ダンス・イン・ザ・ファームダンス・イン・ザ・ファーム

第12回

あなたの顔がみえるとき

2019.04.25更新

  友人の農家の一人が、つい先日、こんなことを話してくれました。

 なんでも、彼女のお父さんがその農園をはじめたとき、お客さんは直接知った人や会った人たちだった。ところが時代がくだり、生産物を全部市場に出すようになると、お父さんはなぜかだんだんと元気がなくなっていき、心に影を落とすようになった。精神に影響が出てしまったといいます。何年もたって、自分が家業を継ごうと帰ってきて、マルシェ的な営み、つまり直接会った人にまた販売することが増えてきたところ、ようやく昔のような表情が戻ってきたと。

 ふむう。これは結構ショッキングでした。

 ずっと音楽をやってきた自分としては、いつも「ライブ」と「音源」という営みが2つセットであって(あくまで自分がやってきた範囲ですが)、音源という製作した録音物は不特定多数の「市場」に出されるということがあっても、もう一方でじかに反応をやりとりできるライブも常に念頭にあって確保されている。どちらがメインというよりは両輪のイメージ。それが普段の光景でした。

 ところが、この友人の話を聞いていると「農産物を全部市場に出しちゃう」ということは、おそらく仲買みたいな人の反応はもしかしたらみられるかもしれないけど(いい値段がついた、みたいな)、そのあと手渡ったあとのお客さんの反応や表情はわからない。彼女のお父さんの場合、スタートが直接販売だっただけに、「誰に手渡っているか」「どんな表情をしているか」がわからない「一方通行感」がより直接的に作用してしまったのかもしれない。そんなに影響があるもんなのか、とびっくりしました。

 じゃあ、他の業種はどうだろう。魚を獲っている人は? 服を作っている人は? 車を作っている人は? 本を作っている人は?

 僕の想像力が及ばず、ジャンルによってどうなのかはなんともわからないのだけど、少なくとも出会った人たち同士のやりとりは、何かを起こす力があるように思えます。実際に、僕の人生は音楽のライブで変わってしまったので。

***

 数日前、とある病院に勤務していた友人の末弘くんが、職場を辞めたのちついに独立し開業しました。彼は医師ではなく病院内のリハビリ業務を担当していた専門職、理学療法士なのですが、実はその仕事で「独立する」という発想は法律上ありえない職業らしいのです。そこで世の中にない職業へと舵をおもいっきり切った、という。

 もうちょっと詳しくいえば、理学療法士が担う「リハビリ」を経たそのあとの、「暮らし」そのものを充実したものにする。そういう本質の部分にたずさわっていきたい、という方向へ。

0425_21.jpg

(チャレンジャーだな・・・)

 安定していると思われる雇用関係を進んで辞し、誰もたどったことがない道へ。奥さんを遠方から呼び寄せたその移住の若者は、

「どうやったら利用者さん増えますかねえ」

 とはつらつとした笑顔で話します。

 もうすでに少しずつ、利用されているようです。

0425_1.jpg

 彼の開業を祝う開所式があった日。来場者にふるまう食事を作っていた会場内の厨房では、友人の男女3人がせっせと作業していました。よく見れば、全員雇用関係から抜けた人でした。

「なんで独立しようと思ったの?」

 ヒマになった僕は作業の邪魔をしながら訊いてみました。

 一人は、

「ふるさとに帰りたくなったから」

 もう一人は、

「別に雇われるのもイヤじゃないんだけど」

 確固たる意志みたいなものは全然感じられませんでした。職場での関係も別に悪くなさそうだし、雇われることに拒否感もない。全員3、40代でまあまあな年齢。うーん、なんでかねえ。

 3人とも別の職業だけど、自分が作るものや作ることが「好き」というのが共通していました。では、その「好き」なもので雇われるとしたらどう思うかを聞いたら、

「うーん、どうかなあ」

 と一人は悩んで、最終的にこう結論していました。好きなものとは別の仕事で雇われるなら、全然いいかなと。

 さらに数日前、とあるバンドマンが名古屋から島に遊びに来てくれました。宮崎の別のバンドマンを連れて。

 

