一泊なのにこの荷物!

第3回

運動

2020.06.15更新

 「グネる」を広辞苑で引いてみました。

 えーと「魚や鶏・子牛肉のすり身につなぎを混ぜ、紡錘形などにゆであげたもの。ソースをかけて......」。ちがう、それは「クネル」や。その隣!

  ぐね・る [他五]くじく。ねんざする。「足を─・る」。

 ......なんて、ウソです。そんなんあるわけない。

 でも(関西なら)まあ誰でも知っています。なんなら「くじく」より使うかもしれない。「グネる」の方が説得力がある。「きのう河原でグネってしもてなあ」。おっと例文は必要なかった。既に妻が前の原稿で上手に使てはりました。「(夫が)グネらないか」とか、ちゃんと動詞の活用もできています。そのうち「グネれ」まで活用しそうだ。

 その夫は今のところ具体的にグネってこそおりませんが、そもそもとても体がかたく、この自粛続きでいよいよガチガチに固まってしまったようで、グネらずともあっちこっちが痛むのであります。もっといえば、既に全身グネっている状態かもしれない。

 ついこないだまで、ぎりぎり逃げきっていた子どもらとのオニごっこも、もう捕まるのが当たり前になりました。捕まったあと、今度は追いかけるのもぜいぜいとむなしい結果になり、あっちこっちで「べんべろべーん」と言われハラも立つやらで、もう賀茂川に出るのがイヤになりかけています。子どもらすぐに「オニごっこしよう」「相撲しよう」「かけっこしよう」って言うからなあ。

 それで思い出したのですが、ぼくの東京時代のパーソナルトレーナーの女の子の話。彼女はテニス部出身で、そのテニスはもともと父が教えてくれたもの。小さい時から毎週のように連れていってもらったのだけれど、中学生になった頃、父に勝てるようになりだした。そうしたら「もう誘わなくなった」。わかるなあ、それ。父は負けたくないのだよ。実は勝ててイバれるからやっていただけやねん。負けたら全然楽しくない。やめる。わっかるわあ。ちなみにその父さんの趣味は「マジンガーZ」のフィギュア集めだそうで、ぼくよりかなり若いな。

 さて、「グネりのちび丸」という異名を持つ妻の傷も癒え、賀茂川はまた主に有酸素運動の場へと戻っていきました。妻は持久力があって、彼女の母と行った八ヶ岳登山でも母の荷物まで持ってやり、つまり前後にリュックを背負って登ったというからすごいなあ。歩くのも異常に速いのです。数歩あとを歩みつつ、何をあんなに急いではるんやろ? と不思議に思ったりしています。

 よってオニごっこでもかけっこでもリーダー格となっているのが憎らしい。

 ある時は子どもらの前で夫をおんぶしてみせたりして、あれはフザけているんだと思って、ぼくは無邪気に笑っていたけれど、実はマウンティングではなかったか、と気がつく。ホラーな一瞬ですね。

 夫のことを「おやびん」と敬称ふうに呼びつつ(だから「ちび丸」となったわけですが)、どうやらカゲで子どもらには自分のことを「中(ちゅう)丸さん」とワンランク上で呼ばせているうわさも。そのうち「大丸さん」になるかもしれない......って、デパートやん! つまりは着実に子どもらを子分化させているわけですね。やべえぞ、おやびん。

 最近は──原稿にもある通り──子ども二人を引き連れて奇妙なダンスをはじめました。手を広げ、天を仰いで、前後左右に揺れ、まるでUFOを呼んでいるかのよう。......恥ずいなあ。通りがかりのみんなが見ていくぞ。わんわん。犬も吠えてる。トンビも頭上を旋回しはじめました。

 そういえば昔から芝生や砂浜に出たら、突発的にはしゃぎだしてダンスっぽいというか新体操っぽい動きをしだしていたものです。自動的になんかへんな脳内物質が湧いてくるのかな。そういう写真は多いので、今後なんか不穏な動きがあったら公開してやろう。

 基本的な動きが和風なので、盆踊りの所作が似合い、腕を振り、ステップ踏みながら、「この、一回ちょっと下がるとこが好きやねん」なんてつぶやいています。

 ただ! 今のところ、うちの家族の中では、テニス、バドミントン、キャッチボールなどの球技ものは「お父さん」(ぼくね)が断然うまいので、これだけはまだまだ譲ることはできません。妻にも子どもにも面白いように勝てるのがうれしく、ラケットも数種、テニスボールもシャトルコックも買い与えてやりました。なんなら、そのうちグローブや軟式ボールも買ってもよかろう、なんてね。こちらも、なんかの物質分泌中。

 妻は球技がことのほか苦手、というのは本人の申告にある通りの確かな事実です。いつだったかテニスをやってみたときに驚きました。テニスとは一回バウンドさせて打ち返すのが基本形なのですが、落ちるところに体を持っていくのですね。そしたら打ち返せへんやろ。

 知り合った頃、キャッチボール用にグローブもプレゼントしたのですが、キャッチはともかく、どこに投げるねん! っていう投球。

 そんな人がアイドル時代、大阪ドーム、近鉄バファローズのマウンドに立って、ボールを投げた。対するオリックス・ブルーウェイブのイチロー選手を空振りに仕留めた、なんて始球式としても信じられませんねえ。

 もう一回の始球式では、バッターが誰だったか忘れたけど、球は1塁方向に。牽制球やがな! と、大阪のみんなが突っ込んだと思います。本人を見たら、マウンドでばったりずっこけていました。あれ、グネったんちゃうかな。

本上まなみさんによる
「運動」はこちら

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。「京都新聞」朝刊に1面題字下コラム「新暮らし歳時記」を毎朝、エッセイ「いくつもの空の下で」を毎日曜、連載開始。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

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