一泊なのにこの荷物!

第29回

本作り

2022.08.01更新

 南米の草食動物カピバラが主人公の童話『こわがりかぴのはじめての旅。』を書く際に、取材のため長崎県にあるバイオパークという動物園を訪ねました。カピバラ=癒やし系、と世間的に認知され始めたかな、というくらいの2005年のことです。

 世界最大のネズミの仲間で、成長するとオスで60㎏ほどにもなる彼らは、その大きさに似合わずとても臆病な性格をしていて、それがそもそもお話のモチーフ。訪ねた先の長崎バイオパークでは広々したエリアに多頭飼育、お客さんが中に入っていって直接ふれあえるという、大変珍しい体験型の展示方法を取られていました。目の前に大きいのや小さいの、いろんなサイズがとことこ、のそのそ、もぐもぐ、ごろごろ、どてーっと、自由に過ごしているようすに圧倒されます。みんな無防備すぎ。脅かさないように声こそ抑えめに、でもあまりのかわいさに我慢できずつい笑ってしまったものです。

 当時副園長、今は園長をされている伊藤雅男さんが「人に慣れてくれるまでは結構時間がかかりましたねえ」とカピバラの生態を教えてくださったのですが、歯をカチカチ鳴らすのは威嚇している音とか(ここだけの話ちっとも怖くない)、メスたちは自分の子じゃなくてもおっぱいを飲ませるとか、スイカをあげると喜ぶとか、どれもこれも期待以上のほのぼのエピソードであることに驚いたものです。お話を伺っている最中、ふつーに私の足を踏みながら通過していく子、伊藤さんのそばに寄りたい子たちがぐいぐい近づいてきて、隣に座っている私の足を踏みつつ平然としている子もいて、面白かった。伊藤さんに夢中なあまり、私のことは多分木とか地面から浮き出た根っこかなにかだろう、くらいの感じでいたのかもしれず、そんなところがまたいいなあと思いました。人の足を平気で踏んじゃう鈍感な動物って、ほかには私の息子くらいです。

 長崎バイオパークには日本初の人工哺育で育ったカバのモモちゃんがいるのですが、伊藤さんはモモちゃんの育ての親であり、また昆虫好きでもあり(いろんなカメムシを収集しているとおっしゃっていましたっけ)、とにかくいつまでもお話ししていたくなるような素敵な方で、この取材以降、すっかり伊藤さんとバイオパークのファンになってしまったのであります。ああまた行きたくなってきた。

 このとき同行して写真を撮ってくださったのは天日てんにち恵美子さん。本の帯に使用するカピと私のツーショット写真は天日さんによるものです。個人的にも親しくさせていただいているということもあり、この日帰り弾丸ツアーはプライベート旅行みたいな楽しいものになりました。天日さんには『ほんじょの天日干。』という写真エッセイ本のときも、写真の撮り方を一から教わるという企画で、新宿駅西口で待ち合わせし、一緒にヨドバシカメラに三脚やレフ板を買いに行ったり、実践で日光の方に撮影に出かけたりしたものでした。

 『こわがりかぴ』の装丁は名久井直子さん。文章だけでなく絵も私が描くことにしていたため、本文ができあがった段階で本の設計図とも言うべき「台割」というものを作成、ここに挿絵を入れよう、こんな雰囲気の絵で、と枠組みを作っていただきました。そしてこちらもやっぱり画用紙、パステル、色鉛筆等々を選ぶところから始まって、使い方を教わり、一枚一枚の絵を完成させていくという、贅沢な時間を過ごしました。こうしてつらつら書いていくと毎回毎回図々しいことばっかりしていることに気づき、我ながら申し訳なく恥ずかしい限りですが、自宅床に本文を出力した紙と、描いた絵を組み合わせて並べていく作業の楽しかったことは一生忘れないと思う。本のカバーは、岩波書店から出ている絵本みたいな、少しクラシックな感じの愛らしいものを、と名久井さんが考えてくださって、宝物のような一冊になりました。

 『ほんじょの鉛筆日和。』『ほんじょの眼鏡日和。』『芽つきのどんぐり』の装丁を担当してくださったのはクラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さんと吉田浩美さん。彼らを知ったのは、架空の書物とその解説をするという奇妙な展覧会。もう30年近く前のことですが、その不思議で美しい世界観に魅了され、以来ずっとファンなのです。私の本をいつも知的で賢そうな佇まいにしてくださって、中身のへっぽこさがずいぶんと緩和されるという、すご技を駆使してくださっています。

 他にも『ほんじょの天日干。』は祖父江慎さん、『ぱたのはなし。』は坂川栄治さん、『落としぶたと鍋つかみ』は鈴木成一さんと、毎回どきどきしながら、憧れの装丁家さんにお引き受けいただいています。ふぁー、こんなに幸せなことってあるだろうか!

 16歳のときに仕事を始め、これまで色々な経験をしたけれど、本作りというのは毎回格別にわくわくするものです。担当の編集者さんに促され励まされながらこつこつと書いてきた文章を一冊にまとめるのは、最後の最高のご褒美みたいなもの。何にも変えがたい、とても嬉しいひとときです。思い返せばたくさんのいい時間がありました。

 一番の思い出は最初のエッセイ集『ほんじょの虫干。』(1999年)。まさか自分の書いたものが本になるなんて思いもよらなかった頃です。「出版を記念してギリシャ旅行記も入れよう!」って、エーゲ海のサントリーニ島まで連れて行ってもらったのでした。学研の『BOMB』というグラビア雑誌の連載をまとめるという企画。その編集部から写真集以外のエッセイ本を出すのは初ということもあり、編集長はじめみなさんがものすごい応援をしてくれて、お祭りのように立ち上がった太っ腹企画。一生で一回しかない「初めての本作り」を当時の編集部のみなさんと共有できたことが心に深く残っています。

 後に文庫になったときに、大好きな中島らもさんが解説を書いてくださったことも本当に嬉しかったのです。

 名前に「本」って漢字が入っているから、というのは関係ないでしょうが、私は本が好き。読むのはもちろん、掌に載る物体としての"書物"。それらが並んでいるのを眺めるのも好き。本のある景色、本とともにある時間にとても惹かれるのです。思い返すと、文字が読めるようになった幼稚園児のころから本さえあれば何時間でもじーっとしている子どもでした。山形の祖母が大阪に泊まりがけで遊びに来てくれたときも「まーたんの好きなものだよ」と、風呂敷包みをといて出てきたお土産が、本、本、本。小学生になると、学校の図書室はもちろん、休みの日は電車に乗って一駅先の大きな市立図書館に行くのがとても楽しみだったっけ。風邪で学校を休む日は、おかんが布団の枕元にプリンやゼリーと一緒にお見舞いの本を差し入れてくれる、特別の一日だった。いつか本を書くひとになれたらいいなと、10歳のころには思っていた記憶があります。

 その夢が叶い、今もこうして書く仕事をいただいていること、本屋さんに自分の本があることも、当時の自分からすると奇跡だ!

 次があるなら、どんな本にしようかなとあれこれ想像するのが楽しみ。どこまでも気ままに、好きなことを考えています。

*澤田康彦さんのエッセイ「本作り」は8月15日に公開予定です。

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

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