一泊なのにこの荷物!

第24回

学校

2022.03.01更新

 ここだけの話、じゃないけれど学校で何かを頑張っていた記憶が、ほとんどないのであります。

 勉強...うーん。運動? うーん? 

 あ、小学生の頃、国語の教科書の音読は好きだったな。新美南吉『手袋を買いに』とか。

暗い暗い夜が風呂敷のような影をひろげて野原や森を包みにやって来ましたが、雪はあまり白いので、包んでも包んでも白く浮びあがっていました。(『新美南吉童話集』千葉俊二編、岩波文庫) 

 ...なんとすてきな、と思ったものです。子ぎつねのぼうやの無邪気で可愛らしいこと。そして二つの白銅貨の、チンチンと響く音のくだりはああちゃんと本物だって、何回読んでも心からほっとした。新美南吉は学校の先生だったんですよね。以前、ある雑誌の取材でかつての教え子だったというご婦人にお目にかかったことがありますが、新美先生はとても穏やかな優しい方で、生徒たちから慕われていましたよと伺い、想像していた通りのお人柄だったのが嬉しくて、ほう、とため息が出たものでした。

 しかし学校ってのは、どうしてあんなに早くから始まるのでしょう。朝は苦手で1分1秒でも長く布団にくるまっていたかった私としては、学生時代ずーっと、起きるのには苦労していました。特に小学生のときは眠くて眠くて、辛かったなあ。朝ごはんを食べないとおかんが怒るので、寝ぼけたままおにぎりを咀嚼していた。洋服も着替えるのがやっとで、コーディネートなんて、え? って感じ。超適当で無頓着。その上冷たい水で顔を洗うのが嫌で、目の周りに数滴の水をつけてこすり、タオルで拭いておしまいにしていた。鏡を見る習慣も趣味もなかったですね。靴じゃなくてサンダルをつっかけて出発してしまったときはさすがに一旦家まで引き返したけれど、朝の貴重な時間に無駄な動きをしなくちゃならないなんてと、道々ひどくがっかりした記憶があります。半分寝ていた割に途中で気がついたのは、自分が歩くとカポカポと地面から変な音がするからだった。耳が気づいたのだ。

 そんなに焦らずとも、10時開始とかにしたらいいのになあ、といつも思っていました。当然夏休み早朝に開催されていたラジオ体操には二回くらいしか行ったことがない。真面目に行く子が多いなか、新学期にまっさらなカードを提出するのは少々気が引けたけれども、でもどうしようもなかった。だって、起きられないのだもの。

 ...そんなわけで私は、自分の子どもが溌剌としていなくても、まあしょうがないかとどこかで思っていたのであります。ハキハキとして利発な子、なんてのは理想的かもしれないけれど、そんなの全子どものうちの数パーセントに違いないと、おおよその見当をつけていました。

 だけど、コロナ禍で息子の小学校がリモート授業に切り替わり、家のパソコンをZoomに繫いで、横で息子を見張っていなくてはならなくなった私は気づいてしまったのです。彼のクラスメイトはほぼ100パーセント、朝からハキハキとして、利発なお子さんたちだったということに! くぅー、読みが甘すぎた。

 うちの子たちは揃って朝が弱い。私に似たのかぐうぐうぐう、すぴーすぴーと大変深い眠りだ。そんな人らを起こすのは大変、でも敷き布団の方にくるまってでも1秒でも長く寝ていたい気持ちはわかるから、「おきろー、がんばれー、お、き、ろー」と努めて穏やかに起こすようにしている。朝食も、本人の食べやすいものを何かしら食べれば良しとしている。「早寝早起き朝ごはん」が健康的なのは百も承知だけど、子どもだって辛いものは辛いのだ。もちろん、息子が顔を洗うふりをして、目の周りだけ濡らして目やにをこすっていても何も言いません。

