一泊なのにこの荷物!

第30回

旅に出る(北海道編)

2022.09.15更新

 夏の甲子園のおかげで、北海道に行けることになった。

 大阪のテレビ局の生のニュース番組に週1で出ている本上さんだが、八月は高校野球中継があるため放送休止、3週連続お休みをもらったのだ。よって涼しい土地へ、約半月の家族旅行に......という展開。

 ついでながら、野球中継は北海道で旅中ずっと観たり聴いたりしていた。最近は好調な滋賀県、彦根の近江高校が勝ち進んでいたので応援していた。私が通っていた公立校の、当時は隣に位置したのが私立近江高校。スポーツが強く、ケンカも強く、いまはどうなんだろう、ツッパリ系の学生が多かった高校だ。ぺっちゃんこの学生カバンの中には鉄板が入っているというウワサだった。登下校時は彼らと目を合わさぬよう影を消して歩いた。それでも「おいジブン、何がおかしい!?」とカラまれた。「いやこういう顔なんです、えへへ」とへりくだりながら、態度に出さなくても内心バカにしてるのはバレるもんだなあと驚いた。ヤンキーは(当時はその呼称はなかったが)そういうことには敏感なのだった。

 懐かしい思い出。50年後、そんなにっくき隣の高校を、彦根であるだけで応援している"ジブン"がいるなんて、これにも驚く。

 北の地の街道をのろのろ走るクルマのラジオから流れてくる高校野球の応援の音はまさしく夏休みのそれで、日中はエゾゼミの豊かな合唱が包み込んだ。京都で聴くクマゼミやミンミン、アブラゼミとは全くちがった質の声だ。北海道は走っても走っても北海道だった。ニュージーランドがそんなだったように。走っても走っても羊、また羊、また羊。ぐーぐー。はっ! 寝たらあかん。

 長めの休暇だった。いとこのジュンコ姉さんからはメールで「そんな長い旅行、想像つかへんわ」「気ぃつけてなー」というメッセージが届いたが、私は長期休暇が好きだ。長ければ長いほど好ましく、旅先も遠ければ遠いほどわくわくする。欧州人が夏になれば当たり前のように仕事を離れてバカンスに繰り出すその姿にずっと憧れてきた。おお、ぼくの伯父さんの休暇! 人間第一の精神。るねっさーんす! チーン!!(乾杯の音)

 この久々の夏の旅も、いつものように(本上さんの原稿にあるように)彼女がさくさく仕切った。ええなあ、ほなそうしょうかあ、どうするかあ、むにゃむにゃと優柔不断な夫に相談していても確かにラチが明かないから。

 あ、いやいやしかし、私とて本当はすごく仕切れるはずなのに。おかしいな。なんといっても「職業=編集者」なのだから。編集者とは仕切る生き物であり、その点で秀でたはずの私なのに、妻や家族といると、とたんに何もしないデクノボーとなる。妻が私以上に有能ということか。あるいは私がここまでの人生で"仕切りエネルギー"を全部使い果たしてしまったせいか(ヌケガラか?)。

 いやちがう。いま急いで考えてわかったぞ。家族旅行というものは、急務ではないからだ。行っても行かなくってもまあどっちでもいいって類いのものだからだ。すべてがまっさら、すべて未定。行くか行かないか何するかから考えはじめるなんて、難しいやねえ。真っ白の画用紙のどこから絵を描けばいいんだ? ってやつ。行ってしまえば楽しいし、描きあげられれば満足だけれど、そこに辿りつくまでがなあ。それならいっそクーラーびしっと効いた部屋で愛枕あいまくら「エンジェルフロート」とともにホラー映画『ミッドサマー』なんかを見ているほうが断然いいよなあ。

 それに家族というやつは、みんながやりたいこと、やりたくないことがはっきりしていて、やいやい言うでしょ。モメるでしょ。にぎやかでしょ。たいていのことが「どっちでもいい」私には勝ち目がないわけですね。よく言えば優しい、本当のところはモメごとは避けたい性質たちの私は、「声の大きい」人の意見を聞くしかないのであった。そのほうが間違いなくラクなのであった。こうして生きながらえてきたのであった。私は小さく慎ましい人間。夜に冷えたビールがあり、朝に濃いめのコーヒーがあればそれでよいのだ。

 そしてそして、つまりはわが家の場合、遊びやごはんについては本上さんの声がより大きめなのであり、誰より野心家かつ情熱家であり、だからただそれに従っているわけでありますね。そのへんの流れは彼女の原稿を読むと、じわり伝わってくる。

「この夏どこかに行けそうな状況だったら、何したい?」「そりゃ涼しいところがいいよね」

 編集者は敏感な生き物で、このときすでにこの奥さんは「北海道に行きたがっている」ことを察知している。が、ここでしっかりしたところを見せようとしてあんまり積極的具体的に発言すると、もっと意見を言わなければいけなくなるし、へたをすると「ネットで予約」なんてのも任せられてしまう危険性があるため、あえてぼんやりとした態度で臨んでいるわけである。

