一泊なのにこの荷物!

第22回

2022.01.15更新

 うちの娘は「ふ」の字がつくので「ふうちゃん」「ふうさん」と呼ばれ、原稿では私も妻も「ふうたろう(仮名)」と書くのだけれど、そんな名にしたせいかどうか存在感薄め、ふうっと気の抜けた感じ。ぽわんと風船っぽい感じ。たよりない。そばにいるのに気づかぬこともよくあり、そこにいたのかと驚いたり。最近は背もひょろんと伸び、シルエットが妻に似てきてぎょっとする。例えば隣で洗い物をしているのが妻だと思いこみ5分、ふと見れば違う人というのは大いにびっくりするもんです。それは私だけではないらしく、家に来た知り合いもしばしば「なんやふうちゃんかいな」と。

 マラソン大会で速く走ろうとしない姿勢については前回触れた通りだが、学校の試験なんかも、いにしえのサワダ少年のような「1点でも多く!」「80点以下は恥ずべき!」といった "がっつき感"は皆無で、「テストどうだった?」と聞いても「がんばったよー」という返事。「できたのか?」「とにかくがんばったんだよ」「テストをがんばるって何だ? がんばるべきはテスト勉強」と言うと、「がんばったんだよ」と応える、ヌカにクギ、ノレンにウデオシ感。後日戻ってきた数学のテストを見せてもらうと(これも言わないと出してこないしなあ)、63点。「がんばったでしょ」と娘は言う。「あたしとしては上出来」。妻が横から答案用紙をのぞいて「お、がんばったねー」と感心する。「マルが多い」。え!? 私の目にはバツが多く見えますが。

 63点も取ったと喜ぶか63点しか取れなかったと嘆くか、マルが多く見えるかバツが多く見えるか。人間の一生って大きく違ってきそう。幸福論について考えこんでしまう私なり。

 今の季節、窓辺にはふうちゃんがいる。現在中三。読書が好きで、ひまさえあれば何かを読んでいる。寒がりなので陽の当たる場所を好むのだ。休みの日など猫みたいに移動、そこにいたのか! がひねもすあちこちで。こないだの朝は台所の窓ぎわにいた。さし込んでくる冬の斜光を浴びて、なんか絵になってるぞ。「フェルメールか」とツッコんでみると、「真珠の首飾りのやつ?」と娘。「ちゃうわ、牛乳注いでるやつ」と答えると、それはスルー、黙って読書に戻る。「その本、何?」「......同志少女よ、敵を撃て」。おっ、ええの読んでるやん。

 この正月、息子がいとことのマリオカート対戦を切望したため妻は実家の伊丹へ、私と娘は東近江市へと、京都から東西に分かれての帰郷。私の母情報では「こっちはけっこうな雪降りや、気ぃつけい」とのこと、いつもの車移動を諦め電車を選んだ。京都は快晴だが、新快速に乗ればたった45分先のわが故郷は雪であると。滋賀ビギナーはにわかに信じぬだろうが、私は信じる。近江八幡の先は雪。安土の山の短いトンネルを抜けると雪国なのだ。どんな地形の影響によるのかわからないが。

 琵琶湖線に京都から北東へ、娘と二人で乗るのは初めて。京都から山科は東山トンネル、山科から大津は新逢坂山トンネル、二つをくぐれば滋賀県に突入。ちなみに夭逝の詩人、立原道造は1938年12月、旅先の長崎で喀血し、電車で東京に戻る14日にここを通っている。

 今山科を過ぎてトンネルに入つた。可成長いトンネルだ。これをこえると近江平野が眼のまへにひらけるだらう。――――ぼくは食堂車に行つて來よう......このトンネルが逢坂山のトンネルだつた。今汽車は大津の駅にとまつてゐる。

 琵琶湖のほとりをすぎたとき、石山の方の部落のちひさい家は陽をうけてキラキラと光つてゐた。貝殻のやうなかたいかがやきで。(中略)もう六時間半ほどの我慢でよいのだ。(長崎ノオト)

 12月の列車の車窓の向こうに広がる冬の近江の風光はどんなふうに詩人の目に飛び込んできたことだろう(それにしても病人が東京まであと「六時間半」って!)。東京での手記はこう。

 自動車の窓から、おまへのかなしげに熱心に見ひらかれた瞳だけが眼に見えた。

 おまへとは恋人水戸部みとべアサイのことだろうか。ここにも《窓》が。窓の向こうに恋人が、心配げに。このノオトはあくる15日で終わる。《午後から帝大へ行く。多分入院するやうになるだらう。》《ぼくはおとなしくして早く健康にならう。》立原は、《もし僕がふたたび南へ出てゆくとしたら、今度はどこをゑらべばいいのだらうか?》とも書いたが、結局二度と南へ行かぬまま、翌春帰らぬ人となった。

