一泊なのにこの荷物!

第27回

ウソ

2022.06.15更新

 近年「ウソ」と言えば、いちばんに前の前の総理大臣の顔が思い浮かぶ。眼帯かと思うほどの小型マスクを億単位で作ったことで名を残した人物。あのマスクは海外メディアにも「エイプリルフールか」とツッコまれたものだったな。国会で118回ウソをついたと数えられた伝説の首相。オリンピックを切望して原発事故の汚染水は「アンダーコントロール」と、ぺろぺろっと口にした。招致委員会は、東京の夏は「温暖で理想的」と乗っかった。学園建設の疑惑について「私や妻が関係していたなら総理大臣も国会議員も辞める」とまで宣言し、記録はすぐさま廃棄させてたっけな。「妻が名誉校長を務めているところはあまたある」とも言ったが、実は2例だった。2例は「あまた」とは言わん。

 だが一方で権力側にとってはありがたかったことだろう。政治は大声で半ギレしつつ叫んだ者が勝ちであることを示し、ウソも繰り返せば道理は確かに引っ込むものであることも証明し、ウソを指摘・糾弾する者に対しては徹底的に反撃し(「こんな人たち」呼ばわり)、庶民は力なくうなだれウンザリし、選挙にさえ行く気さえ萎えさせる魔法をかけた功労者である。投票率が下がると権力が勝つのである。それにしても、

「ウラジーミル。君と僕は、同じ未来を見ている。行きましょう。ロシアの若人のために。そして、日本の未来を担う人々のために。ゴールまで、ウラジーミル、2人の力で、駆けて、駆け、駆け抜けようではありませんか」

 ......ってなあ。勝手に2人だけでどっかに駆けて行けよ。書きながら私もウンザリしてきたので、早々にほかの話に移る。許せ、お題が悪い。

 「ウソをつくのが苦手」と妻が告白していたが、本当にそう思う。往年のテレビドラマ『木更津キャッツアイ』で阿部サダヲ演じる猫田はウソをつくと前歯が出てネズミ顔になるのだが、それに負けず劣らずわかりやすいのが私以外のサワダ家の面々だ。とくにトランプ...ポーカーとかでは顕著となる。

 たとえば私の甥っ子などは、よいカードが来ると明快に顔が上気、ニヤニヤ笑いが止まらなくなる。配られた5枚のうち4枚残して1枚を替えるようなとき。たぶんストレートかフラッシュねらいなわけだが、祈るように1枚引いて、念願通りの手となったときの顔の赤らめよう。ブタ(不揃い)だったときの背中の丸まりよう。ブラフ(はったり)は知っているようだが、そもそも顔に「ブラフ」と書いて突っ張ってはアカンだろう。

 そういうわけで叔父の私は、ニヤついていたら降りるし(「え!?」とがっかりする甥)、しょんぼりしているときや妙に意気込んでいる風情のときにはチップを積み上げる。それでもときどきわざと負けてやって相手を乗せることも忘れない。『スティング』のポール・ニューマンのような、『シンシナティ・キッド』のスティーヴ・マックイーンのような気分が味わえる時間なのであった。

 そう書くと、私がウソつきで小狡くて、甥っ子が善良な人物に見えるかもしれぬが、そうじゃない。これはウソをつくゲームであるからして、単に私が賢く、甥がオロカなだけなのである。読者は考え違いしないように。

 いまの家族もそうで、特に妻と息子はダメだなあ。妻が書く通り、ダウトとかのウソをつく系ゲームに弱くて、ニセカードを出すときには顔がひきつっているものな。息子なんて、ババ抜きでジョーカーを引いたりしようもんならプレッシャーに耐えきれず、「来た」と呟く。この人たちは人狼ゲームはさぞかし苦手だろう。本上さんがこれに参加してもし「人狼」となったらあっというまに村人にバレて消されてゲームオーバーとなるに違いない。それを思うと、映画『人狼ゲーム』2作目『BEAST SIDE』の土屋太鳳は素晴らしかったなあ。

