一泊なのにこの荷物!

第16回

ペット

2021.07.15更新

 いいなあ。本上さんは白文鳥を飼っていたのか。そういう鳥を飼ったことのある子は心優しくなる。そんな気がする。

 手乗り文鳥には憧れた。あれでしょ、人さし指を出したら、やってくるんでしょ? 指に留まり、こちらをじっと見つめて小首をかしげるんでしょ? くちばし、ピンクなんでしょ? 肩にも留まってときどきほっぺにチュってするんでしょ? いたいよ〜って言うんでしょ?

 いいなあ"手乗り"。子どもの頃の私は何にでもすぐに憧れる名人であった。六年生の字長あざちょうの持つ集団登校の旗にも、お祭りで馬に乗せてもらえるお稚児さんにも、モチまきのモチまく人にも、裏庭で脱穀する人にも、豆腐売りのラッパにも、バス遠足のガイドさんにも、万博の外人さんにも憧れた。単に外国人なだけでサインをもらったりした。

 テレビでは見るもの次々に心奪われ、ウルトラマンのベーターカプセルはもちろん、エイトマンが弱ったときに吸うタバコ、鬼太郎のちゃんちゃんこ、チビ太のおでん、ひみつのアッコちゃんのコンパクト、悟空のきんとうん......って、いま思い出すまま順不同で書いているのだが、ほしーなあ、ってタメ息ばかりついていたのだった。グリコの懸賞でもらえるせっかちくんや、おしゃべり九官鳥なんて、どれだけほしかったか。相棒的な存在でいうと、宇宙少年ソランのチャッピーは理想で、あれって後のナウシカのテトとか、魔女のキキのジジとかであり、手乗りの小鳥もその流れだよね。『幸福の王子』のツバメとかね。小さな相棒は肩に留まる。留まって人生のアドバイスさえくれる。

 小学生男子は生き物に憧れる。小学生の例にもれず、カブトムシとクワガタに憧れ、夏休み、とあるクヌギ林に大物がたかるという秘密の情報を入手した。前日夕方に砂糖を煮詰めた液を持参、太い筆で幹にたっぷり塗って、翌朝早起き、自転車漕いで現地に着けば、既に地元の見知らぬ少年が採集中。その子の虫カゴを見るとぎっしりとカブトムシが! あのショットは今思っても悔しさとともに蘇る。甘い砂糖の苦い思い出。ちなみに息子が今またクワガタにはまっていて、妻は先週ママ友からミヤマ、ノコギリと、5匹ももらってきたのであった。5匹というと5つの虫カゴ。かさばる。舞い上がる息子であったが、そんなふうに「クワガタを」「簡単に」「たくさん」「もらえる」なんてことがあっていいのか? と父としてはやや疑問に思うのであった。父さんの頃はだな、と語りたくなるのだった。「砂糖を......」

 動物には憧れた。動物を飼うというより、相棒を得るという感覚である。近所からもらってきた子猫はアカトラだった。家にやってきた日、初めての居間の網戸にかりかりツメを立て外に向かってミャアミャアと体より大きい声で鳴いていたっけ。同じ目線にまで体を低く落として観察していたものだ。かわいらしくもどこか悲しげな声、しぐさは、五十数年経った今も忘れない。子猫はオスだったが、チーコと名づけた。同じクラスの女の子の名をこっそりつけたのだ(親にはすぐばれた)。薄い耳、優美な体の線、日なたの匂い、にゃあという顔......爾来ずっと猫派、特にアカトラ派なのであるが、一方で当時は名犬ラッシーや名犬ロンドン、リンチンチン、フランダースの犬にも憧れた。昔の少年漫画や童話には賢い犬がいっぱい出てきて、中には学校にまで迎えに来る天才犬もいたのだ。うちのチーコもそうだったらいいのになんて思ったが、猫はそういう動物ではなかった。『長靴をはいた猫』なんて夢のまた夢のまた夢であった(「カラバ侯爵」という名にも憧れた)。それにしても猫に長靴をはかせたらイヤがるだろうなあ。

