一泊なのにこの荷物!

第31回

テレビ

2022.10.15更新

 2022年10月15日現在、私はたいへん浮き足だっている。なんと、トレーシー・ハイド&マーク・レスターという『小さな恋のメロディ』(1971)のカップル来日! なんていう情報が流れてきたのである。青天の霹靂。寝耳に水。藪から棒。ひょっこりはん。

 そんなことが起こるのだな。メロディとダニエルは、CSN&Y「ティーチ・ユア・チルドレン」というカントリー調の佳曲に乗り、トロッコを漕ぎ、地平線の向こうへ消えていった......と思っていたけれど、21世紀のいま日本に現れるとは! トロッコ、長く漕いでたねー。

 聞けば公開50周年記念企画として有志が招聘したとのこと。"有志"とはありがたいもの。正にココロザシに大拍手である。今週来週は同作の上映に加え、舞台挨拶もあるとの由。京都にも1日だけ来るそうで、大慌てで予約しましたがな、ハアハア。60歳をとうに超えたおっさんが50年前、彦根の映画館にこの映画を初めて見に行く朝と同じように浮き足だってるの図。「キモい」という妻子を横目に、私は久々のスクリーンに映る初恋映画をどう感じるだろうかとそれを夢想している。しかもすぐそばには50年後のメロディが居る環境下である。わあそんなことが起こるのだな。

 なんて、今回は「テレビ」ってお題なのに映画の話をしてどうする、でありますね。

 ただね、そうはいってもトレーシー・ハイドという美少女に「ふわあ!」となったのはテレビという受像器がきっかけだ。『スター千一夜』のスポンサー、旭化成のCM。1971年当時の平日夜は「人は誰でも〜♪」の歌をバックに『小さな恋のメロディ』が流れていたのであった。東近江市(当時は神崎郡能登川町)の中学2年生は、8チャンネル、19時台、15分の『クイズグランプリ』でスピード解答に挑んだあと、毎晩「ふわあ!」となっていたわけです。

 トレーシー・ハイドを見て、この世にこんなかわいい女子がいるのか! と驚愕した。それはそのあとも複数の女性にそんなことを思い、驚き続けるウツケ者の半生であったけれど、その最初が彼女だったのだ。1971年の平日19時45分あたりの受像器のなかには憧れの子"Melody"がいた。

 テレビの話を書き出すと1冊の本が書けるくらいに見続け、ブラウン管のとりこになった私である。テレビっ子、なんて言葉は黎明期にはなかったけれど、それであった。

 滋賀の田舎のわが家に白黒テレビが来たのは何年だったろうか。『白馬童子』がうっすらと、タケダアワーの『隠密剣士』がぼんやりと、続く『ウルトラQ』の記憶がくっきりとあるので、1960年にはあったように思う。

 93歳の母に聞くと、「お兄ちゃんが小4のときや」ときっぱり。となると1959年頃。ある夜兄が風呂場でしょんぼり泣いていたそうで、わけを聞くと、テレビを見せてもらいに行った近所の年上に「帰れ!」とののしられたそうで、それを祖母が哀れに思い大発奮、へそくりを全部つぎ込んで購入したと聞く。その価格は「4万円以上やったわ」と母。資料によると当時のサラリーマンの平均月収が1万7千円程度であったから、どれほどの英断だったろう。でもそういう家は多かったはずだ。

 母の述懐は続く。そのあとはカラーテレビへの憧れが強まって、やっぱり兄と私は近所で早々に購入した家に見せてもらいに行っていた。当時20万円はしたらしい。母が夕方に迎えに行くと、兄はその家で気をつかって幼い弟の私が暴れぬよう膝ではさみ礼儀正しくしていたという。私が覚えているのは、テレビの部屋の隣室には結核を患ったというおばあさんがいるということで、手で口をふさいでいるように言われていたことだ(いろんな意味で雑な時代だったナ)。

