一泊なのにこの荷物!

第25回

遊び

2022.04.15更新

 大人になって、遊ぶのがへたになった気がする。さぼる、手を抜くのは上手いのにな。

 子どもの頃はお金はなかったけど、時間はあった。わずかの勉強タイム以外は「なにがなんでも遊ぼう」としていた。野外はもちろんだけれど、家の中でもテレビを見て、漫画を読んで、本も読んで、兄や近所の子とプロレスしたり、廊下にロウを塗って滑ったり(「殺す気か」と祖母)、ねこの耳を何度も裏返したり、ねこの毛に静電気を起こしたり、雑誌の付録組み立てたり、そうそう学研の『科学』『学習』も付録ほしさに購読していたものだったし。文通もやってた。転校した親友に、ポップスベストテンを毎週のように書き送った。こないだ現物を見せてもらう機会があって半世紀ぶりにあの日々の自分に再会したのだが、異様なマメさかげんに驚いた。なんで枕草子を書き写して送っているのか、若い私よ。

 かつての私は今の十倍くらいの集中力があったろうし、断然ヒマだったのだ。逆に今はどこにいてもなんでこんなにソワソワしているのだろう。そのくせなんで退屈なんだろう。そういえば昔、隣のおじさんは「こうはしとれん」ばかり言っていたことを思い出す。今の私がそれだ。

 本上さんはどうか? 原稿を読むと、「遊び」というより散策とか遠足とか、ともすれば研修、農作業みたいな趣味だな。

 私の「遊び」はもっとアクティブで、思い浮かぶのはトランプ、将棋、麻雀したり百人一首したり、ダーツやビリヤード、卓球、ボーリング転がしたりバット振ったり、野外なら釣りにペタンク、草野球、テニスとか。まあ普通。

 忙しく道具を使うものが多いな。つまりはゲーム。誰かしら何かしらと戦うもの争うものが遊びという気がする。野原の草遊びひとつとっても、笹舟で競争するとか、草わっかで人を倒すとか。紙飛行機は滞空時間の勝負だし、縄跳びは回数、かくれんぼはいかにまんまとウラをかくか。することがなければただかけっこしたり、自転車でぐるぐる回る。あるいは相撲をとった。私は「清国」であり、よっちゃんは「大鵬」、まー坊は「柏戸」で、長谷川くんは「長谷川」であった(そういう関取がいたのだ)。

 妻はまあ、戦わない人。だから彼女と"ゲーム"をしてもつまらないのだ。闘争心のない人との戦いは弾まない。いつだったか何かの拍子に将棋を始めたが、彼女は何も考えずにほいほい指すのみで、簡単に飛車角、王を取られ、「あ、負けた」で終了。勝ってもちっともうれしくなかった。

 旅先。宿にあったオセロでは、なんと私が負けた。弱かったのではない。妻が弱すぎて、調子に乗ってガウガウと定石のはじっこを取っていったら何ということだ、内側を大量に取られてしまうという奇跡の逆転が起こったのだ。このゲームはあなどれない。オセロの強豪(のはず)の私は地団駄を踏んで悔しがったものだが、妻はこの時もひと言、「あ、勝った」だけだった。喜びも悲しみもイバりもない人なのであった。

 結婚してもう20年くらいになるけれど、妻と興じたゲームで最も心が通じ合ったのは『シーマン』だった。テレビゲーム。今はなきドリームキャスト(涙)。ご存じの方も多かろうが、人面両生類。かわいくもなんともない、むしろ無愛想で気持ちの悪い、おっさん顔の生き物を水槽で育成するゲームだ。食べ物を与え、話しかける。「シーマン!」と妻が声をかけると「...なんだ」と返事。「おなかすいた?」「すいてない」。「ばーか」と言ってみると、しばらく口をきいてくれなくなる。餌に蜘蛛を与えると顔や全身に赤い斑点ができ、病気になる。妻が「ごめんね」と謝れば、「あー気持ちわるい」。あるときはシーマンから「おまえの職業なに?」と聞かれ、「女優」と答えていたっけ。「ふーん」シーマンは興味なさそうだった。おお今から思えば、このゲームもまた勝敗はなく、ただただ観察する世界で、本上さんはそういうのが好きな人なのだった。

 そしてついでに書くと、現在の子どもらとのやりとりは、シーマン育成みたいなものだなあ、と。けっこう憎らしいし言い返してくる。子育ても広義の遊びっちゃあ、遊びか。

 小4の息子とするゲームは面白い。本人がいたって真剣、必死、集中力があるから。一昨日はトランプで「スピード」をやった。以前に比べて、手さばきも判断も速くなったことに感動する。しかし父は負けないのだ。息子は、もう一丁、もう一丁! と挑戦するうちに目に涙を溜めてくる。悔しいのだ。勝ちたいのだ。分かる。胸の奥がきゅんとするが父は手加減して負ける人物ではない。9→8→9→10→11→12→11......はい終了。7勝0敗。

