一泊なのにこの荷物!

第11回

2021.02.01更新

 車が好きです。ただ座っているよりも運転するのが断然楽しい。ハンドル握って、前向いて、アクセルペダルをぐっと踏む。ヴォン、ヴォン、ブィーン!(イメージ)。

 実際の音は、しゅー、ぐるぐるぐるー。

 どれだけ踏み込んでもボンネットの方から聞こえてくるのは猫の寝息のような、静かで穏やかな響き。あのですね、今のうちの車、温和でとってもいい子なんです。燃費は抜群、ちびやおばあちゃんにも乗り降りしやすい低床仕様、しかも、しかもとっても広い8人乗り! 大荷物で大移動、この連載タイトル「一泊なのにこの荷物!」を体現できる車です。まあ京都の街なかは道が狭くて少々運転が大変ではありますが。

 自転車は相棒、という話は以前こちらにも書きましたが、車は私にとって家族の一員です。頼もしい番犬のように家の前で待っていてくれて、「行くよ!」って言うと「ばうっ」って答えてくれる。海でも山でもついてきてくれる心強い存在。雨でも風でもへっちゃらで、すごいよなあ。『ぼくのくるま』というごうだつねおさんの絵本をご存じでしょうか。この主人公の男の子の心情が私とぴったり同じで、何度読んでも「そうだよねえ」「わかるわかる」と頷いてしまいます。こんな車があったらなあといろんな夢が語られるのですが、一緒に遊んだり、動物を助けたり、おやつにパンをあげたりする仲なのだ。

 今、私が乗っている車は、同じく車好きのおかんと一緒に試乗しに行って、どちらからともなく「寝れそうやな」「住めそうやな」「どこまででも行けるな」という意見が出て決まりました。ロングドライブが多い私たち一家にとってこれらは最上級の賛辞であります。そしてコンちゃん(車のことです。紺色だからコンちゃん)がわが家にやって来た。

 人生を遡り、10代最後の秋のこと。教習所に通っていた短大時代、仮免許中の私はよく万博公園の外周道路で運転の練習をしていました。母が車に《仮免許 練習中》とデカデカ書いた段ボールをガムテープでべったり貼り付けて「よし、行こ」って誘ってくれたのです。運転はすればするほどうまくなる、が彼女の教え。おかげで試験は一発OK、無事免許が取れると即実践篇に移りました。山形の祖父も運転が好きだったので、帰省するとよく隣で監督役をしてくれたっけ。じいちゃんの教えは「とにかく車間距離をとれ」です。ブランクを作らず練習させてもらったおかげで、感覚も鈍ることなく焦らず落ち着いて運転ができるようになり、度胸がついた。ありがたいことです。

 初めて自分で買った車は、意外に思われるかも知れませんが2シーターのオープンカー、ポルシェのボクスターSでした。愛称は「もっちー」。白くてつき立てのおもちみたいなまあるいフォルムで、本当にかわいかったのです。正直自分にとってはかなり思い切った買いものでしたし、周りのみんなに「え! ほんじょがポルシェ? 大丈夫?」「おもち? おでんくんだから?」「車だけが芸能人ぽい!」と驚かれましたが、駐車場に停まっているのを見るだけでもニコニコ笑えてくる、大好きな車でした。どこへ行くにも一緒で、仕事場へ行くときはもちろん、山形や大阪に帰省するときも、あっちこっちにドライブも良く行きました。実のところ、仕事上の悩みを抱えてくよくよしていた時期でもあったのですが、もっちーのお陰で良い景色がいっぱい見られたし、明るい気持ちになれたし、幸せな時間を過ごせた。あの時思い切って買って良かったと今でも思います。一番好きだったのは冬に幌を開けてオープンにすることで、頭寒足熱というような、まるで露天風呂に入っているみたいな気持ちよさでした。まぬけな説明ですが、本当に服着ているのが不思議なくらいに露天風呂っぽかったんだって。

 その後結婚、娘を授かったのを機に、チャイルドシートを載せると夫が乗れないため、泣く泣く手放したのですが、一瞬(夫はサイドカーみたいなのに乗ってもらって、それを牽引するのはどうだろうか)とは思いましたね。もちろん口には出しませんでしたが。