 ゲームごとでなくてもそうで、たとえば妻が原稿を書いている日の夜なんかに「どう? はかどってる?」と声をかけてみよう。彼女がどう反応するかというと......何も返事をしないのである。「どんな感じ?」「......」「タイトルは決まった?」「......」。これは無口でも愛想が悪いわけでも不機嫌でも集中しているわけでもない。それが証拠にこう聞いてみたまえ。「コーヒー飲む?」。「飲む」と即答するであろう。「鳩サブレあるけど」。「食べる食べる」とまさに二つ返事であろう。つまりは原稿が「はかどっている」と答えたらウソになるし、「はかどってない」と言うのもはばかられるし、という結果の「......」なのでありますね。ウソはつきたくないが、真実も言いたくない。だから黙る。

 このへんは娘も似た。「宿題終わった?」「......」。「テストどうだった?」「......」。「通信簿持って帰ってきた?」「......」。「部屋片づけた?」「......」。「鳩サブレ食べる?」「食べる食べる」。この人もまた不利な質問には黙秘権を濫用する。ウソは言ってない。そして答えないことで既に答えが導き出されているという仕組み。

 一方ウソをつく人は、つるつるとウソを言う。言える。ウソという認識をしていないのではないかとばかりに真顔で言う。自分もだませる。恥ずかしがらない。目が据わっている。大声を出す。見た目はまっすぐだ。だからカードゲームとかは強い(はず)。前の前の首相もポーカー強そうだ。おっと、ついあの男の話となる。

 身内のウソつきといえば私の7つ上の兄である。子どものころから大なり小なり百も千もの出まかせを聞かされてきた。そのくせポーカーは弱かった。いい手が来ると甲高い声になるのだ。

 草むらを一緒に歩いていると「ヘビや!」と脅した。自分がいちばん嫌いなものがヘビなのである。「ほんまや!」と返すと、「うわ!」、ぴょーんとジャンプした。

「ぼくなあ、もう50万円溜めたんやで」となぜ小学生の弟に言ったのか? 「最優秀社員賞もろてん」と私の友に言ってどうする? 色白が自慢なのはいいけど、腕を見せ「白系ロシア人の血が混ざってますねん」となぜ弟の彼女に言うのか?(そもそもその「白系」とは肌の色のことではないのにな) 「こないだ大三元上がった」「祇園で100万円使った」「ボーナスを電車で袋ごとなくしたから今生活費がないねん」......。つい先日も兄に遇った地元の旧友の看護師が言ってたな。「あんたのお兄さんの話、わろてええのか、どう返したらええのかわからへんねん」。そうなんですよ。

 悪気があるわけではない。自慢屋。冗談を言いたいタチ。ふざけていたい性格。でもそんなに面白くない(私には)。父の姉二人=伯母たちは兄のことを「ひょうたんなまずやなあ」とよく言ってたものである。その姉妹に兄は「おばちゃんら、佐久間良子と岸恵子に似てますなあ」とかと言う。伯母たちはきゃあきゃあ笑って「そんなことあるかいな、もううまいこと言うて」とまずまずの反応。一方で、弟の私の「おばちゃんら、漫才の海原お浜小浜に似てますなあ」という真実の指摘にはむっとして「誰がやねん!」「やっちゃん、ええかげんにしとき」。人生とはむずかしいもんだ。

 悪気があるわけでなく冗談だからといって、それならいいかというとそれは違う。カッコづけで見栄張りで調子よくしゃべっているうちに真実を見失っていく人間。上塗りの半生。それに母も私もどれくらい惑わされてきたことか。ずっと昔、兄の仕事上の不行跡(=倒産の後始末で)取引先の人たちに会ったとき、みんな一様に「あの羽振りのいい人が」と驚き、ある人は「お兄さん、ベンツ欲しい言うてましたのに」、ある人は「ベンツを買うって聞いてましたよ」、はたまた「ベンツ買ったそうですが」「ベンツのSクラス買わはったとか」と話が進化していたのである。欲しい→買いたい→買った→高級クラスを買った......と口先だけでぺろぺろしゃべっていったんだろう。しゃべっている間に自分の中で脳内変換、結果"購入"という記憶ができてしまったのだろう。それにしても彼にとっては、カッコいい=ベンツなのだね。ちなみに昔の人はすぐに「ベンツ」と言う。メルセデスではなくベンツ。ごちそうは「ビフテキ」。大阪でええとこは「キタ」。余談だがそういえば先日義母は孫をクルマに乗せるときに「私のベンツに乗せたるで」と言ってたっけなあ。「ベンツちゃうやん」とツッコんだげなさい、息子よ。

