一泊なのにこの荷物!

第14回

ちょっといい感じ

2021.05.01更新

 予想外に長引くコロナ。大人も子どももがまんの日々が続きますが、それでも私の生まれた5月は巡ってくる。青葉が目にしみ、ツバメが飛び交い、賀茂川には生まれたばかりの小魚の群れがキラキラと銀色の背中を輝かせています。うちの家の前にはカエデの木が二本あって、その木洩れ日が美しく、そよ風がさわさわって揺らしてちょっといい感じ。そうだ、今回は暮らしのなかでその「ちょっといい感じ」って、私はどういうときに感じるのか、考察してみよう。そう思ったのです。

 まずは家をきょろきょろしてみる。性格的にのんびり鷹揚なところがあって、物事のこだわりはさほどないと思われる暮らしぶりです。そのせいかどうかわかりませんが、家の中は混沌としがち。ゆるーい生活、"映え"の要素ゼロ。といったことは「すっきりしない」の巻でも書きました。

 時々何かの番組に出演するタイミングで「本棚を公開していただけますか」「家のなかのお気に入りの場所を写真に撮ってもらえますか」なんていう依頼がディレクターさんから来るのですが、芸能人はみんなおしゃれに暮らしているという前提でのオーダー。それってどうなんでしょうか? その度にあたふたとできる限りの「いい感じ」を装わなくてはいけないのであります。まあまあの体裁を整えねば。それは簡単に言うとブルドーザーのようにわちゃわちゃと堆積しているものを除けて、そこだけをカメラで切り取るという作業なのですが、山が二メートルほど動くだけで現実の全体像はむろん何も変わらず。しくしく。

 台所ひとつ取っても、ふきんを乾かすのに使う洗濯ばさみが常に収納棚にぶら下がっているし、シンクの奥の窓際には何本もの水筒が林立しているし、冷蔵庫のドアポケットには納豆のからしが溜まっているし、タッパーはなぜか蓋ばっかり余っているし。足踏み式の瓶缶ゴミ箱の上にはプラゴミ箱を載っけているので、足で踏んでもフタが開かない。瓶を捨てようと思う度にプラゴミ箱を持ち上げなきゃいけなかったり。自分で配備しておきながらですが、今書いてて思いました。なんでしょうね、この置き方は。ゴミ箱を重ねて置くって意味わからん! 「こだわり全然なし」と言っていいんちゃうかな、と娘が横から口を出してきました。・・・だよね。

 まあまあしかし、そんななかでも、私にも「ちょっといい感じ」と思えるものが家にないわけではない。

 例えば、朝の目覚めのときでしょう。私は布団派。和室に寝ているのですが。障子越しのやわらかい陽の光を、毎朝「いいなあ」と思います。晴れていると鳥のさえずり、雨だったら雨音が微かに聞こえてきて。障子を開けると縁側挟んでガラス戸、軒下にはすだれ。すぐ隣に家が建っているのにもかかわらず、すだれがうまく境界をぼやかして、寝起きのぼさぼさヘアーのまま朝日を見ることができるのです。単なる日よけ以上の効果を生んでいますね。暮らしの知恵。昔の人が思いついたであろうこの周りへの配慮の仕方は勉強になります。

 2階のトイレはすりガラスの大きめの窓があり、明るくて気持ちがいい。本を置けるスペースがあるのでぎっしり並べてしまうのですが、日中昼間、家族が出払っているときなどは特にミニ図書室みたいな感じでくつろぎたくなります。

 それから階段室の大黒柱はなかなかに立派。傷も補修後もかっこよくって、いい感じです。

 玄関前のポーチも素敵ですね。飛び石の敷石、脇にツワブキとかトクサがあってほんの数メートルのアプローチなのですが趣があります。子どもたちの入学式や、浴衣着てお祭りに行く日などは、写真を撮る場所にもなっている。