 チーコとはずっと仲良くやっていたが、私が近所の川で捕まえたアブラハヤ、バケツに入れておいたぬるぬるの魚を一晩中手ですくってガツガツ食べ、翌朝死んだ。悲しかったが、泣いた記憶はない。私が子どもの時代は動物の死が今よりずっともっと身近だったように思う。飼っていた鶏を父が"つぶす"とか、その首を頭上で旋回するトンビに投げるとか、生まれたての子猫や子犬が箱に入れられて川に流す人がいるとか、つかまえたネズミを水につけて殺すとか、ヘリコプターが農薬を撒いた日の午後は川や池に大量にぷかぷか魚が浮いたとか......今こうやって書くと多くは残酷でめちゃめちゃだが、子どもたちは目の前で生き物の命が消える様、はかなさを具体的にきっちりしっかり体験できたのであった。

 チーコの遺体は、祖母が裏庭の梅の木の下を掘ってくれ、そこに埋葬した。「チーコの墓」と板きれに書いた。澤田家では代々動物はそこに埋める。金魚も鯉も。白梅の古木の下がわが家のペットセメタリーだ。

 鷹匠たかじょうのショーを何かのイベントで見たときには驚いた。ペットが肩に、という図は前述のアニメもそうだが、鳥で言えば『宝島』の海賊ジョン・シルヴァーが草分けで、名はフリントという大きなオウム。「8レアル銀貨!」と叫ぶ、あれはあれで素敵だったが、こちらのタカは猛禽類。しかもリアル。でかい。でかすぎて肩には乗らず、腕にしゅっと留まる。カッコいい。鷹匠の背後に回ったら「後ろに立ったらあかん」と注意され、おじさんはすっと向きを変えた。背後に人が立つのはタカがいやがるのか、あるいはおじさん本人がゴルゴ13みたいなタイプだったのかはいまだにわからない。

 って話はともかく、ようやく冒頭の手乗り話に戻るわけだが、そうそう、そんな流れの中で、猫をなくした少年は、タカやハヤブサ、オウムは無理でも、手乗りの小鳥なら行ける! と思いついたのであった。手乗りといえば、文鳥! セキセイインコはちょっと怖い。駅前の本屋で『小鳥の飼い方』を入手、研究する。本から入るのは今も昔もそうだ。白文鳥、桜文鳥、どっちもいいなあ。ヒナから飼うこと。最初はすり餌で。手間がかかるが、大きくなると家族も見分けて、なつく......ほわあ〜と少年はうっとり。家族に、小鳥を飼って飼って! と頼み込む。猫もいなくなったし。あかん、くさいし。いや掃除するし。あかん、あんた世話せえへんし。するし。結局せえへんし。するし。あかんし。なんでー? ってお約束のような母子のやりとりを経て、ある日曜日、気まぐれ屋の父がその話についに乗り、「まあええやんけ」と彦根の小鳥屋さんに連れていってくれた。躍る、少年の心。

 しかし。しかし、店に文鳥はいなかった。ヒナはおろか、成鳥もいない。店員に聞くと、再来月まで待ってもろたら......と。えーそんなに待てへん。父が「ほな、こっちにしとこ」と指さす先にいたのがジュウシマツ。文鳥よりひと回り小さな体で、白地に茶色がだんだらに混ざった羽。忙しそうに動いている。目はつぶらで、かわいいっちゃかわいい、のであった。おっちゃん、これ手乗りになる? 「まあなりませんな」と店員。でもぼんちゃん、ヒナの頃から一生懸命世話しはったら、ひょっとして。けっこう卵を産むんで、それが孵ったところでやってみはったらどうでしょ?

