ダンス・イン・ザ・ファームダンス・イン・ザ・ファーム

第16回

2019.10.11更新

 今年4月11日に、ある声明文がネット上にアップされました。ロックバンドGEZANのボーカル、マヒトゥ・ザ・ピーポーさんによるもの。彼らは自らの手でインディペンデント音楽レーベル・十三月を運営しているのですが、それと同時に毎年「全感覚祭」というフェスを作り上げています。それにまつわる、ある挑戦的な内容の声明のことです。
 一見、周防大島の暮らしと関係ないように思えるのですが、このあと偶然か必然か、同期してくるのです。
 
 この声明文の内容は読めばよくわかるのですが(こちら)、要約するとこういう内容。これまで毎年開催してきたこの音楽フェスは「入場料=フリー(投げ銭)」という形でやってきたが、今年はそれを食事にも広げて行う、つまり「フードもフリー(投げ銭)」という場をつくるということ。
 この宣言に動揺しました。音楽と農業に関係している僕に向かって投げかけられているように思えてしょうがなかった。「これに応えられるか!?」と。同時に、この場にいてみたいとも強く思いました。

 実は、僕の農業といっても年々変化していて、役に立つ作物を充分な量、提供できるかも怪しい。今年は雨が少なすぎて米作りを諦めました。
 「全感覚祭用になんか植えるか~」
 と想像するもちょっとずつ日が過ぎ始め...。

 そうしたある日、周防大島内でお米を育てている農家の村上善紀さんのところに行きました。配達用の米の引き取りです。毎度そのついでにお互いの近況や最近思ったことを議論したりするんですが、結構それが楽しみ。40分車を走らせて着いた米の倉庫で、この日は村上氏、オモムロにスマホを取り出し画面を見せてくれました。そしてこう一言。

 「全感覚祭、メールしたら返事が来たよ」

 し、知らんかった!んで早っ。話を訊いてみると、どうもその声明文を僕がFacebookでシェアしたのが流れてきて読んだらピンときて、すぐメールしたらしいです。ちなみに彼とは音楽の話はしたことがない。つまり、音楽とは関係なく「食」に関するメッセージに共鳴したようで、それが僕にとってもピンときました。音楽フェスなのに音楽と関係ない、なんかこれまでと違う流れが起きているかも。
 村上さんは、この時点ですでに提供を決めていて、あとはどれぐらいの量が必要かを訊いている段階でした。早いなあ~。

 時を待たずに、今度は別サイドから応答がありました。
 
 「今度岡山でライブがあるので、その足で周防大島に行きたいと思うんですが」

 友人伝いに掛かってきた電話の丁寧な口調の主はカルロス尾崎さん。主催のひとり、GEZANのベーシストです。「岡山のついでで周防大島に寄る」というのは距離的には全然ついででもないので、「いかにもバンドマンらしいな~」と笑ってしまったけど、それだけ真剣さも伝わってきました。お米を提供してくれる人と土地を、実際に見に来たいといいます。
 やがて本当に島にきて、滞在する中であったこんな一言。
 「やっぱり、来て会わなあかんって思ったんです」
 明石生まれのカルロスさんは人懐っこい関西弁でこういいます。彼はこの後、山形をはじめと各地の提供者だったり、協力を申し出た方のところに足を運ぶということを淡々と続けていきました。彼はベーシストで、かつ、バンドのマネージャーをしています。

 そういえば以前、独立研究者の森田真生さんのライブを周防大島で開きたいと思ってお声がけをしたときに、当時まだ僕は客でしかなかった時期に、森田さんから初めにこういうメッセージをもらったのを思い出しました。

「会をやる前に、周防大島と呼吸が合うかどうか実際に来て、見てみたいです」

 その後、主催の十三月のメンバーでTHE GUAYSのギターボーカルのキャプテンさんも、出演バンドのひとつKillerpassのはやしっくさんとともに島にやってきてくれました。関係ないけどバンドマン、みんな名前がヘン。僕もですが。
キャプテンさんは、今回のフェスにおける行政との渉外を担当しているとのこと。

 これらの流れを感じて、僕は逆に島内のある人に声がけをしてみました。その人とは、昨年の島の断水時にお世話になった村上雅昭さん。こちらの村上さんは地元の日本料理店のシェフであり、つい先日、防大島の塩づくりを40数年ぶりに復活させたばかり。2年かけて準備してやっとできた塩「龍神乃鹽」のことで思うところがあり、会ったときにこのフードフリーのことを話してみました。すると、
 