 家には恵まれているなあと思います。東京で暮らしていたときも大きなイチョウの木に面した家とか、夏みかんが大量に成る家など、いろんないい感じの住処に出合いました。夏みかんの木の下には木製の椅子とテーブルを置いて、ちょうど五月のこのくらいの時季からはよく外でごはんを食べていたっけ。何でもない朝食、一杯のコーヒーが、不思議と素敵なものに感じられる。緑に囲まれてのごはんはおいしいし、気持ちがいいんですよね。

 ついでに言うと私の理想はツリーハウスを持つこと。地面近くにはハンモックが下がっている。日ざしを軽くよけながらハンモックに入って本を読んだり昼寝をするというものです。夜はツリーハウスの窓から月明かりがさしこんで。こちらはちょっとどころではなく大変にいい感じですが、いつか叶うときがくるでしょうか。

 現実世界で挙げるとすると、ここ数年通っている中国茶教室でのひとときです。お茶を淹れるときに蓋つきの碗を急須として使うことがありますが、白磁の碗のなかでお湯に浸され茶葉が豊かに広がる様子にいつも惚れ惚れしてしまう。中国茶・台湾茶は葉を細かく切断する工程がなく、ちっちゃな芽と二枚の葉っぱがひとまとまりになって製茶されているので、茶葉が湯浴みして、ああこりゃこりゃと元の姿に戻るのを愛でる楽しみがあるんですよね。

 野生の茶の木から取ったもの、ウンカという虫に食べられた葉ばかりを集めて作ったもの、何十年も熟成させたことで葉の形がなくなり見た目が土みたいになっているものなど個性派が多い。本式のジャスミン茶は、収穫した茶葉にジャスミンの花の開きかけた蕾を大量に混ぜ込み、花がしおれたらひとつひとつ取り除き、また新鮮な蕾を混ぜてという作業を繰り返して作るのだそう。初め濃厚な香りにくらっとし、二煎目三煎目から落ち着いて味わえたのですが、淡くなってからでないと味覚が利かないという面白い経験をしました。作法もそれほど難しくはなく、茶席でもおしゃべりは自由という大らかさが居心地良くて、つまり、いい感じ。ゆるゆると続けています。

 家庭内に戻って、もっともっとささやかなことで言うと、ネギの根っこを土にさしたら育ってきたとき。夫の故郷の川で息子が取ってきたミナミヌマエビが縁側のたらいの中でいつの間にか子孫繁栄していたり。金魚の水替えをしたあとの元気そうな魚たちの姿を見ても「ちょっといい感じやん」と思います(わかりやすく元気になるのです)。

 あとはあれだ、家族が使い終わったスティックのりを貯めておいて、底にちょっとだけまだ溝の中に残ったのりを、何かあるたびほじくって使うんですが、完全に使い果たしたときは達成感ありますね。まんぞくまんぞく、ほくほくほく。

 相当にちまちましてきました。そうそう、昔詠んだ短歌にこういうのがあったなあ。

ちまちまとちびた石けんくっつける家族のひみつ夫にばれる

 結局は、こういうことが私の生活の九割方を占めているのです。印刷物は取っておいて裏の白の方を再利用する。ぼろぼろのTシャツを切って油っぽいお皿をぬぐったり、ガスコンロなんかの掃除に使ってから捨てる。ゴミ袋はぎりぎりぴったりのサイズを見繕う(10、20、30、45ℓのどれにするかを慎重に選ぶのです)。どれもこれも上手くいくと嬉しいんですよね。

 ちょっといい感じ、というのは実にささやかな生活上の喜び、ということなのでしょう。

 ところで。本来スッキリした生活が好きな夫は、いつも私の周辺のもちゃもちゃしたものをトビのような目で窺っているのであります。はっ、狙ってる!

 特にゴミ出しの前日は危ないから注意しなくてはなりません。何を捨てられるかわかりゃしない。相手の出方、怪しい動きを目の端で確認しながら、台湾で買い求めたお気に入りの蜜香みっこう紅茶をすする日々です。

澤田康彦さんによる
「ちょっといい感じ」はこちら

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

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