 うちのおかんは子どもの髪の毛の寝癖を直すようなことはしなかったけど、夫は朝、息子の頭に蒸しタオルを乗せてやっている。それを見て、優しい父ちゃんだなあと思う。振り返ってみるとかつて、寝癖を蒸しタオルで直していたのは、うちのおとんでした。昔、仕事で事務所に泊まり込むことが多かったおとんは、自宅にはいないことの方が普通で、たまに朝、家にいるとびっくりしたものだった。そしておとんも、見るからに朝は弱そうなタイプであった。後頭部が水鳥のキンクロハジロのように盛大にぴょんと跳ねているか、鳥の巣のようにもしゃもしゃしているかのどちらかで、そこに蒸しタオルをあててじっとしているので、子ども心にあれは何をやっているんだろう? と思ったものです。ちなみに私の髪色髪質はおとんと同じまっ黒の直毛なので、おそらく自分の後頭部も同じようにキンクロか鳥の巣化していたのだろうと思いますが、誰も私の後頭部にある鳥の巣を指摘するものはなかったし、蒸しタオルをあてがってくれることもなかったので、巣は巣のままだったはずだ。まあ自分がそういうタイプだから言うわけじゃないけれど、後頭部に寝癖のある人のことを私は嫌いではなく、むしろちょっと親しみを感じさせる好ましいものだと思っています。そして、水辺でキンクロハジロを見かけた際は、「あ、まさやん(父のことです)いるな」「元気そうやな」って、必ず言ってしまう。もはや分身かなんかに見えるのです。

 しかし、今の今まで何とも思っていなかったけれど、蒸しタオルでアレを直すってのは昭和世代の基本行動なのだろうか。少なくとも今は、ドライヤーがありますよね。

 学校の話でした。私の通っていた小学校はとても穏やかな、良い学び舎でした。最初のうち「まなみちゃん首長いなあ」「指も長いなあ」「E.T.みたいやな」と言われたけれど、それはたぶん、E.T.がめっちゃ流行っていたからだ。すぐに友だちもできて、平和な毎日だった。先生も優しくて、二重跳びと逆上がりができなかったとき一応特訓してくれたけれど、最終的にはまあまあしょうがないか、と見逃してくれたし、色々失敗してきた割には怒られた記憶がない。4年生のときの担任ヤマネ先生なんて、生粋の阪神ファンで「阪神優勝したら宿題なしにする」と言い、野球に関心のない子も試合の動向に一喜一憂するように。そして見事に阪神が優勝、本当に一ヶ月丸々宿題がなしになった。阪神タイガース最高! ヤマネ先生最高! みんなおめでとう! と六甲おろしを歌って祝ったものでしたよ。

 下校したら好きなだけ本を読んで、友だちとザリガニ釣りして、自転車で近所をぶらぶらしてと、したいことだけしかしなかった記憶があります。

 学校っていいところだったなと、この小学校時代を振り返ると思う。頑張っているところが特にない私にも、良き友がいてくれて、温かい先生がいてくれた。学校に居場所がない、居心地が悪い、と感じることがなかったのは、とてもとても幸せなことだったと思います。

 このように自分がずいぶんとのんきな小学生時代を送ったために、娘息子のぐだぐだぶりには、あんまり強気に出られないというのが本音です。私は、おかんから宿題チェックされなかったのを良いことに、漢字の練習ノートも、最初に人偏にんべんばーっと書いて隣に「系」だーっと書いて、係、という漢字にする、みたいなことばかりしていましたのでね。ははは...。そんなことばっかりなので、自分の書いている文字が記号のような象形文字のようなものに見えてきて、目が変になったのか? とびっくりすることが時々ありました。「ノルマをこなそうとすると→目が変になる」。先生の意図する「漢字は何回も書いて覚えてね」という願いとは完全に別ものになってしまっていたことを、今さらながら反省しています。

 一方夫はというと、どうやら勉強もちゃんとするという"正しい道"をちゃくちゃくと歩んできたようで「宿題をしてから遊ぶんだよ」と、毎日息子に言い聞かせている。「おっ、明日漢字小テストか、ちょっと練習もしておこう!」「お父さんは、小学生の頃漢字ハカセって言われてたんだよ」なんてちょっと自慢も加えたりして。へー!

 ちなみに、私は「折り紙ハカセ」でしたよ、おとっつぁん。

澤田康彦さんによる
「学校」はこちら

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

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