 「世の為、人の為になるんだったらいいよ。協力する」

 ということ。作れる量が限られているから申し訳ないけど2、3キロでいい? と言われ、できたばかりの貴重な塩なだけに、そんなに! と声をかけた僕自身が驚きました。

 このあと僕が東京に出向いた折、村上さんとタイミングを合わせて落ち合うことに。声明文を書いたマヒトさんと会うためです。
 その時のことをマヒトさんがコラムに書いてくれたのでよかったら読んでみてほしいのですが(こちら)、まあなんというか、この挑戦がなかったらもしかしたら会っていなかった2人だろう、と思いじーんとしてきます。
 「音楽は理解できないが気に入った」「惚れた」という言葉とともに、提供2キロのはずが10キロに増えていました。
 
 この一連の動きをなんといったらいいでしょうか。
 実はここまでお金の話は一切出ていない。もちろん、主催、生産者、どの方向からも苦笑い込みで「収支はまずい」「経営はきつい」とあったけど、それらを超えて実際に行動させる何かが、確かにそこにありました。

 9月下旬、その本番の1日、全感覚祭の大阪編に参加してきました。10月12日に行われる東京会場の日と2回に分けて行われるのです。
 僕はこのお祭りに参加すること自体が初めてだったのですが、1.8トンの米と10キロの塩と梅ジュースを3トントラックに汗をかきながら積んで、米の村上さんと真夜中に出発。ゆらりゆらり7時間くらいかけて高速を東に、朝焼けを爆走。

朝焼け.jpg
 「これでおれの夏が終わる」としみじみ語っていた村上さん。なぜこんなにも提供することにしたのかをあらためて訊くと、

 「これが最後のチャンスだと思ったから」
 「これを逃したらもう次はないと思った」
 「米がまずクリアできれば、十三月もほかの食材に力が注げると思った」

 ということで、全会場分を賄うくらいの量を届ける覚悟をしていたといっていました。

 準備中の会場に到着し、その最初から終わるまでを見て思うことは、事前の想像を超えていました。

全感覚祭準備.jpg

***

 そもそも一般的なお祭りは総じて、当日だけでなくて準備から何から、ずっと前にすでに始まっているもの。僕は周防大島で「島のむらマルシェ」の立ち上げに関わって試行錯誤が続いたので、「それまで何もなかったところに、人が集まる」とはどういうことかをすごく考えさせられてきました。そして伝統のお祭り、例えば仏教の法要とか、地域の神社のお祭りも日々島では身近にあり、それらに共通している点と相違点とが、リアルに迫ってきました。

① 神社仏閣のお祭り 
② 農産物のお祭り(市/マーケット/マルシェ)
③ 音楽フェス
 
 ちょっと乱暴な整理になってしまうのですが、自分の体験をもとに考えてみたいと思います。
 この中で、農産物のお祭りについては2方向あって、頻度が少ないタイプ(年1など)と、ある周期で行われるタイプ(月1、週1など)があります。言葉のあやだとは思いますが、世にいう「スーパーマーケット」は超・市というだけあって毎日やってるぞ、というマーケット。ということにしていますね。
 周防大島では、年1回と、月2回という2タイプのマルシェを順番に立ち上げて、現在両方とも開催中。どうしてだか、人の流れに違いが出ることを感じました。

 今考えると、理由はたぶん「何を楽しみにしているか」ということにありそうです。いわゆる「ハレ」と「ケ」にも関係すると思うのですが、食のマーケットの場合は開催周期がレアになればなるほどに、食品を買いに行く目的よりも「遊びにいく」ということだけで目的になる。逆に頻度が増えるほどに、食糧を買いに行くという目的が濃くなっていくので、そのために必要な出店者や食材の内容が浮かび上がってくる。

 さて、では神社仏閣の場合はどうでしょうか。仏教行事は「記念日」というパターンが案外多い気がします。祖師の誕生日や入滅された日、各仏尊の縁日など。神社の場合は、それと同様かもしくは「作物の周期」にも由来しているようも思います。特に「田植え」「収穫」といった稲の栽培暦に準じている。

 ちなみに民俗学者・宮本常一によれば、周防大島には江戸時代から「②農産物の市」を立てる商人集団がおり、彼らは「①神社仏閣」のお祭りの門前で市を開き巡回していくという慣習が続いていたそう。その商人集団は力を持つようになっていて、時には①の行事の日程を動かしたり、お寺を建て直させたりということまでできたとか。それだけ人を集める力があったんですね。
 集まる人もまた、宗教儀礼にも、何か買って帰る市の楽しみにも、どちらにも目的があったんだと思います。

 この「①神社仏閣のお祭り」に関して思った特徴。それは「変わらないこと」ではないでしょうか。今年もこうやってお祭りに参加できた、楽しかった、ありがたい。また来年も同じように。健康で。そういう気持ちになれることが喜びで、「新しい」ことは特に必要ではありません。