 彼らは仕事の休みを利用して来ました。というか2人とも前職を辞めた直後。

 彼らには、仕事のほかに大好きな「バンド」という営みがあります。仕事をするかたわら音源を作って出したり、ときにはアメリカツアーに行ったり。これは趣味というには本気すぎるもので、名古屋のHくんはそれを「激しい部活」と説明していました。

 さっきの「厨房3人組」の話を聞いていたときに、ふと思い出しました。

 彼女らはバンドマンではないけれども、その「好き」の感じは「激しい部活」たる、バンドのそれと同じなんじゃないかと思えてきたのです。

 生業だろうがそうでなかろうが好きは好き。ただ、やりたいんだから。

***

 ところで、今週末はこのミシマ社の三島邦弘さんたちと、ここから本を出したばかりの森田真生さん、その本をデザインした寄藤文平さんが島に来られます。

 前述の「独立開業」さんこと末弘くん。実は彼、周防大島で森田真生さんに出会ったことをきっかけに、独立を決意したんだそうです。

 ひゃっほーーー。

0425_3.jpg

中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。

YORIMICHI BAZAR

編集部からのお知らせ

寄り道バザール vol.11 が開催されます!

 今回は『数学の贈り物』を出版したばかりの森田真生さん、『数学の贈り物』をはじめ数々のミシマ社本の装丁をしてくださっている寄藤文平さん、そしてミシマが登壇するという、ミシマ社とご縁の深いイベントです。どうぞお越しください。

■日時2019年4月28日(日)
■場所:周防大島・八幡生涯学習のむら
 山口県周防大島町久賀1102-1


第1部 「偶然の宴」森田真生
第2部 「おお! すおうおおしま」寄藤文平×三島邦弘
「島の人たちがつくったガイドマップ」を一緒に作ります。寄藤文平さんがイメージのイラストを作ってくださいました!

0324_e.jpg
詳細・ご予約は寄り道バザールさんホームページからお願いします。


中村明珍さんが運営する「寄り道バザール」にてサポーターを募集中です!

詳しくはこちら

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • ミシマ社の話ミシマ社の話

    「ちいさいミシマ社」と買い切り55%がめざすもの

    三島 邦弘

    「これからの出版社とこれからの書店」を書いた3カ月前は、新レーベル名を「ミシマ社の本屋さん」と考えてました。が、一転、最終的に「ちいさいミシマ社」としました。その心は? と問われれば、「ちいさい」願望がむくむくと高まっていた。おそらく、そうなのだろうと自分では思っています。

  • 安田登×いとうせいこう×釈徹宗×ドミニク・チェン 論語はやっぱりすごかった(1)

    安田登×いとうせいこう×釈徹宗×ドミニク・チェン 論語はやっぱりすごかった(1)

    ミシマガ編集部

    5/25(土)(『すごい論語』の発刊日)に、著者の安田さんと、『すごい論語』に登場してくださった対談相手のいとうせいこうさん、釈徹宗さん、ドミニク・チェンさんの4人全員が一堂に会する、「すごい×すごい×すごい×論語」が、青山ブックセンター本店で開催されました。その模様を2日にわたり掲載します。本日は前半です。どうぞお楽しみください!

  • 第4弾『しあわせしりとり』PVをつくりました!

    第4弾『しあわせしりとり』PVをつくりました!

    ミシマガ編集部

    本日は『しあわせしりとり』第4弾! 先週土曜日の発刊以降、ご好評いただいていおります『しあわせしりとり』。今回ついに、PVをつくってしまいました・・・なんと、著者の益田ミリさん、装丁家の大島依提亜さん、そして書店員の方々にご出演いただきました! 

  • 胎児はめちゃくちゃおもしろい! ~増﨑英明先生と最相葉月さん、発刊後初対談(1)

    胎児はめちゃくちゃおもしろい! ~増﨑英明先生と最相葉月さん、発刊後初対談(1)

    ミシマガ編集部

    発売から1カ月半ほど経った『胎児のはなし』、「本当におもしろかった! 知らなかったことがたくさん!」という読者のみなさまの声をたくさんいただいています。そして新聞などメディアでの紹介が続き、おかげさまで3刷大増刷中です!

ページトップへ