一泊なのにこの荷物!

第22回

2022.01.01更新

 小学生のころよくやっていたのに今ちっともやらないことのひとつに、窓に顔をべたーっとくっつけて変顔をし、みんなに笑ってもらうというものがありました。今どきの小学生はしませんね。なんでそんなしょうもないことをしていたのだろう。これに近いもので、みかんのネットもよく被っていたけれど、ぎゅーっと引っ張り上げるときにまぶたが裏返りそうになって、ちょっとどきどきするんだよね。妹と代わる代わるやってうひゃうひゃ喜んでいると、うちの母が決まって寄ってきて「ちょっと貸して」とかぶってみせるのでした。

 窓拭きは、冬休みのお手伝いでよくさせられました。帰省する庄内の田舎の家は広い分だけ窓も大量、廊下と茶の間の境目も全部ガラス戸だったためオカンや叔母たちからよく「おーい手伝って〜!」と子どもらに声がかかったのです。当時は徹底的に大掃除をやっていた。窓拭きは、お湯にひたして絞った雑巾でまずざざざっと汚れを落とし、間髪入れずに乾いたタオルでこすっていくとまあピカピカ! という流れでした。目に見えてキレイになるため達成感もあり、手伝いのなかで窓拭きは好きな方だったと記憶しています。腰から下の低いところは妹たち年下チームが、上の方の高いところは年長の私や同い歳のショウゴが、という布陣です。

 東京では、ある時期にマンションの17階の部屋に住んでいたことがありました。高層のため窓の外側は業者さんが定期的にきれいにしてくれていたのですが、幾度か「はっ!」としたことが。事前通知されるお掃除日程を忘れてしまっていて、窓際のテーブルでタイミング悪くラーメンを啜っていたり、前の日に大量に作った豚汁を巨大椀で食べているところに、ゴンドラでしゅーっと上から降りてこられるというもの。どひゃ! 業者さんと私、直線距離でおよそ3メートル。急にあたふたするのも変だし、互いに気づいていないふりしつつ(絶対気づかないわけないのですが)、どんぶりから顔を上げずに食べ続け、あちらは窓をゆらゆら磨き続ける、ということをしていました。当時の私はただただ驚き、耳がかーっと熱くなり、うつむくしかできませんでした。あのころは若かったね。

 曇りや汚れのないきれいな窓はもちろん好きですが、外出先、床から天井までの一枚ガラスの窓があるようなホテルや旅館などでは、建物の内と外の区別がつきにくいので注意深く行動するようにしています。というのも近視のせいか勘が鈍くおっちょこちょいのせいなのか、よく窓にぶつかるんですよね。特に裸眼で動いているときは要注意、一度大浴場から露天風呂を目指している途中で窓に激突したときは仰向けにひっくり返り、素っ裸で気絶する寸前でした。痛いよりも恥ずかしかった。旅先ではいくら楽しくとも、はしゃぎすぎは禁物です。

 といいつつ乗り物でもお部屋でも結局は窓際が一番好き。窓外の景色は何よりのご馳走だ。しょっちゅう乗っている東海道新幹線も、富士山側の席はいつも人気。ネットで座席指定するのですが、大抵富士山側の席から埋まっているのです。太平洋側は日ざしも差し込むし眩しいから、というのも山側が好まれる理由かな。この季節は富士山の雪化粧がどの辺まで進んだかチェックするのがいつもの楽しみです。

 家でも、毎朝寝室の窓を開けます。「うーさむっ!」って言いつつも、朝の新鮮な空気が部屋に流れ込んでくるその瞬間はやっぱり気持ちがいい。私の部屋からは、すっかり葉を落とした大ケヤキの向こうに比叡山が見えています。冬枯れた色がかっこいいんですよ。雪が降ると白くなり、春が来ればまたケヤキの芽吹きで山は見えなくなるのですが、それもまた良し。季節の移り変わりを感じられるのが嬉しいんですよね。

 ちなみに京都に越してきて最初に住んだ家はお豆腐屋さんの斜め向かいでした。そこは今でも大きなおくどさん(かまど)に薪をくべて大豆を炊くという、昔ながらの製法を守るお店なのですが、朝窓を開けると薪の燃えた後の香りが漂ってきて、ああ良い街に越してきたなあとしみじみしたものでした。余談ですが、ついこの前久々にうちの子等を連れて買いものに行ったとき、豆腐屋のご主人が中学3年生になった娘を見て「えっ!? ランドセル背負ってこの前を行ったり来たりしてたあの子が!」と驚愕しておられました。頼りなさげに登下校していた小1娘に毎日「行ってらっしゃい」「お帰り」と声をかけてくださっていたのです。あれからもうすぐ9年、春には高校生だもの。そりゃびっくりしますよね。

 そんな、娘がかつて使っていた幼児用の小さなテーブルと椅子二脚が、今もわが家のリビングの窓辺に置かれています。十数年前の購入価格一式3000円程度。白木のまま塗装も何もされていないごく簡素な作りなのだけど、それがとても愛らしく気に入っている。娘とはよくこのテーブルを挟んでお茶会をしたものだったなあ。小さなカップとおやつの小皿を並べると、まるでおままごとをしているみたいな感じになり、それを彼女はとても喜んでいたっけ。絵を描いたり粘土をこねたりの作業場所でもありました。息子が生まれると今度は彼がここでお絵かきをするようになった。アイロンビーズやパズル、工作のときもこのちび椅子に座って黙々とやっている。この前なんて突然お習字をするというので慌てて床にレジャーシートを敷きました。勉強部屋の机よりもはるかに利用しているんじゃないかと思います。

 窓際ってのがいいんだよね。私も家にいるときは窓のそばにいることが多いのです。春夏は外の空気が気持ちいいし、秋冬は日だまりで暖かい。リビングに限らず、縁側というところも好きだ。新聞読むのも爪を切るのも、ごろごろするのもいいでしょう。特に今の時期、お日さまのぬくもりで背中を温めながら本を読むのは至福のひととき。熱くなってきたらちょこっとずつ向きを変えるんだよね。たまに鳥や猫が庭へ来ることもあり、それらをこっそり観察するのも楽しいものです。

 あらためて窓について考えてみると、窓は社会とのつながりそのものなのでした。ただ世の中には意外と窓のない所もたくさんある。例えば私の出入りする職場では、スタジオやテレビ局の控え室などは窓がないことも多いのです。朝から晩まで外の空気を吸わない、空を見ない、なんてこともままあり、途中から現場に来た人などに「今すごい夕立が来てる。雷が鳴ってるよ」などと聞いて、そうなのか! と驚くことも。そんな場所では通路にちょこっとある小窓がとても貴重に感じられたりするものだ。日ざしを浴びずに丸一日過ごすだけで時間の感覚がちょっとおかしくなったりするので、普段から地下や窓のない場所でお仕事されている方々は日々の体調管理も大変だろうなと想像します。

 仕事で言うと、私の将来の夢のひとつに、自宅の道に面した窓をひとつ、お店として開けてそこで何かの商売をやってみたいなあというのがあります。昔はよく見かけたタバコ屋さんとかたこ焼き屋さんとか、あの感じ。窓が開いていたら、あ、今日おばちゃん店開けてるな、という、そういう風なのをちょっとやってみたいなと。そこで何を売ろうかなとあれこれ考えているのが楽しい。コーヒーとドーナッツとか。サンドウィッチとか。おにぎり屋さんもいいな。うちの近所に植物園があるので、できればそのすぐ近くに開店したいと狙っているのですが、どうだろうか。

澤田康彦さんによる
「窓」はこちら

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

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