「2週間くらい休みが取れそうなんだよね、どっか行くとしたらどこがいいかなあ」「そりゃ涼しい北の方がいいね、北海道とか」

「まあでもちょっと先だし、来月コロナがどんな状況かもわからないから、様子見ながら考えるとするか」「そやなあ」

 この「そやなあ」という返事が大事。ええやん。反対じゃない。ぜんぜんない。まあ流れに任せますわ。と、この瞬間に北海道行き決定、晴れて本上さんが仕切りはじめて、夫・妻・子どもの「三方さんぽうよし」に。そもそも全員、旅行は嫌いではないから、始まれば積極的に楽しむのである。いい気の流れ。癒しだリハビリだ充電だ。北海道だ。「でっかいどお」は眞木準作だ。

「そやなあ」のあとは早かった。旅に出る直前の本上さんという人は猛烈に動き回る。フェリーで乗り込むことをまず決めた。「ブライアン・フェリー?」と言ってみたが無視された(ふん、ロキシーを知らぬと見える)。うちのミニヴァンをそのまま持っていくプラン。ミニといっても荷物が相当量入る頼もしいクルマで、北海道の家族旅には向いているだろう。問題はむしろ入りすぎる点で、うちら一家は「ねんのために」「あれもこれも」「ついでにこれも」「ならばこれとて」と欲ばってしまう傾向にある。

 私で言えば、とある原稿仕事が出発前に着手・完了できず、関連本や資料を段ボール一箱持っていくことに。「ここぞ」のミステリーも数冊。機械類もパソコンにiPadにスマホはもちろん、Kindleまで。それぞれの各種電源コード。外付けハードディスク。外付けCD/DVDプレイヤー。双眼鏡。USBケーブルで充電する強力懐中電灯。コンパクトカメラ。その充電器。って、充電多いな。疲れたわが身の"充電"どころではないのであった。電子機器類は、妻や娘の分もあり、ほとんどがアップル製品であるから、混乱もたびたび生じた。ついでに書くと、妻も娘もぎりぎりまで充電しない人種なので、いつもヤキモキいらいらしている小さな私。子ども用にトランプ、UNOに花札。テニスラケット、バドミントンラケット、フリスビー、野球のバットにボール。移動中退屈しないようにとアニメのDVDも10枚ばかり。おおすべて「ねんのために」シリーズ。そうそう、枕カバーを忘れないようにしないとねー。私は私のもの以外の枕カバーをあまり信用していない。

 この2週間は上記物量を輸送し整理し続ける旅とも言えた。「あれどこ行った?」「これの片割れは?」「ないない、どこにもない!」という旅であった。銀だこのスタンプ券とかどうでもいいものはいつも目に留まるのにな。右の荷物を左にどけ、上を下にずらし、下のものを前の座席にというミニパズルのような車内。「一回全部下ろそう」というのもたびたびあって、そのつど道ばたがガレージセールのようになった。

 帰ってきての結論を書いておけば、上記に書いた分だけでも3分の2は持っていく必要はなかった。新日本海フェリーには重い思いをさせた。とりわけ、原稿用資料一式。おのれの意気込みは買うものの、結局10行も書かぬまま、むなしく帰宅後の執筆となった。8月下旬、夏休みの宿題の追い込みにかかる息子と並んで、〆切に苦しんだ。取材原稿は子の自由研究に似て。

 枕カバーは快適で、正解であった。旅中、何回か洗った。旅中の洗濯も楽しかった。小さい洗剤「トップ/スーパーNANOX」を一瓶持ってきてよかった。妻はハンガーをたくさん持ってきており、役に立った。しかしハンガーはあちこちにカラみついて車内で迷惑もかけた。

 これで本稿を終わらそうと思ったが、旅中のできごとを何ひとつ書いていないことに気がついたので、ひとつだけ。

 モルックにはまったのである。道南・せたな町の海岸で、妻が出た映画『そらのレストラン』のモデルとなった牧場一家の少年が持ってきたフィンランド発祥の木製ゲーム。12本の木ぎれを1本の木ぎれですこーんと倒して得点を競うという、この単純なスポーツに家族全員がはまった。

 せたな町で合流した、やはり休暇中の大泉洋さん一家(大泉さんは上記映画の主演で、本上は妻役)をはじめ、牧場、民宿、サワダ家の4チームで戦った。大泉さんが即席で実況を始めた。

「......サワダ家、現在46点。めざす50点まであと4点を残すばかりだ。しかし! 4番はいま、6番と9番の隣だ。6番か9番を倒してしまうとドボン、一気に25点に下がって最下位だ。どうする、サワダ、狙うか? 日和るか? 一家の長、責任も重い。さあ投げた......おおっと!」てな具合。

 夏の終わりのせたなの海岸に、サービス心いっぱいの天才の名調子と、モルックのすこーんが響きわたった。

 帰京後、すぐにセットを購入。いまは週末、鴨川で家族と練習を開始している。空を見上げるとくっきり澄んだ青さで、季節が変わったことがよくわかる。あのドタバタの夏の日々もまた、もう帰らない数ページの鮮やかな記憶となった。

本上まなみさんによる
「旅に出る(北海道編)」はこちら

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。最新刊は「いくつもの空の下で」(京都新聞出版センター)。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

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