾ってあった。そういうのが大好きな人だったそうです。取材陣も拍子抜け。騒音に、迷惑どころか喜んじゃう。話を聴いていて爆笑しました。

 大好きになると、迷惑が無効になる。迷惑なものを、大好きになる。

 そんなことがあるんでしょうか。

 ん、待てよ? ちょっとデジャブ感。このちょっとトリッキーな立ち居振る舞いを、ちょっと前に感じていたのを思い出したからです。件の断水騒動。あれは「ドイツの貨物船が橋にぶつかった」ということが原因だったわけですが―――。

 橋の破損事故の被害や責任について、島でいろいろな人に意見を訊いていくなかで、少なからず「これで済んでよかった」とする人が多いのがわかった。むしろ自分の身に起こったことなので〈仕方ない〉と思う消化の仕方。それは前回のこの連載でも触れましたが、もう一つ、こんな考え方をする人がおられたのを思い出したのです。それも一人ではなく、何人かからの言葉でした。

「被害について訴える、ということよりも、例えばこのこと(船の事故)をドイツの人にも知ってもらって、それをきっかけに島に足を運んでもらったり、友好関係を築いたり、そういう風になったらいいんじゃないか」

 これを聞いたとき、「なるほど」と思う気持ちと、「人が良すぎ?」と思う気持ちと、「でも島らしいかも」と思う気持ちがないまぜになって複雑な心境に。そして、複雑ではあったけどどこかポジティブな気持ちにもなりました。

 先ほどの「基地」の話は、順番が「飛行機が大好き」だから→「基地のそばに住んだ」のかもしれないし、逆に「基地のそばで育った」ので→「飛行機が好きになった」ということかもしれない。どちらかはわからないけど、これが島でのことと重なった。

 迷惑なものを、好きになっちゃう。好きになろうとする。

 なんか不気味。で、ポジティブ。

 それがいいことなのかどうかは全然わからない。だけどこれもまた島国に自然な態度かもしれない、と思えてきました。どこにいくわけにもいかないし、と。

 なんでこれらのことをいっぺんに語るのかというと、これまた先日、こんなことがあったからです。

「住民として直接、船会社を訴えませんか?」

 という提案。それが僕のところに来たからです。つまり「原告団のひとりにならないか」ということ。

 僕は現時点でも悩み、考えています。ほんとうに必要なことは何なのか。訴えた方がいいのか、そうでないのか。島の人らしさそのままで、できるベストを。

***

 このことを書きながら、今はたと、僕がしたほうがよさそうなことが見えました。

 島に移り住んだからこそ体験したこれら身の回りの出来事。もうほんと、何が何だかわからない。その中で自分にとってひとつ確かなことは、実は冒頭のような、子どもたちの機微を毎日感じられていること。それは間違いないです。それだけはわかっているんです。

中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。

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