 そんなある日、迎えにきた母にそのおばあさんがこう言った。「こんなに自由にテレビ見せたげるのはウチくらいのもんやで」。60年以上経ってもまだ母が覚えているこのイヤミ。うちにも早めにカラーテレビがやってくる大きな一因となったに違いない。そういう家も多かっただろうし、そういった軋轢が案外高度経済成長を押し進めたのだ。

 私が生まれたのは1957年。翌年が映画館の観客動員数のピークという象徴的な時期で、以降は動員数低下の一途を辿るわけだが、それはいうまでもなくテレビの登場によるものであった。

 三種の神器と呼ばれた洗濯機、冷蔵庫に比べると、テレビは必需品というものではなく、高すぎる買い物であったが、その後のわが家にはなくてはならぬ存在感を発揮した。購入者の祖母自身もふたをあければテレビっ子であった。『私の秘密』『ジェスチャー』『がっちり買いまショウ』『スチャラカ社員』『アベック歌合戦』『素人名人会』『ロッテ 歌のアルバム』『ダイビングクイズ』『てなもんや三度笠』等々を好んだ。プロレス番組を最も愛し、力道山とジャイアント馬場を信奉し、ブッチャーやエリックを憎んだ。カラーテレビになってからはもっと刺激性が増して、温厚だった祖母はつど興奮した。早死にしそうだなあと心配したが、結局92歳まで生きた。

 孫の私はそれらの番組を祖母の隣で見ていたのだ。こたつがあって、私が(今もするように)寝ころぶと、ざぶとんを半分に折って枕にしてくれた。猫がいた。この猫は温かなテレビの上に座り、画面に長いしっぽを垂らして観賞の邪魔をした。すると祖母が首筋をつかんで別室につれていった。祖母が戻ってくると猫も戻ってきて、またテレビに乗った。冬場はその繰り返しだった。まじめであまり笑わない祖母も、横山エンタツや長門勇や財津一郎の前ではいつもくすくす笑っていた。「おばあちゃん」について思い出すのはそんな光景だ。

 サワダ少年は何でも見た。アニメや怪獣ものはもちろん、ドラマも歌番組もお笑いもクイズもスポーツもニュースも映画も、なんならテストパターンまで見た。再放送が実に多かったので、繰り返し繰り返し見た。『忍者部隊月光』も『サスケ』も『妖怪人間ベム』も『ゲゲゲの鬼太郎』も『ひみつのアッコちゃん』も『悪魔くん』も『快獣ブースカ』も『ど根性ガエル』も『コメットさん』も『柔道一直線』も『サインはV』も『奥様は魔女』も『サンダーバード』も『ジャイアント・ロボ』も『おそ松くん』も『巨人の星』も『マグマ大使』も『魔法使いサリー』も『花のピュンピュン丸』も『パーマン』も『トムとジェリー』も『リボンの騎士』も『仮面の忍者赤影』も『タイガーマスク』も『おれは男だ!』も『チキチキマシン猛レース』も......つい逆上して思い出すままに列挙し続けてしまう粘着質の私だが、とにかく何度も何度も何度も見た。本もたくさん読んだが、テレビはもっと見た。私が当時のアニメソングをほとんど全部即座に歌えるのは当然だ。たいがいのヒーロー、ヒロインの名前を言えるのも。

 いま、学校から帰った小4の息子がランドセルを投げ出し、宿題にとりかかることなく『ドラえもん』や『ワンピース』を見て、さらに『クレヨンしんちゃん』『ポケットモンスター』『ざんねんないきもの事典』、さらに『アイ・アム・冒険少年』にまで触手を伸ばしていっても叱らないのは、私が言えた立場ではないからだ。叱ったらアンフェア。間違いなくバチが当たる。

 前述のごとく、兄も重度のテレビっ子であった。彼もまたテレビっ子のまま大きくなった人という印象。

 かなり前のことだが、郷里の家でちょっとしたトラブル発生、兄夫婦が母の家を出て少し離れたアパートを借りて暮らすこととなった。私が間に立って収めた。当時兄は商売を失敗したあとで、お金がない。お金がないと出ていけないと言うので、私が用立てることにした。「必ず返す」と兄は言った(この兄はいつもいばってそう言う)。「60万円要るねん」と言ってきたので見積もりを書いてもらった。金釘流の手書きで、敷金いくら、礼金いくら、引っ越し代、カーテン、家具......そしてそれ以外にこんなことを書いて送ってきた。

