一泊なのにこの荷物!

第31回

テレビ

2022.10.01更新

 先日久しぶりに実家へ一泊しました。翌朝早い飛行機で北海道に行く仕事が入ったので空港に近い実家に泊まることにしたのです。いつもは子どもらがいて、賑やかなことこの上ない食卓も、その日はオカンと私のふたりだけ。ちょっぴり淋しいけれど、静かで快適です。ああなんかほっとするねえ。母が「これこないだ料理番組で見ておいしそうだったから」とウナギの白焼きと豆腐とを小鍋仕立てにしてくれて、これをアテにビールを飲むことにしました。オカンはテレビつけていい? とリモコンを手に取った。子どもがいるときは食事中のテレビは絶対なしだけれど、オトナしかいないと気楽なものです。ずるいね。

 というか、思い返せばそもそも実家では、昔からテレビを見ながらごはんを食べるのが普通だったのだ。むしろ親が率先して『クイズタイムショック』『クイズダービー』『ザ・ベストテン』とかを見ていた記憶がある。

 とりわけ私の大好きなドリフ、『8時だョ!全員集合』を見ながらゲラゲラげふげふと笑いながら食べる夕飯はおいしくて、平和な土曜日の象徴的存在だったっけ。ヒゲダンスや早口言葉はもちろん、芝居仕立てのコントが大好きだった。特にメンバーが探検隊の格好でピラミッドに潜入、財宝を盗みにいく話とか、強烈に覚えています。棺からミイラが出てきて志村けんさんを追っかけ、観客の子どもたちがわーきゃーしながら「シムラ後ろ後ろ!」って教える声も効果抜群でした。毎回、セットがドタンバタンと崩れる壮大なオチとか、ダイナミックで、どうなっているんだ? と目を瞠ったものです。あの爆発的なエネルギー、豪華な出演陣、観客を巻き込んでの一体感、テレビ局のスタジオではなく、大きいホールから生放送でやっていたというのも驚くべきこと。だって毎週ですよ! ものすごいものを見せられていたんだなとしか言いようがありません。

 あと、いきもの好きなので、ムツゴロウ動物王国の番組は欠かさず見ていましたっけ。私は大きくなったらその王国に行くことを夢見ていた小学生だったのです。畑正憲さんの、いきものを見つめる眼差し、愛情の深さ、語られる話はどれもとても興味深く、もっともっと話を聞きたい、そして可能ならば一緒に世界のあちこちへ旅をしたいと熱望していました。畑さんは知恵と勇気があり、自由に思うままに活動しているオトナの代表格といった感じで、とても尊敬していたのです。

 さて、最近うちの母は旅番組に加え、地方に移住する人たちを取材した番組を好んで見ているようで、「コレおもしろいよ」と録画した番組を見せてくれました。ひとつは移住促進PRの要素が強めの情報番組。もうひとつは移住者の生活に密着するドキュメント番組です。こちらの密着型の方は『いいいじゅー!!』というもので、舞台は長野の古民家保育園。泥んこ遊びや野菜作りに勤しむ子らをニコニコ見守る園長先生が移住者という回でした。閉園後は園舎が生活の場にスイッチ、妻や自分の子どもたちとちゃぶ台囲んでごはんを食べ、そこらを片付けてお布団敷いて寝る、というほのぼのした生活ぶり。東京で保育士をしていた園長先生は、子どもたちが自分でしたいことを決める、自主性を伸ばす保育を実践するために長野に移住し、保育園を始めたんだそうです。

 ここに通ってくる子、みんな活きのいい目をしているのが印象的でした。田舎でありながらも、どろんこプールにいつでもどうぞ〜なんていう保育をする園は他にないそうで、わざわざ隣町からも通ってきているお子さんがいるんだとか。こんな園があったら自分が通いたい! 近所にあったら毎日覗きに行きたい! と見ていて思っちゃった。若い園長先生のぶれない信念が格好良く、家族揃っての職住一体形の暮らしぶりも気取らない自然体。ナレーションの友近さんのあり方も絶妙なハーモニーをかもしだし、いや母さん、ほんと、いい番組だねえ。

「こういうのを見ていると、どこかへ引越したくなるんよね」と母。「畑もやりたいし、水と空気がきれいなところがいいなあ」。ああ確かに、夢がふくらむよね。うんうん、と頷きながらビールをぐびり。