 だが8戦目、ついに敗れたのだ。手札の残り2枚。惜しい悔しい......が、同時に嬉しい。勝ったときの息子の輝かしき顔よ。これが遊びだ。「もう一丁!」。味をしめたな。

父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色こんじきの獅子とうつれよ 佐佐木幸綱

 それです。

 私が勝手に師匠とあおぐ、去る3月に惜しくも亡くなったカヌーイスト、野田知佑さんは、まごうかたなき金色の獅子であった。享年84歳。著作、活動は多いが、基本は「川で遊ぶべし!」を叫び続けた人だった。遊びといえば、まず師を思う。というわけで、後半は師匠のことを書く。

 その昔、椎名誠の怪しい探検隊に参加、というかドレイとして連れ去られていた頃。おじさんばかりのサエない焚き火の宴会で酒を注いでまわり、果てなき洗い物片づけ物に追われ、蛾や蚊や蠅やフナムシにさいなまれながら「これは果たして楽しいことだろうか?」と疑念を抱き始めた頃に現れたのが野田さんだった。

 目の前に川があって遊ばないのはおかしい。野田さんはカヌーを何艇か運びこみ、川下りを教えてくれた。ほとんど川面の高さから仰ぐ岸辺の新鮮さよ。穏やかな流れから急な流れへ。ときにジェットコースターのようにすべるカヌーのラクチン、わくわくよ。探検隊史にレジャー=遊びがもたらされた歴史的な瞬間であった。そう人類はこんなふうに進化してきたのだ。

 四万十川で野田さんを主人公に映画を撮った。山奥にこもってなかなか風呂に入れなかったロケ隊は、ある夜クルマ隊を組織し、町の風呂屋に向かった。そうしたら野田さんが「バカだねえ、目の前にこんなにいい風呂が流れてるじゃないか」とうそぶいて、一人どぼんと暗い四万十川に身を浸したものだ。流れる風呂は初めて見たよ。

 焚き火宴会。とにかく男だけなので酔ったおじさんたちはけっこう下ネタを展開する。そんなあるとき私にぽつりと呟いたものだ。「サワダ、女というのはとてもよいものに間違いはないけどさ、それより楽しい遊びってあるんだよ」

 野田さんは映画に詳しかった。とくに青年時代に見た、つまり1950〜60年代の作品群。「何でも見てたんだよ、町では映画館しか楽しみがなかったから」。川で遊んだあと、夜お酒を飲みながら、野田さんの好きな西部劇や航空映画の話を聞くのが好きだった。抜群の記憶力で、公開時に見たラオール・ウォルシュ、ハワード・ホークス、デルマー・デイヴィス...を昨日見てきた映画のように語った。これもまたヒマが生んだ無形の財産で、なんで私は録音しておかなかったんだろうと後悔する。物腰は(野田さんが好きな)『その男ゾルバ』のアンソニー・クイン、風貌はポール・ニューマンみたいで、無国籍、スナフキンのような存在だった。最後に来た野田さんからの郵便物は一昨年、キム・ノヴァク主演の『媚薬』だったなあ。

 娘は幸い、野田さんが校長を務めた徳島は吉野川流域の「川の学校」の塾生となり、太ミミズもぶらさげられる子となったが、6歳下の息子は間に合わなかった。それが残念だ。

 この学校では、舟遊びもよし、泳ぎもよし、潜りもよし、釣りもよし。持ち込み禁止のものは宿題。親。就寝時間は自由。いつまで起きてても可。「でもね」と野田さん、「川で一日暴れたら、全員くたくたになって寝ちゃうんだよ」と言う。「そして寝顔が笑ってるんだ。おおかたでっかいサカナでも捕まえた夢を見てるんだろう」

 子どもたちにも大人たちにもずっと「遊べよ」「遊ぼうぜ」「遊ばなきゃダメな人間になるぞ」と、動詞「遊ぶ」の各種活用を口にした。「外で遊ばないと遊んだことにならないぞ」は、幼稚園児だった娘に野田さんが言ったセリフで、娘は今もこれを口にする。野田さんは生きてるんだ。

 そういう意味では、外で飛び跳ねてる本上さんは十分に遊んでいるということだろう。

本上まなみさんによる
「遊び」はこちら

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。最新刊は「いくつもの空の下で」(京都新聞出版センター)。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

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