一泊なのにこの荷物!

第24回

学校

2022.03.15更新

 ときおり隣の家の給湯器の上に黒猫がでんと休んでいるので、ある朝二階の物干しから「おーい」と声をかけてみたのである。すると「なんだ」とゆっくり面を上げ顔をしかめ「やれやれ」って感じでどさっと降りた。いやみな仕草。別に追い払ったわけではないのにな(本上さんは庭のミニ畑に侵入されるのを恐れて、猫には「ほらあっちへ行きな」とか厳しいのだけれど)。

 黒猫の動きで連想したのが、朝の娘十五歳。妻の原稿にある通り、眠りが深い。かなり揺さぶり続けないと起きられない子。学校のある朝は私が7時前に起こすのが常で、ゆうべはあんなにペコペコ「6時50分にお願いします」と、ですます体で頼んできたくせに、朝のこのしかめっ面、迷惑顔ときたらどうだろう。中学生特有のもわ〜っとした部屋で、いぎたなく眠りをむさぼる姿よ。祖母から譲り受けた昔ながらのベッドは小さくて、足が飛び出ている。大きくなったなあ、ちょっと前までこの子は......なんてつい感慨深くなってしまう父でもあるが、ここは鬼になり布団を引きはがし、目覚まし時計を枕から遠く離してやれば、すぐに7時のジリリリリ、手を伸ばせど届かぬ距離に娘は薄目でイラだって「やめてよ」と父を責める。数分後やっと、どさっ、やれやれと床に降りる。ちょっと申し訳なく思うお父さん......理不尽とはこのこと。

 でもわかるから。青春は眠いのだ。朝も昼も夜も眠いのだ。いつまでもいつまでも眠れるのだ。学校が午後始まりならよいのに、逆にめちゃ早い。

 さて。昨日の朝の娘はいつもより早く起きねばならないそうで、わけを訊くと、「卒業式の予行演習だよ」とボヤき調。ああ、それな。それは50年前、父さんのころからあった。確かに意味わからないね。運動会にもあったけど、やみくもに後進させられて、イッチニ、イッチニ、サワダくん肘曲げないで、よそ見しない。卒業式では早くも悲しいBGMを流して、起立、気を付け、礼、証書授与、送辞、答辞、お見送り。はい、では明日ちゃんとね。

 あれは何のため、誰のためのものだったのか。まあたぶん代議士、商工会、PTA会長......よくわからないけど、来賓諸兄姉、地元名士に粗相があってはあかんからという配慮だろうか。朝からやらされる方は確かにたまらん。主役の卒業生に練習させて、都合2回も卒業証書を手渡すなんて(1回目はダミー)。今や地元の名士となっている私としては「そんなんいらんから」と宣言しておきたい。オリンピックならまだわかるけれど、学校の予行演習はいらない。当日粗相があってもかまわないからね。未だあらゆる式典に呼ばれたことはないけれど、言っておく。

 てなわけで、式典というものは融通がきかず、つつがなく完遂させるために全体主義になってしまう傾向があり、個人的にはなんだか軍隊と結びつくイメージが働き、好きになれない。学徒出陣感があるというか。予行演習なんて、学校のあかん部分の結晶のような気さえするな。国歌斉唱時の口パク監視とかさ。式典いやだ。と言いつつ、娘息子の入園式卒園式入学式卒業式にはけっこううるうるしてしまう私もいるのだけれど(自分のときにはあれほど無関心無感動だったのになぜだろう)。

 卒業式でいえば、在校生の「呼びかけ」は楽しかった。ほらみんながひと言ずつ口にしていくあれ。「桜花爛漫のきょう」「わたしたち在校生は」「卒業生のみなさんの今日の門出を心から」......ってやつ。ときおり全員が「おめでとうございます」とか声を揃えて言うときに盛り上がる。この言葉の洪水はドラマティックで気持ちよかった。今はもうできないものの一つだ。ついでながらこれで思い出すのは恩田陸のデビュー作『六番目の小夜子』という怖い小説。演劇部によって作られた「呼びかけ」のシーンは忘れられない。

「学校というのはなんと不思議なところなのでしょうか」「勉強するためだけならば」「何もここでなくたってできる」「おかしいと思いませんか」「試しにそこの教室を覗いてごらんなさい」「何が見えますか」「たくさんの同じ大きさの机と椅子」「がらんとした四角い部屋」「この部屋は何」「そう、これは容れ物なのです」「何を入れるのでしょう」「そう、人間です」「そう、あなたたちを入れるのです」「あなたたちをこの一つのところに集めるためにある場所なのです」「皆同じ服を着せ」「皆で勉強しようというのです」「こんな狭いところに四十人も」「みんなが前を向いて」「そこに何時間も座っている」(ところどころ省略)

 小説ではこの呼びかけ中に"六番目のサヨコ"が現れる。なんと恐ろしい。『夜のピクニック』にもあったが、学校という不特定多数の生徒のなかに見知らぬ人物が一人存在する......という感覚。恩田さんはそんな恐怖を見事に描き上げられる作家だ。あの感じは、浦沢直樹『20世紀少年』のお面のあの子誰だったっけ? っていうのに通じるな。学校の思い出の底には、どうしてもモヤモヤして思い出せない子がいるもんで。いっしょに遊んでいたのに見えない子。

