一泊なのにこの荷物!

第5回

自転車

2020.08.01更新

 息子の自転車を買いました。

 わが家の息子(小2)はこれまで姉のお下がり、ルイガノJ16に乗っていました。私は168センチ、夫も175センチとまあまあ背が高い方なのですが、なぜか子どもは小柄。だから結構長いことこの16インチで大丈夫だったのですが、自粛生活の間にきゅきゅきゅと急に背が伸び、気づけばサーカス団の熊が自転車を漕いでいる風に。あれ? 大きくなってきたんだねえ〜なんて思っていた矢先、バランス崩して派手にすっ転んだのであります。それで大きい自転車に買い換えることになりました。

 自転車。私がコマなし(補助輪なし)に乗れたのはかなり遅く、7歳か8歳くらいだった記憶があります。逆上がりも上り棒も二重跳びもドンくさくてできなかった私は、当然のように自転車もコツがなかなか掴めず、とにかくハンドルがガクガクぶるぶる、ぶれにぶれ、もう永遠にコマありで良いのになあと思いながら練習していた気がします。

 今はバランス感覚の養えるペダルなしの幼児車、ストライダーというのがあって、娘も息子もこれにずいぶん助けられました。しかも、賀茂川の草地、緩やかな起伏は子どもの自転車の練習には最適でしたね。小さな丘の上から出発すればバランスをとるだけで漕がずとも前進するし(親がつきっきりで支えなくても良いのでほんとに楽)、転んでも下草がふかふかで痛くないし。オレもここでストライダー乗りたかったよ・・・。

 さて、姉を持つ男子には良くある話ですが、実はルイガノ号はものすごく濃いピンク色でした。

 彼は幼稚園のころ、スニーカーもピンクだった。3歳年少「はなぐみさん」のときはセーフ。だって体操帽もピンクだったからね。しかし4歳年中「つきぐみさん」で黄色の体操帽にチェンジ、しばらくたったある日、彼はぶぜんとした態度で園バスを降りてきた。「このくつ、ヘンてともだちがいった」。

 それからは、彼は青だの銀だの、ウルトラマンや仮面ライダーのような配色のスニーカーを自らチョイスするようになったわけです。でもさすがに自転車はほいほいと買ってはやれません。だから、ルイガノ号を息子に渡すとき、私と娘はピンクのピの字も出さず「紫の自転車」と言いきった。それから三年「紫」と言い続けてきたのです。

 ところが夫にはこの口裏合わせがいまいち浸透していないせいか(4年も単身赴任だったのでしょうがないのですが)ちょいちょい「ピンクの自転車」と言うもんで、娘はその度に頼むぜおい、といった風に眉をしかめて私を見るのでありました。ちょっとだけ弟思いの、そしてそれ以上に面倒なことは避けたいタイプの娘。わかるわかる、君は私にそっくりだよ・・・。息子はそのつど「ちがうよ、紫だよ」と父に訂正を入れています。

 でも、とうとうその、どピンク自転車を卒業するときがやってきたのです。

 自分の自転車は、自分で選ぶ。それは、四十年近く前、私自身も経験したことです。のんびりとして決断力のない私は日常生活の大抵のことを、うちのオカンが「これにしとき」と決めてくれたものに「うん」と安心して従っている素直というか適当な子どもでした。

 ところが小3で自転車を買ってもらえることになったとき「まなみの好きなのを選びなさい」と言われたのです。ええっ! て、そりゃもう急にどきどきしましたねえ・・・。私が選んだのはひまわり色の黄色い自転車でした。前カゴが籐のバスケットみたいなデザインの、とびきり可愛い子。悩みに悩んだけど、ちゃんと自分で決められたというのが嬉しかったね。この相棒とは市民プールに図書館、公園などなど、水筒とおにぎり、おやつも持って、いっぱいいろんなところに行ったなあ。ちりりりんと、ベルの音まで覚えているよ。

 その後一番自転車に乗っていたのは高校時代です。自転車通学で隣町まで片道12キロほどを毎日往復していました。近所の友だちの「つるこ」と私「かめこ」とふたりで(何でそう呼び合っていたんだっけ???)。頑張ったな。向かい風の日はキツかったなあ。新入生の頃は片道1時間かかっていましたが、1年もかからないうちに脚力がついて40分の記録をたたき出すように。3年間で、当然ふくらはぎはシシャモ化。前ももも、ぱつんぱつんになって、あれは実に良いトレーニングでした。