 どうしてそう思ったかというと、逆に現代の音楽フェスはそうではないからです。芸術一般にも言えると思うのですが、「なんて表現だ」という新しい驚きがそこにあって、それを楽しみにして足を運ぶところがある。出演しているアーティストのパフォーマンスごとでも試されるし、主催はそのフェスごとの出演者の組み合わせなどで表現する。今回話題にしている全感覚祭は、場の成立のさせ方そのものが既に新しい。音楽フェスはそういう性質のお祭りなんだなと思ったのです。

 これらの相違点とともに、いずれにも共通していることがあります。それは「準備」と「後始末」です。準備に向かうとき、多くのことを想定しなければなりません。足を運ぶ導線はどうか、周りに草木が茂ってないか。会場周りをきれいにする。雨が降ったら。荒天になったらどうするか。けが人が出たら。食事、トイレ、水、電気はどうか。
 準備するときに、とにかく自ずとリスクも想定して、全方向で整えていくことになります。島のむらマルシェでも、全感覚祭の会場でも、近所の神社のお祭りでも、基本同じことが起こります。
 
 後始末についても、次にどう気持ちよくつなげられるかがカギになります。キレイに片付けをし、ゴミを処理し、万が一対応すべきトラブルがあったら、それに取り組む。打ち上げがあり、直会、お斎があったりして、次回につなげていく。

 ここまででお金の収支の話は出てきません。これらのことをうまくいかせるために、ようやくお金の計算が入ってくる。順番は、収支をうまくいかすために計画を立てる、というのではありません。

 今回の全感覚祭。まさに大阪会場が終わった直後に実は大きなトラブルに見舞われました(食中毒:「主催とは関係なかった」と行政から公式発表済み)。詳しいことはまたどこかで触れたいと思いますが、「主催」「参加者」双方から見事な対応が出ていて、それは今日珍しく思える光景でした。かなり考えさせられました。
 まさにその頃、関東の千葉では台風の被害と政府の対応についてのナゾが繰り広げられており、周防大島での断水の対応ととても似ていると感じていたところだったのです。

 音楽の現場と政治はくっついていていいと思うのですが、音楽にあまり意味を持たせたくない気持ちもある。音楽だから、イデオロギーでない良さをそのままにしておきたい気持ち。けれども、ここに紛れもない現象があった。例えばなぜ、政府のようなものにできなくて、この現場にはできてしまっていることがあるのか。想定できるだけのリスクを考えて、何か起こったら誠心誠意、全力で対処する。ちゃんと言葉にして伝える。当り前に起こっているこの日のコミュニケーションと、そうでない場所の間に隔たりが、めちゃめちゃある。

 ひとつ、「お金」の場所が違うんじゃないかと思えました。
どの現場でもお金は介在するわけだけど、最初にそれが来るわけではない。順番として、その現場を成り立たせるために必要なものを考えていくうちに、どうしても出てくるのがお金。そういう優先順位になっているのだと。

 ひるがえって、現代の社会はどうでしょう? 先に、お金の計算上うまくいくかどうかが最初に判断されることばかりではないでしょうか。僕が経験したことは、新規就農しようとしたら「収支」や「事業計画」の査定、文化、教育のイベントを行おうとしたら「収支」や「事業計画」の査定。実際しっくりこなくて、どちらも結局使いませんでした。
 それの大きいサイズ版が、いわゆる経済政策とかそういうことになるのでしょうか。

 今回の全感覚祭の現場では、世間一般のお金の流れが「投げ銭」で一回解体されていて、参加者にゆだねられている。実際、お金を持たずに手ぶらでいっても全然問題ない場所でした。ゲートもない。ご飯は勝手にふるまわれる。かといって「○○をすべき」「○○が正しい」といった言葉による啓蒙もない。これは驚くべき光景でした。

 そこに「なぜだかお金を払いたくなる」工夫があちこちにまぶされていました。しかもそれは祭りが始まる前からスタートしていて、当日の現地のそこかしこでもありました(だから僕はすっかり気持ちよくお金を使ってしまった)。

 会場の中は、最初から最後まであたたかい雰囲気に包まれていました。トラブルがあっても、それぞれが自らの意志で表現し、収束していった。新しさと、どこかほんのり伝統的な風景が混ざっていた。

 これらのことは、今もって言葉にしにくい体験だけど、間違いなくビンビンに感じてみていいと思ったんです。
数日後、うまくいけばもう一回体験できます。いってみれば、敬意のやりとりの場。まだまだ記していいことがきっとあります。

***

 というところまでを書いて送ったところ、一転、台風による全感覚祭の東京編・中止の報せが10月10日に入ってきました。

 前代未聞の台風。積み重ねてきた血の通った思いや準備。

 判断の重みを感じずにはおれません。

 でもこれからも続いていくんだと思います。こんなにも生きている場だから。

全感覚祭夜.jpg

中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。

YORIMICHI BAZAR

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