《米びつ3千円》《テレビ8万円》

「こ、米びつ!」と私。それはともかく「て、テレビ?」。電話の向こうで「要るやろ」と兄、「当然要るやろ」。「自分で買えよ」「お金ないんやわ、言うてますやん」「なかったら我慢せいよ」「ありえへん」「なんでこっちがあんたの娯楽品を」「アホか! テレビは必需品や」。兄は「テ・レ・ビやぞ」と、おまえ正気か? と弟を疑うような口調で繰り返し、話が通じないと知るや、電話を切ったのである。向こうから。

 逆ギレとはこのことなり。びっくりした。テレビっ子のなれの果てだ。

 考えられへん! と母にやりとりをうったえると彼女はこうつぶやいた。「まあ、テレビは要るやろ」。たぶんそのあとは、母がお金を出してやったにちがいない。それでは風呂場で泣いていた子と寸分違わぬではないか。

 兄は今もそのアパートから母の家に通っている。母も老いたので、何かと世話が必要なのだ。私が帰省すると、大音量でテレビが鳴っている。耳が遠いのかというとそうでもなく、ただの習慣だ。田舎の一軒家のよさは音量を気にせずともよいところ。しかも起きている間中、つけっぱなしらしい。

 兄と母が二人並んで『ゴッドファーザー』を見ている。93歳と72歳がマーロン・ブランドやアル・パチーノを見ている。DVDのおかげで、もう10回以上は見ているはずだ。ベッドの馬の首を見て何回びっくりしてんねん!

「すごい映画やなあ」と母。「パートツーもええで」と兄。この二人は50年前もそんな感じで『大脱走』や『ベン・ハー』を見て、「ええなあ」を繰り返していたものだ。

 長い歳月を超え、テレビの受像器が共依存の二人の晩年をいまもつなぐ。と勝手に「晩年」と決めつける私だが、二人とも全然死なずに、今日も新聞のテレビ番組表をチェックしているのであった。(了)

+++++

 31回、31ヶ月続いた連載が終わる。どんだけ長く書いても怒られなかった連載なので、本当にだらだらと書かせてもらった。なんでも褒める担当さんに甘やかされた。上記のごとく、番組名なんかをくさるほど列挙しちゃうのも担当さんのせいだ。一方でおおぜいから「長い」「長すぎる」となじられた。

 これもついにお開き。なんだかスースーとさびしいけれど、このあとは妻とまとめる本作りが控えている。夫婦としてのそんな試みは初めてだし、恥ずかしいしで、上がっております。「だらだら」部分をチョキチョキきれいに散髪しよう。丸坊主になってしもたりして。

 本上さんの顔に泥を塗らないようなシュッとした本にせねば。お楽しみに。

 そして、あと、宣伝させてください。10.19(水)〜10.29(土)、東京は青山、表参道の山陽堂書店3Fギャラリーで、拙著『いくつもの空の下で』刊行記念・エッセー&小池アミイゴ イラストレーション展を開催します。詳細はこちら

 久々に東京に行くサワダめは長めの滞在。22日以降、午後はけっこういる予定です(日曜のみ休)。無料。安心してお出ましください。拙文はともかく、アミイゴの絵、ステキですよー。

 しかもメインビジュアルは、偶然だけど『小さな恋のメロディ』で、来日中のトレーシー・ハイドとマーク・レスターも来てくれるそうです。おっと、願望とウソが混じった。

本上まなみさんによる
「テレビ」はこちら

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。最新刊は「いくつもの空の下で」(京都新聞出版センター)。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

編集部からのお知らせ

本上まなみさんと澤田康彦さんによるエッセイ連載「一泊なのにこの荷物!〜とある夫婦の順ぐりエッセイ〜」の書籍化が決定しました。2020年4月からの連載エッセイを一挙に収録いたします。ミシマ社より、来春刊行予定です。どうぞお楽しみに!

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