 罪のないウソ、優しいウソ、悪どいウソ......いろいろあるけど、見栄を張る系、兄系のウソはせつない。バレたときは滑稽で悲しい。バレそうになると、兄は一回一回姿をくらましていたものだったな。

 宮沢賢治に『土神ときつね』という童話があって、これは『貝の火』を超える実に救いのない怖い作品。粗暴で不潔な土神つちがみと上品なディレッタントの狐の、"奇麗な女の樺の木"をめぐる物語。冒頭で賢治はこんなふうに紹介している。「もしよくよくこの二人を比べて見たら土神の方は正直で狐は少し不正直だったかもしれません」。

 物知りの狐は樺の木の前で星のうんちくを一席ぶったあと、こんなふうにいい顔・・・をする。「僕実は望遠鏡を独乙ドイツのツァイスに注文してあるんです。来年の春までには来ますから来たらすぐ見せてあげませう。」「まあうれしいわ」と樺の木。そのあとの狐のモノローグはこう。

あゝ僕はたった一人のお友達にまたついうそを云ってしまった。あゝ僕はほんたうにだめなやつだ。けれども決して悪い気で云ったんぢゃない。よろこばせようと思って云ったんだ。あとですっかり本当のことを云ってしまはう、狐はしばらくしんとしながら斯う考へてゐたのでした。

(書斎を聞かれて)「あっちの隅には顕微鏡こっちにはロンドンタイムス、大理石のシィザアがころがったりまるっきりごったごたです」......こんな会話を盗み聞いた土神は、「もう飛び出して言って狐を一裂きに裂いてやらうか」と嫉妬で胸をかきむしるようにもだえる......と、そんなお話。

 なぜこの小品を思い出したのかと言うと、私は自著の刊行記念として故郷・東近江市で展覧会をやってもらっているのだが(『いくつもの空の下で』展、7/3まで開催中です)、先日そこで地元の幼なじみシロキくんからの公開インタビューを2ステージも受けたのであった。保育園から約60年来のつきあいとなるこの友人は、今や地元の名士となった私をどうやらおとしめたいらしく、いや正確には9割落として1割褒める作戦に出たようで、何度もこう繰り返した。「学生時代、君は立原道造とか『風立ちぬ』とか言い続けていたけれど、あれは女の子に接近するツールやったんやろ?」「女子に手紙を書いて、詩とか短歌を引用してたのは歓心を買うために違いない」「ブラームスとかシューマンとか言うてたのは、あれは......」「星座の話もよくしてたなあ。あれもモテるための......」

 ちゃうわ! と否定しつつ、どこかで「そうかもな」とも思う私がいたのであった。はっ、してみると、狐ではないですか。

「この詩集、ごらんなさいませんか。ハイネという人のですよ」
さそりぼしが向ふを這ってゐますね。あの赤い大きなやつを昔は支那しなではくわと云ったんですよ」
「全体星といふものははじめはぼんやりした雲のやうなもんだったんです。(略)猟犬座のは渦巻きです。それから環状星雲リングネビュラといふのもあります。魚の口の形ですから魚口星雲フィッシュマウスネビュラとも云ひますね」

 オレ、狐だったか......。モテたいためのロックンローラーか。

 『土神ときつね』の二人がやがてどうなるか、未読の方はすぐにでも読んでください。まあしかし個人的には、この狐は自分のウソをちゃんと反省もしてるし、と味方するのであった。一方あの政治屋ときたら......おっとまたその話かいな。駆けて、駆け、駆け抜けよう......ってか。

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。最新刊は「いくつもの空の下で」(京都新聞出版センター)。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

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