 うーん、それもありかな? 「かわいらしいやんけ」と父。一刻も早く飼いたかった私は、店員に「つがいにしときましょ」と言われるまま2羽と、鳥かご、わら製の丸い巣、餌等々を買ってもらい、電車のなかで2羽入りの紙箱を大事そうに抱きかかえて、いそいそと帰宅。ペットを入手、軽すぎるそれを初めて運ぶときのことって、よく覚えていることのひとつである。一緒にするのもなんだけど、私には2人の子どもがいて、それぞれ赤ちゃんのとき、生まれた病院から家に連れて帰る時間のあの緊張感、頼りない気持ちと同一のように思う。娘のときも息子のときも冬から春の寒い午前だった。ふわふわのおくるみでぐるぐる巻きにして、軽すぎる生命体を超慎重に運んだっけ。

 ジュウシマツ。おそ松くんの兄弟の名。あっちは「十四松」だが、小鳥は「十姉妹」と書くのか。『若草物語』は四姉妹だが、こちらは十も? なんて思いつつ、改めてしみじみ観察する。実に落ち着きのないペアである。『小鳥の飼い方』の「文鳥」の項ではない別ページを見直す。温和な性格、家禽なので飛ぶ力が弱く野では生きていけないとある。あーそんな感じだな。まあいっか、とニューカマーとの暮らし始まる。かわいらしいやんけ。

 そう、かわいいっちゃかわいい。"ジュウシー"はそういう鳥であった。しかし愛想はない。本には「人にはなつきやすい」とあるが、私が近づくと毎回慌てて、どっかに逃げようとした。毎回ごはんをあげていたのだけれど、ありがとうのひと言もなかった。小枝で小首をかしげたけれど、目線が合うことはなかった。外に出そうものなら逃げていくであろうことは確かだったが、そのまま死んじゃうんだろう。卵を産んだ。何個も産んだが、孵ることはなかった。母が「どっちもメスかもしれへんなあ」とつぶやいた。そんなー。

 かくして少年の鷹匠、というか文鳥匠、というか十姉妹匠となる夢はついえ去った。再来月まで待てばよかったかと何度も思ったり、いっそカナリアだったほうがとか考えたが、子ども心にもそれは失礼だと気づかい、アワ、ヒエ、キビにボレー粉を機嫌よく食べるジュウシーを大事にしようと思った。かわいいっちゃかわいいのであった。でも2羽の区別さえつけづらかった。

 ある日。学校から帰ったら、母が「たいへんや」と告げてきた。「ジュウシマツが......」。鳥かごの中には小鳥がおらず、代わりに1匹のシマヘビがとぐろを巻いていた。うひゃあ! 「飲みこんだんやわ。おなかが大きくなって、出られへんねん」と母が気持ち悪そうに言った、「あほやわ」。

 くわっ、許さん! と私。焚き火で焼くか、井戸につけるか、どうやって仇を討とう? かなり怖いけど、とにかく許さん! とにらみにらみするうちに7歳上、高校生の兄が帰宅。鳥かごを見るなり、うひゃあ! 兄は険しい目で、オレにまかせろ、と言った。しかしそもそもヘビ嫌いで知られる兄である。道ばたで誰かを脅かすときにも「ヘビや!」が定番ゼリフ。「ほんまや」と返すとぴょーんと跳び上がる兄。大丈夫か? と見ていると、柿を採るときに使う先の割れた長い竹竿を用意。遠くからその竿先を鳥かごの取っ手に引っかけ、慎重に家の外へ。そのまま遠くの竹やぶまで駆け出して、鳥かごごと茂みにぽいっと投げ捨てた。振り返って弟に「これで大丈夫や」と、息を荒げた。

 先日、妻の母がやぶで出会ったシマヘビは、その末裔かもしれない。

 というわけで、ジュウシー2羽は名前を付けられることもなく、梅の木の下に埋められることもなく、鳥カゴごと消えたのであった。

 それから長くペットは飼われなかった。私が大学で上京後、澤田家に犬のポッチと猫のミミィがやって来たのは兄の息子が「飼って飼って」とせがんだから。東京の私の方は「ひとり暮らし」の巻で書いたアカトラのはじめちゃんが来るまで、相棒はいなかった。ちなみに、はじめもポッチもミミィも、今は白梅の下、チーコとともに眠る。ああ、何なら私もそこでいいなあ。

本上まなみさんによる
「ペット」はこちら

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。「京都新聞」朝刊に1面題字下コラム「新暮らし歳時記」を毎朝、エッセイ「いくつもの空の下で」を毎日曜、連載開始。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

◉「京都新聞」のコラムとエッセイはこちらからお読みいただけます。

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