第23回
ねどこ
2022.02.01更新
2月と言えば一年で一番寒い時期です。
子どものころ、夜9時になると4つ下の妹しーたんと一緒に寝床へ行くのが決まりでした。ちょうど今ぐらいの季節、布団は冷や冷や、冷たいので入る瞬間ぐっと気合いを入れる必要があった。
「わっしょい、しよか」と言って、それぞれの布団の中に潜り込む・・・やいなや横向きになって駆け足というか、もも上げのような動きをしながら「わっしょいわっしょい!」「わっしょいわっしょい!」と10秒20秒くらい、がーっと足を動かすのです。すると不思議。摩擦熱で布団内部が温もってくるのである。
ふう。温まったな。うん。あったまった。じゃあ、おやすみ。妹はすうすうと、あっという間に寝てしまうのでした。
この「わっしょい」と呼ぶ儀式は、うちのおかんから伝授されたものです。母の生まれ育った山形・庄内の家はそれはそれは寒い土地だから、この入眠前の自家発電は必然的に身についたものなんだろう。準備不要、簡単、実効性があるので、布団のひんやりが苦手な方はぜひ一度やってみて。コツは布団を蹴飛ばし過ぎないよう首元あたりの布団を両手でぎっちり掴んでおくことです。私はこの教えを守って育ち、寒さに弱いうちの娘にももちろん伝授、小学生のころの娘は毎晩ばふばふと布団のなかで爆走していたっけ。
かつて息子にも一度促したことがあったのですが、やっているうちに楽しくなったのか過剰に活性化してきて、終いには、がるるるーと布団をはね飛ばしてこちらに飛びかかってきたため、完全に逆効果であることがわかりました。
寝床と言えばまず頭に浮かぶのはウナギの寝床。比喩のそれではなくて、本物のそれ。水族館で塩化ビニールパイプにぎゅうと詰まったウナギを見るのは楽しいね。観察していると、わずかに残った狭いところにさらにもう一匹入ってきたりして、それでも誰も怒らずに満ち満ちと肌を触れ合わせている。ウナギって正面から見るとちょっと笑った顔をしているのも心が和むんですよね。
動物たちの寝床は「いいな」と思うものが多い。もしも自分が猫だったならば、猫ちぐらという、わらで編んだかまくら状の寝床がいい。しっかりと編まれて安心感があるし、適度に通気性もありつつ温かそうで。外では、樹上の枝を折りたたんでふかふかとさせたチンパンジーのベッドや、木のうろを仲間たちとシェアするモモンガのねぐらなどは自分が小さければ泊まりに行ってみたいなと思うものです。
一家でよくお世話になっている、神奈川の丹沢山にある国民宿舎〈丹沢ホーム〉には、ムササビ用の巣箱が木に設置されそこに小さな赤外線カメラが仕込まれているのですが、ムサの寝ている様子が観察できるのが面白い。ここのご主人の中村さんは「うちの押し入れの布団にヤマネが寝ていたことがあったよ」ともおっしゃっていて、ひぇーそんな可愛らしいドッキリがこの世にあるのか! と思ったものでした。一方私はというと、実家にいるころ、部屋の押し入れに何モノかがごそごそと潜んでいたことがあり、もしや泥棒!? と大パニックになりました。バッと襖を開けた瞬間、まあまあ大きめの獣が飛び出してきたのですが、あれは本当に恐ろしかった。向こうもずいぶん慌てた様子で壁や本棚にぶつかって窓まですっとんで行きましたが、あれは何だったんだろう? イタチ? ハクビシン? 単に猫? 押し入れの中は強い獣臭が充満しており「ダニがいるかも」ということで布団は全部廃棄。なんかもう色々激しすぎてショックが大きかったです。こんな居候はいやですよ。
自分の布団じゃないのに「とっても気持ちいい」と思ったのは、小学校のときの保健室のベッドでしたね。お日さまがさんさん降り注いでいる保健室。授業中に発熱したので保健室に。「お家の人が迎えに来るまで寝ていてね」とまっ白なシーツの清潔な布団に案内され、しかも親切にしてもらい、あれは嬉しかったなあ。コトリと眠りに落ちた。
あと、ちょっと不謹慎かもしれませんが、『大阪ハムレット』という映画に出演した際に一度だけ棺桶に入ったことがあり、あれも具合がいい寝床だなと思いましたね。なんだろう、狭さが落ち着くのか全然嫌な感じがなく、むしろ気持ちが良かった。ちなみに私はかなりの回数、死んだり殺されたりしています。いろんな動いちゃいけない寝床を経験しているな。