 詩人はなぜ恋人を東京に置いて、一人で南へと旅だったのか? 高校の頃から逢坂山を抜けるたびに思うのがこれだった。今、80数年後の車窓からもキラキラの家が見える。湖面がのぞく。娘よ、ほら琵琶湖が光って......教えんとするも、向かいに座る彼女は車窓の景色には目を向けず、ただ黙々と何かのライトノベルを読む。私のふるさとを見てほしいんだけどなー。石山、草津、守山、野洲......子どものころからよく知ってる駅を越え、近江八幡が近づくと、窓の景色が白くなり始めた。ほら。安土を越え、例の短いトンネルの先は真っ白世界。車窓の降雪は横流れ。わあ。娘の足を軽く蹴って外を指さす。娘はまぶしげに面を上げ「わあ」と初めて感情を見せる。「な」私は少しだけ得意になる。

 母の家に着くと、たしかにちょっとした豪雪で、家屋全体がうずもれている印象。この雪の量は久しぶり。江戸時代からあるという家、よくつぶれないで残ってきたもの。

 姪の一家が来ていて、既に裏庭では3人のおちびが雪遊びで荒らしている。さっそくそこに雪つぶてを投げてみると、すぐに戦いの開始。わあわあきゃあきゃあ家族全員に狙われるもこちらは百戦錬磨、絶妙なるコントロールで3人の女子の顔面につぶて直撃、一人ずつ泣かせることに成功した。手加減をしないのが代々のルール。前回、雪玉を作ってぶつけたいなんてことを書いたけれど、意外とあっさり叶った。

 誰かが投げた一発が母屋のサッシの窓に当たって、雪がはじける。そんな瞬間は何度も見たように思う。デジャヴではなく。窓の向こう側にしかめっ面の母92歳が見える。50年前も60年前もあの窓辺にそんなふうに立っていた。脇には半世紀前に父が買ったマッサージ椅子があり、スイッチを入れると町工場のようなでかい音で強烈に肩を揉む。人はここに座って紅梅を見る。柿の落葉を見る。雪を見る。裏庭に面した窓だから、裏窓。ヒッチコック映画に負けない人間模様が見られたのだ。

 ところで。事件はその夜起きたのである。早くから始めた宴会もお開き、姪の一家が帰ると急に静謐になり、母と私と娘の3人の1月2日午後8時。私はほろ酔い、いい塩梅で前に録画したお笑いでもとテレビをつけ、好みの蛙亭のネタはどんなんかなと。娘は隣で本を読み、母はぼちぼち風呂に......という矢先にぷつんと画面が消えた。電灯が切れ、エアコンが止まった。全館いきなり真っ暗闇に。「え、停電?」と娘。「ブレーカーが落ちたな」と私。本当に真っ暗、真っ黒。電気が消えるとここはこうなるのか。いつもは消灯しても何らかのインジケーターはあちこちについているがそれがないと真の暗闇に。「あわてるな」と娘に言い、リュックから手探りで懐中電灯を取り出す。じゃーん。常備している充電式の高性能品。「あわてるな」を繰り返し、台所の古いコントロールパネルへ。あれれ? ブレーカー落ちてないぞ。パチン、パチン。おかしいな、変化ないぞ、へんだな。あわてる。

 半分服を脱ぎかけた母が、奥から暗い懐中電灯を持って現れた。「奥の部屋が停電になったわ」。いやこちらもだし。「お風呂入る直前でよかったわ」と母。「オイルヒーターが原因かな」と娘が言う。「でもブレーカーは落ちてない」と私。母が「地区全体の停電かも」。なるほどと窓から北側の隣家を見てみると、降雪の向こう、あちらの窓は明るい。南側のお隣の窓は......あかあか! ということはわが家だけ。ということはこの雪で引き込み線が切れたとか? ということは今夜中の復旧は無理? ということはこの寒い夜をエアコンなしで? ひえ!

「いや、あわてるな、石油ファンヒーターが2台ある」と私が言えば、「いや、あれ電気がないとつかない」と娘が冷静に答える。「せめて台所のグリルで暖を」「IHです」。そうだった、老母の一人暮らしなんで2年前にガスをやめたのだった。「しかも!」と娘、「水も出ませんし」。「なんで?」と私、「井戸水なのに」。「おとうさん、大丈夫? 井戸水を吸い上げるポンプが効かない」。大丈夫とは何だ! 「あーお風呂に入る前でよかった」と母が繰り返す。「そこか?」と娘と私が同時にツッコむ。

 電力会社に電話する。1月2日日曜夜につながるか? 駆けつけてくれるものかな? 録音のメッセージが流れ、言われた番号を次々押すも「ただいま回線が混み合っています。このままお待ちいただくか、しばらくしてから......」。しばらくしてからだと凍死してしまうぞ。10分待ったがつながらず、ただ私のスマホの電話代とバッテリー消費が進む結果に。残り20%。母のが30%、娘のが50%。「充電しとけばよかった」と私はあまりにもありきたりの後悔をもらす。