 私は普段テレビに出る仕事をしていながらも、他番組をこまめにチェックする方ではないので、おすすめ番組は人から聞く、もしくは宿泊を伴うロケの時に、宿のテレビでザッピングしながら探すことが多いのです。自分が出演者側であることを思い出すのは、ふとした拍子に流れてくるコマーシャルやなんかだったりすることがほとんどで、大抵それを目にすると普段の自分との違いに、そう、あまりにも違うことにぎょっとするのであります。人目に触れる仕事だという自覚は、東京に住んでいたときのほうがまだしていたかもしれません。京都に来てからますますのびのび暮らしていて、"一商品"としては危機的状況ともいえる。マネージャーが管理が厳しいタイプではないので、自由にさせてもらってありがたいのですが、その分自分で気をつけないとだめね。

 ドラマやアニメの吹き替えなど、いろんな仕事をいただいて、そのつど違う本上になっていくのですが、その必要があまりない、素のままでいられるのが、ドキュメンタリーや旅番組です。以前、カメラが旅人の視点となって方々へ行く『トラベリックス』という番組のナレーションを長く務めていましたが、視聴者のみなさんが疑似旅行をしているような感じで見てもらえるつくりでおもしろかった。叔父は「まなみは忙しいなあ、毎週いろんな国にロケに行っているのか」と感心してくれていましたが、そう思う人がいても不思議じゃないくらいに「私があちこち出かける旅番組」になっていたのです。そのうち自分でも「行ったことのある国」と勘違いすることが増えてきて、映像の力ってすごいなと驚いたものです。

 最近はBS朝日『そこに山があるから』という登山の番組で、月1ペースで関西圏の山にロケに行きますが、山ですれ違う人が「あ! 『そこ山』見てます!」って言ってくださることが増えて嬉しい。山って、すれ違う人とは挨拶するのがマナーで、立ち話で山頂の天候などを情報交換したり、休憩ポイントで面識のない人同士がお話することが普通にあって、楽しいんですよね。犬の散歩で知り合う人同士にもちょっと似ているような気がします。こんな風に気軽に声かけたりかけられたりすることが街でも増えたら、ぎすぎすすることが減って、優しい社会になると思う。

 今はあと、週1回、火曜日夕方に関西圏でのニュース番組ABC『newsおかえり』に出演していますが、こちらは仕事でありながら、とても大切な学びの場にもなっています。出演し始めて半年経ちましたが、生放送って本当に難しく、そしてやりがいのあるものだと感じています。次々に入ってくるニュース原稿を読むだけでも大変なのに、発した瞬間に消えていく声という道具で、情報を的確に伝えることができるアナウンサーのみなさんの技術には脱帽するばかり。速報もあれば、時間をかけた取材ものもあり、お店で言うとお総菜屋さんもあるスーパーマーケットのような、何にでも対応出来る柔軟性が必要なのだなということを痛感します。毎回「あの場面ではこうするべきだったのかな」と自分の課題点が色々見つかる。火曜日はチャレンジの日、挑戦させてもらえることに感謝しつつ、試行錯誤を繰り返しています。

 一度、休憩中にメインMCの横山太一さんから「本上さんはニュース原稿を噛まずに読みますね」と褒められたのがあだになって、本番始まりでさっそく噛み、「(よけいなこと言って)ゴメン!」なんて謝られたものでした。

 さてさて。

「一泊なのにこの荷物!」、実は今回で最終回となりました。コロナ第一波、前代未聞の家ごもりのころから始まった連載、お出かけ好きの私にとってこのタイトルは、いつかまた旅に出るぞ! の希望の言葉であり続けました。自粛生活で、これまで歩んできた人生をめちゃくちゃ振り返りましたし、自分にとって何が大切で、これからをどんな風に愉しく生きていきたいかということを一生懸命考えるきっかけにもなりました。

 ぼろぼろ、ぐだぐだな回も含めて、全部が今の私。呆れず読んでくださったみなさまには心から感謝しております。夫婦での連載というのもこれまで思いつきもしなかったことで、冷や汗を流しつつも、こんな奇妙な思いつきをしてくださったミシマ社さんにも、貴重な機会をいただき感謝しています。華やかに見える業界のひとと思って声を掛けてくださったのかもしれないけど、想像以上に地味な暮らしぶりで拍子抜けしていたかも......。思ってたんと違う! となっていたら今更ですが申し訳ありません。

 ではみなさま、またいつかどこかでお会いしましょう!

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

編集部からのお知らせ

本上まなみさんと澤田康彦さんによるエッセイ連載「一泊なのにこの荷物!〜とある夫婦の順ぐりエッセイ〜」の書籍化が決定しました。2020年4月からの連載エッセイを一挙に収録いたします。ミシマ社より、来春刊行予定です。どうぞお楽しみに!

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