一泊なのにこの荷物!

第18回

こわい

2021.09.01更新

 この間、久々にもの凄い叫び声を上げてしまいました。目の前にいきなり蜘蛛が降ってきたのです。

 うっすら灰色の毛を生やした「アシダカグモ」、大きさは10センチくらい。人間の生活域にいる蜘蛛の中では国内最大級なのではなかろうか。見ていなかったけれど多分天井にくっついていたのが何かの拍子に落っこちたんだと思う。先に向こうが私に驚いて、それで落ちちゃったのかな。

 ともあれ急に来たものだから私もパニック、蜘蛛もパニック、で、慌てて部屋の隅に走り去りました。あ、蜘蛛が、です。私も一瞬飛び上がったのですが、その時踏まなかったのは奇跡的なことだったと、後から震えてきました。素足で生きものを踏む恐ろしさったらないですよ。一度ナメクジを踏んでしまったことがありますが、ナメクジには申し訳ないけれどとにかく最悪な感触でした。半泣きで風呂場にケンケンして行き、こわいので目をつぶって足の裏を大急ぎで洗ったのですが、ぬめりがしつこくてね......おぞぞぞぞ。

 話がそれました。

 古い一軒家に暮らしていることもあり、一般的なムシ各種が出没することは日頃から想定内なのですが、唯一、このアシダカグモ君にだけはいつも仰天してしまいます。よく見ると、大きいのと手足がひょろ長いところが自分に似ているような気がしなくもないけど、出会いが毎回唐突すぎるために非常ベルが緊急作動してしまうのだ。特にこわいのは、トイレなど、狭い空間での遭遇。背後に怪しい気配を感じて振り返ったら、わあ! って。心臓が止まるかと思うほどびっくりするのです。

 ちなみにこのアシダカ君、敏捷ではあるが基本物静かな性格だと思われます。こちらが騒げばそそくさと隠れてくれ、なにより家にいるGやなんかを積極的に捕らえてくれるらしいので、同居人としては非常に頼もしい存在であるのは確か。押し入れで脱皮した形跡があれば、見つけた瞬間びっくりしてしまうのですが、中身がいないことさえわかれば抜け殻だけ処分すればいいわけだし(と自分に言い聞かせながら、この前もこわごわゴミ箱に捨てました。息子になら脱いだものは洗濯機へ! って言うんだけど)。

 多分、毛が生えているのと大きいのとで、ムシと言うより獣っぽく見えるからこわいのだと思う。しかも蜘蛛だから目もいっぱいあるはずとかと思うと、余計に直視ができない。

 ものすごく凹むのは、このアシダカ君が「Gホイホイ」に掛かっているのを見つけたときです。獲物を追いかけるのに夢中だったのか、うっかりなのかわかりませんが、どうしてあんなに狭いところへ入っちゃうんだろうか。Gの取れ高を恐る恐る確認する際、灰色の長い足が見えたときの胸がざわざわする感じ。ああもう! 何とも言えない気持ちです。

 一方、うちの娘はというとセミの何もかもが一切合切苦手なようで、毎年セミが鳴き出すと京都御所や賀茂川から足が遠のく。以前大ケヤキを何の気なしに見上げたところ、太い幹に、セミの抜け殻がぶつぶつぶつと無限にびっしりついていたのを見てしまったらしく、それから「無理、本当にムリ!」となってしまいました。

 この間久々に下鴨神社に出かけたのですが(散歩と、かき氷を食べるのが目的)、その時はかき氷が食べたかったようで渋々ながらついてきました。息子はというと姉がセミの抜け殻を嫌っているのを知りながらわざわざバケツにあふれるほど集めて回り、しかもそれを玄関に置きっ放しにしたことで、その時点でかなり恨まれていたのですが、さらに悪いことにそのバケツが夕立に遭って、濡れそぼった抜け殻が雨水に浮いたり沈んだりという、相当気持ちの悪い状況を生み出したことに最後、絶句していましたっけ。

 ............。

「こわい」について考えてみたら、まずムシ関係に思いが及んだけれど、もちろんもちろんそれ以外にも。もののけとか。

 私にとって忘れられないのは20年ほど前に体験したある出来事です。その日はテレビコマーシャルのロケで早朝から仕事をしていたのですが、合間に控え室で少し横になって身体を休めていたところ、突然金縛りにあったのだ。ソファに仰向けで寝ていたら急に全身がかちかちになって、なんだろう息苦しい、と思った瞬間胸の上に土色をしたおじいさんが乗っていることに気がついた。前屈みになって顔を覗きこんでくるのですが明らかに怒りの表情で、ひと言も言葉は発しないのですが何かを強く強く訴えてくるのです。

 こわくてどうしようもないのですが逃げたくても身体はちっとも動かず、本当に焦りました。

 実はすぐ横にマネージャーさんがいて、我に返ったあとで「大丈夫ですか? なんか、うなされていましたよ」と言われました。でも、どう説明すればいいのかわからなくて、適当にごにょごにょ言ってトイレに向かったとき、ふと窓という窓、ドアというドアのすぐ脇になにか小さい紙が貼られていることに気がついたのです。《結界》って文字だけが読めたのですが、え? って。

 おふだかなにか、だったのでしょうか。

 金縛りは後にも先にもその時だけですが、おじいさんが一体何に怒っていたのかは未だにわからないまま。彼の身なりが明らかに現代のものではなかったのも非常に不可解で。もしかすると控え室の場所自体に何かがあったのかもしれないけれど、それきりその場所には行く機会もなく、こちらからはもう近づかない方がいいのかなという気がすごくして、結局そのまんまなのです。

 一体、何だったのでしょうか。

澤田康彦さんによる
「こわい」はこちら

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

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