ダンス・イン・ザ・ファームダンス・イン・ザ・ファーム

第15回

自信のありか 

2019.08.02更新

 弱い立場の人をみつけて、攻撃すること。それで自分を保とうとすること。
 陰湿ではなかったのが救いだけど、僕自身、学校にいたころ(むしろ大人になってからも)いじめられる側の人間だったので、ちょっとその辺を感じるとビクっとしてしまう。 

 何かに勝ちたい。勝ち側にいたい。多数派の側にいたい。時には威勢のいいことをいったり、「日本スゴイ」と鼓舞してみたり。
 そこには、本当のところ「自信がない」という、かよわい本音が見えてくるかのようです。そうやって自分の身をなんとか守ろうとしちゃう。それは僕自身にもあるものだとも思います。

 誰かが攻撃を受けると、次の暴力も生まれる。ときに相手にではなく自分自身へ向く場合も。
 これらのことは、僕にはあんまりおもしろくなく感じられます。逆に、なんとか別のエネルギーに展開できないでしょうか。もうちょっと普通に、おもしろく生きられる方向へ。

 今回、その「攻撃という名の防御」みたいな構造から、最近感じたことを書き進めてみたいと思います。

 攻撃しないでも人には自信が備わっているだろうということ(乳幼児をみて思う)。
 でも、自信のありかを「自分自身の中」や「人間の中」だけで探すのは人によっては大変なことで、本当はもっと広げた場所に、しかも身近にあるのでは、ということなんですが―――。

***

 自信のなさについては、僕もわかる気がします。なぜなら僕も自信がないままずっときてしまったから。かなり小さなことだけど、今でも忘れられない場面があります。

 最後にいたバンドはいろんな意味で僕にとって大きなバンドだったのですが、ケンカになるときがありました。割とひんぱんに

 その際の「僕だけ標準語でしゃべっている」というシチュエーション。僕以外のメンバー、スタッフは同じ出身地だったために方言でやりとりするんです。つまり彼らの出身地の言葉で。

 ケンカはバンドの中で自分の感情をさらけ出す大事なシーンです。
 あるとき、僕も耳でなじんだその方言を使って一緒になって口論に参加したことがありました。そうしたら

 「なんだそのしゃべりは?」

 といわれてしまった。お前の言葉じゃないだろう、と。
 だとすると僕はこのコミュニティのなかで、どんな言葉を使えば正解だったでしょうか。

 外国から来た人のことを思えば相当ちっぽけなことだと思うけど、このとき「自分は何者?」と身の置き所のなさを感じました。音楽の創作は自分を掘り下げることでもあったので、ことさら強く。

 逆にいえば、無意識に覚えてしまった方言を話せることだけで、どれだけ拠り所になるのかとも思いました。

 「自分の言葉があるっていいなあ」

 これは僕が子どものころ、地方に住む親戚に会うたびに感じていたことでもあります。

 現在も、大阪育ちの妻がコテコテの関西弁になる瞬間があり、そんなときはたいてい 「大阪時代の友だちからのメールが届いた直後」だったりします。メールの文だけを見て言葉が戻っちゃう。戻る場所がある。これが正直うらやましいです。

 方言のことは、「土地」と深く関わっていることだと思います。その「土地」で生活してきた先祖だったり見知らぬ人たちだったりが重ねてきた言葉が、知らず知らずに手渡されている状態です。(そう考えるとアフリカンアメリカンが生んだ音楽、ブルースやソウルなどの波及力はすごいです)

***

 もう一つ。
 「何かに勝ちたい」というとき、その相手が「自然」の場合も多い気がします。
 知らず知らずに自分たちよりも「自然」のほうが「弱い」と判定している。「自然」から離れた生活をすることによって。

 身近でいえば、毒性のある除草剤をまいたり。農薬を用いてミツバチがいなくなってしまったり、植物の遺伝子をコントロールしたり。
 十万年もの制御を必要とする原発、失敗があったのに続けたり、地震や火山があるのに新しく作ろうとしたり。普通に考えたら十万年も管理できるわけがないと想像できます(小学生でも)。自然ってもっとおそろしいものでは...。