 高校は長い長い坂の上にあり、いくつかの角を曲がりながらの道のりなのですが、絶対途中でバテ、自転車を押して上がることになるのです。ただ同学年に数人立ち漕ぎで学校まで行ける者もおり、陰で「猛者」と呼ばれていました。

 帰りは学生たちみんながレーサーのようにぶっ飛ばすので、最初の突き当たりの植え込みに、ごそっと穴が空いていましたね。時々カーブを曲がりきれなかった学生がそこにはまっていたのです。この植え込みで何人命拾いしたことでしょう。

 クイーンの「Bicycle Race」、これが高校三年間の私のテーマ曲でした。いつも頭の中で鳴っていた。先日夫がこの「Bicycle Race」のMVを息子に見せていたので私も横から覗いてみたら、まさかの衝撃映像。全裸自転車レースだったんですね! かなり小学生受けする内容で、息子はというと、案の定、大喜びで見ていました。

 息子の自転車の話でした。

 目指すは22インチ。ネットでチェックすると、主流はマウンテンバイクっぽいフレームの変速つき。確かに息子の通うサッカー教室のお兄ちゃんたちはこういうのに乗っています。息子は目をランランとさせて次々見比べ、青白のフレームのを指しました。やっぱり「仮面ライダー」「ウルトラマン」的なメタル系に惹かれるんだなあ。「じゃあコレ! コレにしよ!」と、さあポチっと押せ、と圧をかけてきます。

 いやいやいや、と私たち。

 自転車屋さんで本物見た方がいいよ。乗ってみないとちょうど良いか分からないんだよと諭すと、「じゃ今行こ」「今買おう」「今日」「すぐ」「ヨドバシにあるよ」「さあ」としつこい。

 「良いのがあったら今日買ってね」と鼻息荒い息子をなだめつつ、雨の夕方ならお店も混んでいないのではと言うことになり、近所の自転車屋さんに行ってみました。

 1軒目。ぴかぴか新品の大量の自転車がずらり。幼児から大人まで。買い物カゴ付きからロードレーサーまで。それらを見た息子が・・・あれれ、急にもの静かになりました。「座ってみますか?」とお店のお兄さんに言われ、いくつか出してもらっておずおず跨がってはみるものの、何だか影が薄く、言葉少なになり、「・・・何色でもいい」「・・・お母さんが決めれば」と減速モード。あれあれあれれ? たくさんありすぎて回路がショートしたのかな?

 隣で夫が「ぼく、気持ちわかる」と小声で呟いた。「買い物の直前、突然気が弱くなるねん、何か恥ずかしくなる」。え、なんで? 謎の繊細さんたちです。サワダ家男子特有の気持ちなのかな。

 取り寄せは2週間ほどですねと店員さん、では検討しますとお礼を言って店を出ました。息子はなんだか背中が丸い。大丈夫か?

 2軒目。ネットで目星をつけた青白の自転車を発見。慣れたのかちょっとだけ持ち直した息子、さっそく跨がって「これちょうど良いなあ」「これだな」と聞こえるようなひとり言。まあ慌てずに。もう一軒、行こ。

 3軒目。京都はさすが、自転車屋さんがめちゃたくさんあります。ここは数はそれほどなかったのですが、9800円の自転車を発見。安い! それに黒地に赤、白のアクセントがかっこいいのです。店員のお兄さんが「雨上がったから試乗していいですよ」と勧めてくれ、初めてちょっと漕いでみることになりました。緊張でカチカチになった息子ですが、初めふなふなしていたものの、次第にぐいぐいと力強く。もう一周、いい? もう一周! と分かりやすく調子が出てきた。美品なのですが、尋ねると中古車なのでこの値段だとか。お値打ちで、ありがたい(と、ひそかに私)

 その晩。息子は手羽先唐揚げにかじりつきながら「よし、決めた!」。

 一夜明けた翌日。私たちは鴨川デルタまで初めてのサイクリングに出かけ、記念に写真を撮りました。誇らしげで、ちょっとはにかんだ息子と写ったのは、3軒目で出会った黒の中古自転車です。サドルはぎりぎり低くして。

 初めての相棒と過ごす夏休み。いっぱい乗って、仲良くなって欲しいなと思っています。サドルもじきに高くなることでしょう。

澤田康彦さんによる
「自転車」はこちら

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

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