厳密に言えば寝床とは言えないかもしれないけれど、ちょっぴりヤドカリに憧れている。行く先々いつでもどこでも寝られるというのは愉快じゃありませんか。子どものころはおかんに毎週末思いつくまま気の向くままのキャンプ、というか野宿に連れ回されていたため「普通に布団で寝たい」と思っていたものですが、最近は逆に寝袋が懐かしく良いもののように思えてきました。家に籠もりがちの生活も三年目になると「たまには違う環境で」と思うものなのか。もうちょっと暖かくなったら庭にテントでも出してみようと考え中です。
海外で見て良いなあと思ったのはメキシコ〜グアテマラで見かけたハンモック。茅葺きのような屋根のお家だったのですが、なかに家族分のハンモックがぶら下がっていました。夜にはみんなハンモックで休んでいるんだろうな。家族みんなが別々のハンモックから「おやすみ」「良い夢を」とか言い合うのかな、と想像すると楽しい気持ちになりました。
絵本や童話に出てくる寝床も印象深いものがいくつもありますね。『そらまめくんのベッド』のふわふわ気持ちの良さそうなベッド、『椋鳥の夢』の父さんが集めてくるススキの穂の寝床、『3びきのくま』は誰もいないくまの家に入ってきた女の子がサイズがちょうどいいからと一番小さいベッドに寝るのですが、子ども心に「それは少々図々しいのでは?」と思ったものでした。
ドラえもんの寝床にもずいぶん憧れた。押し入れ。友だちもやったことがあると言っていて、小学生のころ真似して何回か入って寝たことがあります。きゅっと狭い空間というのは居心地がいいんだなと思った記憶があり、それから理想の寝室は、眠るだけに特化した小さい部屋がいいなあと思うようになりました。
家にいると朝から晩まで台所とダイニングテーブルのあたりにいてごはん作ったり新聞読んだり原稿書いたりたまに体操したり、またごはん作ったり洗い物したりで、一日のうちに自室に籠もる時間、習慣がないんですよね。だから寝室はできるだけ小さい和室で、布団用の押し入れがあって、時計と読書灯の他は何にも物がないくらいの部屋がいいかもと思っているのです。
が! 現実はというと、毎晩隣には小3の息子が布団を並べている。布団を首元まで掛けてやって、目覚ましをセットして、電気を消して。
「それで今日しろぼんはどうしていたの?」ひそひそ声で息子は私に尋ねてくるのです。
「学校で冬のたき火パーティがあったんだけどね、お芋掘りでみんなが掘ったお芋とか、お家から持ってきたリンゴとかおにぎりとか、先生がこねてくれたパンとかをいっぱいいっぱい焼いて、近所のおじいちゃんおばあちゃんもみんな来て、食べたり歌ったり踊ったりそれはそれは賑やかな一日だったみたいだよ」「しろぼんもなにか焼いた?」「すごい大きなマシュマロをお家から持ってきたんだけど」「しろぼんくらいの?」「そう、しろぼんと同じくらいにまんまるでまっ白の。しろぼんはマシュマロのふりしてたき火の前に一緒にいたら、校長先生はすっかり騙されて、裏側も焼かなきゃね! ってひっくり返しそうになったから、わっ! って言ったら」「あはは、校長先生の方がびっくりしたんでしょ」・・・。
寝る前の「しろぼんのお話」。これは、私の創作物語です。その場の思いつきでただただ喋る、息子のためのお話。主人公のしろぼんというのは、息子の大事にしているアザラシのぬいぐるみなのですが、この子をいたずらっこのあわてんぼうでよく失敗する小3男子(つまり息子そのもの)という設定にして、家族やイトコ、近所に住むいろんな生きものたちとの交流、冒険するようすをちょっとずつ語りきかせているのであります。
日々、息子は寝る直前まで「ゲームいい加減にしなさい!」「筆箱の鉛筆削ってないじゃん!」などと私からガミガミ言われまくっているのですが、どんな大荒れの一日でも布団に入ったあとは二人してしろぼんのお話でほっと一息ついて寝る習慣になっている。今日もまたブチ切れてしまったなあ〜と親を落ち込ませたままにしないで、「しろぼん、今日は何してたの?」と布団のなかで聞いてくれる息子はもしかしたら案外いいやつなんじゃないか、とふと思ったり。いや単にテキトーで切り替えが早いだけなんでしょうが。
昔は娘もこうして寝る前のお話を楽しみにしてくれていたのに、いつの間にかひとりで寝るようになってしまい、今のお客さんはひとりきりです。いつまでこうして寝るのかなあ。この和室を書生部屋仕様にチェンジするまではだいぶ先なのか、それとも思ったよりもすぐなのか、誰にもわからないまま、一日一日過ぎてゆきます。