 もっちーはまだ若くて元気も良かったのと、運良く知り合いが引き取ってくれることになり心の痛みは少なかったのですが、長く人生を共にした車はその後のことを思ってしまい、切ない別れとなります。

 コンちゃんの前に乗っていた車とは10年近く一緒にいました。メルセデスE350ブルーテックというステーションワゴンで、走行距離は最終的に14万㎞くらいだったかなあ。買った当時は東京に住んでいて、納車されてまもなく東日本の震災が起きたのですが、ディーゼル車だったため都内でも燃料補給に苦労することがほとんどありませんでした。音はガラガラガラと結構うるさくて、トラックが近づいて来たみたい! ってよく言われました。みんなが振り返る、歩行者によく気づいてもらえる車でしたよ。

 目指せ20万㎞、って思ってもっと乗るつもりでいたのですが、だんだんしょぼしょぼして調子悪いときが増えてきて、よくハンドルさすって「がんばれえ」って応援していました。いよいよ買い換えかと覚悟を決めてからも、なんだか気が引けるので新しい車についての話は最後まで聞かせないようにもしていました。お別れの日に洗車するときは涙が出たよ。

 親しいスタイリストYさんも新しい車の納車日に、手放す方の車のエンジンがかからなくなったんだ、と悲しそうに話してくれたことがあります。メカだと分かっているけど、もしかすると生命体なのかもと考えてしまうのは、私だけではないみたい。

 そういうわけで、私は車が生き生きと活躍するアニメも好きです。古くは『チキチキマシン猛レース』だし、大人になってからはピクサーの映画『カーズ』にはまった。特に『2』で出てくるメインキャラクター「フィン・マックミサイル」のファンです。車なのに髭が生えているんだよ、ダンディだねえ〜。フィンが登場する冒頭のシーンが「007」みたいで格好良いんです。観てない方には是非おすすめしたい。何度見てもわくわくするよ。

 一時、ドライブの最中に家族全員でよく「カーズに出てくる車の名前を順番に言っていくゲーム」で盛り上がったものでした。しりとりなどと一緒でいつでもどこでも楽しめる遊びシリーズ(他には歴代ウルトラマンや、怪獣を言っていくゲームもあります。星人だけとか、かなり難しいんだよね)。『カーズ』は全3作あるため、登場人物が(車ですが)すごい台数なのです。子ども向けのカーズの図鑑みたいなのが出ていて、それで勉強しました。一家4人ともはまったのでこのゲームは結構続くし面白いんですよ。見すぎるくらいに見ている息子は映画のいくつかのシーンのセリフも丸暗記していて頼めばいつでも再現してくれます。時々、年の近い彼のイトコとセリフの掛け合いしていることもあって笑える。

 ちなみに夫はというと単身赴任中、東京のアパートにトミカのミニカーシリーズをちょこちょこ買い集めて愉しんでいました。それがあるとき『3』のヒロイン、「クルーズ・ラミレス」のボンネットに、日本版の吹き替えを務めた松岡茉優さんからサインをいただいたことを自慢してきてびっくり。で、よくよく見てみるとうちの息子宛にサインをもらう、という嫌らしい手を使っていた。ちゃっかり者というかなんというか、まったく姑息なことをするなあ! 京都に持ち帰ってからも息子にはちらっと見せただけで、あとは触らせないよう高いところに飾っているのです。私はメーターの声、山口智充さんと仕事でご一緒させていただいたときでも「サインを下さい」って言うとか、思いつきもしなかったよ。ぼーぜんとするわ。

 コロナが落ち着いたら・・・という話題をわが家では毎日のようにしています。やりたいこと、いっぱいあるねえ。あっちこっちドライブしたいねえ。美味しいもの食べに、温泉入りに、行きたいねえ! 山形の田舎にも、秋田のお友だちが誘ってくれているじゅんさいのたくさん生えている沼も、見に行きたいなあ。フェリーで一気に北海道、ってのも楽しいだろうな。なんたって8人乗り。休憩だってゆっくりできるよ。本も浮き輪もフリスビーもテニスのラケットも釣りざおもキャンプ道具もどんどん積み込んで、欲張り大荷物で旅をしたいものだねえ。

 行きたいねえ。ドライブ。

 早く、のんびり旅に出られる日々が戻ってきますように。

澤田康彦さんによる
「車」はこちら

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

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