 たしかに、土地とか自然とかいっても、もはや「現実味を感じない」ということがあると思います。集合住宅に住んでいた僕にとってもそうでした。

 ちょっと話がズレるけど、最近、小学生の娘がスマホの音楽アプリで「ドラム」をタップしたときにこんなことを思いました。
 バーチャルなのに、やけに生々しいドラムの音。指1本で「ドーーーン」と迫力ある音が出てくる。それに合ったイメージの絵。すごい時代になったなあと感慨もひとしお。
 と同時に、実際にドラムセットを叩くときに感じる「体の不自由さ」や「音の大きさ」「汗をかく感じ」、それらはタップして出た音のプロセスとは体験として全く別物だよなあと。娘には、その違いがわかる機会を作りたいとそのとき思いました。

 現実味がない、バーチャルな感じ。

 そこから「危険」について考えが及びました。
 僕たちが「危険」と思う内容自体がバグって変化していることについて、です。

 例えば、土を触ることは危険? 素手で握ったおにぎりは? 体罰は? 言葉の暴力は? 山の中で農作業していると、世の中の危険の切実度の順番がどうも変に感じてしまいます。

 最近、国会で国有林を民間に大きく開放する法案が通ったの記事をみたのですが、そのなかで「林業の成長産業化を掲げる」とありました。
 そして同時に「山林が水源として機能している」ことについての見立ては、記事からは読み取ることはできませんでした。このことを無視するのは、一歩間違えれば危険ではないのかな?
 周防大島では先日水道が断たれる問題があったばかりなので、「水」の有る無しで起こる危険は、とても身近です。

***

 本来なら、さっきの「言葉」「土地」のことと同じように「自然」も人の自信の根拠になるんだと思います。なぜなら、自分の体の中にも自然があるからです。

 僕の胃腸に微生物が住んでいる。試しに腸を取り出して、靴下みたいにひっくり返してみたら、それは植物の根っこと同じ状態ともいえそうです。腸にも根にも周りには微生物がいて、根にも腸にも同じように小さなひだひだがある。
 心臓も毎日勝手に動いている。爪も髪も毎日勝手に伸びている。雑草みたいに。

 自分の意志に関係なく、体は自然そのものでできているともいえます。そういう自分の体を毎日生きている。

 ともすれば、僕たちはときに「自信がない」のに、ついついその拠り所の一つとなる自然を自ら壊していく。もっといえば「自分そのもの」を壊していけるようになった。

 で、自信がないから、自分自身を簡単に保つための選択をしてしまう。弱いものを探して、勝とうとする。攻撃する。そういう悪循環に思えます。

 いろんな自信の持ちようがあると思います。僕にとっては音楽がそうだったし、誰かの宗教であり、学問だったり技術だったり、コミュニティだったり。
 なので「言葉」「土地」「自然」のことが全てではないと思うけど、目の前にある人間そのものでないもの、それらを手掛かりにしてもうちょっと「普通に」生きられるんじゃないかと思ったんです。

 手渡されてきたものを意識して、悪循環を断ち切って。むしろ逆回転させるみたいなイメージで。

***

 いま山口県に住んでいるので、歴史のポイントが身近です。それも古代から。
 そのひとつ、明治維新の前後で、言葉や世界観がガラッと変わりました。例えば礼拝からきている「日曜日」ができたり、欧米の言葉を日本語に翻訳して使うようになったり。で、第二次世界大戦で負けて、天皇陛下が「人間に」なって敵が味方になって。2回も世界が派手に変わってきた。なので僕たちは自信を持つのが大変だとも思います。

 だからこそ、農地をはじめ、次の世代に何かを手渡していくことや、原発に頼らないことだったりは、ただの商売じゃないスケールの話だと思うんですよね。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。

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