 電話がつながるうちにと、大急ぎで身内に電話する。遠い妻には八甲田山的状況になっていること。兄にはほかの原因が思い当たらぬかを尋ねつつ、もし死んだらあとのことは頼むという冗談(さびしなるなあ、と兄)。姪には明朝早めに来てほしいこと。本欄でよく登場するまたいとこのマサキも帰省中で近所にいて、彼には万一何かあったら助けの要請をするかもしれないということ。

 すきま風のきびしい古い家なので、暖房が切れた時点でぐんぐん室温が下がっていく。92歳の老母の身が心配だ。秋口から電気毛布を使い、ファンヒーターもエアコンもつけっぱなしという寒がりの人。が、意外と気丈で「もう寝とこ、寝るしかない」「真夏でなくてよかった。暑いほうが死ぬわ」「夜が明けたらあんたんとこに行こ」。日頃避けていた京都行きまで提案する。「戦争中なんか灯りをつけたくてもつけられへんかったんやで」と話が長くなりそうなので、急いで寝床の準備に。

 おおそうだ、カセットコンロがあった。ボンベは......4本。百円ショップのバッタもんぽいやつだが、にょきにょき林立、頼もしい(イワタニの会長が原発再稼働すべしとの意見広告を打って以来、そこのは買わないことにしているのだよ)。ふうたろうがお湯を沸かし、テキパキと湯たんぽを用意。「2つしかないから、ひとつはおばあちゃん、もうひとつはお父さんに譲る」。あれ、いつのまにこんな仕切りタイプになっていたのか? 「トイレを流すのにこんなに水が要ることがわかった」と娘は風呂水を運びつつ、「こういうことがあるから、お風呂の残り湯は抜いたらダメなんだよ」とつけ加え、日頃すぐに残り湯を抜いてしまう父をなじった。

 母屋はどれも古い窓。ガラスも昔の薄いもので、カーテンごしにびしびし冷気が伝わってくる。窓の外ではリンゴ売りというのは井上陽水だが、こちらの窓の外はただ雪。降り積もる雪。むしろこちらが氷の世界。唯一ある水道栓は外で、雪に埋もれた蛇口からヤカンに震えながら水を入れる。これはまだ凍ってなくてよかった。寒すぎて大特急で家に避難。この冷気がやがて脆弱な私たちに襲いかかるのか。

 裏窓から再び外を見ると、夜の底はしんとして、雪が落ちてきてもその音は全くしないもの。静かだ。(ざく)。真っ暗だけど積雪だけぼんやり光っている。(ざくざく)。蛍の光、窓の雪って、ああここにも《窓》が。(ざくざくざく)。窓を1枚入れることで、対象物に距離感を生まれさせる表現機能があるんだな。(ざくざくざくざく)。ホラー映画の窓はその典型で、ほとんどのホラーはまず一回窓で怖がらせる。

 ん? ざくざく? この音は何? 窓越しにも聞こえてくる誰かの足音。こんな夜更けに。ざくざくざくざくざくざく......コワ!

 懐中電灯の小さな灯りが見えてきて、長グツ姿の誰かがやってくる。雪あかりに浮かんだ顔は......マサキだ。彼が生まれたときからずっと、つまり62年のつきあいのある、またいとこ。そのとぼけた顔よ。窓を開けるとマサキが「真っ暗やから、もう寝てるのかと思たけど、停電やもんな」と言う。心配して様子を見にきてくれたのであった。ふうたろうも顔を出し「コンバンハ」。「あ、明けましておめでとう」「本年もどうぞよろしくお願いします」。ぺこりと二人。サバイバル中の場違いの挨拶だ。「ふうちゃん、これお年玉」「わあい」

 「やっちゃん(私のこと)、こういう時あたしは特に役に立ちませんけど、弟のユウジは働くんで使ってやって」と言い残し、マサキはまた雪のなかを帰っていった。

 湯たんぽのおかげで母も私も事なきを得、ふうたろうは「寒かったよー」とこぼしたものの全員元気に朝を迎えた。コンロで沸かしたお湯で余裕のコーヒーでも......と豆を取り出しつつ、あかんコーヒーミルまで電動だ。母がダイニングで「暗いな」と蛍光灯のヒモを引っ張る。「あれ?」「だから!」「そやった」

 午前8時。姪がスノータイヤの車で迎えに来てくれ、一路京都へ。午後には兄の手配で電力会社が来て、原因は外のブレーカーボックスと判明。え、外にももうひとつそんなのがあったのか! と初めて知る。

 本日は15日だが、母はまだ京都にいる。二重窓の部屋でぬくぬく凍えずにいる。

 余談なれど、昨日娘が本を読みながら面を上げ、「おとうさん、ペシミストって何?」と聞いてきた。ああ、君にはわからんだろうねえ。

本上まなみさんによる
「窓」はこちら

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。最新刊は「いくつもの空の下で」(京都新聞出版センター)。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

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