 学校は古くは『青春とはなんだ』『これが青春だ』に始まる明るい青春ドラマや、『飛ぶ教室』『二十四の瞳』『金八先生』など感動ものを擁する一方で、ホラーやミステリーの現場ともなる閉鎖空間。近年の小説でも、湊かなえ『告白』、辻村深月『冷たい校舎の時は止まる』『名前探しの放課後』『太陽の坐る場所』、宮部みゆき『ソロモンの偽証』、綾辻行人『ANOTHER』、森絵都『クラスメイツ』、朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』、貴志祐介『悪の教典』......傑作ぞろいのあっちにもこっちにも謎や恐怖、暴力が待ち受ける。漫画だと、楳図かずお『漂流教室』が一等賞かな。もはやあんな学校に行ってみたいくらい。「あ!」の叫びの響く場所。

 私の学び舎は、サヨコやトイレの花子さんの出没しない平々凡々な施設だったな。あるいは出没してても気づかない、それどころじゃない子どもだったのかも。「窓」の巻で書いたように、小中時代の私は100点が当たり前、90点台だとどこを間違えたか、80点以下は恥ずべき、なんて価値観でいたガツガツの子。今思えばまんまと狭い容れ物の中で躍らされていた。勉強が得意というより、テストが得意で、だから受験なんかはうまく行ったけれど、実生活で役立った実感のあまりないのが情けない。年号やイオン化傾向(かかなまがりを...)、ソ連のコンビナートの順(どうにもばくー...)、いくら覚えててもねー。

 学習、授業の覚えなんてほとんどなく、心に刻まれているのは学校にいたあの友この友のあれこれで、圧倒的に休み時間の方が多い。みんなが繰り広げた失敗、ずっこけの記憶の多いこと。牛乳かぶせられた子、おしっこ漏らした子、まくり(虫下し)を2杯飲んで吐いた子、シーソーから落ちた子、そのまねをして同じように落ちた子、プール掃除で転んでべちゃべちゃになった子、先生にしばきたおされた子(昔は日常茶飯事だった)、あのシーンこの瞬間を覚えている。こんな短歌を前に詠んだ。

君たちの失敗談なら一つずつ今でも言える 級長だから

 当時これに○をつけてくださった歌人の東直子さん評は「人格から滲み出てくるいやらしさみたいなものが歌にあらわれていて、うまいと思いました」。△の穂村弘さん評は「この人は感じ悪さから球一個分はずしたところで『敢えて感じ悪く書こう』という、そういう性質を持っていますよね。(略)《君たち》って言い方がもう感じ悪いです」「最後に一字空けで《級長だから》ってわざわざ言うところに感じ悪さのダメ押しがある」。それぞれ褒めてもらいました。

 そう、級長=委員長を多く務めたのだった。私は振り返れば小中高校では児童会会長、代議員会議長、応援団長、クラブの部長、あざ長まで。「長」のつく要職をほしいままにしてきた子ども。指揮者もすれば、公演の監督もやった。予行演習嫌い、全体主義苦手などとうそぶきながら、その実、けっこうな体制側でもあって、ふざけたいのに真面目でいなければならぬという矛盾を抱えた子ども時代だったように思う。

 ああ孤独な級長さんの私よ。胸に輝くバッジが一つ。

 思い出した。小六、児童会会長だったとき、全校集会では壇上を背に児童を見る椅子に座る。教師たちの入場時に会長が立ち上がれば全員が立ち上がるという決まり。みんなからは先生が見えないので、私は見つめられる存在。そういうとき私は「立つフリ」をして立たない、フェイントをしかけたものだ。いやたった2回だけど。ざわざわと立っちゃった子らを見て内心くすくす笑う私。長には結局向いてないのだろうな。

 学校について、あと一つ。社会に出て、20代に就職、30歳を越えたあたりに気づく。学校で教わっておきたかったこと。

 酒の飲みかた。料理。家事。銀行とは。年金とは。クレジット、借金の怖さ。ギャンブル。ブラックリストの存在。犯罪をおかした者のその後の人生はどうなるか。組合とは。結婚もあるけど離婚もありうるということ。子どもが生まれたときの責任。親を見送る責任。病人、けが人、弱い人への接し方。遺産相続。家とは。土地とは。サバイバル能力。農林水産業の大切さ。壊れやすい地球について。平和の重要性と戦争のおそろしさ。基本的人権って何だ? そして、選挙には必ず行けということ。

 少なくとも、現代史、昭和史、戦禍を教えようとしない学校って何ですのん? と思う。国が思う通りにできる子を作る容れ物であっては断じてならない。

 学校という不思議な箱を思うと、結局大真面目になるなー。明るい未来もその逆もこの箱次第であることは確か。

本上まなみさんによる
「学校」はこちら

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。最新刊は「いくつもの空の下で」(京都新聞出版センター)。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

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